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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第2章  〈白なる葬願者〉
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第2章28 飢餓の底



「以降の活動を円滑にする為、周囲に存在する生命及び肉魂を全て取り込みます」


「ミナト君? ミナト、君なのか……?」


「まッだ生きてんのかしぶてェェェぇぇぇなァァァぁぁぁ。今ッ俺が完全に勝ッた流れだろォォォぉぉぉがッよォォォぉぉぉ?」


 無機質に呟いたミナト。

 アーチェインが理解する前に頭部から溶け出すと、次第に全身が藍色の液体へと変化していく。

 そして最終的にバシャンと音を立て、大きな水溜まりが生成されたのだ。


「何っ」


「ァ?」


 何が起こっているのか未だ理解できない。だがもし、生き返れば。

 アーチェインはそれを見てほんの僅かな希望を抱くが、本当に一瞬であった。


「――っ」


 その水溜まりから勢いよく全方向に手が伸びた。

 何本も何本も。何本も何本も、この器を他の生命で満たすまで。

 それらは辺りに散らばった魔物の死骸と触手を掴むと、どろりと溶けながら飲み込み始める。


 無機質な飢餓の権化。

 その内の三十本程がアーチェインに襲いかかった。

 アーチェインは息を呑みながらも、未知の物体を吹き飛ばそうとカマイタチを放つ。


 そして狙い通りに藍色の掌に衝突した。

 しかし吹き飛ばされる事なく、カマイタチの形に引き伸ばされながらも飲み込み溶かした。

 まるでゴム状の飴細工だ。


「クソ、魔法すら取り込むのかよっ……!」


 アーチェインは悪態をつきながら後ろに跳んで避ける。


 故に藍色の手は空を切り、その代わりとして床を掴んだのだが、そこに根を張ると吸収していく。

 気づけば壁から生えている光水晶にも根を張っていた。


 ――全てを喰らうつもりなのか。

 

 咄嗟に生徒達の顔が浮かび、大きく舌打ちをするアーチェイン。

 もしこの物体が外に出れば深刻な被害は免れないであろう。そうなる前に決断しなければ。

 そう、つまり――、


「最悪の場合殺さなければ、ならないのか」


 何もかも選別無く飲み込む怪物はこの世に存在してはいけない。

 今、この世界は混沌としているのだ。


 西のルイン大陸では他国への非道な侵略、北のメレトーナ大陸では爪族の脅威。

 ここ、エレビタ大陸と南のシャックス群島では廻神教と吸血鬼達が暴れ回っている。

 これ以上人類の敵が増えれば、世界は二度と平和にならないであろう。


 それに世界でも数少ないオアシスであるエレタを、恩人が愛するこの景色を守らなければならない。

 アーチェインは頼りない眼差しで出口を一瞥すると、奥からエスパッソの叫び声が聞こえた。


「なんッだよコレッ!! 出しても出ッしても片ッ端から喰われやがるッ!」


 大量の藍色の手は既にエスパッソの周りを囲み、掴みかかろうとしていた。

 それらを何とか近づけさせないよう、エスパッソは腕から何本も生やして振り回す。

 だが、ただ無意味に喰われるだけだった。


 そしてまた、掴まれた触手を新しく出した触手で無理矢理に貫き落とす。

 エスパッソは自分から触手を切り離す事は出来ないからだ。

 故に誰かに斬ってもらうか、他の触手で時間をかけて地道に削り落としていくしかないのである。


 貫く事は得意でも、斬るという行為は不得意。

 そして触手と毒物しか攻撃手段がないエスパッソは、今この現状においてアーチェイン以上に不利なのだ。

 それを察し、一瞬で思考を巡らせる。


(逃げるカ? 俺の攻ッ撃はもう通じねぇッシ、奥義ッである圧縮噴放は使いッ果たしタ。それにコイツとは相性が悪すぎル。もうッ俺のやれッる事は無いだろウ。だが――)


 エスパッソの脳内に仲間達の顔が浮かび、決意と共に拳を握った。

 次の段階まで死ぬ訳にはいかないが、それ以上に与えられた任務の方が大切なのだ。

 ――"シシメミナトの抹殺及び解体"。これだけは絶対に果たさなければ。


 エスパッソは全身から触手を大量に生成し、喰われている触手を貫き落としながら藍色の手を押し返す。

 すると、その一瞬だけ生まれた隙を使い、背中から突出させた触手を何本も天井に突き刺した。


「仮にもシシメミナトが生きていれバ、仲間にもあのお方にも迷惑がかかル。――殺すッ!! ここでなァァァぁぁぁッ!!」


 天井に突き刺した触手を縮ませ、エスパッソは空中に浮かび上がる。

 そして両腕から触手を突き出して壁に突き刺すと、崩して藍色の液体を下敷きにする。

 更にその上から、伸ばした触手を何度も叩きつける。


 一方、天井まで跳び、突き刺さったサンゼラを引き抜きながら着地するアーチェイン。

 謎の液体とエスパッソが争い合っている間も決断に迫られる。


(潰しあっている今、俺は逃げる事が出来る。もうすぐ応援も来るだろう。……だがそれで良いのか? いやだが、あれはもはやミナト君ではない他の何かだ。もう生き返る事は――)


 仮とは言えども、彼は自分の生徒だ。恩人であるカイベトの指示であるとはいえ、彼を廻神教の一員とはやはり思う事が出来ない。

 ミナトは十四年前の自分と似ているからだ。

 荒み、目の奥底から憎しみが溢れ出しているあの少年をアーチェインはどうしても見捨てられなかった。


 だが、所詮は理想と現実。間もなく来る応援と共に殺さなければならないのだろう。

 アーチェインは奥歯を噛み締め、出口に向かうと――、


「出ァァァぁぁぁさねぇッよォッ!!」


 天井と床から巨大な触手が飛び出し、アーチェインの行手を遮った。

 振り返れば、沢山の目がこっちを向いている。エスパッソは毛頭アーチェインを逃す気は無かったのだ。

 どこまでも醜悪な化け物に、アーチェインは舌打ちをする。


「クソっ……!」


「ケヒヒッ、こんッな楽ッしい時間をやめッにしようッてかァァァぁぁぁ!? お前ッ本ッ当につまんねぇ奴だなァァァぁぁぁッ!!」


「この戦闘狂が」


 エスパッソは唾を撒き散らしながらその場で暴れ回り続ける。

 完全に異常をきたした獣だ。


 相手がハイになっている事を推察しながら、アーチェインはサンゼラで叩き斬ろうとする。

 しかしその前に藍色の手が背後から襲いかかり、大きく左に跳び避けた。

 前転しながら体制を戻す中、アーチェインはある事に気付く。


(そうか! あれを吸収させれば――)


 出口までの道を塞ぐ巨大な触手が取り込まれている。

 それを見つめながらサンゼラを強く握ったアーチェインは固唾を飲んだ。

 危険な行為だとは分かっている。一歩間違えればこっちが吸収されてしまうからだ。


 ――だが、やらなければ。他の生徒達の為にも生きなければいけないから。


 アーチェインは槍型のサンゼラを頭上で回すと、低く構えた。


「只管に叩き斬る」


「なんッか決めたかァァァぁぁぁ? 成ッ功すると良いなァ? まぁ無理だろうッけどなァァァぁぁぁッ!!」


 全身から枝状の触手を伸ばし、下からくる藍色の手を避けながらアーチェインに接近する。

 同時に両手の触手をドリル状に回転させ始めた。


 ここが最後の正念場だ。

 エスパッソは奥義発動の影響で体内がズタボロになっており、アーチェインは言うまでもなく重傷だ。魔力が切れればもう出血は止められないであろう。

 

 エスパッソは死闘に血が沸騰する感覚を覚えながら、しかしどこか冷静にミナトを分析していた。


(アイッツが液状化する前に何か言ってたなァァァぁぁぁ。確か今後の活動の為に生命と肉魂(しっこん)を取り込むつッてたんダ。……つまり、あのお方ッが立てた仮説は合っていル。やはりアイツは――)


 頭の中で結論を出した瞬間、アーチェインがエスパッソの頭を上から叩き押さえた。

 藍色の液体が根を張っていない地面にめり込んだエスパッソは、口から青黒い血を吐く。


 アーチェインはこのまま潰そうとサンゼラを更に強く押さえた。

 地面が罅割れていき、エスパッソの頭から乾いた音が鳴り響く。


 ――出口の方はどうなったのか。


 アーチェインがその姿勢のまま顔だけ振り返った瞬間、サンゼラを右手で掴まれる。


「――っ」


「俺ッは生きてるのが不思ッ議なくらいクズだ。だッがなァァァぁぁぁ。それッでも生きてんのはきッとこの人ッ生に意味があるからだッと思うんだよなァァァぁぁぁ誰ッかが楽しみを与えてくれッるからだと思うんだよなぁぁッ!! それが "今" なんだよなァァァぁぁぁッ!!」」


 エスパッソはうつ伏せのまま、腹から触手を何本も突出させる。

 その推進力で縦に回転し、アーチェインを後方に投げ飛ばした。

 無数の藍色の手が迎えるが、その前にサンゼラの端を伸ばして天井に突き刺すと、即座に縮めて引き上がる。


 それから間髪入れずに触手が天井から突き出してくるが、サンゼラを抜いて落ち避けた。

 そして空中でエスパッソの姿を捉えると、サンゼラの端を地面に突き刺し、また伸ばして高速移動。

 そのままのスピードでエスパッソの腹を蹴り抜く。


「ぶグ、ヒヒッ、ケヒヒッ!! 可能ッ性は臆病になる為じゃぁなク、広ッげる為に存在すんッだよこんな風になァァァぁぁぁッ!!」


「ぅあ」


 青黒い血を吐いて苦悶の表情をしながらも叫び、その腹から触手を突出させる。

 完全なカウンターを食らったアーチェインの右足が貫かれ、鮮血が飛び散った。


 藍色の液体はその両者の血を貪る様に取り込むと、小刻みに震え始める。


 ――瞬間、勢いよく増殖して床一面を覆った。


 残りの死骸と触手が飲み込まれ、床は勢いよく沈み込んでいく。

 現実離れした光景に冷や汗をかくアーチェインは、エスパッソが振るった左腕を槍型サンゼラで受け止めた。


 その腕から更に触手が飛び出すが、アーチェインは後ろに倒れながら、エスパッソの顎を左足で蹴り抜いた。


「ガッ……やッ、るじゃぁねぇッかァァァぁぁぁッ!!」


「くたばれこのボ――」


 両者が追撃を加えようと動いた瞬間、大きな振動と共に天井が崩れ落ちた。

 当然の出来事に対応出来なかったニ人は落ちてゆき、そのまま眼下に広がる飢餓の権化に飲まれ――、


「――っ!?」


 二人が藍色の液体に触れる瞬間、ある変化が起きた。

 その液体が一点に集中し、幾何学模様を持つ、巨大な球体が空中に浮かび上がったのだ。

 しかしその代わり、下には奈落が生まれた。


 同時にアーチェインは何かに気付く。


「あれハ……そうカ、ケヒヒッ! 勝ッたッ!! あレは――」

 

 勝ちを確信したエスパッソは口を大きく歪ませ、空中で身を捻りながら右腕を肥大化させ始めた。


「――血核(けっかく)ッ! 死ねシシメミナトッ!!」


 エスパッソは何個もある目を血走らせ、眼下に向かって右腕を振り抜こうとした。

 それと同時にアーチェインは、エスパッソの顔面を左足で蹴飛ばして距離を取る。


 姿勢が崩れたエスパッソ、そしてこの球体の端まで飛んでいくアーチェイン。


 そしてエスパッソが球体の影に隠れた瞬間、すぐさま風玉を創り出し、それを全力でサンゼラで突いた。

 すると、真っ直ぐ飛ばされていく風玉は藍色の球体を "く" の形に変形させながら突き進む。


 当然、その先に居るのは――、


「ぐイ、アアァアァアッッ!!」


 最大限にまで引き伸ばされた藍色の球体の一部が、エスパッソの腹に触れる。

 すると間髪入れず、エスパッソの腹を食い破っていった。


 ――音も無く引き千切り食い破り、咀嚼する。


 無音の暴力に悲鳴をあげ、何とか触手を生やして離れようとするが、それを上回るスピードで纏わりついてくる。


「クソ、クソ、クソォッ!! こんナ、こんなところでェェェぇぇぇッ!!」


「――最後だ」


 叫びもがくエスパッソを横目に、アーチェインはサンゼラを鞭型に戻すと、ゆっくりと回し始める。

 加え、周囲の風が全て一点に収束し始めた。


「信じるよ、ミナト君」


 澄み切った顔で呟いた一言。

 それを一言一句聞き逃さなかったエスパッソは、頭を下げると決死に叫ぶ。


「おマ、お前ッ!! 何やッてんだ姿形変わッたとてシシメミナトだぞ俺諸共消し飛ばすつもりなのかテメェこの馬鹿野郎がッッ!!」


 エスパッソは何とかもがき逃れようとするが、その間にも巨大な風矛が再生成されている。


 食い破られるのが先か、あの奥義で塵も残さず消滅させられるか。

 ゆっくりと苦しみながら死ぬか、一発で苦しまずに死ぬか。


 そのどちらかを強制的に選ばせられるエスパッソは、全身から触手を突出させると、何重にも何重にも巻き付ける。


 死ぬ訳にはいかない死ぬ訳にはいかない。死にたくない死にたくない死にたくな――、


「シデル・テ・ノヴァ」


「――ッ」


 死を覚悟した瞬間、奈落に落ちていくアーチェインの姿と謎の少年の姿が重なって見えた。

 また、エスパッソの脳内に幻聴が響き渡る。



                    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「貴様は何故他者を蔑まないと生きていられない? 圧倒的な力も無い、誇るべき物も何も無い。そして最後まで自尊心を捨てられない。だから弱いんだよ」


「……黙れ。黙、れ。黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――黙れデロバッサァッ!!」


 ――暗い石造りの城内。


 独特な高級感が漂う深黒のスーツを着たデロバッサが生首を持ちながら、男の後頭部を踏みつけている。

 対して男の服は破れ、全身は薄く煤汚れ、汚れた血に塗れていた。


 辺りには切り刻まれ、散らばっている巨大な刃。

 男は両手両膝を地につけ、受けた屈辱と自身の無力感に苛まれながら唇を噛み、僅かな血を流す。


 しかし、デロバッサが踏む力を強める中でも男はどこか冷静に次の一手を考えていた。


「貴様に我を黙らせる権利は無い。"力が全ての世界において、弱いお前に何の権利も存在しない" 。そう言ったのは他でもない、貴様らだろう? なら黙って我に従え。――小物が」


「舐めっ、てんじゃぁねぇぞ糞餓鬼……俺は、俺はっ!! リーチェラ家一番の――」


 男が右腕を上に振り抜こうとした瞬間、デロバッサはその顔を蹴り飛ばした。

 折れた鼻の骨が皮膚を突き破り、両目はその威力で潰れ込まれる。


「ぁ が……見えねぇっ。クソ、見え、ねぇぞ」

 

 痛みによる呻き声を出す男は、這いつくばってその場を離脱しようとする。

 そしてみっともなく視界を求めるが、全ては何もかも無駄であった。


 ――同時に湧く感情。

 いや違う。そんな訳がない。男は否定と共に口呼吸するが、その口と舌が細かく震えている事に気付いた。

 

(……違う。俺が、俺っが恐怖してると? ありっえない。馬鹿な。あのデロバッサだぞ。あの――)


「弱いからだよ。貴様は弱いから恐怖するのだ。いつも強者との戦闘を好まず、弱者とも卑劣な技でしか戦わない。もう一度言ってやる。弱いからだ。――デシヴェル」


「――っ」


 強者特有の心読み。その感覚にはいつまで経っても慣れない。

 未だ拭えない不安と危機察知に冷や汗が頬を伝った。


 男は地面を掻きむしると、技発動の為に右腕を振り抜こうとする。が――、


「クソ、クっソ……舐めるな天々刄(てんてんば)がっ」


 その前にデロバッサが男の背中に飛び乗って背骨を折る。

 すると間髪入れず、その後頭部に向かって右掌を向けた。


 ――強まる熱と震える空気。

 確実に訪れる死を感じながら、男は歯軋りをした。

 強く強く。歯が削れ、折れようとも歯軋りを止めなかった。


 許さない。許さない。許さない。

 何度死のうとも必ずその顔は忘れない。どれ程醜悪になろうが、何回魂を書き換えられようが絶対に。


 絶対に、必ず――、


「ブラッディーアプロス」


 ――憎悪と絶望を噛み締めながら、男は紅い光線に包まれた。



                     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



(――デロバッサ。お前はまた、俺を殺すのか)


 スローモーションになりゆく二回目の死。


 エスパッソは既に錆び付いてしまった怨讐と冷たい諦観と共に、鋭く風矛に包まれた。



© 2022 風ビン小僧

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