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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第2章  〈白なる葬願者〉
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第2章25 反撃の一撃



「死ねよ今すぐになァァァぁぁぁッ!!」


「そんなに俺が強い事に不満なのか? この哀れな汚物野郎」


 エスパッソは飛び掛かりながら両腕を突き出す。

 アーチェインは冷静に挑発すると、サンゼラを両手で掴み、右側を槍型に変形させて防御した。

 間髪入れずに左側を鞭型に変形させ、エスパッソの首に向かってうねらせる。

 

 エスパッソは右首筋に細かな触手を何本も生やし、幾十にも重ねて防ぐのと同時に、全身から無数の触手を突出させる。

 アーチェインはサンゼラを槍型に変形させると、後ろに跳びながら、サンゼラを回してそれらを軽々と受け流す。

 受け流し終わった瞬間、サンゼラを縦に回しながら端を伸ばし、エスパッソの顎を上に打ち抜いた。

 

「るヴッ」


(血? そういえば、これだけ切っているのに血が全く出ていなかった。まさか――)

 

 エスパッソが呻き、その顎から青黒い血が僅かに噴き出す。

 顎を打ち抜いた時に硬い感覚が手に伝わった事と、それを見逃さなかったアーチェインは冷静に考察する。

 もしそれが正しければ、あやふやだった勝率は格段に上がり、勝利の輪郭をやっと映し出すであろう。


 故にアーチェインは奥歯を噛み締めながら口角を上げ、冷や汗と吐き気を全力で押し殺した。

 いける。その確信と共に追撃をしようとした瞬間――、


「舐めるなよ雑魚ガッ!!」


 エスパッソが鋭い牙を覗かせながら叫ぶと、四方から飛び出している大小の触手から水蒸気が噴き出していく。

 当然それらは毒物。ぬめりや悪臭と同じ様に、少し肌に触れるだけでその体ごと蝕む。

 そして今は水蒸気。肌だけではなく、肺への影響も考えなければならない。


 ――相手がアーチェインでなければ。


「単純で深い怒り、何か大きな理由でもあるのかな? 触手のお坊っちゃん」


 即座に周りに幾つもの小さな風玉を発生させると、半径一メートル以内に水蒸気を寄らせないようにした。

 アーチェインの側にはミナトがうつ伏せになっており、水蒸気どころか、ぬめりすら届いてはいない。

 相手の余裕を感じさせる笑みと確実に変化しつつある状況に、エスパッソは舌打ちをしながら歯を擦り合わせる。


「――っ、怒りに理由ッなんて必要ねぇッ! 必ッ要ねぇから理屈臭ぇ人間がその感ッ情を忌み嫌うんッだろうがよ馬鹿がッ!!」

 

 止めが効かない憤怒を言葉と態度で表しながら、背中から更に触手を生やし、床に深く刺していく。

 そして顔に膨張した血管をまた増やしながら、どこか冷静に相手を分析し始めたのであった。


(風魔ッ法だト? ……成る程、風を血管代わりにしてるから動ッけんだなァァァぁぁぁ。だがそッこまでの精度なら何故最初ッから使わなかッたんだ腹ッ立つなァァァぁぁぁッ……まッさか溜めッてやがんのか? 一ッ撃に賭けッてんのかこのボケがッ!!)


 貫かれた脇腹。その箇所に目を凝らせば、血液が循環しているのが見える。

 風魔法を破れた血管代わりにしているのだ。まさに天才的な所業。

 エスパッソは、底の無い苛立ちと共に舌打ちをする。


 そう、アーチェインが動ける理由はその風魔法にあった。

 元々彼は周りと比べ物にならない程に器用であるが故に、相手に打ち放つだけだった魔法を指先レベルで操る事が出来た。

 だからこそ、実力主義な組織であった黒狼風の頭領にまで上り詰めれたのである。


 しかし、その技術も十四年近く教師を務めていた事により衰えてしまっていた。

 死闘の無い日々、平和な時間。

 それらはゆっくりと彼を蝕んでいったのだが、エスパッソに追い詰められ、ミナトと共に殺されかけた事で眠っていた戦闘本能を呼び起こしたのであった。


「やっぱ、教師を長らくやってると色々と鈍んな」


 余裕の笑みを浮かべると共に、全身に回りかけていた毒物を脇腹の穴から噴出させる。

 

 比較的、遅延性のある毒だ。これでもう二度と彼には効かないであろう。

 それに気付かされたエスパッソは鈍く歯軋りしながら、全身から触手を前方に突出させていく。

 アーチェインは槍型のサンゼラでそれらを逸らしていくと、そのまま縦に投げた。


 それは視界を覆い始める水蒸気を切り裂きながら、縦に回転してエスパッソに真っ直ぐ向かう。

 そして同時に小さな風玉と共に突進し、サンゼラが相手に届く前にその端を掴むと、勢いよく引き寄せる。

 そして両腕から大量の触手を生やし、顔の前に重ねていたエスパッソの腹に何度も鋭い突きを放った。


「かグッ……お、前の事は眼ッ中にねぇッつッたのもう忘れたかゴミ頭ァッ!! 誰もお前の奮ッ戦姿なんて望んでねぇ事に気付けよなァァァぁぁぁッ!!」


 口から青黒い血と唾を吐き散らしながら叫ぶエスパッソは、全身から触手を突出させようとする。

 だがその前に、エスパッソの腹にサンゼラを当てながら端を伸ばす事によって無効化される。

 勢いよく背中から壁に激突するエスパッソは、その壁の鋭い凹凸に皮膚を食い込ませる事になった。


 激痛による苦悶の声。

 だがアーチェインは決して手を止めず、何度も何度もエスパッソの全身に鋭く突きを放った。

 エスパッソはカウンターとして床から何本も大きな触手を突き抜き上げる。


 それらを軽々と避け、槍型のサンゼラを全身くまなく回す事によって周囲の触手ごと断ち切った。

 同時にサンゼラの左端を伸ばす事によって、背後にある小さな触手一本が壁の中に入る前に貫く。

 一見無意味に思える動作。


 ――しかし、この行為が流れをまた大きく変える。


「ぐァッ」


 突然、呻きと共に顔面を手で覆うエスパッソ。

 アーチェインはニヤリと笑うと、少年の様な無邪気さで叫んだ。

 

「やっぱな! テメェ目が無いのにどうやって俺の攻撃を避け、苦しんでる姿を楽しんでたのか気になってたんだよ! この突き出している大量の触手の中に忍ばせておいてたんだな "目" となるやつを何本も! そして様々な視点から俺の動きを観察、予想してたんだろハゲっ!!」


「舐め、るなよッ!! 覚ッ醒人間がよォォォぉぉぉッ!!」


 顔の血管を太く腫れ上がらせ、床一面に触手を突き抜き上げる。

 アーチェインはサンゼラの左端を鞭型に変形させつつ、素早くミナトの体に巻き付けた。

 そして跳び上がり、例の弱点と呼べる小さな触手を発見すると、サンゼラを一気に最大限伸ばす。


 以前とは攻撃速度も瞬発力も桁違いに向上したアーチェインの一撃。

 それに警戒したエスパッソは、小さな黄色の目が何個もついた触手を引き戻そうとしたが、もう既に遅かった。


「吹き飛べっ!!」


 アーチェインは全身ごと回転しながら、鞭型に変形させたサンゼラを振り回し、辺りにある触手全てを斬り吹き飛ばす。

 その超高速回転により暴風が吹き荒れ、形をなし、一つの小さな竜巻となる。

 そこに僅かばかりの魔力を流す事によって、台風全体を掌握したのだった。


 斬り飛ばされた触手が塵となって辺りに散らばる中、目の機能を担っている例の触手は、青黒い血を撒き散らしながら床にボトボトと落ちていく。

 そして耳をつんざく絶叫。顔を押さえたエスパッソによるものであった。


 アーチェインは着地して竜巻を一つの矛の形にまとめ上げると、槍型に変形させたサンゼラの先端にそれを纏わせる。


「その反応、やっぱり目付きの触手には神経と血管が繋がってるな? だからこそ、斬ればその分 傷となって残る! ははっ! なんともまぁ気持ち悪いし生物として不完全だなぁお前!!」


「完ッ全じゃあねぇッから世界は結束し、人は心から人生を楽しめるッてもんッだろ本ッ当につまらねぇッ男だなお前はなぁァッ!?」


 エスパッソは叫びながら顔から何本も触手を生やし、円環状に巻きつける。

 それらの中間部分から目が規則的に開いていき、濁った瞳孔があらゆる方向を見つめる。

 その間にもアーチェインは最後の一撃の為、魔力を風の矛に注ぎ込んでいく。


「バレッたらこうすりゃぁッ良いだッけの話だ、そうッだろ?」


「本っ当に気色わりぃな。前世から哀れな生物だったろお前」


「――それ以上ッ俺の沸点に触れッるんじゃぁねぇぞォォォぉぉぉッ!!」


 シラフだったら全く気にせず、逆に嫌味を言っていたであろう。

 しかし、頭の底にこびりついた記憶が心を強く握り締めて離さない。

 故にエスパッソは激怒し、目的を忘れて殺意を覚える。


 ――それがアーチェインが仕掛けた罠だと知らずに。


(どちらにしろ、アイツの頭に血が昇ってるのは好都合。これで決着がつけば良いが)


 アーチェインは密かに思う。

 最初は冷静で判断能力が高い上に、未知の攻撃方法を有していた。

 実際それが原因でミナトごと始末されそうになり、一時はどうなるかと冷や汗をかいた。

 だがしかし、触手を脇腹から抜き出していた時、エスパッソには付け入る隙があると確信した。

 そしてアーチェインはその一瞬で勝ち筋を見つけ、エスパッソの視線を全て自らに注目させた。

 

 そして今も狙い通り、エスパッソは全ての視線をアーチェインに注いでいる。


「おッ前は今何も出来ねぇッ!! 本ッ当に舐め腐ッてるよなァァァぁぁぁそんなに殺されてぇんだなだったら惨たッらしく解体してやるよ今直ぐになァァァぁぁぁッ!!」


「やってみろよじゃあ。無駄に増やした目玉と明らかに足りねぇ頭で俺の解体方法を考えてみろ」


「ク、ァ、ァァァあああッ!!」


 唾を飛ばして叫んだエスパッソは左腕を後ろに伸ばす。


 すると大小の触手を何本も何本も何本も何本も、何本も出しながら重ね合わせ、この通路を覆い尽くす程に巨大な触手を生成した。

 そこからぬめりと悪臭を漂わせながら、心内で叫び散らかす。


(あぁあぁあッ、なんでなんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでだッ! なんでたッだの雑魚だと思ッてた奴がなんッでいきなり覚ッ醒すんだよおかしッいだろ常識的に考えてよォッ!? ……デロバッサがそうだアイツがアイツがッ!! アイツさえいなけりゃ俺は今ごろ――)


 デロバッサ・リーチェラ。


 ――かつてエスパッソが心から憎み、蔑んだ者の名。


 で、ある筈だった。

 今のエスパッソはその者を知らない。当然、姿形も忘れ切っていた。

 それは絶対におかしい。何かが。忘れているのが不自然なのだ。だが、何が不自然なのか今一つ理解できない。

 同時に自分が自分ではない様な感覚に襲われる。心は錆びついたままで、体だけが新しく変えられてしまった様な。


「ァ? デロバッサ――」


 断片的な記憶と共にその名を口に出した瞬間、全身の力も注意力も、何もかも全てが抜けていく。

 最大の隙。


 そこを狙うのはアーチェイン以外、もう一人居た。それは――、


「あともう少しの時間稼ぎ、頼んだよ! ――ミナト君!」


「任された」


 アーチェインの横を駆け抜け、エスパッソに向けて全力疾走するのはシシメミナト。

 エスパッソが覗き込んだあの瞬間、ミナトは完全復活していたのだ。

 ゆっくりと、ゆっくりとだが立ち上がっていた姿をアーチェインはただ一人気付いており、だからこそ決死の時間稼ぎと挑発をしていた。

 またそこで、エスパッソは勝利を確信する時や人が苦しむ時に油断する事を察し、敵がミナトを自らの視界に入れる事がないように最新の注意を払いつつ戦っていた。


 それは全てこの一瞬の為。ミナトはそれを理解してるからこそ、この最大の隙を狙ったのである。


「――っ」


 ミナトを視認したエスパッソは驚きを隠さないまま右腕を無意味に振り抜いた。


 そうして突拍子もなくまた生まれた隙。

 怒りの果てに漏れ出た一言は、ほんの一瞬エスパッソに攻撃の手を緩めさせたのだ。

 疑問、緊張。それら全てを置き去りにしながら走るミナトは拳を握り――、


「くたばれ」


 その一言と共に、エスパッソの顔面に全力で右拳をめり込ませた。



© 2022 風ビン小僧

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