第2章24 走馬燈にはまだ早い
ゴツゴツとした岩が特徴的な巨大洞穴の中。壁や天井からはお粗末な灯りがぶら下がっていた。
掘られた通路を屈強な男達が忙しそうに行ったり来たりしており、この場に似つかわしくない木の机には金貨が大量に乗っている。
――黒風狼。
かつてメレトーナ大陸内で名を轟かせた盗賊団の名だ。
そして森林にぽつんと存在しているこの巨大洞穴は、複数存在する拠点の中でも最も堅牢な拠点であった。
今日もまた行商人から物を奪い、成功という特別な快感を皆と共有できる筈だった。
しかし、手下の一人が足を引っ張り、それが叶う事はなかった。それどころかその尻拭いをする羽目となったのだ。
ひんやりとした空気が漂う中、毛皮を着た男と坊主の男が
特段大きな岩の上で胡座をかいた男が、必死に土下座する手下を冷たく見下ろす。
その瞬間二人の間には、肌を刺す様な緊張感が張り巡らされた。
「ちっ……失敗しやがったのかテメェ」
「す、すいませんお頭っ」
「すいません、じゃねぇだろ? 殺すぞ」
男は殺意を込めた一言と共に、土下座をする手下の真横に銀筒をを伸ばし突き刺す。
その手下は冷や汗をポタポタと地面に垂らしながら、歯と唇を震わせた。
その反応をつまらなく思った男は、ただでさえ鋭い眼光を更に強めて舌打ちをする。
失敗は許されない。この殺伐とした世界では、ちょっとした油断と失態が組織に大きな歪みを残すのだから。
黒風狼の名に傷を付ける者には死を。
男は銀筒をゆっくりと持ち上げると、手下の後頭部に向かって振り下ろす――、
「――止めろ。アーチェイン」
背後から来た男の制止する声に応じ、動きを止める。
すると手下の髪が揺れ、その先端がひらりと床に落ちた。
あと一秒でも制止するのが遅かったら、手下の頭はかち割られていたであろう。
制止した男は、岩の様に巨大で筋肉質の肩に黒狼の刺青を入れ、赤い長髪を後ろで結い、無機質な大剣を担いでいた。
死にかけた手下は大量の涙を流しながら、制止した男に安心感を覚えたのであった。
「ソリッドを殺しても意味がないだろう、それに彼は俺らの仲間だ。ますます見逃せん」
「あ? ダンゼル、お前だけだろ仲間とみなすのはよ。コイツらは全員俺の手下だ。仲間なんていう程に信用しちゃぁいない」
「アーチェイン。お前一人だけでは何も出来なかっただろう? ここまで来れたのは仲間のおかげだ。それを無視するのは皆に失礼だとは思わないか?」
「んだよガキに説教するみたいに……クソが」
アーチェインは溜め息をつきながら銀筒を縮め、頭をボリボリと掻いた。
それと同時にこの部屋全体を覆っていた冷たい圧力感が掻き消え、手下は今まで自分は本当に殺されかけていたと知る。
ダンゼルは安堵感からやれやれと首を振った。
そうして殺意は霧散した。いや、消されてしまった。
しかし、アーチェインは肩を震わせる手下をもう一度睨み付けると静かに言葉を紡ぎ始める。
「俺の両手はテメェの失敗した回数を数える為に付いてるんじゃねぇ。ちなみにこれで九回目だ。――あとは分かるな?」
「は、はぃぃっ!! 失礼しますぅうっ!!」
手下はもう一度床に額を擦り付けると、たどたどしく去った。
その情けない背中に苛つきを覚え、大きな舌打ちをするアーチェイン。
だがもう既にその手下からは興味を失っていた。
斜め上を見ながら明日はどんな行商人から奪うか、どれだけ奪うか、直ぐに計画を立てていたからだ。
ラモア・ルベイ・アーチェイン。現 黒風狼 頭領。
――カイベト・ベルと出会う、僅か二日前の出来事である。
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「ぶぐっ、かはっ」
「ケヒヒヒヒッヒヒッ……! ずゥゥゥぅぅぅいぶんと勇ッましぃじゃぁッねぇかぁ。雑ッ魚スペリアなのによォォォぉぉぉ?」
四方から無数に飛び出した大小の触手。
それらはミナト達を簡単に飲み込み、酷く串刺しにしている筈であった。
しかし、あの瞬間にアーチェインがサンゼラを器用に操った事で、ミナトの服に多少の傷は残ったものの身体にダメージは無い。
一方、アーチェインが被った代償は大きかった。
一本の触手が脇腹に深く突き刺さっており、口端から血を溢しながら咳をする。
立っているのもやっとなのだろう、その両脚は震えていた。
エスパッソは更に笑みを深めると、ケタケタと嗤う。
やはり自分の方が強かったと、あれ程に軽口を叩いていた生意気な男を圧倒的にねじ伏せたと確信したからだ。
腕とそこから生える触手をだらんと伸ばすと鋭い牙を剥き出しにする。
「ケヒヒヒヒッ……人間ッてのはぁ必ずどこッかしらに沸点ッてもんがあル。そッこを突けばよォォォぉぉぉ、誰ッでも冷静さッを失うッんだよなァァァぁぁぁ。」
勝ち誇ったかの様な声色で、アーチェインの顔を覗き込みながら持論を語る。
その内容から、エスパッソは沢山の人間と対峙したのであろう。そして同時に殺したとも言える。
狂悪な殺人鬼。しかしアーチェインは全く怯む事なく、逆に笑い返した。
「は、ははっは……ぐぶっごぼ」
あいも変わらず不利な状況。
惨たらしい死はすぐ側にあるというのに、決してその目は死んではいない。
脇腹に刺さった触手を左手で掴むと、苦悶の表情を浮かべ、声を漏らしながら抜き出す。
そこから血が滴れ落ち、皮膚と神経が擦れるのと同時に痛みが全身を駆け巡るが、それでも動きを止めなかった。
この一連の動作を間近で眺めていたエスパッソは、その真意を察する事なく、嬉しそうに牙を横に擦り合わせる。
「ケヒヒッ、ついッに頭がおかしくなっちまッたかァ? まぁしゃねぇッよなァァァぁぁぁ。そうなッるように仕向けッてきたからなァァァぁぁぁ。」
「違ぇ、よ……ただ、ただ昔のどうしようもねぇ青臭さと共に、あの頃の戦い方を思い出しちまっただけさ」
「ぁア? お前ッ何言って――」
エスパッソが問う瞬間、曲がりくねったサンゼラがその顎下を掠る。
驚く間も無く次々に繰り出される突出に、全身から捨て触手を出して防御した。
エスパッソは直ぐに無数の触手を螺旋状に巻き付け、それらの先端を固く引き絞り、ドリルの様に高速回転させる。
そして左腕を前に突き出して相手の腹を貫こうとするが、そこにアーチェインは槍型のサンゼラを投げ飛ばす。
横に高速回転するサンゼラは途中で鞭型に変形し、エスパッソの左腕にサンゼラが螺旋状に巻き付けられた。
アーチェインは両手でサンゼラの端を握ると、体ごと勢いよく引き抜く。
エスパッソは左腕の表面にぬめりを大量分泌させ、抉る様な斬撃の威力を最小限に抑えた。
(コイツッ……! 先程ッとは打ッて変わッて勝利に貪ッ欲になりやがッたッ!!)
アーチェインはサンゼラを槍型に変形させると、舐める様に薙ぎ払う。
それを後ろに飛んで避けながら、アーチェインの戦い方と攻撃速度が大幅に変わった事に舌打ちをする。
――あり得ない。
相手は脇腹を貫かれているのだ。それに毒に曝露している。
ぬめり、悪臭。それら全ては特別な技術で生成された毒物だ。
悪臭は肺と精神を汚染し、ぬめりは肌から侵食して細胞を汚染する。
最初に対峙した時から五分以上は経っている。それに、あの傷口からも取り込んでいる筈なのだ。
なのに何故。全く効いていないというわけではない筈なのに何故立てる。動ける。戦える。
今まで培ってきた戦闘データと大きく異なっている事に混乱するエスパッソ。
その脳内で、ある一つの結論が導き出される。
「――お前、覚醒するのカ?」
冷静に放った一言。
しかしその顔にゆっくりと血管が浮き出していき、歯は剥き出しになっていく。
それに従う様に触手一本一本にも血管が浮かび上がるにつれ、もはや制御出来ない己の感情が徐々に込み上げてきた。
アーチェインは圧倒的格下だ。目標のシシメミナトも未だ横になっており、攻撃を避ける体力もないであろう。
故に勝利は目前であり、それは揺るぎない事実。
それにもかかわらず、アーチェインは死を受け入れないどころか自身の可能性を広げた。
この流れが翻るのは許さない。許せる筈がない。
いつまでもいつまでも、雑魚はずっと雑魚のままでいるのが当たり前だ。
そいつには実力があり、ましてや自分を超える事などあってはならないのだ。
エスパッソは触手と身体を更に太く膨張させ、勢いよく歯軋りする。
「お前ッ、お前戦闘ッの中で覚ッ醒する種類の人間かよォッ!! 俺が生まれた時から一番嫌いな展開なんだよな認めたくねぇんだよなァァァぁぁぁッッ!!」
あの狡猾さと冷静さを周りに忘れさせる程、エスパッソは唾を撒き散らしながら叫び、構えるアーチェインに飛び掛かったのであった。
© 2022 風ビン小僧




