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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第2章  〈白なる葬願者〉
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第2章23 真実の断片を知る者



「しっ」


 空気を鋭く裂きながら解き放たれた触手群がアーチェインの視界を覆い尽くす。

 短く息を吐いたアーチェインはサンゼラを手の中で回し、火花を散らしながら、次々と触手を何本も受け流していく。

 鳴り止まない轟音。

 受け流された触手は地面、壁や天井を抉り抜き、小さな破片が辺りに飛び散った。

 ミナトが瞬きを一回する度に何十本の触手が逸らされ、それらは容易く左右の壁を突き刺し、唸った暴風が黒髪を大きく揺らす。


 ――これがアーチェインの全力。


 そう思える程、目の前で広げられている光景は凄まじいものであった。

 ミナトは未だ届きそうにもない壁というものを目の当たりにする。同時にとっくに忘れていた安心感を思い出し、その姿をルースと重ねるのであった。

 しかしエスパッソは余裕を崩す事なく、ニタニタと笑みを深めながら攻撃の手を緩めない。


「やァァァぁぁぁるッなァァァぁぁぁ? 最ッ初のこれで大抵の人間は死ぬんだけどなァァァぁぁぁ。」


「スペリア級の俺をそんじょそこらの奴らと一緒にしないでほしいな」


「スペリア級かァァァぁぁぁ。良いなァ? 頑張ッたんだろうッなァァァぁぁぁでッもお前も結局フレアンジにはなれねぇッんだろうなァァァぁぁぁ?」


「テメェを殺したという功績で成り上がってやるよ」


「ケヒヒッ……相ッ変わらず軽口は止めねぇなァァァぁぁぁッ!?」


 エスパッソはそう叫ぶと攻撃速度を上げる。

 同時に背中と後頭部から出した触手を次々と勢いよく壁や天井に差し込んでいった。


 前方からの攻撃に加え、上からの攻撃が追加されたが、アーチェインは冷静に対処していく。

 サンゼラを槍型から鞭型に、また鞭型を槍型に変形させながら触手を受け流し、或いは切り飛ばしたりしていた。

 切られ飛び散る粘液、巻き込まれて散る魔物の死骸。

 先端を失った触手はエスパッソの元へと戻り、また相手を刺し殺す為に再生する。


 キリがない。そう考えたアーチェインは火花が辺りを照らす中、焦りで奥歯を噛み締めた。

 そこにエスパッソが全身を膨張させながら、助け舟を出す様に語りかける。


「シシメミナトを留めッておいて生ッまれる利益ッなんて無ェだろうがよォォォぉぉ。さッさとソイツ見捨てッて逃げろッよなァァァぁぁぁ。お前は健ッ康的に生きテ、俺は目的をッ果たせるから楽なんだよなァァァぁぁぁ。」


「そっちの利益がこっちの損害になる事を理解して言ってんの?」


「ケケケッ……まぁそう簡ッ単にはいかねぇわなァァァぁぁぁ?」


 エスパッソはまた透明な粘着質の物体を分泌しながら更に悪臭を強める。

 アーチェインはその臭いに頭をぐらつかせながら、自分より奥に触手が行かないようにサンゼラを高速回転させた。

 

 側から見れば両者の実力は完全に拮抗している。ミナトが体力を回復させるまで、援軍が駆けつけるまで時間を稼ぐ事が可能であろうとも。

 しかし、たった一人だけは違った。


「く、そ」


 現状に危機感を持ち、壁に手をつきながら弱々しく立ち上がるミナト。

 ようやく落ち着いてきた視界には、アーチェインの確実に削られていく体力と集中力、そしてどれだけ自分が重荷になっているかが嫌程に映った。

 これでは、例えミナトが逃げたとしてもアーチェインには勝ち目が無いだろう。

 加勢しなければ。戦えなくともこの身を盾にすれば幾分、この戦況はマシになるに違いない。この肌は魔物の牙ですら傷一つ付ける事はなかった。大丈夫だ。

 そう決意したミナトは声を張り上げ、壁を伝いながら歩く。


「ア、チェイン! 俺もッ、戦う」


「駄目だミナト君っ!! 下がって!!」


「余ッ程ソイツが大切ッなんだなァァァぁぁぁ? なら俺も大切に扱うからくれよォォォぉぉぉ。」


「すまないが、異常者の言葉は全部嘘だと思ってるんでね。これを機に一生黙ってくれるとありがたい」


「成程なァァァぁぁぁ? だッからソイツの提ッ案も聞かなかッたんだなァ。ケヒヒッ、おッ前は程よく単ッ純で面白いなァ? そしッて強気だなァ。ここッまでのは見た事がないなァ、だからこそ死ぬ時に浮かべる表情と顔がたまらなく好きなんだよなァァァぁぁぁッ!!」


 鋭い歯を横に擦り合わせながら、腕に無数の触手を螺旋状に巻き付ける。

 そしてやはりそれらの先端を固く引き絞り、ドリルの様に高速回転させ始めた。

 同時に全身の膨張が終わり、その見た目は前と打って変わって隆々たる身と変化していた。

 エスパッソは地面に亀裂を入れながら姿勢を低くし、突撃の構えをとる。


 察したアーチェインは伸ばしたサンゼラの端でミナトを遠くに押しやると、その瞬間に飛び跳ねたエスパッソの両手を柄で受け止めていた。

 銀色のサンゼラから耳障りな音と共に赤白い光が飛び散っていく。


 アーチェインが全身に力を込め、なんとか押し込もうとする。意識ではなく、

 しかし、それを待っていたかの様にエスパッソが笑みを深めると、その背中から触手が六本勢いよく飛び出していった。


「くそっ」


 それらは全てミナトを貫こうと躊躇なく伸びていく。

 だがアーチェインは悪態をつくと、そのまま後ろに跳びながらサンゼラを縮め、触手全てを細切れにした。

 その上で素早くサンゼラを伸ばすと、飛んできた相手の刺突を再度受け止める。


 しかし、防御だけに徹するつもりはない。

 サンゼラの端近くを鞭型に変形させると、エスパッソの首を跳ね飛ばす為、激しく曲線を描きながらうねらせた。


 ――完全に視覚外からの一撃。


 それにもかかわらず、エスパッソは軽々しく後ろに避けると、その左膝から三本の触手が飛び出す。

 アーチェインも仰反ることでなんとか回避したが、頬を縦に薄く切られた。

 その時、エスパッソが嫌な笑みを浮かべる。


「――っ」


「固定ッ概念の植えッ付けは楽しいなァァァぁぁぁ。無知な子供ッ達に直ぐ教えッたい遊びだなァァァぁぁぁッ!?」


 その三本の触手から真下に更に三本の触手が飛び出した。

 横に回避したアーチェインは、すぐさま切り落とそうとサンゼラを振り下ろそうとする。

 だがそれらの触手から更に無数の細かい触手が飛び出し、無理に槍型のサンゼラを高速回転させ、切り飛ばしながら防御した。

 通常より数コンマ遅れたせいか、アーチェインの肌にぬめりと血らしき液体が大量に付着する。

 同時にぬめりからくる悪臭が鼻の中をつんざき、今度は視界が歪み始めた。

 今度は何をされた、次は何をする、次は、次は――、


「――ソイツも気にしろよなァァァぁぁぁ。」


「くっ、ミナト君!!」


 先程の触手に紛れ、既に六本がミナトに接近していた。

 アーチェインはサンゼラの端を最大限に伸ばし、それらの触手を貫き飛ばす。

 しかし、自分を構わずに行動したせいか防御が疎かになり、アーチェインの脇腹を触手が何度も掠った。


「うぐっ……!」


 どこからどう見ても軽症な筈。

 アーチェインもそう結論付けて直ぐ反撃に出ようとした。

 だがその足取りはふらつき、サンゼラを握る力が弱まっていく。

 その遠回しだが確実な殺害方法。普段のアーチェインなら即、自身の変化に気付いていたであろう。そして冷静に対処していた筈。


 ――しかしながら、強くミナトを思う気持ちがそれを邪魔する。


 ミナトに押し寄せてくる触手を回し切り払うが、漏れた一本の触手が今度はアーチェインの右肩の表面を抉る。

 例え自分が傷つこうとも絶対に守りきるという気概に可笑しくなったのか、エスパッソはケタケタと悪辣に嗤う。


「ケヒヒッ……お前ッがフレアンジッに昇格できねぇッのは同時ッ並行で物ッ事を考えられねぇからなんだなァァァぁぁぁ? 他ッのスペリア級の奴ッらと一緒なんだなぁお前も所詮その程度なんだなァァァァァァッ!!」


「やかま、しいぞっ!!」


 脂汗を流々と垂らすアーチェインはサンゼラを鞭型に変形させ、最大限に伸ばす。

 それと同時に振り回し、現在張り巡らせている触手を含め、周りに存在する全ての触手を根本から斬り飛ばした。

 そして地面、天井、壁の穴は切断された触手ごと、迷宮の修復機能で徐々に塞がっていく。


 辺りに散った魔物の死骸と血、そして先端だけの触手とぬめりが地面を覆っているが、圧倒的に視界が晴れた。

 今エスパッソを守る触手は存在せず、体から触手を出すスピードよりもサンゼラでその胸を貫くスピードの方が速い。

 そう考えたアーチェインは、サンゼラを引き戻して槍型に変形させると、最大限まで引き伸ばし――、


「――言ったよなァァァぁぁぁ? お前ッは同時並行ッで物ッ事を考えらッれないッてさァァァぁぁぁ。」


 嗤うエスパッソが見つめる先。

 アーチェインの右腕に太い触手が一本、螺旋状に巻き付いていた。

 その触手を目で辿ってみれば、それは地面から突き出している。

 切り損ねたか、いや違う。エスパッソが目にも止まらぬスピードで背中から触手を出し、相手が認知する前に絡み付かせたのだ。

 完全に油断した。アーチェインは後悔する間もなく天井に叩きつけられた後、勢いよく奥まで吹っ飛ばされる。

 ミナトの横を暴風が突き抜け、その後に乾いた破裂音が鳴り響いた。

 ついに一人になったミナトは、壁に手をつきながらその弱々しさを露呈していた。

 それを見たエスパッソは一層その笑みを深めると、挑発する様にじとじとと語りかける。


「ケヒヒッ、おッ前のせいで今日もッ人が死ぬ。その男ッみたいになァァァぁぁぁ。あァ、さっき殺ッしたのは親子ッ連れだッたなァ。確か父ッ親が子供をッ庇ッて腹を貫かれッたんだッたッけなァァァぁぁぁ? その後ッ直ぐに子ッ供も殺したッけどなぁぁ。――親なんて不必要だよなぁぁッ!?」


「お、前……殺すッ」


「やってみろよォォォぉぉぉ? 殺ッすしか能のないお前ッにピッタシじゃぁねぇかァァァぁぁぁ。なァ? ―― "日本人" 。」


「――――」



                     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 小雨が緑葉を濡らし、天井から煌々と照らす照明はこじんまりとした室内と、どこまでも暗い雲まで照らす様だった。

 そんな夏の午後、目の前にある半透明な自動ドアが開く。そこから喪服を着た老人達が、冷たい湿気と共に次々と入室してきた。

 父の手を握る真邦は、その老人達に少し大きな紙袋を渡していく母の背中をじっと見つめていた。


 ――志々目真邦、五歳。


 老人達は綺麗に設置された安っぽい椅子に座ることなく、そのまま帰ったり、玄関付近で談笑していた。

 特に悲しむ訳でもなく、祖父の顔を見る事もなく。ただただ、まるでパーティかの様に今を楽しんでいた。


「おとうさん、あの人たちだぁれ?」


「ん? お爺ちゃんのお友達だよ」


「おともだち?」


「うん。そうだよ」


 退屈だが、一言も発してはいけない様な独特な雰囲気。

 真邦はそんな空気にむず痒くなり、当たり障りのない質問をするのであった。

 その問いにどこか寂しそうに答える父。それはきっと、今日が父方の祖父の葬式だからだろう。

 自身の肉親が死んだのだ。その心中は誰でも、きっと神ですら察する事は出来ない。


 真邦はそんな父の初めて見る顔に僅かな恐怖心を覚え、祖父が安置されている方向を見つめた。

 遺影から思い出すのは、いつも優しく遊んでくれた記憶。父とは事があることにしょっちゅう喧嘩をしていたが、それでも印象が強いのはしわくちゃの笑顔だ。


 だが、そんな祖父でも簡単に死んでしまう。

 何度もその顔を覗いて見てみたが、強張って苦しそうにしていた。

 あれほど自分には笑顔を見せていたのに、今では固く目を瞑り、当然一言も喋る事はない。

 人間、案外死ぬ時はああなってしまうのかもしれないと、真邦は子供ながらにリアルに感じた。


 父は相変わらず老人達を見つめていたが、真邦が遺影を見つめている事に気付いて同じ方向を向いた。

 そして何か思う事があったのか、父はポツリポツリとまるで独り言の様に喋り始める。


「……真邦には強く正しく、そんで人を助けながら生きていってほしい」


「え? ぼくはヒーローになればいいの?」


「別にヒーローになれとは言ってないよ。ただな、人生には必ず終わりがあるという事を知ってほしい。人生でどんだけ成長できたか、どれほど人を助けてきたか。それで終わりの輝き方が違う事もまた、心に留めておいてほしい」


「……?」


 真邦は当然、その言葉の真意を考察する事はない。

 父もまた、そのつもりで言ったのだから。


「世界ってのは、無視しっぱなしで済むような設計じゃないんだよ」


 その最後の一言は、この雨雲の様に暗く影を落とした。



                     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「――何で、"それ" を知っている? 彼女以外知らない筈だ。彼女が全てだから、目的だから、恩人だから話したんだ。それを、何故、知っている」


「さぁなァァァぁぁぁ? 聞きッ出してみたッきゃぁ力ずくでやッてみたッらどうなんだァァァぁぁぁ? なァ、シシメミナトくゥゥゥぅぅぅン。」


 この世界でやり直すと決めたのだ。生き直すと決めたのだ。なのに、なのに何故邪魔をする。

 あれを知られればもうやり直しがきかないのに。

 ルースにすら話していないあの忌まわしき過去。もし、ヤツが知っていたとしたら。


 ――殺さなければ。例え、この腹を貫かれようとも。


「ゥ、ァアァアアッ!!」


「ぐっ……駄目、だっ! ミナト君っ!!」


 目を見開いて吠えながら全力で飛び走るミナト。

 全身をつんざく痛みに耐えるアーチェインは、その背中に叫びながら鞭型のサンゼラを伸ばす。

 

 ――だがもう、全てが遅かった。


千々跋扈(せんせんばっこ)


 エスパッソの声に呼応し、四方を抉り捲り上げながら大小の触手が貫き出す。

 それらは魔物の死骸も巻き込みながら、ミナト達をあっという間に飲み込んでしまったのだ。



© 2022 風ビン小僧

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