第2章19 異変
「迷宮? またもや急に話が進みますね」
「そりゃ〜勿論! 何しろミナト君は"特別"だからね!」
「……あぁ、特別にファシル級に入れてくれたんでしたっけね」
そういえば、大図書館でアーチェインから特別に支給された魔導機と言われた。
微かな記憶を何とか思い出しながら、左小指に付けた銀色の指輪を昼光に照らしながら見る。
あそこから自分の運命が変わった様な気がしてやまない。遅かれ早かれアーチェインには会っていただろうが、未知の世界で右往左往しっぱなしの未来もあったであろう。
その点で言えば、アーチェインに感謝する必要があるかもしれない。いやない。
ミナトは肉を二枚頬張る。
「そそ! 迷宮に行けば沢山の経験と実績が手に入るし、早くミナト君には次の級、ダバスにまで昇格してほしいからさ!」
「うーん……昇格といっても僕、戦闘経験は少ないですよ?」
「……勿論、俺も一緒に行くから安心して良いよ!」
なんだ今の間は。
ミナトが疑問を投げかけようとした瞬間、アーチェインはサラダをかきこんで誤魔化した。
何となくアーチェインの人となりが分かってきた所で、涙目ランセンカが鼻をつまみながら元気良く話しかけてくる。
結構器用な事をする。鍛治以外なんでもできる研究者だからだろうか。
それにしても昇格はしたい。
それに迷宮に行けば青い花の事や、何故自分が異世界転移したのかが分かるかもしれない。
運良く魔装具を入手できる可能性も含め、ミナトがアーチェインの提案を断る理由は無かった。
ミナトは肉をもう二枚頬張る。
「魔物を倒したら是非、私のとこに持ってこいよ〜!」
ランセンカは眩しく笑顔を浮かべる。
少女らしい年相応の可愛さだ。汚い点を除けば結構、綺麗な顔立ちをしているのだが。
この子の親はさぞ苦労しているのだろうと思いながら、更に二枚頬張った。
「あぁはい、ありがとうございます。ラン、ら……」
「ランセンカだぞ……?」
「ははっ! この子の印象そんなに薄かったかな!」
「んぅううっ!! 二人のいじわるー!」
耐えきれない口撃の猛攻に、ランセンカは更に涙を浮かべて走り去ってしまった。
心無い最悪最低の二人は「あ」と声を揃える。
別に悪気があった訳じゃない。本当に忘れていたのだ。その方が駄目か。
日本に居た時、こんなに人の名前を覚えられなかった経験は無かったが。異世界転移する時もした後も頭を強打していたので、その影響なのではないか。
昨日も記憶喪失したばっかりのミナトは不安になり、そろそろ名医に診てもらうかと思いながら飯をかき込んだ。
「ほら〜。ミナト君が意地悪するから〜!」
「う……いや、あれ見てくださいよ。野菜をまだまだ残してるし、丁度良い理由見つけて逃げただけじゃないですか?」
「――あっ!? こら! ランセンカちゃん!!」
苦し紛れに適当な指摘をしたのだが、意外に効果アリだったようだ。
アーチェインは勢いよく席から立つと、周りの目を無視して声を荒げる。
だが、もう時すでに遅し。遠くでランセンカはベーと舌を出しながら走っていってしまった。
その気になれば簡単に捕まえられるのだろうが、そこまでしてしまったら本当にクズになってしまうと考えたのだろう。行動に移すことはなかった。
アーチェインは溜め息をつきながら、どっかりと座る。
「やれやれ……まぁ丁度良いや。ミナト君も食べ終わったし、早速迷宮に行こうか」
「はい」
いつの間にか食い終わっていたアーチェインは、耳ピアスを何度も弾きながら膝をついた。
ミナトはどこか不安を抱えながら返事をする。何故かは分からないが、この非日常が更におかしくなっていく様な気がしたのだ。
二つの空の皿が虚しく天を仰ぐ。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「――ここが今日潜る迷宮だよ!」
「あれ? ここって――」
ミナトは微かになってしまった記憶と、前に佇んでいる迷宮の外観を照らし合わせる。
その見た目は完全に洞穴だが、唯一不自然な点は下に永遠と続く長階段だろう。
外から見た事はなかった。
だが、外からでも見える壁の材質ははっきりと覚えている。軽く触れただけでも怪我しそうなザラザラ感、薄いヒスイ色。
――ミナトが異世界転移した場所だ。
ミナトは懐かしい気分に浸るが、つい最近の出来事だという事を忘れてはいけない。
そして何より、この世界で最も手掛かりが存在するであろう場所であるという事も。
アーチェインはそんな事情などつゆ知らず、能天気に話を続けた。
「そ! おそらく、ミナト君との因縁が一番深い所だよね!」
「……その話ってどこまで広がってるんですか?」
「この町の住人はほとんど知ってるかな?」
(最悪だ……)
ミナトは心の中で頭を抱える。
もし別世界から来た住人と気付かれれば、もはや何が起こるか想像もつかなかったからだ。
ただでさえ、あの建物から連行された際に黒龍やらうんならと騒ぎになった。
下手をすれば暴動が起き、死刑になってしまうかも。
ミナトはネガティブシンキングをしながら、どうか運良く馴染める事を祈らずにはいられなかったのであった。
アーチェインは、ミナトの表情を気付かれないように観察しながら早速行動に移す。
「さぁ行こうか! ――あ、ちなみに魔物の素材は全部ミナト君にあげるからね〜」
「別に要らないですけどね」
「今回は入口付近でしか行動しないから覚えておいてね!」
「僕の声聞こえてる?」
すっかりツッコミ役に回ってしまったミナトは、周りで開いている屋台を一つ一つチラ見した。
何かの尻尾を元気良く売っている人や、怪しい薬を売れるのを静かに待っていたりしている人など、千差万別の人間で賑わっている。
それらはまるで、ひまわり畑の様に一直線に並んでいた。
その光景を見ながら、ミナトは不思議に思う。
この迷宮内に居た時はそんな雰囲気など、一ミリも感じなかったからだ。
だが、意外と人気があるらしい。あの日も会わなかっただけで、沢山の人がこの迷宮に潜っていたのかもしれない。いや、忘れているだけで実は会っていたのかもしれない。
ミナトは別の意味で頭を抱えていると、アーチェインは「ふふん」と鼻を鳴らした。
「気になる?」
「はい。見たことがないので」
「まぁこの付近では、ここぐらいしか "迷宮群" がないからね! 迷宮ならではの景色を十分に堪能してよ!」
「――迷宮群? 群ってことは他にも迷宮が存在するんですか?」
「そうだよ! ここは《光水晶洞窟》、西には《炎魔の宝物庫》、東には《氷結の武器山》、北には《雷轟の丘》があるよ!」
(なんかダッセェなぁ……)
異世界人にとってはカッコいいネーミングなのだろうが、どうしても厨二病感を拭えずにはいられなかったミナト。
偉い大人達が必死こいて考えたのかもしれないが、そんなバックグラウンドなぞ知らん。
そういうスタンスをとるミナトは、勝手にとことこ歩いていったアーチェインを急いで追っかける。
アーチェインはどこか嬉しそうだ。この後、彼女とデートする訳でもないだろうに。
もしくは単純に戦闘狂なのかもしれないと勝手に決めつけながら、ミナトはそれぞれの迷宮について色々と聞く事にした。
「色んな迷宮の呼び名があるって事は、それぞれに特徴があるんですよね?」
「ご名答! この迷宮では光る水晶が採れるし、西では火に関するお宝が手に入る。東では魔装具を入手できる可能性が高いし、北では多くの雷属性の魔物の素材が手に入る。――ま! 自分のものにできるかどうかは実力次第だけどね!」
「へぇ、魔装具を入手しやすいのか……!」
「あ、普通の迷宮よりも入手しやすいって話だからね! 貴重品って事には変わらないから注意してね?」
「あぁ……そうすか……」
思っていたよりも落ち込んだミナト。
何とか貰えないだろうか。いや、貰えないか。自力で探す他ない。きっと大丈夫だ。
ミナトが曖昧な希望を持つ中、二人は《光水晶洞窟》の目の前に着いた。
「そんなに気を引き締めなくても良いからね! なんといっても、この俺がいるし!」
「頼りにしてますね」
「任せてよ!」
そう言うと、アーチェインはむんと力こぶを作る。
頼りにしているとは言ったものの、本当に守ってくれるのか不安だ。
アーチェインの実力はこの身をもって体験したが、それは人間が相手の場合。
その実力が魔物という謎の存在に届くのかは不明なのだ。
蟻と象の様な関係にならなければ良いのだが。
あいも変わらず表情を固くするミナトは、静かに握り拳を作りながら階段を降りていく。
アーチェインは、それをただただ眺めているのであった。
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「――じゃあ俺から離れないでね! はっはっはっはっ!」
「……」
階段を降りきった後、この暗い雰囲気に似つかわしくないテンションを嫌ほど浴びさせられるミナト。
壁に等間隔で灯りが付いているが、この閉塞感のせいか爽やかさは全く感じ取れない。
その灯りも光る水晶が荒々しく突き出しているだけ、という無骨な外形をしているのも原因だろうか。以前とは違い、チラホラと人はいるのだが。
立ち止まるミナトが改めて観察していると、隣にいるアーチェインは自身の魔装具であるサンゼラを取り出す。
そして、その上下からガシャンと音を立てながら筒を伸ばした。
これは彼の臨戦態勢だろう。言い換えれば、この場所では常に魔物が襲いかかってくる可能性があるという事である。
入口付近はあまり危険ではないだろうが、それでも殴られた事はあっても殴った事はないミナトは不安になる。
――勿論、ミナトの記憶内での話だが。
「んー……丁度いい敵、丁度いい敵は居ないかなっと」
「そんな都合良く居ませんよ」
「あのすみませーん! 魔物見ましたかー!?」
「いやちょっ……恥ずかしいから止めてくださいって」
アーチェインは角から出て来た男に遠くから呼びかける。そのせいで周りの人達が、何だ何だと二人を注目し始める。
そういえば親戚のお爺ちゃんと一緒に海釣りに行った時、まだ幼い自分を置いて全く知らない人に声をかけ続けていたっけか。
思い出す度に悲しくなるので本当に止めてほしい。
久々に顔が赤くなる感覚を覚えるミナトは、必死にアーチェインの左肩を引っ張った。
「……いや〜、今日は全くです!」
「――そうですかぁ」
残念そうに顔を歪める男に対し、アーチェインは普段通りに満面の笑顔を貼り付けている。
しかし、いつもと違って空気を殺している様な気がする。それをただ一人、ミナトだけが気付いた。
何故なのか。ミナトがその理由を察する間もなく、男は二人に会釈をして、そのまま長階段を登っていってしまった。
男の背中をまだ追っていたミナトは、アーチェインの方に目線を戻す。
――だが、その目は見たことのない真剣味を帯びていた。
「……? アーチェ――」
「ミナト君! ――ナタを出して」
「は、はい。開放」
突然アーチェインは、ミナトの疑問を掻き消す様に大声で名前を呼んだ後、静かに指示を出した。
同時にサンゼラの両端から刃が勢いよく飛び出す。
いきなり何事かと混乱しながら、ミナトは掌に無風の穴を開けてナタを取り出した。
改めて刃物の独特な重量を感じながら、何となく前を向いていると――、
「助け べぶっ」
「逃げろっ!! お前らも早ぐっ」
飛び散る脳汁と、粘着質な音を立てながら落ちる目玉。
悲鳴と怒号、そして鉄酸っぱい臭いが辺りに充満する。
「魔物っ」
ミナトは目を見開く。
――沢山の探検者を蹴り潰しながら、通路を埋め尽くす程の魑魅魍魎が曲がってきたのであった。
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