第2章18 命懸けの部屋掃除
「これは?」
「お! それは魔力量とその属性を可視化できるやつだ。やってみるかー?」
「あ。ぜひ」
水晶玉に自身の顔を映しながら覗き込むミナト。
そして、それに向かって、ランセンカは待ってましたとばかりと矢継ぎ早に説明し始めた。
ミナトはワクワクを抑えきれず、年関係なく目を輝かせる。
それも仕方がないだろう、何しろロマンだからだ。それにもし仮に風魔法なら尚嬉しい。
アーチェインとリアを間近で観察していたお陰で沢山の使い道を思いついているからだ。
紙束の整理をしているアーチェインに対して、掃除を一旦中止したミナト。
色々と妄想を膨らませながら、使用方法を教えてくれるのを待つ。これぐらい許されるだろう。
「手をかざすだけで良いぞー。さ、早く!」
(そういえば、この能力に興味持たれてたんだっけな)
足元が悪い中、紫の長髪を揺らしながら器用に走ってくるランセンカ。
彼女からこちらを急かす雰囲気を感じたミナトは思い出す。そういえば、キラキラとした目をしてミナトの手を握っていた。
おもちゃ的な扱いをされなければ良いが、ランセンカは爆発物を作って放置していた現行犯。自信を持って不安を感じることにする。
ランセンカの小柄な身にB級映画マッドサイエンティストの姿を密かに重ねたミナト。
そして言われるがまま、ゆっくりと水晶玉に手をかざしたがうんともすんともならない。透明なままだ。
興味を惹かれたアーチェインが掃除そっちのけでこちらに歩いて来る。
一方、その瞬間にランセンカが微妙な表情を浮かべたのをミナトは見逃さなかった。
「んぉ? あれ?」
「な、何もならないですけど……」
「魔力が、無い……?」
側頭部をポリポリと掻きながら首を傾げるランセンカ。
不安になってきたミナトは一応催促という意味で発言するが、アーチェインの言葉で全部無意味となった。
やはり彼とは相容れない。しかし、彼の言葉は今のミナトの耳には届かなかった。
暴風を駆使して活躍する英雄の姿が夢と消える。
「は、初めて見た……!」
「え? え、どういうことですか?」
「まぁ……なんだ、その。つまりさ、ミナト君は魔法が使えないってことなんだよね」
「え」
「一応試してみるぞ〜。――ほら!」
どうしても現実を受け入れられずIQをダダ下がりさせるミナト。
そんな彼にまるでトドメをさすかの様にアーチェインが結論を述べ、ランセンカは悪意気なく水晶玉をぼんやり青色に光らせる。その場に吸い込んでいる音だけが虚しく響いた。
「青色だから属性は水、薄く光ってるから魔力量は少ないぞー!」
「え。あの、ご、誤作動という可能性は……」
「ランセンカちゃんの発明品は絶対に嘘つかないから、さ」
「……」
「いやほら! 君には開放というものが使えるじゃん! ね!? 普通、自身の魔力を使って魔法を打てるのにさ! ミナト君はその "当たり前" から抜け出せたんだよ! 凄いね! そ、それにほら! 開放を使う時に魔力が必要ないって事じゃない? ね?」
「……はい」
アーチェインが何を言ってるのか分からないが、もう諦める事にしたミナト。この能力に感謝するのだ。それでよし。
ミナトは密かに心の中でえんえんと涙を流しながら床の掃除を再開した。
「よ、よし! 紙の束は何とか片付いた! 片付いたから……そっちは? あの……」
「こっちも終わりそうです」
「そ、そうか! やっぱりミナト君の能力って凄いよね! ははっ!」
「んぉ〜? せんせー。ミナト君の元気がないぞ〜?」
(んぉ〜? をやめろ!!)
どうしても煽りにしか聞こえなかったミナトは、これまた心の中で叫んだ。俗に言う八つ当たりというやつである。
しかし、色んな発明品がある事に驚かされる。無駄話をしている間にも、アーチェインとミナトは色々と片付けていたのだが、その途中で杖やら小型の白い箱があった。
鍛治以外何でもできるという話は、案外と嘘ではないのかもしれない。
ちなみに例の赤い球体は合計で三十六個あった。怖すぎる。
「だいぶ綺麗になったね! うん! もう……この山を無くしたら終わり! ご飯にしよう!」
「んぉー! やったぁ!」
「そうですか。じゃあ直ぐに吸い込みますね」
「頼むよ!」
「開放」
散らかっていた紙や本は束になって部屋の隅に積まれているが、未だ床や壁など、全体的には綺麗にはなっていない。
だが今はその事実は置いといて、やっと終われる。ミナトは最後の作業を前にしながら、心の底から安堵感を得たのであった。
早速、全指先に開けた穴を閉じて右掌に新しく穴を開ける。
ちなみに一度閉じるか、新たな穴を開けないと風量の変更ができない。ここは少し面倒なポイントだ。
もしかしたら、これからの修行と閃きで何とか――、
「ん? どうしたのミナト――」
「んぉ? どうしたのだ? 先に行くぞー?」
「み、ミナト君。慎重に。慎重にね」
「はい。絶対に成功させる。いや、させねばならない」
大袈裟なリアクションをとる二人の前には、現在進行形で"脈打つ巨大赤玉"が床に張り付いていた。
同時に赤光が鼓動に合わせ、辺りに鋭く広がる。
「開放で何とかなる? 一発で吸い込めるよね?」
「いや、どうでしょう……くっ付いてる物は今まで吸い込んだ事ないですし、それにこれが生命体だとしたら吸い込めません」
「えっ! 生命体は吸い込めないの!?」
「はい。だから――」
「――これで切れと」
「はい」
色々と察したアーチェインは意を決した顔をした後、自身の魔装具、サンゼラを腰から取り出した。
――二十センチばかりの小さな銀筒。それがカシャンと音を立てて警棒の様に伸びる。
しかし、その先端は根本の筒と同じ太さだ。どちらかと言えば、竹のイメージの方が近いだろうか。
それを見たミナトがどうやって切り離すのか不思議に思っていると、それぞれの筒の両端から小さな四角刃が横に飛び出していく。
突然の出来事に驚く暇も無く、アーチェインは屈んで振り抜く体制をとった。
「じゃあいくよ」
「あぁ、はい」
「せーのでいくよ? ……せーのっ!」
「んぉ? ――何してるのだ〜!?」
「ぎぁああぁああっっ!!」
「あぁあぁああだっ!! 開放おぉおっっ!!!」
極度の緊張感。垂れる汗すら気にならない程に集中していた。
その最後。アーチェインが振りかぶろうとした瞬間、ランセンカが後ろから彼の背中を両手で叩く。
急な襲撃に肝が潰れに潰れたアーチェイン。その体を大きく飛び跳ねさせ、完全正確な軌道は大幅にぶれることになった。
故に中途半端に切られて刺激された赤玉は、急速に収縮して部屋の中をギラッギラに照らし始める。
そこに同じく肝がブチ潰れたミナトが、左掌に穴を開けながら赤玉を引き千切り、そのまま超全力で吸い込んだのであった。
「閉塞っ! ……あ、危、危な、あぶ、危なかった」
へたへたと座りこむミナト。
ゴミを吸い込む事を色々と理由をつけて渋っていた頃がもう懐かしい。
体内で爆発する可能性もなきしにもあらずだったのだが、目の前の危機に全て持っていかれた。もはや怒りすら湧かない。
「……」
「――ああっ! アーチェインさん!」
こういう時のアーチェインは騒ぎに騒ぐのだが、どうも大人しい。
どうしても気になって振り返ると、驚き死にアーチェインは泡を吹いて倒れていた。
119、110。脳にしっかりと染み付いた番号を思い出しながら、その肩を必死に揺らすミナト。
まるで映画のワンシーンみたいだ。いや、ないか。
「んぉ〜? 何で?」
折角アーチェインが整理整頓した紙束と本の山が崩れていく中、ランセンカだけは呑気に首を傾げるのであった。
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「げぇぇっ……野菜が沢山……なんでぇっ?」
「賢い君なら分かる筈だよ! 反省してね!」
苦い顔をしながら舌を出すランセンカに反省を促すアーチェイン。
今、三人はこの宿の食堂にいる。
意識を取り戻したアーチェインは少し時間を置いた後、無言で急に歩き出すものだから心配した。なのだが、成る程、ただの復讐らしい。
ちなみにランセンカは二人がなかなか来ない事が気になり、戻ってきたついでにビックリさせようとしたらしい。洒落にならない。
鼻を摘みながら特盛サラダをモッシャモッシャと頬張る涙目のランセンカ。
彼女に憐れみの目を向けるミナトは、自分の目の前にも何かが置かれている事に疑問を持つ。
「アーチェインさん、これは……?」
「肉丼大盛り! やっぱ男の子は肉を食べないとね〜。ほら食った食った!」
「あ、ありがとうございます」
厚切りの牛タンに似た謎肉が六枚、どんぶりからはみ出している。
タイ米っぽいものが間から見えているが、茶色のタレと肉汁で本来の色を判別できない。
タダ飯を恵んでくれるのは、すっからかん金欠の身にとってありがたい。
なのだが、当の本人的には(朝から肉かよぉ……)とテンションダウンしてしまっている。
幾ら若者でも、朝っぱらからヘビー級は流石にキツイのだ。
ランセンカと同じ様に涙目で頬張るミナト。
それを嬉しそうに眺めるアーチェインの食卓を見たミナトは気付く。
「そういうアーチェインさんは野菜だけじゃないですか」
「だって胃がもたれるじゃん」
(ぁああぁあっ!! こいつマジでぇっ!! ぅ、ぁぁあっ!!)
――アーチェインの悪気ない一言。
たったそれだけで、爆発物解体で育んだ友情パラメーターは一気にゼロへと戻ってしまうのだった。
そして何も言わずに睨むミナトを無視して「さ!」と大声を出すアーチェイン。
何事かと周りが騒めく中、アーチェインは元気よくミナトに話しかける。
「――早速これから迷宮に行こうか! ミナト君!」
© 2022 風ビン小僧




