第2章17 天職は掃除人
2022年 1月24日(月) 17話と18話に分割しました。
「うべぇっ!!」
「あぁっ!! ランサンカちゃん!?」
「なんで?」
窓は見当たらない。
紙は辺りに散らばっている。
もわんとした臭い。
何処で寝ているのか分からない程に床を埋め尽くすゴミの山々。
全体的に暗めな小部屋の中。
おまけに、大量の黒いゴミ袋がランセンカの上に覆い被さっている。
見た目通りの質量だったのか、潰れた餅の様にぺちゃんこになっているランセンカは呻いた。
何故こうなったのか分からない。理解したくない。頭がバグりそう。
「と、とりあえず助けよう! ほら! あれ! ミナト君!」
「開放のことですか……?」
「そうそうそれそれ! お願い!」
もう何となくこのまま帰ろうかと思っていた矢先、アーチェインがあわあわとしながらミナトに助けを求める。
こうなってしまったら絶対に逃げられない。
それを十分にその身で理解させられたミナトは仕方なく助けることにした。
助ける雰囲気を察したアーチェインは、自身の顔の前で両手を合わして感謝する。
だがミナトの本音としては(こんな汚ねぇモン入れたくねぇなぁ……)である。無常。
あのゴミ袋の山を手でどけるか、それとも吸い込んでどけるか。
そのどちらか片方を決めなければならないのだが、アーチェインから吸い込む方を要望されている為、開放することに決めた。
《開放》で開けた穴はどこに通じているのかは自分も含め、誰も知る由がない。
もしかしたら宇宙にでも繋がっているのかもしれない。しかし、どうしても体内に入れるというイメージが頭から離れない。
だが、助けると決めたのだ。
しのごの言わず、絶賛「むぎゅ〜」と潰れているあの子を早く助けなければならない。あぁ嫌だ。マジで嫌。
ミナトは自身の右手の平をランセンカにゆっくりと向けた。
「うっ、か、開放……」
「おぉっ!! 本当に便利だねそれ!」
「んぉ〜?」
(ああぁあぁぁあぁ)
終わった。
いや別に、必ず体の中に入っているというわけではないだろうが、意識的に拒否感を覚えてしまう。
どうしても覚えてしまう。風呂に入ってもどうにもならんわこれ。
しかし、今までの吸い込みの勢いと比べると、この吸い込み力は低い。もしや気分次第で変わるものなのか。
ゴミ山が削られていく中、どこか悟ったかの様な目で虚空を見つめるミナトを、アーチェインの他に一人キラキラとした目で観察する者が居た。
「なんだそれっ! なんだそれっ!?」
「ぅゎぁあっ」
背中に覆い被さっていたゴミ袋が無くなった途端。
まるで子供が未知のおもちゃを見つけたかの様に、ランセンカは勢い良く立ち上がると、ミナトの手を横から握った。
超絶不潔のイメージが未だ拭えない奴からのボディタッチにより、足元からつむじまでブルブルと震えを伝えながら思わず呻くミナト。
その間もどんどんとゴミ山は削られていく。
「初めて見たぞこれ! 魔法ではなかろう!?」
「い、いや分かんないけど……」
「ならば早速知ろう! ……あの鑑定機は何処だっけ?」
「ランセンカちゃん、まずは一緒に掃除しようか……」
「えぇ? まだ綺麗だぞ?」
(いや汚ねぇよ……)
アーチェインの懇願に似た提案を聞いたランセンカが振り向いた一瞬、ミナトは素早く手を振り解いた。
それにしても魔法ではないと初めて言われたが、その鑑定機で分かるものなのだろうか。
もし可能なら調べてほしいのだが、どうやらその鑑定機はこのゴミ山の中にある模様。クソが。
うんざりしながら「閉塞」と呟き、その手を自身の背中でこっそり拭きつつ心の中で毒を吐く。
すると、アーチェインがわざとらしく後頭部をポリポリと掻き始めた。
「確かに綺麗だね! だけど掃除してたら色々と新しい発見があるかもよ?」
「む! 確かにそうかもな! 流石せんせー!」
(アーチェイン、ちゃんと先生してるんだなぁ。知らんけど)
満面の笑みを浮かべながら、元気いっぱいに両手を上げるランセンカ。
今まで見た事がなかったアーチェインの生徒への接し方。
それに対し、ミナトは心の中で少し感心しながら、そういえばそうだったと思い出す。
「アーチェインさん、この体験実習は実際に依頼をこなしながら進めるって言ってましたよね」
「うん言ったね!」
「その依頼って誰から誰に対してのなんですか?」
「あれ、知らない? まぁいいや。エレタ迷宮管理協会から探検者に向けてのだよ!」
「あと俺って確かファシル級って言われましたけど、昇格はちゃんとできますよね?」
「勿論! だからこそ俺は君を生徒に迎えたんだよ!」
「じゃあもし、この依頼を達成できれば評価上がりますよね?」
「いや? この依頼は俺が出したものだし、あくまで体験実習だから評価上がらないよ?」
「いや体験実習が身内すぎる」
アーチェインが一人で掃除したくないから依頼を出したのであろう。そんな私物化が許されているのか。
実際に町の人々と交流すると聞いていたばっかしに落胆が激しい。
だからこう感じているだけで、ここでは割と普通の話なのかもしれない。
いやそんなことより――、
「俺がやる意味無いじゃないですか」
これだ。町の人々と交流する為にわざわざ参加したのに、実際は生徒との交流であるのなら意味がない。
ミナトはクラスメイトと仲良くなるより、大人達と仲良くなった方が何倍も得だと思っているからだ。勿論アーチェイン以外の。
故にしかめっ面をしたミナトに向かい、アーチェインは指を鳴らしてウィンクをする。うざい。
「あるさ! 交流が広がる。人脈は大いに越したことないよ? ミナト君」
「いやまぁ、そうですけど……」
そう言うとランセンカが後ろで自信満々に腕組みする。一番うざい。
でもやっぱり実際に職場体験みたいに楽しみたいミナト。
鑑定機だけでは、あと一歩掃除の手伝いをする気にはなれなかった。
あと一つ何かあれば。そんなにポンポンと汚部屋に対して《開放》を使う気になれないのだ。
決めかねているミナトの耳に、アーチェインが自身の顎をさすりながら呟く内容が届く。
「あと昇格試験にも役立つかもしれないしね?」
「昇格試験?」
「……そうだよ! 君がファシル級からダバス級へと昇格する為の試験、だから昇格試験だよ!」
今の間がどこか喉元に引っかかる感じもするが、今は無視しておこう。どうせ しょうもない事を考えているだけだし。
それよりも、ただ依頼を受けていれば出世コースに乗れる訳ではない事が重要だ。
つまりその試験を受け、なおかつ合格しない限り次の級へとは絶対に上がれないのである。
当たり前だが初耳の情報を得て、心の中でひっそりと驚いたミナトであった。
「――じゃあミナト君! 早速始めようか!」
「……アーチェインさんもちゃんと手伝ってくださいね?」
「うっ、ま、まぁね」
(あまりやりたくないんだな)
息巻くアーチェインをきちんと巻き込むのを忘れないミナト。
アーチェインはギクッと体を震わせた後、変な言葉使いをしたことから色々と察した。やはり彼も人間なのだ。
そのままアーチェインは嫌がりながらも、ゆっくりとサンゼラを変形させながら自らの顔に巻き付ける。
その様子は、まるで蛇が絞め殺そうとしている様に見えるが、実際は不思議金属棒で目から下を覆っているだけだ。
相変わらず器用なことをする。
「僕は片っ端から吸い込んでいくんで、アーチェインさんは重要そうな物を片付けてください」
「あ、あいよ……」
(やりたくないんだな)
普段の言葉使いではないことから色々と察した。
RIPアーチェイン。
「か、はぁ……か、はぁ……かい、開放」
覚悟を決めたミナトは、しかしだいぶ躊躇しながら吸い込みを始めた。
まずは口が閉じられた黒ゴミ袋を吸い込んでいく。
それ以外の物を巻き込まないように細心の注意を払いつつ、部屋の中にずんずんと進む。
その注意深さ気持ちが反映されたのか、いつもより弱い吸い込みが更に弱くなった。
なのだが、目の前の壁に集中している今のミナトに知る由は一切存在しなかった。
――その時、何か固く小さな赤い球体が足元に転がってくる。
ランセンカの大切な物だろうか。
いや、他人から見てもそうには見えないが。
(よく掃除とかに使う、長いトングみたいなやつ欲しいなぁ……)
心の中で愚痴を呟いた後、ミナトが一応屈んで拾おうとすると、ランセンカがこちらを向いて「んぉ?」と呟いた。
何か言いたい事があるのだろうか。ミナトは顔を上げた。
「あ、それ変に触ったら爆発するぞー。なんせ爆灯鼠の素材から作ってるからなー。でも触らなくても爆発するかも?」
「今までありがとうございました帰らせていただきます」
「ちょちょちょっ!! 待って待って! 俺一人だけだと危険だし終わんないよぉっ!」
「それが本音かよ」
先程までアーチェインは、体験実習に使う依頼の難易度は一番低いものだと言っていたのに。全然違うではないか。
ミナトはそう思いながら、アーチェインに少しまたイラッとした。
こんな危険因子と接していたら命が幾つあっても足りない。
詐欺だ詐欺。後でこの事件の張本人には慰謝料を請求することにしよう。
そう決意したミナトは慎重に、丁重に爆弾を埃と一緒に吸い込んだ。
「ふぅ……なんだかもう疲れたな」
「俺もだよ……まさか、そんな危険物あるなんて」
「腹が減ったのだ〜。せんせ〜、ご飯行こうよ〜!」
(なんだこいつ……)
「ランセンカちゃん、ご飯は後にしようか……」
「後を後にしようよ〜! ねぇせんせ〜!」
「後を後? 先生、それを更に後にしてほしいなー。ほらミナト君も頑張ってるしさ! ランセンカちゃんも手伝わないと、全部処分されちゃうよ〜?」
「やだぁあぁああぁぁあ!!!」
(このガキまじで……)
寝転んで駄々をこねるランセンカ。その度に埃と臭いが辺りに散らばる。やめてほしい。
というか、こんな汚すぎて鼠も寄り付かない場所に居続けておいてよく飯が食える気分になれるものだ。
何年、いや数分居ただけで気が狂いそうになる。
怒りゲージ80%ミナトによって掃除が進んでいくにつれ、悪臭と黒い埃がたちまち満タン充満する。
因みにどんな臭いかというと、埃っぽく生臭い ねんまりとした臭いだ。
こんなの初めて嗅ぐが、もう二度と勘弁被る。
「なんでここまでゴミを溜めるんですか……」
「それはだな〜、迷宮の動きが最近すごい活発的になってて研究が忙しいからなのだ!」
思わず出てしまったシンプルな質問に、そう言って満面の笑みを浮かべるランセンカ。
――研究者。
今のところ、彼女からは白衣要素以外感じさせない。
ミナトのイメージでは研究者は皆、しわくちゃで白髪の老人だからだ。
故に研究者だったのかと驚く反面、天才達は皆 汚い事を思い出したミナト。全部の歯車が噛み合っちゃった。
しかし、本当に忙しいのだろうということは直ぐに分かる。
裏付けるように部屋のには大量の紙山が点在しており、アーチェインが今もせっせと片づけているからだ。
想像以上にハードワークなのかもしれないランセンカは楽しそう。片付けろ。
「研究者だったんですね」
「うん! 迷宮専門のな!」
「その子は天才児だから迷宮について誰よりも詳しいし、それに魔物の素材で色々作れるんだよね! よく危ない物を作ってるけど! はっはっはっはっはっ!」
「鍛治は出来ないけど、それ以外は大抵なんでもできるぞ〜! 暇潰しになるし! あははっ!」
(やっべぇクラスに入っちまった)
会話を交わしている内にゴミ袋は全て吸い取った。
ようやく木床が見えたことに、謎の嬉しさを感じるミナト。
次に床の埃と塵を吸い取ろうと屈むと、何故か更に臭いがキツくなり、思わず反射的に仰け反る。
ついでにその拍子で とても重要そうな厚本を吸い込んでしまいそうになり、イライラで絶叫しそうになるミナト。
文字通り踏んだり蹴ったりだ。
こんな拷問以外考えられない作業なんか早く終わらせたい。そこで全指先で《開放》をすることを思いつく。
そうすれば細かな箇所まで綺麗にする事ができ、それに余計な物を吸い込まずに済む。
指先に力を込めて集中する。用法はあの時と同じだ。穴を開けたい箇所を意識する。意識。意識。意識――、
(できた)
相変わらずぬるっと全指に穴が開いた。
体に穴を開けるスキルでは右に出る者はいないかもしれない。
そこに唯一の誇りを持つミナトは、せっせと指を動かして部屋掃除を再開する。
今まで取れなかったベトベトホコリや、床の溝に溜まった塵芥を吸える事に幸せを覚え、どんどんと作業スピードを上げたミナト。
すっかり掃除人に転職してしまったミナトは、ごちゃごちゃした本の合間から何か光る物を発見する。
(なんだこれ?)
手に持ってみると、それは白い石で出来た台付きの透明水晶玉だった。
© 2022 風ビン小僧




