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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第2章  〈白なる葬願者〉
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第2章15 第二の地雷



「――さて、どうするか」


 ミナトは目の前でぐったりと倒れているミドルを見下ろしながら呟いた。

 別にこのまま放置しても良いのだが、もし先程の頭突きが変な箇所に当たっていれば大変だ。

 死なれては困る。彼には親も友も居る筈なのだから、殺してはいけないのだろう。


「それにしても火か……もうミドルとは戦いたくねぇな」


 呟いたミナトは自身の左肩にミドルを乗せ、Uターンして出口に歩き始めたのであった。

 その時、前方からガヤガヤと声が近づいて来た。若い、十代男女の声だ。


「あれでよく生きてたよねー」


「噂になってる星眼のおかげだったりして!」


「ないない、あいつはただの馬鹿だ。馬鹿だから魔物も相手にしなかったんだろ」


「何それ、おもしろーい」


 最後に喋った少女が笑ったタイミングで男女三人は大笑いをする。

 それを聞いたミナトは舌打ちをした。出会って来た中で、最も大嫌いな人種だからだ。死ねばいいとも考えている。


 お互い未だ顔も性格も知らず、見えてない段階だ。

 なので、ミナトが勝手に毛嫌いするのは非常に失礼な話であるのだが、仕方ない。

 嫌いなものは嫌いと言える事が大切なのだと義務教育で習った。


 三人がこの場所、第一訓練場に入って来た瞬間にミナトと目が合うが、彼は臆する事なく突き進む。


「何あれ、ミドル……!?」


「しかもあれ黒髪じゃん……! もしかしてあの白竜?」


「初めて見たけど気持ち悪りぃ奴だな。あいつの――」


 三人は驚いた顔をしながら、早速ごしょごしょと陰口を言い始める。

 ミナトが白竜だという噂も既に耳に入っているようだ。

 やはり黒髪は目立つのだろう。しかし、問題はそこではない。


 少年が相手に聞こえるように言った言葉。

 背後から自分を突き刺さそうとする言葉はミナトを立ち止まらせ、思い出させてしまったのだ。


 あの夏の日の事を――、



                ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「あいつがあの?」


「あぁ。気持ち悪い奴だよな」


「可哀想な子……あまり近づいちゃダメよ? 運気が下がっちゃうから」


「汚ねぇガキだな、死ね!!」


「あんなの何しでかすか分からないわ……絶対、人の目につかない所で犯罪してる」


 頭皮を突き焼く日差しの中、公園側の鬱蒼とした歩道を歩く真邦に向かって、小綺麗な他人が陰口を言う。

 それら剥き出しの悪意はどこまでも心深くまで入り込み、ムカデの様に這う。

 そうして心は壊れていくのだ。自身以外の存在を閉め出し、いつかその身を擦り減らすまで。


 薄汚れたTシャツ、ボサボサの髪、破れかけたズボンと靴。


 ――志々目真邦、八歳。


 最悪な最盛期。この日はその中間点である。

 哀れな少年は歩き続けた。只管に歩き続けた。悪意に晒されながら。


「両親もあんなに汚いのかしら」


 つまらぬ婦人が言った何気ない言葉。

 どうせこれも無視されるだろう。その油断に似た心から生まれた言葉。

 しかしそれは、それだけは "ミナト" が聞き逃さなかった。


「――っ!? な、何よ」


 その誰かは恐怖し、小走りで去る。

 ミナトがその女に向けていたからだ。この世の悪意を煮詰めた様な、子供じみた寂しさの果ての様な目を。


 ――未だ、自分が異世界転移するとは知らずに。



                ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「――今、何と言いましたか?」


「な、ぁ……なん、だよ! なんだその目はよ!!」


「今、何と言いましたか?」


「――っ、んだよお前……おいなめてんじゃねぇぞっ!」


 相手の目を見つめながら問い続けるミナト。

 二人の少女を後ろに侍らせている少年は、得体の知れない不気味さを覚え、不安と恐怖を顔に貼り付けながら叫んだ。


 その剣幕に怯む事なく、ミナトは肩に乗せた荷物を荒々しく地に置いて男に早歩きで向かう。

 その間にも男は威勢と声を張り続けていたが、二人の少女は違う。

 これから起こる戦闘を予見して巻き込まれないように後ろに下がっていたのだ。


「今、何と言いましたか?」


「だから、何だよ、気持ち悪いなほんとに!」


「今、何と言いましたか?」


「ぶっ殺されてぇのかお前ぇっ! 無事に済むと思うなよ、このクズがっ!」


「テメェがなあッ!!」


「――っ」

 

 少年の眼前で止まったミナトは叫ぶ。

 その狂気じみた剣幕にひるみ、相手の絶対に触れてはならない逆鱗を掴んでしまったと全身の毛を逆立てる少年。


 そして半ば反射の様に突き出した彼の右拳は、ミナトの異常に頑丈な頬に当たると、少し心地良い音を立てて砕ける。


 静かにドバドバと流れる血と外に突き出した第二関節。

 その余りにも異常な状況に、一瞬だけ理解が遅れた少女達と少年。


「きゃあぁあぁああっ!!」


「だ、誰か来てぇ! アーサ君が! アーサ君がぁっ!!」


「う、ぐぅあがぁっ!? 痛てぇ、痛てぇっ!!」


 何もかもを頭で理解した瞬間、三人はそれぞれ騒ぎ始めた。


 突然の大怪我にパニックする者、とりあえず止血しようと駆けつける者、後ろによたよたと下がった後に脂汗と涎を垂らして蹲る者。


 一瞬でその場に血溜まりが形成され、恐ろしく少年の顔は白くなっていく。


「邪魔だ」


「ぶ」


 そんな阿鼻叫喚の中でもミナトは恐ろしく冷静に少年に近づき、その近くで座る少女の頬をまるでゴミを払う様に右手の甲で引っ叩く。

 激しく地に頭をぶつけ気を失った少女が着る、端が破れた服。

 そして、少年の手首付近に強く巻き付けられている同じ材質の布。


 しかしその真意に気付かず、ミナトは少年の首を右手で掴み上げた。

 バタつく足から砂がパラパラと落ちる。


「なんか言えよ」


「あっ……がっ……」


「そうやっていつもいつも弱者だけが損をする。分かるか? このゴミが」


「お願い、やめてぇっ!!」


「うぐ、ぅあ」


「何故俺なんだ何故何故何故。――そうやって俺を殺すんだろッ!?」


 ミナトの右手に力が篭り、相手の首からギリギリと音が鳴り始める。もう一人の少女が叫ぼうが構わない。


 直ぐに白かった顔は赤くなり、首には白い皺が出来た。しかし誰も止められる者はここに居ない。


 締める手に涎が垂れても、決して離そうとはしない。

 そのまま爪を立て、少年の肌から血が流れ出ても離しはしない。


 ――ミナトの顔は、狂気じみた怒りに包まれていた。


「お前さ、自分が殺される感覚味わったことないだろ? 威張ってばかりの貴様に生きてる価値なんて無いんだよ仲間が居なきゃ碌に喋れもしないゴミカスが。どうせ自分の立つ場所が世界の中心で弱者をいたぶれる権利があると思い込んでるんだろ気色が悪い。何でテメェに愛情があるんだ? 何でテレビを見て笑えるんだ? 何で映画館の中で泣けるんだ? 何で周りの正常な人間と同じ様に死ぬ事が出来るんだ烏滸がましいんだよ許さない許さない許さない絶対に」


「あ……が」


「だから、このまま苦しんで死ね。そして首を――」


 少しずつ抵抗する力と動きが弱まってきた少年の顔は徐々に赤紫と変化していく。

 名前も素性も知らない相手を今、シシメミナトは殺そうとしているのだ。


 ――まさに理性を失った獣。


 そのまま絞め殺すと思われたその瞬間、ミナトの右腕に一本の蔓状の金属が絡みつき、一瞬で後ろに引き寄せられる。


 強制的に首から剥がされた。

 それを理解したのは、少年が地面に落ちて強く咳き込んだ後だった。

 

「――そこまでだよ、シシメミナト君」


 奥歯を噛み締めるミナトの後方から聞こえる声。誰かがこの場所に入ってきたようだ。

 いや、誰かなのかは分かる。もう一人の少女が安心してへたり込んだ事からも察せられる。

 忌まわしい。いつもいつも最悪なタイミングでやって来る男。その名前は――、


「アーチェイン……」


「本名はラモア・ルベイ・アーチェインだよ。憶えておいてね」


 ミナトが静かに殺意を滲ませながら振り返るミナト。

 だがいつものようにヘラヘラとした顔ではなく、軽口をたたきながらも鋭く真剣な顔だった。


 そこからはいつもの態度は微塵も感じさせず、一人の教師として立っている様に感じる。が、しかし問題はそこではない。


 今、この腕に巻きついている蔓状の金属を操っているのがアーチェインだということだ。


「何だこれは。これがお前の武器か?」


「そうだよミナト君。サンゼラ、俺の愛用してる魔装具さ」


「あっそ。開――」


 ミナトは煩わしいこの武器を吸い込んで消してしまおうと右腕部分に穴を開けようとする。

 しかしその前に、アーチェインはミナトを引き寄せながらサンゼラを縮ませ、間一髪その腕から遠ざけた。


 そして、こちらに飛んでくるミナトの額に向かって圧縮した小さな風玉をぶつけると、ミナトは半回転しながら背中から着地し、その動きを止めた。


 普通の人間ならここで反抗を止める。――だが、シシメミナトに限ってその話は通じなかった。


「チッ、アーチェインッ!!」


「飽きないね君も」


 ミナトは直ぐに立ち上がりながら、アーチェインに向けて右手に掴んだ砂を投げつける。

 しかし、アーチェインは既に予測していたかの様にそれらを逆向きの風で吹き飛ばした。


 自分の投げた砂が顔を覆うが、ミナトは全く臆することなく走り寄って殴りつける。

 アーチェインは棒状になったサンゼラでその攻撃を逸らし、先端でミナトの腹を小突いた。


 続け様に顎を縦に打ち抜き、そのまま満遍なく全身を素早く突いた。

 そして、ゴロゴロと転がっていったミナトは背中を壁に強打する。

 だが痛がることなく睨むミナトと、構えを解かないアーチェイン。


 圧倒的な技量の差。だが、その差を埋め合わす程の力をミナトは有している。

 それを両者が理解しているからこそ、膠着状態に突入した事を互いに受け入れたのだ。


 この沈黙を機と捉えたのか、アーチェインは相手にまるで幼い生徒に諭すかの様に語り始めた。


「人に自分の力を示すのは大切な事だよ。経済力でも筋力でもいい、何か一つ示さなければ他人に喰い物にされるだけだ。だけどね、その示し方が間違ってたり余りに誇示しすぎるのは駄目だ。それは昔の俺と同じ……だからこそ、今の俺がそれを教えないといけないんだ」


「自分の後悔を押し付けようってか? 馬鹿馬鹿しいね。人間賛歌でも教えようとしてんのか!? そんなもん聞きたくねぇんだよ今更ッ!!」


「そんな人聞きの良いものじゃないよ。俺が教えたいのは君が君らしくあり、尚且つ周りと協調していく方法さ。――ミナト君は一人の人間なんだから」


「……チッ」


 アーチェインの言葉に、ミナトはそっぽを向きながら舌打ちをする。


 ――分かっている。

 別に他人を全て蹴落として殺したい訳じゃない。別に怒りに任せて暴力を振るいたい訳じゃない。別に、別に、別に。

 分かっているからこそ、いや、分かってしまったこそ苦しんでいるのだ。今、この瞬間も。


 すっかり気を削られてしまったミナトは壁に背を任せ、これ以上戦う気は無いと天井を見た。

 それを確認したアーチェインは安心したかの様に少し微笑みながら、構えを解いた。


「……なぁアーチェインさん。貴方って、本当になってたんですね。教師に」


「ふっ、それは褒め言葉として受け取っておくよ! はっはっは!」


「ふっ」


 いつの間にか本来の調子に戻っていたアーチェイン。

 それに釣られて笑ってしまったミナトは、やってしまったと口を手で覆った。

 アーチェインはそれを見ると、揶揄う感じで笑い、その場に少し和やかな空気が流れる。


 ――歪な空気感だ。


 それもそうだろう。何しろボロボロの少年が今なお苦しんでいるのに、お互い和んでいるのだから。


 アーチェインはそんな場を切り戻すかの様に冷たく「さてと」と言うと、小さく蹲り、咳き込みが止まない少年に向かって歩いて行く。


 何をするつもりなのだろうか。いや、普通に医療室に連れていくだけか。


 そんなミナトの予想とは反し、アーチェインはただ少年の顔を覗き込むと睨みつける。


「ごほっ、が、ぁはっ」


「シーダ君、これに懲りたらこれ以上悪さをしないことだね」


「何も、してね、ごふぉっ……だろうが!!」


「まずは元気そうで安心したよ。――いいかい? ミドル君、いや、他の生徒達にもつまらない事をしてるのは分かってる。いくら隠れてコソコソやっても全部無駄だから。特にミナト君には手を出さない方が、君の為になる」


「――っ! く、くそぉっ!! ふざけ、んな」


 アーチェインは暗く、特に最後の一言に威圧を込めて警告する。

 一瞬だけ笑った後だから、より少年の目には恐ろしく映った。

 しかし、それでもやはり無意味に吠えるところがこの少年らしいが。


 それはそうと、何故ここにアーチェインが来たのだろうか。

 稽古、励まし、それともミドルと戦っている事を聞きつけたのか。

 昨日の風呂の件についても聞きたいところだが、今回のドタバタ戦闘劇で完全に忘れてしまったミナト。

 どうでも良いので別にいいのだが。


 気になったミナトはゆっくりと立ち上がりながら、気味が悪い程 自然に問う。


「アーチェインさん、そういえば何故この場所に?」


「……あ! そうだ! そうだ、そうだよミナト君! 言い忘れてた、その為に来たんだよ俺!」


「とりあえず落ち着いて下さいね」


「落ち着いた! だから話すね! 君に――」


「俺に?」


「――体験実習に行ってもらう!」


(まためんどくさそうなモン持ってきやがって……)


 ミナトは新たなトラブルの予感に、本当に勝手ながら心底うんざりしたのであった。



© 2021 風ビン小僧

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