第2章13 あの日、僕が死にたかった本当の理由
思い出すあの日――、
「今日は珍しい流星群が見れます」
リビングに置かれた53インチのテレビから流れる音声。
この夜空を背景に、女性キャスターが説明をしている。
その流星群は非常に美しい色をしており、また、ラメが掛かったかの様に煌め輝いている。
そして既存の星々を覆い隠す程、非常に多く降り注ぐらしい。
年に一度、それか数百年に一度流れるかどうかの確率。
そんな日に巡り会うことができるとは幸運だ。日本中、家事も仕事も忘れて空を見ている。
――夜空にまた、一線の星が流れた。
「帰りが遅いなぁ……父さん母さん、何やってんだろ」
志々目真邦、6歳。異世界転移から13年前の出来事である。
厚いカーテンを開け、窓にべっとりと指紋を付けながら呟く。
いつもなら夕方に帰って来る筈なのだが、全くその気配すら感じ取れない。
車のヘッドライトすら見えない中、ただ只管に待つ真邦は見上げるばかりであった。
聞こえるのは、番組が盛り上がる音とクーラーの稼働音だけ。
そこに、一本の電話がかかる。
「電話? 出て、いいのかな」
一瞬だけ電話の応対をするか躊躇ったが、しつこいぐらい長い呼出音がこちらを呼ぶ。
真邦はまだ子供だ。未だ、何もこの世界のことを知らない。
今まで両親が守ってくれていたのだから、それは必然とも言えるのだが。
少し高い位置にある、手には入らない程に大きい固定電話を取ったまま、少年的冒険心と多少の罪悪感で胸を熱くしながら耳を傾ける。
直ぐに若い男の頼りなさそうな声が聞こえた。
「も、もしもし……?」
「え? あ、ぁ。あの、私、守山警察署の者ですが――」
だからこそ。あれは、あれは――、
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
アーチェインが報告する前。
三人は夜道を歩いて、協会の傘下である宿に向かう。
既に活動性のある光は無い。あるのは道を照らす街灯だけ。
そのせいか、夜空が綺麗だ。星がどこまでも続き、どこまでも思い出させる。あの夏の日の事を。
沈む足取り。ミナトは溜息をつく。
「ミナトさん、どうしたんですか?」
「あ、いえ……少し昔の事を」
「そう、なんですね」
どこか自殺願望の様な暗さを表情に刻んだミナト。
そんな彼を心配したルースは戸惑う。あの時、ミナトの記憶が跡形も無く消失していた事が発覚した時に感じた儚い危機感を抱いたからだ。
言えば何か変わるのだろうか。だが、言わずの世界線を辿る方が幾倍もマシだ。
そう判断したのだろうか、それとも眠気からなのか、口を噤むルース。
「何かあったの?」
ルースの隠した思いをぶち壊すアーチェイン。この夜風に吹かれて死ねば良い。
流石のルースも「アーチェインさん……」とドン引きした顔を浮かべて距離を取る。
まぁ、これもアーチェインが請け負った仕事のせいなのだが。
「別に、語る程の内容ではありませんよ」
「ふーん? お互いに色々抱えてるんだねぇ」
「アーチェインさんも?」
「そうだね! ま、暗い話というよりかは……ちょっと違うんだけどさ。実は俺、若い頃に――」
「そんな一から始まるんですか? 五文字で何とかなりません?」
「辛い」
「三文字?」
「過去」
「律儀じゃん」
夜風が吹き抜ける中。
何かドス黒いナニカをルース以上に感じたアーチェインは、自身の話をする事により、ミナトが話しやすくなる空気を作ろうとしていた。
結果は残念無念また来年だったが。
寒さのせいか、夜遅いのが原因なのか。
もしくはその両方なのかは不明だが、笑いは起こらなかった。場が明るくもならなかった。
なのでそこから少し、沈黙の間が続く。夜道をちょこちょこ歩く三人。
急にアーチェインは喋り始める。
「ねぇミナト君、俺に教わる気はないかい?」
アーチェインは教師と自ら言っていた。
ルースが特にリアクションをしてない事からも、それは本当だろう。
それにしても、異世界で積み重なった歴史や文化を知るチャンスが巡ってきたのはミナトにとっては幸運だ。
日本では歴史や文化、社会を習わずとも生きていけた。
しかし、ここではそうもいかない。
郷に入っては郷に従え がそのまま直接自身の生活、ないしは命にまで関わってくるのだから。大図書館の獣人の件の様に。
学べる事があるのは嬉しい事なのだろう。
故にミナトは少し上を見ながら悩み、そして――、
「――えぇ?」
眉間に皺を寄せた。
受ける利益は十分に理解しているのだが、アーチェインから教えられるとなるとテンションダダ下がりなのだ。仕方ないじゃないか。
ミナトが本気で嫌がっている表情を見たアーチェインは、大袈裟に自身の胸を掴むと嘆きの顔を浮かべる。
「凄く嫌そうな顔するね……傷つくよ!? 俺このまま傷ついちゃうよ!? いいのかい!?」
「勝手にどうぞ」
「うわぁあぁああぁあぁああああっっ!!!」
「傷つき方キモ」
「まぁまぁそう言わずに。ミナトさん、受けてみたら良いじゃないですか! きっと楽しいですよ!」
「ルースさんまで……?」
アーチェインは自身の頭を両手で掴んでクネクネとしながら叫ぶ。それを見て毒を吐くミナト。
久しぶりに超キモいと思った。
そんな中、ルースは両手をパチンと合わせた後に提案する。
彼女が言うのなら、相当信用できるのであろう。
しかし、どうにもルースが適当に言っている様にしか聞こえなかったのだが。
「ルースちゃんのお墨付きというやつだね、マジで損はさせないよ? はっはっはっ!」
(詐欺師かよ……)
ミナトがそう思った理由。
それは両耳にピアス、茶髪という外見をしたアーチェインが、危ないセミナーの講師にそっくりだからだ。
まぁ本当は見た事ないし、完全に偏見なのだが。ちなみにこの問題は、完全にミナトの頭の中で完結している。
元気よく腰に手を当てて笑うその姿を、じっとりと冷たく見るミナト。
その視線に気付いたアーチェインは、ゆっくりと手を後頭部に置いた。
そして、そのまま斜め上彼方を見つめながら、何とかミナトにYESと合わせる為に言葉を紡ごうとする。
「どう? 君と同年代の子が沢山居るんだけど……」
「僕はそこに馴染めないと思うので友人なんて出来ませんよ」
「ミナトさん……」
何とか捻り出したメリットに対し、ミナトから悲しい反撃を喰らった。
ミナトはそんな気は無かったのだが、その顔は悲嘆に包まれていると勝手に判断した他二人は気まずくなる。
故に変な空気が流れ始めたが、ミナトは構わず目的地まで進む。
実際、ミナトは自身の過去を顧みて発言した。
どれだけネガティブな考えだと罵られてもそれが事実なのだ。
だから発言を撤回する気もないし、ポジティブに言い換える必要もない。
――シシメミナトは、害をなす存在なのだから。
「……はっはっ! そんなに自分を卑下しなくても! ――大丈夫! 孤独にはならないよ!!」
「ミ、ミドル君が居ますもんね」
「そう、そうそう! あの子は血気盛んだから必ず、ミナト君に目を付ける筈さ」
「いや駄目でしょそれ。そいつと会ったが最後、絶対イジメが始まるじゃん。孤独にはならないってそういう事? しかも目を付けるって言ってるし」
"目を付ける" という言葉にポジティブな意味は無い。
それを十分に知っているミナトは、不平不満を口から噴出させた。
それに対して特に怒る事もなく、アーチェインは明るく笑いながら「大丈夫大丈夫」と言う。
根拠が全く無さそうなところが玉に瑕なのだが。
そんなアーチェインは自身の右胸を元気良く叩いた後、何故か誇らしそうな顔をする。余程自信があるのだろうか。
しかし、そのミドルとかいう奴は表面上は優等生、裏はとんでもないイジメっ子なのではないのだろうか。偏見だが。ドラマの見過ぎだが。
アーチェインは、そんなミナトの卑屈な考えを訂正する様に優しく答える。
「確かに血気盛んだけど、根は優しい子さ」
「何かあったら私に言ってください! えいえいしますから!」
「えいえい……? ま、まぁその時は頼りにしますね……」
そう言うと、ルースは自信満々に腰に手を置く。
とてもとても頼りになる言葉を頂いた。内容が意味不明なのは、あえて触れないでおく。触れたら死刑。
それにしてもミドルは血気盛んな奴だと何度も言われたが、もしかして熱血系イジメっ子なのだろうか。
そんなの絶対にサイコパス野郎に違いないのだが、本当に大丈夫なのだろうか。怖い。
バイトの面接並に不安と緊張に襲われた様な気がしたところで宿に着く。
宿の外観。
小学校と屋敷が綺麗に合成されたかの様な外観であり、オレンジ色の明かりが全ての窓から煌々と漏れている。
また、外周を華やかな草花と木で彩っていると思うのだが、その窓付近以外は暗くてよく見えない。
しかし、この宿は暖かい色の木材で建てられている事はなんとなく分かったミナトは入る。
そして玄関に敷かれた、土と砂に塗れた赤絨毯を踏みしめながら周りを見回した。
「うっわ広……」
「どうだい? 案外キレイだろ」
「貴族みたいな気分になれますよね!」
何故かアーチェインはドヤ顔を浮かべながら、片腕を広げながら回る。
右を見れば長い廊下、左を見ても長い廊下。上を見れば手すり付きの二階もある。
また、赤花が混じったツルやモコモコの葉が生えた低木などの観葉植物が所々に置かれており、木製の内装にとって良いアクセントになっている。
癪だが、本当に綺麗だ。非常に癪だが。
「ここでお別れだね、ルースちゃん」
「そうですね! お休みなさい!」
「え?」
そんな呆気なくと思ったミナトは、思わずルースの方を振り返る。
もう少しだけ一緒に居られると勘違いしていたのだが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
ミナトと目が合ったルースは「お休みなさい!」と元気良く言った後、ミナトが対応する暇も無くスタスタと奥に歩いて行ってしまった。無慈悲。
「――ミナト君? 男子はこっちだよ!」
「ぇあ、あぁ。はい」
漫画であれば、ミナトの眼前で枯葉と冷風が吹き散らかした場面の中、アーチェインはルースが行った方向とは真逆の方を指差して呼びかける。
ミナトはそれに応じながら、名残惜しそうにルースの背中を見送るのであった。
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「君の部屋はここだよ」
「案内ご苦労様です」
「じゃ、お休み! 俺も寝なきゃぁなぁ〜」
二人は、廊下に何枚もある中の一つであるドアの前に立っていた。
その光景はホテルを想起させる。最後に泊まったのは、いつかたぶりか。
ミナトは、そんな何となく馴染みのある光景に安心する中、目的地まで案内したアーチェインは背伸びをしながら歩いて行った。
ミナトはその背中を一瞥した後、眼前にあるドアに再度振り返りながらドアノブを握り、開けて入る。
その部屋の中には普通サイズのベット一つ、そして様々な家具を除けば、別に特徴も無いただの部屋であった。
しかし、それでも休息をとるには十分。
早速ミナトは靴を玄関で脱ぐと、遠慮なくベットの上に転がった。
靴を脱がない外国スタイルは自身には合わないと思っていたので、異世界の宿が日本式で良かったと安心する。
「……風呂、入らないといけないのか」
面倒くさい。ミナトは素直にそう思った。
別に汗もかいていないし、汚れてもいない。
いや、少し砂埃に塗れているだけだ。だったら入らないといけないではないか。面倒くさい。
アーチェイン憎し、と思いながら体を起こす。
前方、右を向くと白い扉がある。
あの中に風呂とトイレがあるに違いない。俗に言う、ユニットバスというやつだ。
ミナトは溜め息をつきながら、ゆっくりとその方向に歩いていく。
疲れているのか、その白いスライド式ドアを引いたり押したりしながら、漸く開ける事ができた。
丸石で出来た、五右衛門風呂みたいな浴槽と床。
トイレらしき物体は見当たらないのを確認し、何故か既に溜まっている湯に違和感を覚える。
いつ風呂を沸かしたのか。もしや、これもアーチェインの思いやりなのか。ならキモい。
後日、アーチェイン本人に聞く事を決めたミナトはその場でナタも服も全て脱ぎ散らかし、早速その身を浴槽の底に沈める。
全身を暖かさで包んだのは、異世界に来てからこれが初めてではないのだろうか。
浴槽の縁に足を乗せ、なんとも言えない優越感を放出しながら、うとうとと目を瞑った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「――――」
何やら騒がしい。ドアを叩く音がする。
「おい! ―――ぞ!」
断片的に言葉が聞こえる。眠い。
「おい! もういい加減起きろっ!!」
「うーん……」
三回目でミナトは漸く起きた。
いつの間にか寝落ちしており、水面に顔を沈めていたようだ。
眠り眼を直に擦りながら足を下ろし、浴槽からザバンと音を立てて立ち上がるミナト。
濡れた髪をかき揚げ、乱雑に脱ぎ置いた服を適当に着た。
その間もドアの前から叫ばれており、何とも騒がしい奴だと嫌と言える程に認識させられる。
「居ねぇのか!? ……あ、まさか疲れ果ててんのか? だったら悪い事したな……」
「居るしずっと起きてるよ」
「居んのかよ! だったら直ぐ出ろよ!!」
騒音の主が反省した声を出した瞬間、ミナトがドアを開けると怒られた。理不尽。
その身長はミナトが見下げる程、しかしミアよりかはデカい。
年齢は十四、五歳だろうか、何しろ軽装なので中学生に見えるのだ。
声量に見合った活発な少年はニカっと笑い、自身の橙色の髪を揺らしながら声を張り上げる。
「名はラッセル・ミドル! ――まずは俺様と戦え!!」
うんざりミナトは、とりあえずドアを閉めた。
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