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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第1章 〈龍の願い〉
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第2章12 泣き虫小僧の報告膳所



「ひげぇええええんっっ!!!」


「えぇ……?」

 

 この、闘技場にも似た場所の床を構成する砂を濡らしまくるのはアーチェインの涙だ。ドン引きするのはミナトだ。


 圧倒的な勝利と言っても良い対戦だった。

 一瞬で思いついた勝利までの計画が、面白い程に上手くいった結果。

 結果泣いた。泣かせてしまった。いや、どうでもいいし罪悪感も無いが。


 しかし、このまま泣かれていても気色が悪い。

 意を決し、大の字うつ伏せアーチェインを止めることを決めたミナトであった。


「泣き止めボケ」


「急に人格変わりすぎじゃない?」


「あ、泣き止んだ」


「あ、しまった」


「しまった?」


 二人揃って「え?」と呟く。仲が良いのか悪いのか。

 アーチェインは顔だけ上げたまま、ミナトは直立不動で見下げたまま、数秒だけ時が止まる。

 先に口を開いたのはミナトだった。

 

「嘘泣きだったんですか?」


「嘘というには少しばかり、まぁ……時間が必要だよね! はっはっはっは!」


「さよなら」


「待ってよぉっ!?」


 これ以上付き合っていられないと判断したミナトはそそくさと出ていく。


 ――もう寝たい。そう純粋に思ったのは何年ぶりか。


 実際に眠気が今襲ってきているという訳ではないが、何百年のような数時間という、とても濃い時間を過ごしたミナト。


 なので、ベットでも布団でも良いのでとりあえず横になりたいという、まるで社畜の残業後、あるいはトイレから自分の部屋に帰ってきたニートのように寝転がりたいのである。


 なお、ミナトは何処に宿があるか知らない。精神の疲れとは、げに恐ろしいものだ。


「俺の剣舞見なくていいの!?」


「いやいいです」


 興味なし。どうだって良い。


「自作の詩集聞かなくて良いの!?」


「嫌です。……えっ何ですかそれ? 直ぐに焼き捨ててくださいねそれ」


 恐ろしすぎる。燃やした後の灰すら悍ましい。


「――良い物要らないの!?」


 そこで漸く足を止めたミナト。

 実はここまで、アーチェインはミナトの服の裾を両手で掴んでいた。

 そしてそのまま、ずるずると音を立てながら引きずられていたのだが、ミナトが足を止めた事でそれも終わった。


 そういえば、あと二分だけ試合を続ければ良い物をあげると言われていた。

 やはり金だろうか。それとも異世界限定アイテムとかなのだろうか。


 どちらにしろ、テンションが上がった気がするミナトは大いに期待する。

 これで例の詩集だったら、このまま蹴り飛ばして帰ってやるという決心もした。


 ミナトが自分の話を聞いてくれることを察してなのか、床に密着しているアーチェインは裾から手を離し、改まって正座をする。


「良い物って、金ですか? それとも換金できる物ですか?」


「うん、どちらにしても金だね。――今日! 今ここで君に渡す物!! それは――」


「それは?」


「――"武器"だよ!!」


「おぉ……おぉ? おぉ」


 よくよく考えれば、別に改まって声高になる必要性はアーチェインにはない。

 と思うが、ここは異世界。火吹き槍や凍結鉄柱など、とんでもない武器が存在するかもしれない。


 しかし、そんな物騒な兵器じみた武器を持っている気配は無い。何故なら今のアーチェインは軽装だからだ。

 一体何処から取り出すのか注目しながら、その形状も予想するミナト。


 ミナトから期待の視線に晒されながら、正座アーチェインは自身の腰当たりをゴソゴソした後、相手に見せつける様に差し出す。

 それはミナトの予想を大きく裏切るものであった。

 爆弾か、小型の火炎放射器か一体なんなのか。その正体とは――、


「――ナタ?」


「そうだよ! 俺の自腹さ!」


 手渡されたのは革のケースに入った刃物。

 ミナトは早速そのケースから外すと、それは日本のホームセンターなどでよく見かけたナタであった。木製の持ち手に刃。


 よく、と言える程は頻繁でないかもしれない。いや、そうじゃなくて。


(期待外れ……)


 この言葉に尽きる。

 想像しすぎてしまった方も悪いが、もっとファンタジー的な要素がふんだんに盛り込まれていると思っていた。というか入れて欲しかった。


 人間、落差が酷いと、相手に非が無くとも非難してしまうものである。

 しかしミナトはなんとか踏ん張り、喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


「どうだい!? 中々の物だろう!? 何しろ自腹だからね!」


「自腹は関係ないでしょ」


「切れ味十分、値段で一難、興味は津々ってね! なにしろ俺の財布から出費してるんだから!」


「自腹を言い換えても意味ありませんよ」


 アーチェインの善意の押し売りが何とも癪だが、折角だから受け取っておこう。

 戦利品だ。誰が何を言おうともこれは戦利品なのだ。そうだ。そうなのだろう。そうなのだろうか。


 黒髪の上にクエスチョンマークが浮かび上がったところで、ミナトはアーチェインからの品を受け取った。

 ――意外と軽い。他の物で例えれば、包丁ぐらいか。


 刃渡り三十センチのナタは、意外にも刃物扱い初心者のミナトの手にしっくりときた。


「まぁ……ありがとうございます」


 親しき仲にも礼儀あり。親しくないが、礼儀ありだ。

 あまり褒められた礼の仕方ではないが、アーチェインはそれでも嬉しそうに頷く。

 そんな中、後ろから「ごめんなさぁぁぁぁあいっっ!!」と大声がした。

 完全に分かった。ルースだ。


「ルースさん……?」


 ミナトは振り返る。遠くの闇夜からでも目立つ。白い白い。そして速い速い。走るのが速い。

 気付いたら既にミナトの目の前だ。

 ルースは息を切らしながら、自身の後頭部をポンポンと叩きながら話す。


「いやぁ、すみません……道案内とか色々してたらこんな時間に」


「み、道案内で……? 何人に聞かれたんですか?」


「えへへ三十人ぐらいに」


「どう考えても怪しすぎる」


 そんな事は起こるはずがない。

 しかも、たとえ世界一の善人でも十五人目から無視するだろう。底無しの体力と善意だ。

 なんとなく、ミナトは顔だけ振り返ってアーチェインの顔を見る。


「……え? 俺はその三十人の中に居ないよ?」


「いや当たり前でしょ」


 てっきり、教師であるアーチェインが生徒達を使ってルースを足止めしていたのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 こんな気が抜けた面できる奴が、そんな考えを思いつく筈もない。絶対無理無理無理。


 ――意外にも、二面性があるのかもしれないが。


 まぁとりあえず、ルースは来た。これで心から安心できる。何があっても大丈夫だ。

 守られたい。ばぶばぶ。


「でも本当にごめんなさいミナトさん、こんな時間まで迎えに来れずに」

 

「いやいやいや! 来てくれるだけで十分嬉しいですよ! ありがとうございます」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 そう言うと、ルースは微笑む。

 もうこれだけでええんや。


 ミナトは幸せな気分に浸ると、目を閉じる。そして自然と優しい笑顔になった。

 その顔を後ろから覗き込むアーチェインは羨ましそうに「その気持ちを少しでも俺にくれたらいいのに」と呟く。


 絶対ない。それをミナトは首を振るジェスチャーで伝えた。


「ひ、酷い……」


 絶望を顔に浮かべた後にいじける。

 両人指し指ツンツンアーチェイン。

 

 辛辣なミナトに対し、ルースも珍しく怒らない。

 単に疲れているのか、それとも容認してるのか不明だが。


「あ。そういえばミナトさんは何処に泊まるんですか?」


「あぁ、アーチェインさんが用意してくれた宿に泊まります」


「え、そうなんですか! 近くですね!」


「あ、え、そうなんですか?」


「――私は女子寮なので!」


 ――女子寮。


 女子"寮"ということは、その宿はどこかの企業が用意していることになる。


 ――そうだった。忘れかけていたが、アーチェインは組合側の人間だった。


 実際、ミナトがこの町から逃亡不可能なことを宣言した事実がある。

 いつの間にか勝手にアーチェインが自腹で宿を借りてくれていたと勘違いしていたミナトは、自分が本当に監視されている事に、深く溜め息をつきそうだ。

 別にもういい、面倒くさくなってきたと投槍になるミナト。


 しかしその時、ふと疑問に思った。


「……アーチェインさん、何故自分にこれをくれたんでしたっけ?」


「――勿論、君の為を思ってだよ。財布との共同作業さ」


「その遠回しでキショい言い回しなんとかなりません?」


 聞くだけ無駄だった。

 もしかしたら、このナタの中に盗聴器などが入っているかもという考えに至り、質問したが完全に無駄だった。完全に、無駄だった。

 

(アーチェインはただの、組合側が用意した謝罪用の人材なのか?)


 あの絶叫暴力岩石オヤジが直に手下に対し、あの少年を陥れろとか監視しろと命令していた場合。

 アーチェインがその手下なのならば警戒しなければならないのだが、その性格が故か、警戒心が薄くなってきているのが実感できる。


 正直、気持ち悪い。

 何もかもが気持ち悪い。本当に自分が自分で、あの自分が今の自分であるという自覚が薄くなっていく。

 

 そういう意味でも、アーチェインと付き合うのが苦手なミナトであった。


「じゃあさっさと帰りましょう。この夜風はアーチェインさんの身に障るようなので」


「あ、あはは。君のご親切に感謝するよ」


「確かに寒いですしね!」


 心の中で密かに 障れ と呪いをかけたミナト。

 ルースがいるので言葉に乗せることは不可能だ。


 しかし、なんともまぁ順調に物事が進んでいる。

 日本に居た時、こんなに話せる相手は存在しなかったし、なるようになるという言葉は実現されなかった。


 だがとりあえず、この世界で一人きりになってしまう可能性は限りなく低い事を確信したミナトは、安心して夜空を見上げたのである。



               ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 ミナトとルース、アーチェインが宿に着き、それぞれ別れた後。

 アーチェインは一人、暗い木の廊下を歩いていた。

 その表情は、いつものと比べて暗い。これが本当の彼なのだろうか。

 誰も分からぬまま、木製のドアを軽く叩く。低く「入れ」と声がした。躊躇せず入る。


「失礼しますよっと」


「お前か。どうだった? 奴は」


 窓が一切ない部屋の中、深く椅子にもたれかかる男は問う。

 深緑色の衣類が特徴的な屈強な男。――カイベト・ベルだ。

 今現在、ミナトがこの世界で一番嫌っているニンゲン。


 それが今、アーチェインから話を聞こうとしている。その内容は勿論、シシメ・ミナトについてだ。

 アーチェインは左耳のピアスを指で弾きながら、普段と異なるテンションで答える。


「あれは随分と厄介そうな少年っすね。話す限り、認めた相手にしか心開かない種類の人間っすわ。めちゃ苦労しましたよ」


 今日の行動についての纏めだ。アーチェインはミナトの行動全てを思い出しながら考察する。

 また、ミナトがアーチェインを階段から突き落とそうとしていた事もまた憶えていた。そしてその全てを。


「刃物は?」


「ちゃんと、渡しましたよ」


 ミナトの読み通り、と言っていいのかは不明だが、善意からのプレゼントでは当然なかった。

 自腹も嘘だ。経費の範囲内でアーチェインは活動していたのだ。

 どれが嘘で、どれが事実なのか。だがしかし、その真意はこの二人の中でのみ通じる。

 アーチェインだけは少し苦い顔をした。


「そうか……で、奴と腕試ししたそうだが、実力はどれほどだった?」


「強いっすよ。思わず俺ビビっちゃいましたもん」


「それ程なのか」


「ええ。体力は底を知らないわ、腕っ節は果てしないわ、それに――」


「それに?」


「あの子を木刀で叩いた時、なんか変な感触だったんすよね。なんかこう……なんていうんだろう? こう……固さのある肌? まぁ分かんないんすけど、要するに人間の肌じゃねぇってことっす」


 ピタッと当てはまる丁度良い言葉が見つからず、身振り手振りが多くなるアーチェイン。だが、やんわりとだが伝わったようだ。

 カイベトは自身の顎を手で摩りながら、呟く。


「人間の肌ではない……ということは奴は魔物か?」


「かもしんないすね」


 信頼する部下の意見だ。

 これでカイベトの中では、ミナトがまともな人間である可能性は益々低くなってきた。

 あとはどうミナトと廻神教の関係性を暴けるか。きっかけを作る為にもアーチェインに問う。


「魔法の類は考えられないのか?」


「いや、それは無いと思いますよ。彼から魔力操作の感じはしなかったですし。ま、風魔法っぽい変な魔法は使えてましたけど。後は映像を見てくだせぇ」


「もう既に見た。何十回もな」


「じゃあ俺、来なくても?」


「良かったとは言わない。現場に居たお前だからこそ聞けることもあるしな」


 カイベトは溜め息混じりに深く椅子に背を預ける。

 シシメ・ミナトについて色々と謎が残る、いや、謎が増えたことについて頭が痛くなったからだ。

 なんとしても彼の謎を全て解き明かし、廻神教との関係を暴かなければならない。


 ――復讐の為に。


「それにしても、奴には引き続き警戒しなければならないな」


「えぇ。そうっすね」


「最後になるが――」


「えぇ。なんすか? なんでも答えますよ?」


「――シシメミナトは廻神教の一員だと思うか?」


「――――」


 シシメミナトと一日だけだが常に側にいた人物、アーチェインに問う。

 アーチェインは深く考慮した後、慎重に答える。

 ミナトとは、彼が今後も付き合っていかなければならない相手。

 こういう人物だと決めつけてしまえば、後の監視生活に支障が出てきてしまうかもしれない。


 ――何しろ、シシメミナトの勘は異常に鋭いのだから。


 だから、あえて確定せずに伝える。

 この質問の意図としては、断言して欲しいのではなく自分の考えを肯定して欲しいのである。

 アーチェインは長考した後、鼻から深く空気を出しながら答える。


「――それはまだ確信できないっす。ですがそれに近しい存在だと、俺は思います」


「そうか、根拠は?」


「俺の勘だけっすね! はっはっ!」


「……」


 カイベトは困った顔を浮かべ、手で顔を覆う。


 冗談か本気かどうか不明だが、今はこれでいい。

 もしもミナトが廻神教の一員なら、様々な要因から直ぐに行動するだろう。

 そこを現行犯で押さえれば良い。今は、今は――、


「――それにしても、奴に話かけてすぐ対戦などとは随分と無理やりな展開だな。それに、わざと相手の攻撃を喰らうなどとは危険すぎるぞ。会った時からそうだが、お前は急すぎるんだよ。悪い癖だ」


「ま、まぁそれぐらいしないと! はっはっ! ダラダラやってたら、なんか、あの、そのまま一生無視されちゃう様な気がして!」


「……気を付けろよ」


「は、はい……善処します」


 考え事をしていた途中、カイベトから嗜められたアーチェインは後頭部を掻きながら、ぱんと思いついた言い訳をする。


 しかし、それは的外れでもない。ミナトはアーチェインが大の大の大嫌いだからだ。

 大の大の大の大の大嫌いから、大の が三つも減ったが、それでもだ。

 なので雑だった箇所は素直に反省しなければならない点であろう。ミナトから気に入られる為には改善しなければ。


(はぁ……胃が痛いなぁ)

 

 こういう仕事は自分に本当に合っているのか不安になり、ピアスを指でデコピンしまくるアーチェインだった。



© 2021 風ビン小僧

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