第1章1 転ずるは青花
――全てが、憎かった。
「あのね。お○さんも若○頃色々悩んで○け○ど、だ○らって死のう○し○ゃ駄目だ○」
この価値のない幸運と、その結果 生きている片割れの事も。
「色ん○人に迷惑かけ○ゃ駄目○しょ、分○る? いっちい○言○○きゃ理解できない年な○かな。まだ」
今日、適当な高さの商業ビルから飛び降りて死のうとした。だけど邪魔されて出来なかった。
邪魔されて邪魔されて邪魔されて邪魔されて邪魔された挙句、積み上げてきた気持ちや覚悟、何もかもを無駄にされた。
――死ねば、全て解決する。
人間である以上、人間として生きてきた以上、それが事実でなければいけない筈だ。
「――ねぇ聞いてる!? 君に話しかけてんの」
安めの消臭剤臭い車内の中、助手席の くたびれた年寄りの警察官が偉そうに説教をする。
その間、ずっと死の余韻がぐいんと この頭を揺らしている。
そのせいで文章がどうも今一つ頭に入ってこず、マイナスな単語だけが明瞭に聞こえていた。
――言い換えれば揺蕩う感覚。
そこで感情任せに怒鳴られたものだから、嫌にも意識は現実に引き戻されたのだった。
(次こそ、死ねるのかな)
そんな事を考えながら、一言も返事を返さず ゆっくりと右の壁にもたれかかる。
雨染み残るサイドガラス越しの景色は、今日が曇天だからなのか、一面が灰色に写った。
「○○さん、もうすぐ着きますぅ」
「うい」
比較的若い男性が事務的に報告をしつつ角を曲がっていく。
それに伴い 少しの遠心力が発生すると共に、焦燥感がもやもやと心に芽生えてきた。
――今回で3回目の自殺未遂だ。
いくらここが田舎だからといって、そう何回も許される事はないであろう。
施設行き。
その言葉が現実味を帯びていく。
(僕の人生って何なんだろ。ずっと不幸せだ)
果てのない焦燥感が苛立ちに変わってきた頃、車内に独特な花の香りが立ち始めた。
それと同時に何処からかポコポコという音も鳴り始める。
最初はまた趣味の悪い消臭剤を撒いたのかと思ったが、前席の二人も困惑した顔をしている為、それは違うとすぐに分かった。
(この匂い、何処かで)
この状況が続けば遠い記憶が呼び起こされそうではあるものの、嗅いでいてあまり心地良いものではない。
故に少しだけ換気をしようとボタンに手を伸ばそうとした。
――その時だった。
「え? なに――」
現実感のない浮遊感が訪れた直後、天井にばんと叩きつけられた。
呻く暇も無いまま、サイドガラス越しの景色一面が一瞬に真黒く切り替わる。
それはまさしく、今、自分達が奈落へと落ちているという現状を表していた。
あり得ない。どうして。何故。それを考える余裕すら無い。
ただ只管に深淵に向かって落ちていく。危機感が恐怖を上回っていく。
なぜ。なぜ――、
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「――うぐっ、ぅううぅっ。ごほっゴホゴホっ!!」
喉がはち切れそうな程に強く出た咳が意識が覚醒させた。
――暫く、眠っていたのであろうか。
頭が重くて思考がハッキリとしない。それに全身が鉛の様に重く、動く気力すら湧かない。
しかし、いつまでも寝ている訳にもいかないだろう。
なので這いつくばったままに目を開くと、ぼんやりとだが、周りが火の海になっている事に気付いた。
「こ こ は ? 穴から 落ち て」
ゆっくりと上半身だけを起こして見回すと、火の道がひっくり返った車へと繋がっている。
加えて全体的に少し閉塞感がある。ここは何処か部屋の中らしい。
頭が痛い。勝手に目線が左に動く。
未だ視界と頭がぼやけており、大破した鉄の残骸を見ても何の感情も湧かなかった。
――血滴る肉塊に貪りつく怪物の姿を見るまでは。
「 は 」
目の前の光景。
一時は受け入れた死が色濃く、鮮明に、紅く煌々と染められていく。
嫌に生暖かくなる額と跳ね上がる胸が既に恐怖を伝えていた。
――志々目 真那 19歳。