第2章11 全力暴行拒否
両者は構える。ミナトは剣道など齧ったこともない。正真正銘、ズブの素人というやつである。
なので木刀をどう振れば良いのか、足をどう動かせば良いのか全く分からない状態で戦わなければならないのだが、何故か不安は微塵も感じない。
そのことに深い疑問と安心感を覚えながら、目の前に立つアーチェインを睨みつけていた。
「……ミナト君」
「なんでしょう? 降参ですか?」
「いやまさか! ここまで来てやらないって訳にはいかないよ! はっはっはっ!」
「じゃあ何ですか」
「うん! じゃあ話すね!! ははっ! 今の君の構えた姿を見る限り、剣の道にとてもとても疎い事が分かった!」
「……」
「――だから最初の一発はミナト君に譲るよ。殺す気で来てごらん」
そう言って構えを解くアーチェイン。
随分と舐められたものだ。木刀をゆらゆらと揺らしているのは挑発のつもりなのであろうか。ならば買わねばなるまい。喧嘩を。
ミナトは両足に力を込め、両手で掴んだ木刀の先端を相手に向けながら腕を引いた。
「さぁ! 来――」
「死ねェッ!!」
不細工な突き。しかしそれはミナトの怪力によって何倍も威力を底上げされており、踏み抜いた地面の欠片が床に落ちる前、既にアーチェインの懐にまで接近していたミナトが叫びながら腕を伸ばすと――、
「――うぐぬぅ!?」
乾いた爆音と共にアーチェインを勢いよく後方に動かす。
だが受け止められた。物凄い身体能力と反射神経だ。本人が言う通り、本当に強者なのかもしれない。
「こ、殺す気でとは言ったけどさ!! 流石に限度が――」
「うるせぇッ!!」
ミナトは木刀を振るう。相手は風魔法の使い手。距離を取られれば負けるのは必須なのだ。
故に近づく。近づけば、自分ごと風魔法の餌食となることを恐れるに違いない。打たせない。近距離で方をつける。
それにもう一つ、接近する理由があり――、
「――開放」
「おわわっ!?」
ミナトは左の掌に穴を開け、アーチェインの方に向けた。そこから吹き荒れる暴風。何度もお世話になった力だ。
命宿すもの以外を一切合切吸い込む力。対象はアーチェインの木刀。
強制的に相手を素手にすれば、こちらは木刀。戦闘を有利に進められるに違いない。
狙い通りアーチェインは一瞬引き寄せられた。が、直ぐに体勢を戻し、後ろに跳んで回避。
木刀は吸い込めなかったが、接近後に開放という繰り返していけば相手を追いつめることができる筈だ。
「なんか、凄そうな魔法を使うね!? ついついびっくりしちゃったよ!」
「――――」
ミナトは休まずに突撃する。もちろん開放はしたままでだ。
この能力を初めて使った時、槍は胸から約十センチの所で消えた。吸い取れたと言い換えても良い。
ならば、この状態で触れば相手の武器を奪い取れることだろう。この方法なら、別に吸い込むのをじっと待たなくて済む。
どういう理屈なのかは分からないが、つまり、開放していれば相手を無力化出来るという事だ。有効利用させてもらおう。
一瞬で相手の懐に潜ったミナトは左腕を全身で振るう。軽々とそれを避けたアーチェインは「隙あり!」と左脇の下を小突くが――、
「――っ!?」
一秒にも満たない動揺。それを見逃さなかったミナトは相手の額を目掛けて木刀を振るう。
「あ?」
ミナトの千載一遇の攻撃は止まった。――いや、正確には"止められた"。
ミナトの木刀とアーチェインの間に丸い風の壁が一閃を止めたのである。
まるで磁石の反発の様な感覚だ。届きそうで届かない感覚。
刹那。アーチェインは自身の木刀に風を纏い、ミナトの腹に突きつける。ただ、それだけで壁まで吹き飛ばされるミナト。
「なんだ……!? 何が起こった」
当然だが風は見えないものである。そして先程纏っていた風が一切何かを靡かせる事は、ミナトを吹き飛ばすまで無かった。
それ程の緻密操作。故にミナトは混乱する。しかしそれもまた、一瞬の出来事であった。
「――閉塞。成る程、それが貴方の風魔法ですか。リアさんとは違ってかなり繊細なんですね」
「ははっ! びっくりだよ、壁に背を強打したのに。……全く効いてないなんてさ」
ミナトは自身の能力を閉じ、立ち上がりながら冷静に言う。
リアは己の魔法を使う時、自身の髪やらスカートの端やらが、ゆっくりとだが靡いていた。それがアーチェインには無い。これがスペリア級の実力なのか。
対してアーチェインは苦笑いする。先程の魔法の威力は二割も出していない。だがそれでも少しはダメージを与えられると思っていた。
故にミナトが冷静に自身の魔法について語っているところを見ると、相手が理解を超えた存在だと錯覚し始めてしまうものだ。
アーチェインは目の前にいる者を心の奥底で評価しながら、ゆっくりと構えた。
両者の間に、切り詰めた空気が張り詰めかける。
「……ちょうど区切りが付きましたね。もう終わりましょうよ僕の負けでいいし」
しかし、ミナトは面倒くさくなってしまった。そもそも最初から乗り気ではなかったのだが。
アーチェインとの距離が離れ、ちょうど良い間が生まれたところで、呆れのギアが上がってしまった。自分は何をやっているんだろう、という思いが湧き上がる。
突然のリタイア宣言に、アーチェインは「ちょちょちょ! ちょっと待って待って待ってぇっ!!」と全身を使って、そのまま出口に向かうミナトを止める。
そして目の前に転がり込んで来たアーチェインを冷たく見ながら、ミナトは一応「なんですか?」と聞く。後の展開は嫌ほど分かってしまうが。
「ね? ね? もう少しだけ続けない? ほら、あのさ。あと二分だけ! あと二分だけ続けてくれたら良いものあげるし、それに俺の剣術! 普段使いの武器を使った剣舞なんか見せるよ! ね!?」
「えぇ……?」
「眉間にシワが寄り過ぎてる!」
興味無し。
「ルースさんも探してるかもしれませんし、もう外に出ます」
「いや、確かにそうだけどさ……君は強くなりたくないのかい?」
「いやなりたいですけど」
「そうだろう? じゃあ、俺との戦闘訓練は為になる筈だよ! 普段はお金がかかるんだから! 無料だよ無料! 俺の実力も凄いでしょ!?」
「凄いですけど。素人と……玄人、が戦っても仕方がないでしょ」
危ない。プロといってしまうところであった。咄嗟に出てきた単語が玄人とは、些か言語変換能力に不安が残るが。
しかし、これでミナトが異世界人だという情報の暴露は防がれた。一応、この人物には隠しておいたほうが良いだろう。それに、アーチェインが協会か組合側の人間の場合、既にそれを知っているかもしれないことも考慮する必要もある。
正直、色々な可能性がある此奴と付き合うのが面倒くさい。
アーチェインは、そんなミナトの心中などつゆ知らず、頭を恥ずかしそうに掻きながら元気よく笑う。
「はっはっはっ! 照れ――」
「じゃ」
「ええっ!?」
即退散。付き合ってらんない。もしルースが孤独にこの夜の中を探し回っていたらと思うとゾッとする。しかも自分のことを探して、だ。
風邪でも引いてしまったらどうするつもりなのか。その時は慰謝料+付きっきり看護をしよう。
そんなド気持ち悪いミナトの妄想は決して、決して叶うことはないだろうが。
アーチェインは両膝を床につき、ミナトの両手を掴みながら上目遣い。加えて目を潤ませる。美少女にのみ許されている行為をいとも容易く行うとは、時代が時代なら即処刑だったであろう。いやそんな時代は無いが。
また、その行為が原因でミナトを現在進行形でイラつかせていることは、能天気なアーチェインが気付くには少し酷な話であった。そのまま懇願を続ける。
「頼むよっ……君の実力を測りたいんだ」
「明日でもできるでしょう?」
「今日しかできないんだよ……! 俺教師だしスペリアだしで忙しいのさぁっ!! お願ぁぁぁぁいっっ!!!」
暑苦しい。いや、手を握られているから熱苦しいなのか。正直、野郎にこんなことをされても誰も何も得しないとは思うが、ミナトは今と過去を重じている。敵は敵、味方は味方、ルースはルースだ。
いくら付き合うのが面倒くさいと言っても、アーチェインは教師でスペリア。その影響力は非常に大きい。もう既に遅いとは思うが、この人物に対して存外な態度を取れば直ぐに手回し根回しして、ミナトがこの町で生き抜いていくことを困難にさせうるかもしれない。
なので必死の説得に溜め息をつきながらでも、嫌々従うことにしたミナトであった。
「はぁ……分かりましたよ。本当にこれで最後ですよ? ――本当にね」
「あ、あぁ! ありがとう! 感謝す――」
アーチェインが両手を離した瞬間、ミナトは容赦なく木刀を振り上げた。完全に油断している、両膝をついた姿勢のアーチェインは辛うじて避けた。
仰け反ったままのアーチェインに、また容赦なく振り下ろすミナト。
「うぉおっっ!? 不意打ちは得意だよね君!!」
アーチェインは風魔法を使い、身を捩りながら空中で回転し、ミナトの頭上を通過した後、背後に着地するという離れ技を見せた。
防御から身体操作まで、随分と器用な事が出来るものだ。自分もいつかそういう類の魔法を使える日が来るのかと、間髪入れず左踵で地面を蹴り抜きながら思う。
そしてアーチェインに猛スピードで飛んできた小石や砂がその目を覆い隠し、走った痛みで瞑る。
その隙を狙い、ミナトは振り返りつつ己の木刀を相手に向かって投げつけた。
「ぐっ……!!」
顔を左掌で包みながらも、辛うじて弾き返したアーチェイン。
素手になってしまったミナトだが、怯まずに突き進む。
「開放」
空中でくるくると回転しながら落下する木刀が、直線的にミナトの右掌目掛けて飛んでいく。
そしてそれが吸い込まれる瞬間に「閉塞」と呟きながら右手で木刀を掴み、全力で時計回りに回転しながら木刀を叩きつける。
その渾身の一髪ですら、アーチェインにガードされてしまった。
――しかし、ここで終われるはずがない。
「開放ッ!」
「――っ!?」
ガードする為に完全静止させた木刀。そこに目掛けて穴を開けた左手を振るう。
自分の得物ごと相手のを吸い込んで消えてしまったが、それは想定範囲内。そのまま左手でアーチェインの右耳を掴み、直ぐに右手で左耳を掴む。
そしてアーチェインとの距離を縮め、頭を後ろに下げ、全力頭突き――、
「――待ってぇっ!!」
相手の顔前で寸止めしたミナト。風圧がアーチェインの茶髪とピアスを揺らしあげる。
ゆっくりと目線を動かすと、アーチェインは泣いていた。それはもう大人気ないくらいに。
「……え?」
「うわぁあああああああんっっっ!!!」
――ミナトは人生で初めて、心の底からドン引きして手を離すという経験をしたのであった。
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