第2章8 Uターン リターン 僕のターン!
「――ところでデロバッサ君、人間ってなんだと思う?」
「……え?」
ミナトの突然の問いに固まる幼気なデロバッサ。その黄金の瞳に困惑を浮かべる。
それもそうだろう、ミナトが何故か自信満々な顔をしながら哲学ぶったことを聞くのだから。
お互い見つめ合い、そこに時間の空白が生まれる。ミナトが勝手に子供だと思っている相手に対して、本当に一体何をしているのだろうか。
「急な……そんなこと、ぼくちんに聞いてどうするの?」
「なんでだろうね?」
「……え?」
間を取らない、ミナトの即答に再度固まるデロバッサ。
まさか、日本から引きずってきたコミュ障がここにまで根を張っているのだろうか。だとしたらもう救いようがないので死刑である。
そんなことはさておき、デロバッサは意外にも悩んでくれている。顎に手をやり、真剣な表情だ。
天井からぶら下がっている照明が本棚に挟まれている二人を、一階よりに居た時よりも明るく照らす。
「ぼくちんに愛を教えてくれる存在、かな」
随分と時間を取って、ポツリとそう呟いた。
きっと色々な経験を思い返し、様々な出来事に折り合いをつけた結果であろう。
しかしそんな事はつゆ知らず、ミナトはデロバッサの答えに対して(すげえ大人びてるなぁ〜)との感想を心の中で抱いていた。
ミナトは本当にお馬鹿なのかもしれないという事実は伏せておき、デロバッサは「それでそっちは?」と興味ありげに聞く。
こっちばかり話をして、相手側から何も反応がないようでは全く納得がいかない、加えて、ミナトという珍しい存在からの答えが気になったのであろう。
まさか強制的に自分のターンに切り替えられてしまうとは。予想していなかったミナトは、頭を掻きながら考えを纏める。しかし、デロバッサとは違い時間はかからなかった。
人間とは何か。大昔からの難問。人間とは――、
「――分かんないや!」
「……え?」
纏めた結果、訳が分からなくなってしまったミナト。そして心の底からハテナマークが湧き出たデロバッサ。
暫しの沈黙の後、デロバッサは無言でミナトに背を向けて早歩き。
どうやら今のやり取りを無かったことにするつもりらしい。本当に呆れ果てたのであろう。心なしか少し拗ねているような気がする。
どうしようもない0点ミナトは急いで、情けなく付いて行くしかできなかった。
「なんかさ……ごめんね? いや、ほら、ね。ほら、あれだよ。あれ」
キングオブ0点。一つも及第点の箇所は自身の中に無いのか。
ミナトは頭を抱えながら、日本でもっと色んなスキルや長所を伸ばせばよかったと後悔する。
そして過ぎていった事は仕方ないと諦めがつく程、ミナトには余裕がなかった。
「別に? ワクワクしてたのはぼくちんだけだし。勝手にワクワクしてたのは、ぼくちんだけだし? 気にしてないからね?」
(凄い気にしてるじゃん……)
やはり、子供心は理解できなかったと頭を掻くミナト。
自分がどう思っていたか、どう感じていたか忘れてしまった。強く存在を示すのは、思い出したくもない黒く腐った連綿たる記憶。
意識してしまったせいか、その鱗片が眼裏に映る。急いで頭から振り落とした。
様々な色が密接に並んだ四段の本棚に挟まれながら、相手に気付かれないようにミナトは薄く溜め息をついた。
「溜め息バレてるよ」
「嘘でしょ」
デロバッサは振り返りもせずに告げた。
絶対に察知されないようにしていた筈なのに、いとも簡単に、こんなあっさりと。頭も耳と良いときた。
何だか気まずいような雰囲気に変化してしまったとミナトは勝手に感じつつ、二人は本棚の群集地を抜ける。
少し開けた場所に出た。艶のある長机二つと椅子複数。そこには誰も人はおらず、そして今後誰も訪れないであろうと感じさせる匂いと埃の煌めき。
こんな屋根裏みたいな場所に通され、何をするつもりなのかと変に身構えるミナト。
しかし、デロバッサは椅子の一つを指差すと「あそこ」と一言だけ伝える。
「座れって? ほいよ」
ミナトはすんなりと指示に従った。
座るとギシギシと軋む音が鳴り、何故か教室のことを思い出したミナトは辺りを見回す。
その視線の終着点にいたデロバッサの身長は相変わらず低い。こうして、ようやく目線があったからだ。
「――今、ぼくちんのことチビだと思ったでしょ」
「ははっ」
「何その笑い!」
ぷんすかぷんすか、という擬音がよく似合う。
一時、この少年は彼が言うように、本当に大人なのかもしれないと考えていたが、どうやらそれは勘違いであったようだ。
確実に小3。
「またぼくちん子供扱いされたような気がするけど……まぁいいや。ミナトっち、そろそろお別れの時間だ」
「おうちに帰るの?」
「ぼくちん君より年上なんだけど!」
「へー」
「本気で信じてない顔してる……」
デロバッサは、ミナトを信じられないという様子で見つめる。
先程、ミナトはこの子を大人としては扱わないことを一方的に決定していた。なので何を言われようとも不動不動。
デロバッサはやれやれと頭を振ると「さて」と呟き、自身の灰色の髪を弄りながら話を戻す。
「こう見てもぼくちん、凄く忙しいんだよ。夜から勤務、朝には就寝。もう月が近いからお開きって訳さ」
「しゃ、社畜……!?」
深夜社員がここに居た。
異世界は子供を過酷労働させているのか。それとも、司書の仕事はそんなに苛烈なのか。確かにこの図書館はとても広いので管理が大変そうである。
どちらにしろ、この子を取り巻く状況にドン引きしたミナトであった。
「しゃちくって言葉は知らないけど、大変な作業ではないよ?」
「そうなんだ……あぁだから! ――いや、うん」
「だから背が小さいんだねって思ったでしょ」
デロバッサの鋭い指摘に、ミナトは顔を逸らすことしかできなかった。
こうしてデロバッサは目を細めるが、何を言っても無駄であろうと判断したのか追及を諦めたようだ。俗に言う諦観というやつである。
未だなお、顔を逸らし続けているミナト。
――その時、ある不思議な感覚に目を見開く。
それはいつの間にか、頭から被らされていた透明な布が取られた感覚。
ミナトは吸い込まれるようにデロバッサの方を向くが――、
「――え。い、居ない」
そう、デロバッサの姿が何処にも無いのだ。思わず立ち上がって辺りを確認した後、急いで本棚の間の通路を抜け、柵を掴んで下を見回すが何処にも居ない。
狐に化かされたような気分だ。もしくは単にミナトのからかいへの反撃なのか。どちらにしろ、自身の人生に必要な彼は目の前から消えてしまったのだ。
そうして大きな不安に陥るミナトの耳に、優しく落ち着いた声が届く。
「ぼくちんは陰ながら応援してるからね。――心は、いつか取り戻せるから」
「――――」
最後の一言の真意は分からない。だが、何故か重要そうな気がした。これからの人生の歩みにとって。
しかしそれを最後に、声も影も気配すらも無くなってしまった。
ただ呆然とするミナト。
人とは、人間とは一体何か。それを知る為に、いや、知らなければならない。自分が自分だと、シシメミナトだと証明する為に。
不足した記憶の羅列に怯えて柵を強く握る。このままでは、このままでは――、
「――君がシシメミナト君? 今まで何処の何処に居たんだ? はっはっはっはっはっ!」
誰かが笑って陽気に話しかけてきた。振り返ると、あまり興味が湧かない若い男がこちらに向けて歩いてきている。
町で歩いていれば誰もが振り返る程にイケメンだ。それこそ今日の朝見たメガネ野郎と同じくらいに。しかしそれでも、ミナトの興味を引くには至らなかった。
両耳に付けたピアスを揺らし、自身の茶色の髪を掻き上げながら男はミナトの前に立つ。
ミナトは無言で見上げると、男は手をひらひらと振って敵意が無いことをアピールする。
「あまり警戒しないでおくれよ? 俺ってさ、こう見えてもきちんと職に就いてるし、――おまけに強いんだぜ?」
「そうですか」
ミナトはそう冷たく言うと、カッコつけた男の横を通り過ぎて行こうとする。
男は慌ててミナトの前に立ち塞がって引き止めると、懐から何か煌く物を取り出す。
それは、何も装飾がない普通の銀色の指輪。男はその物体をミナトに見せつけながら、急いで言葉を紡ぎ始めた。
「君に支給された物! これは魔導機だよ! 特別に支給されたんだ!」
「まどう、き……」
「そう魔導機! ……興味、持ってくれた?」
男は必死に説得した後、相手が自分の話を聞いてくれるのか不安になりつつ尋ねる。
確か、マドウキはルースが持っていたような気がする。そして彼女は探検者。ついでに自分のために支給されたとも言われた。
――つまりシシメミナトはたった今、探検者になったという事である。
「俺の階級はスペリア。先輩とか関係なく、アーチェインって呼んでくれな!」
(本物だったらね)
男の底無しの元気さに、どこか深い懐疑心を向けるミナトであった。
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夕焼け。人もまばらになり、建物内の灯りが少し明るくなったような錯覚に陥る。
ミアは、堅苦しい文章が長々と書いてある分厚い本の23ページを眺めながら、人生の中で最も忌むべき出来事を思い出していた。
『――さぁ、来なさい。貴方の両親と共に』
かつての記憶。人の記憶や尊厳を踏みにじる悪魔のような男がミアに対して言った言葉だ。
「チッ、クソ……!」
今でも頭から離れてくれない。これは呪いなのだ。
――家族を見捨てて逃げた、彼女への。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん……」
ミアは寂しさを忘れるように24枚目の古紙を捲り、また読み進めていくのであった。
© 2021 風ビン小僧




