第2章6 大図書館
「まったく……ぼくちんを子供扱いしてくれちゃってさ」
「また高い高いしてあげようか?」
「いらないよ!!!」
クルクル回転している最中にジタバタと暴れたので床に下ろすと、すぐにプイッと横を向いて拗ねてしまった少年。
何をしても可愛いのでまた意地悪をしたくなるが、流石にここが限界だろう。
手遅れかもしれないが、ミナトは嫌われたくないのである。
そういえば、自己紹介も相手の名前も聞いてなかったことに気付いたミナト。
最初に聞いておくべきだったなという後悔と共に、膝を折り曲げて少年の目線に合わせた。
「俺はシシメミナト。ぼくの名前は?」
「デロバッサ・リーチェラ。あと ぼく って言うのはやめて。ぼくちん君より年上なんだからさ」
「あ、うん……」
てっきり ミオ や ムーミ などの名を予想していたが為に、意外とかっこいい名前に驚いたミナト。見た目とのギャップがありすぎる。
しかしここは異世界。
何でもありの世界なので、本当にこの子は見た目より年上なのかもしれない。
だが、自分のことをぼくちんと呼んでいる間はまだ可愛らしい子供なのだ。
さて何を話そうか、次の話題についてミナトが困っている間に、デロバッサが割り込んできた。
「ミナトっち てさ、ここ使うの初めてだよね? 見ない顔だし。それに、髪と目の色珍しいし」
「あ、あぁ、うん。まぁ……あれだよね。あれ。なんていうのかな? あれなんだよ」
「……?」
妙な歯切れの悪さに首を傾げるデロバッサ。
別に自分が異世界人だから差別される、ということではないであろう。
だが、今"白竜"とかいうものと勘違いされている現状では、黒髪黒目の件については隠しておいたほうが良いだろう。
しかし、こんなに幼い子供に嘘をついていいものなのか、ついでにどう誤魔化していいのかも思い付かなかった。
なので、ミナトはなんとか話を逸らそうとして思い悩んで
いる最中、デロバッサに話しかけてくる人物がミナトの斜め後ろから来る。
髪と目の色を見られないよう、ミナトはキャップを深く被る。
「すみません」
「ん? なに?」
(助かった……)
深く被りながらも少し、横目で確認すると赤い髪が見えた。
赤い髪、赤い髪。それにデロバッサと同じくらいの身長、少女の声。
(――げぇっ!? ミアだぁ!!)
あの天上天下唯我独尊の塊が居る。
助けてもらったし、それに魔法を間近で見せてもらえた。
だが、尻を蹴られ暴言吐かれ挙げ句の果てにはI hate you。そっちの方が印象深いのである。
そういえば肖像画のヤンキーには会いたくないと願ったが、もう既に会っていたのだ。ミナト、ビビる。
「ん……? アンタ、なんでここにいんのよ」
(うげぇっ!! なんでぇ!?)
ミアは初手睨みと高速舌打ちを併用して牽制する。
黒髪が見えないよう、帽子をさらに深く被っていたのに何故バレた。
さっさと退散すべきだったのか。だが後悔より今は誤魔化し誤魔化し。
違います人違いですよと声を大にして言いたいが、声を出したら、今度こそ本当にバレそうな気がしたので黙り込む。
ミナト、縮こまる。
「随分と露骨になったものね。これもあの娘の影響かしら」
ミアは情けない少年に呆れ果てて溜め息をするが、やはりそれでも舌打ちを挟み込んだ。
あの娘とはリアかルースのことか。
どっちなのか判別するにしろ、今はただ両手で頭を押さえるように深く被るしかなかったのであった。
ミナト、どうしようもない。
デロバッサはそんな二人のやり取りを見届けると、やれやれと首を降りミアに「それで?」と聞き、話を戻す。
ミアは「あ」と呟くと自分がここに何をしに来たのか思い出した。
「ラッセル・ローの著書を閲覧する為にはどの階に行けば?」
「あぁ、あのおじいちゃんの本ね。地下二階に行けば赤い棚があるから、そこにいっぱいあるよ」
「ありがとうございます」
そう言うとミアは離れ去っていく。随分と博識な一面があることに驚いたミナト。
彼女が本を読んでいるイメージなど全くなかったからだ。
まぁ、バトル物やファンタジー系の本かもしれないのだが。
それはそれとして、まだ幼いデロバッサはミアが求める本が何処にあるのかを記憶しており、案内っぽいこともした。
ミナトはそれを見て思い出す。
知っている。元の世界でも見た、あの職業。そう、それは――、
「――君、ここの司書なの?」
ミナトの質問に対して、デロバッサは首を傾げてさも当然かのように答える。
「そうだよ? 知らなかったの? ぼくちん、この図書館では一番えらいんだよ?」
デロバッサの言葉を聞いてミナトは深く衝撃を受ける。
おそらくこの、大図書館と呼ばれる場所は日本でいうところの公共図書館か国立図書館であろう。
そこの司書なんて、一体どれほど勉強したのであろうか。きっと血の滲むような努力をしたに違いない。
しかも、その中で一番偉い地位にまで登り詰めたとは、いやはや感嘆である。
本当に目の前にいる少年は天才なのかもしれないと、デロバッサの高かった評価を更に高く設定したミナトであった。
ならば、この縁を使い色々と教えてもらうことにしよう。
「実は僕、字が読めなくてさ。だから何から何まで教えてくれない?」
「ここに来た意味……まぁいいや。ぼくちんが何から何まで教えてあげるよ。着いて来て」
「ありがとう……ありがとう……」
デロバッサはそう言うとミナトの前をてくてくと歩き始めた。どうやら案内も含めた親切をしてくれるらしい。
ミナトは、なんとできた子であろうかと感激する。
ミナトの幼少期時代ではこんな気の利いた事など一回もしなかったし出来なかった。
19歳になった現在でも、是非とも見習って欲しいものである。
そんな事はさておき、やはり大図書館というだけあってか、無数の本が吹き抜けの二階三階の本棚にちらほらと鎮座している。
中には埃が被ってそうな本もある一方、毎日読まれているのだろうなと感じさせる本もある。
「すげー……興味深いやついっぱいだなぁ。やっぱ勉強っていいかもなぁ」
ミナトはキョロキョロと辺りを見回す。
異世界の文化や歴史に触れられるとワクワクして言葉を漏らす。
だが、元の世界では社会や日本史の教科が大の苦手だったのだ。
すぐに飽きてしまうだろう。そもそも読めれば、の話だが。
興味深そうに、まるで子供のように視線を巡らすミナト。
歩きながら振り返ったデロバッサは、そんな彼の顔を見つめながら物珍しく思う。
「ねぇねぇミナトっち、どこから来たの? やっぱりここ出身ではないよね? 髪の色とか目の色とかそうだし、そんな楽しそうにもしてるんだし」
「えっ」
突然の質問にミナトは固まり我に返った。
自身の見た目の件について人前で聞かれたことが原因でもある。
だが今は、その話はちょっと置くとしよう。
異世界人はこんな豪華で煌びやかな大図書館で、はしゃぐことは無いにしろ、ワクワクしないのだろうか。
それが気になったミナトは、この場所を利用している人々の顔を見る。
席に座って静かに黙読する男や本を開きながら転寝する女性。
確かに周りはそんな楽しそうではない。
言うとすれば、彼らはまるで近い受験を控えた受験生の様だ。
(恥ずかしい……ただの馬鹿じゃん。俺)
周囲の状態に気づいたミナトは急に恥ずかしくなる。
自分一人だけが浮かれていたと簡単に予想が付いたからだ。
道中、ミナトは反省しながらもデロバッサの質問にどう答えようか迷う。
やはりこの黒髪黒目が珍しいのだろう。
少年特有の探究心が、今だけ少し厄介だと感じたミナト。
「……いや実はね、田舎から来たんだよ。僕」
「そうなの?」
「そうそう……だから何も分からないし何も知らないんだよ。この町? 国? に来たのも初めてだし」
「ほえーん」
デロバッサは興味無さそうに呟くと前を向き直す。
ひとまずこれで当分黒髪黒目については人前で聞かれることはないだろう。きっと大丈夫な筈だ。多分。
そこでミナトは自身の少年時代を思い出し、一抹の不安を抱えながら何とも言えない気持ちになってしまったのだった。
そんな中、デロバッサに小さい黄色い声がかけられた。
大半は女性だが、数人はムキムキ男。
ゴツゴツとした方の声なんて聞いてられないとミナトは思いつつ、深く被る。
最悪剃らなければならないのだろうか、いや、それは死んでも嫌だ。
「やっほー」
デロバッサはそれらの声に応え、手を振り返す。
察するに、といっても確定的だが、彼は人気者のようだ。
ルックスも中身も完璧なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
急にミナトは、今以上に自分が人気者になっている姿を妄想する。
しかし、今更ながら目立たないようにしてるのに結局目立ってる。その事実を只管に後悔中。
やはり、未だ旅行気分が抜けきっていないのか。
一部の記憶が抜け落ちているのも原因の一つでもあるだろう。
しかしミナトはその事実を知らないのであった。
そうして勝手に一人で悩んでいる時、デロバッサは「あ」と何かを思い出したかの様な声を出すとミナトに話しかける。
「――迷宮って知ってる? 田舎には無いよね」
「迷宮? 薄ーくとなら予想できるけど……いや、やっぱり俺知らないや。デロバッサ君、教えてくれるかな?」
「ぼくちん物知り子供じゃないんだけど。――まぁいいや、教えてあげるよ」
ミナトは幼かって時、それなりにゲームや漫画を読んでいた。
故にゲーム漫画知識は人並みにあり、ゲームの世界に入って無双する妄想も勿論していた。
なので最初、ミナトは別に聞かなくても良いと考えていた。
だが、ルース達がその場所を現在進行形で訪れている事を思い出して即座に掌返し。
ついでに子供扱いされたデロバッサは諦めたかのように頭を振るが、ちゃんと懇切丁寧に教えてくれるようだ。流石。
ミナトは冷静に相手の話を待つ。
「僕、俺……あれ、一人称どれだっけ」
――そう、自分自身のことをまた一つ忘れながら。
© 2021 風ビン小僧




