89話:日常に戻って
「ラース、どうここ?」
「広くていいな。」
「ねえ、獣化しても話せるのよね?体の大きさはどのくらいになった?
少し前まで赤ちゃんだったのに、もう成人なの?」
「待て、待て、全く・・。人としては何歳くらいに見える?」
「そうねえ、ヴァイスと同じくらいとして16歳くらい。」
「人族はそれで成年なのか?」
「15歳で成人らしいわ。国によって違うかもしれないけれど。」
「なら、もう俺は大人だ。」
「昨日は赤ちゃんだったのに、今日はもう大人。残念なような複雑な気分よ。」
「ラースは急激に成長してよかったの?」
「むしろ、喜んでいる。それにジンと話したかった。」
「私もよ。まあ、外見は小さくも変えられるし、心身共に成長したことで生きる力を手に入れた
とも言えるわ。さあ、獣化してみせて。」
「その前に、ジン、愛している。俺の「私も愛しているわ。」と言ってジンはラースに抱きついた。
「うん、知ってる。」
ラースは獣化した。
やはり大きい。もう私にしがみついてもらえないのね、とても残念とジンフィーリアは思った。
ラースは小さくなってジンの背中にしがみついた。
「え、赤ちゃんの真似してくれるの?」
「そんなんじゃない。」
(この方が、いつもくっついていられるからだ。)
[蓮殿下、ライルに会いに行く]
今日も書類に囲まれ、ライルは辟易していた。
キールは、叱咤してくる。
ああ、癒しがほしい・・・。
ボーッと前方を見つめていると、キラキラしたものが見えてきた。
「ん?」
目の前に現れたのは、あの時の妖精猫だ。少し大人びた(?)かな。
「君は、・・・蓮だね?」
肯首し、「ライルの娘が名付けてくれた。あの時は、クッキーをありがとう。」
「礼を言うのは、私の方だよ。蓮が助けてくれたから私は、今ここにいる。ありがとう。」
蓮は、首を横に振りながら
「・・俺は、永きにわたり囚われている間に、心までもどこかを彷徨っていた。
その俺を解放し、心までも取り戻してくれたのがライルの娘だ。感謝している。」
と言った。
ライルは、穏やかな笑みを蓮に向けた。
「ライルとの不思議な縁を今後も大切にしたい。」
そう言って蓮はライルをハグした。
「これは、ジンからだ。キールと一緒にどうぞ、と言っていた。」
そう言い、ライルに手渡して消えた。
「ライル様、よかったですね。」
「ああ、妖精猫が私の名を呼んでくれた・・。」じーん。
「おやつですね。早速お茶をいれます。」
ライルは思った。
妖精猫が助けてくれたから、リリと結婚できフィリアを授かった。
そして、今度はそのフィリアが妖精猫・蓮を救った。
不思議な縁と言っていたな。今後も、とも。
純粋に、嬉しい。
父上が絶対に羨ましがる。なんだか、楽しい気分だ。
(ライル様、悪い顔をしてますよ。)
「ジン、ライルに会ってきた。渡してきたぞ。」
「ありがとう。蓮も食べる?甘いものだけれど。」
「食べる。ジンの作る菓子は美味い。」
「ふふ、嬉しいわ。」
諦めているからか、蓮は逆送(元の世界へ戻る方法)のことを何も聞いてこない。
私のちからでは無理だろうと、思っているだけかもしれないけれど。
もし、蓮の居た世界から、蓮を召喚しようとの力が働いたら、協力できることがあるかもしれない。
蓮の世界のものを何か、取り寄せようかとも思った。けれども、それを見せたなら望郷の念を強めてしまうだけかも、と思い今のところは実行していない。
実現できるかわからないのに、期待をもたせるのは・・・。
<オーリ>
姉様に、2日ほど出かける予定が入った。
下の弟ヴィオは、姉様のことが大好きでいつもべったりくっついている。
姉様がいなかったらどういうことになるか・・・不安だ。
姉様が出かける日になった。
留守番することを悟ったヴィオは、泣き出し、段々声も大きくなり、止まらない。
誰があやしても無駄で、勿論姉の私にもなだめることはできなくて根負けしてしまった。
姉様から、連れて行くことは、眷属になることだ。
ヴィオの未来が変わる、と聞かされた。
意思の確認ができないヴィオを連れていけない、と姉様は言った。
でも、私がお願いした。
もし将来、ヴィオが姉様に文句を言おうものなら、私が許さないんだから!
予定を終えた姉様たちが帰宅した。
鮮やかな赤茶の髪の美少年が一緒だった。
そして、ヴィオなのだが、何を食べたのだろうかと不思議に思うほど、大きくなっていた。
首も座っていた。
そして、空中に浮くようになっていた。
これが、眷属になったということなのだろうか。
腕輪もはめていた。
自力で移動ができるようになり、目を離すとヴィオがどこへ行ったかわからなくなる。
姉様は、スラ忍が護衛についているから心配ないと言う。姉様がそう言うなら大丈夫なのだ。
私たちは、姉様に助けられた。姉様に会えたことが私たちの幸せのはじまりだった。
<グレイ>
姉様は、毎日おはようとおやすみのキスをしてくれる。俺たちも返す。
はじめは照れて真っ赤になってしまったと思う。そんな俺を姉様は優しくハグしてくれた。
肌触りのよい衣服に、温かく美味しい食事、ふかふかの布団、嬉しくて涙が出る。
お風呂も大好きだ。
俺たち獣人に、世界は厳しい。だから、自分たちを卑下しながら生きてきた。
でも、姉様は言う。
身体能力に優れた種族なのだから、誇りを持ちなさい、下を向かず胸を張りなさい、と何度も何度も言ってくれる。
姉様の命を助けたのは、5人の獣人と聞いて驚いた。
彼らは、近い将来、獣人の希望となるだろうと姉様は言った。
僕に言わせれば、それは、姉様ではないかと思う。
一日中、勉強することになると思っていた。
実際は、午前中・勉強、午後・運動(遊び)だった。
勉強は、字を教えてもらい、その後は歴史の勉強や礼儀作法を学んでいる。
俺たちのために先生を雇ってくれている。
算術だけは、撫子さんが教えてくれる。
言葉遣いが面白いお姉さんだ。
俺たちの遊具も姉様が創ってくれたそうだ。
これが楽しくて楽しくて。ヴァイス兄さえ夢中になって俺らと遊んでいた。
冒険者のお兄さんお姉さんも一緒に遊んでくれる。冒険話を聞くのも面白い。
魔物のスライムが邸の至る所に居て驚いたけれど、友好的でかわいい。
お礼を言うと、喜んでいるのがわかる。目も口もないのに感情がわかるんだ。




