02話:それぞれの心の内
3話まで淡々と進みます。
売られたはずの私は、馬に乗って走っていた。
私は男の胸前に抱きかかえられていた。
頰に勢いよく風があたる。
馬に乗ったのは初めてだった。当然触ったこともない。
私がおじいさんとおばあさんのいない家に居ると、誰か入ってきた。
今日、売られるんだと覚悟した。
老夫婦の息子だという声とは別の声が聞こえ、体にねっとりと張り付くようなものの感覚が襲う。
気持ち悪い。
私の売値は即決まり受け渡された。
おばあさんが読んでくれた本の中に『奴隷落ちのお姫様』というものがあった。
そこから奴隷待遇は買主次第と学んだ。
私を買う人はどんな人だろうかと、ぼんやりと考えた。
抱きかかえられたまま室外へ出たのを感じ、「待て。」と誰かの声が聞こえた。
気がついたら馬上であった。
時々「大丈夫か。」と気遣う声が聞こえた。
3日何も食べていなかったのと、色々あって疲れてしまったのだと思う。
いつのまにか意識を手放していたようだ。人の喧騒が聞こえ、意識が浮上した。
どうやら別の街についたようだ。
抱えられたまま、宿に入った。
階段を上って部屋に入ってしばらくすると、従業員が飲み物とお湯をもってきてくれたようだ。
二人になると、包まれていた布を剥がされ、果実水だと言ってコップを持たせてくれた。
甘酸っぱい香りがして、一気に飲んでしまった。
とても美味しかった。
そして私の服を脱がし、湯で私の体を拭いてくれた。
誰にも私の姿を見られるわけにはいかないので、俺がやる、悪いなと謝られた。
私が自分でできることはとても限られるので、迷惑をかけてただただ申し訳ないと思った。
食事が部屋に運ばれてきた。
彼がスプーンで口元に持ってきてくれるものを夢中で食べた。
食後、彼が話し出した。
「防音魔法を使った。これから俺が話すことは独り言だ。
本当は規則違反だが、お嬢様は知っておくべきだ。」
私の父は侯爵家当主。記憶喪失状態の母は、街で生活をしていた。
偶然、父に見初められ強引に妾とされた。
私が生まれ1ヶ月ほどして母は亡くなった。
瞼が開かず声のない私は、侯爵家にとって捨てるか殺すかの存在であった。
しかし、女であるが故、成長した暁には政略等に使えるかと生かされてきた。
(存在は秘匿されており、老夫婦に預けられていた。)
侯爵の正妻はプライドの高い人で母を憎んでおり、妊婦の母を階段から突き飛ばした。
ショックで出産がはじまり、予定より早く産まれたらしい私は欠陥体として生を受けたと言われている。
私を育てていた老夫婦は、毎年私の誕生日に、変化のあるなし(主に私の目と声)を報告しその返信に養育費としての金銭が送られていた。
今年は定例報告がなかったので彼が様子見を命令された。その結果、老夫婦が養育できない状態になっていた場合は、侯爵家に連れてくることが今回の彼の任務だそうだ。
侯爵夫人は、母のことを平民の捨て子とバカにしていたが、母の所作から貴族ではないかと予想された。
調べたが母のことはわからなかったらしい。
俺が知っていることはこんなところかな、と彼の話は終わった。明日は早く出発するからもう寝ようとなり一つのベッドに入った。
彼は、侯爵家に雇われているが、良い人なのだろう。
私の為に、真実を淡々と教えてくれた。
正直、思いもよらぬ話で頭の中がぐるぐるしていたけれども、すぐ眠ってしまったようだ。
私は全て受け身で生きてきた。
私から質問することもできないので、話も一方的に聞くだけだ。
何かに巻き込まれても自分で回避したりできない。
流されるしかない。
このような状態で存在していてよいのかと考えたこともあるけれども、何かしら意味があるのだと思い込むようにしている。
そうでないと苦しいから。
そして、悲しくても辛くても涙というものが私には出ない。
私の目は普通ではないのだそうだ。
生き物は、私のように瞼がくっついたまま開かないということはなく、瞼の内側には眼というものがあってそれでものを見ることができるそうだ。私には目がないのかもしれない。
声も出ないので声を出す器官が欠如しているのかもしれない。
自分でもわからない。
人は、目の見えない私には色々と説明しづらいそうだ。
翌朝、早めの朝食を終え出発した。
昨日同様、何かに監視されているような感覚がある。
気のせいではなかったようだ。
彼が気づいていないわけがないので、放置しても大丈夫なのだろう。
【任務中の俺】
俺は侯爵家の暗部を担っているうちの一人だ。
姉も同じ侯爵家でメイドとして働いている。
姉といっても異母姉だ。姉の母は貴族令嬢だったが俺の母親は平民だ。
しかもお屋敷には入れてもらえず、近くの街で暮らしていた。だから根っからの庶民だ、俺は。
姉は短い間だったが第2夫人付きであった。
その夫人は金の髪と紫の瞳の美しい人だった。優しいが芯の通った強さも持ち合わせていた。
どんなに正妻に虐められてもへこたれていなかったそうだ。
そしてこれは内緒だが子が産まれたら侯爵家から逃げるつもりだったようだ。
侯爵のことは嫌っていた。面と向かって態度には出していなかったようだが。
俺の特別任務は3年目となる。
1年に一度、外で育てている令嬢の様子見と養育費をこっそり置いてくることが任務内容だ。
令嬢は母親似の金の髪をしており、自然に縦巻きとなる癖毛だ。
目が見えず話せない、不思議なことに瞼が開かないというのだ。
だから瞳の色はわからない。そのせいで封印されし呪い子と言うやつもいる。
このような子がいるのは隠したいらしく存在しないものとなっている。
だから侯爵家には第1夫人の産んだ長男11歳と長女12歳次女7歳しかいないことになっている。
まあ、貴族に生まれていなくても、お嬢様の状態は差別されそうだが。
人は自分と違うものを忌み嫌うからな。
今回は、老夫婦からの便りが1ヶ月過ぎてもなかったので向かうことになった。
結果として、逃避行中のようなものだ。
おそらくあの奴隷商人(?)の手の者だろうがついてきている。
殺気が感じられないので放置している。
侯爵側としては、この付きまとってるやつも排除すべきだ。
だが、俺は手を出さない。
おそらく、今回隠し通せたとしてもいずれ突き止められる気がするからだ。
やるなら、あの本体の蛇を仕留めるべきだ。
本当に嫌な目をしたやつだった。執念深そうな、食らいついたら離そうとしない部類のやつだろう。