21話:ラナ、宿屋を譲る
ラナは、気分が沈んでいた。
昨日ふらっと来た客に、「獣人が女将だと?汚らわしい。」と罵倒された。
今朝の客にも、貶められ、大事に育てていた花の鉢を割られた。
先程部屋に入った二人連れの客からは、ベッドに動物の毛が付いていると苦情が入った。
申し訳ありませんと謝りに行くと、なんだ女将の毛だったか!なら仕方ないなと言われた。
抜け毛には細心の注意を払っている。言いがかりだ。
ため息をついていると、食堂から罵声が聞こえた。
慌てて行くと、「遅いぞ、女将!」と言う。
「お客様、どうなさいましたか。」
「どうかではないわ、野菜スープに動物の毛が入っている、わざとか ?」
「パンは、獣臭いぞ。」と連れの男も言う。
従業員たちも昨日からの悪意のある言葉と嫌がらせに怒りが溜まっていたようだ。
「客だからと我慢していれば、難癖つけるのもいい加減にしろ。」とその客の胸ぐらを掴んでしまった。
そして、男は、首筋から血が出た、怪我をさせられたとさらに騒ぎ始めた。
「俺は、貴族だ。貴族様に傷を付けたんだからどうなるのかわかってるだろうな?」
私は、心が折れてしまった。
床に頭をつけんばかりにして「申し訳ございません。」と何度も言った。
その貴族だとかいう男は、私のそばに屈み耳元で「女将が一晩俺らの相手をするというなら考えてやってもいい。」と言った。
「わかり、ました。」
「なら部屋に行くぞ。」
私は引きずられるように連れていかれ、ベッドに投げられた。
男たちの下卑た表情に吐き気がした。
死んでしまいたいと思ったが従業員がどうなるかと考えたらそれもできない。
ドサッ、ドサッ。
「ラナさん大丈夫ですか。」
「え、楓さん。ど、どうして?」
「指輪がラナさんの危機を知らせてくれました。」
「そんな、まさか。・・・・本当に?」
「嫌な目に遭いましたね。もう大丈夫ですよ。こいつらは私が処理しますから。」
「あ、ありがとうございます。」
一緒に食堂へ降りて行くと、楓さんが
「皆さん、お騒がせしました。この貴族騙りは、役人に引き渡しますからご安心ください。」と言った。
常連客たちから温かい言葉をもらい、一旦この日は落ち着いた。
翌日、また楓さんが様子を見にきてくれました。
私は、以前から考えていたことを実行すると伝えました。
私の補佐をしてくれていた人に、宿を譲ることにした、と。
楓さんにも、そんなことを言わずに頑張れと他の人と同じように言われると思いました。
でも、「そうですか。心が疲れてしまったのですね。」と言ってくれ、「では、客商売でない仕事をしてみませんか。」と。
私は詳しく聞かずに、了承しました。
そして、荷物をまとめ逃げるように楓さんと新しい勤務地に向かいました。
楓さんの馬車の設備には驚かされました。
魔導馬車と言うのだそうです。
到着した場所は風光明媚なところでした。
立派なお屋敷と思っていたら魔導コテージだと言われました。
雇用契約を交わす時に、あの美しいお嬢様と会いました。
驚いたことにお嬢様は言葉が話せるようになっておいででした。
よく来てくれた、歓迎すると優しい声で言われ、涙が止まらなくなりました。
お嬢様と楓さんが私が泣き止むまで抱きしめていてくれました。
契約内容は破格の条件でした。
獣人5人と護衛3人とお嬢様にとって特別な存在の方の食事作りが主な仕事でした。
お嬢様が宿に泊まったため、私が目をつけられてしまった、申し訳ないと謝られてしまいました。
獣人5人は王都で不遇な目に遭っていたと聞きました。
私の部屋は3階でした。一瞬、3階建だったかしら、と思いましたが気にしないことにしました。
こんな広い部屋を使えるなんてと申し訳ない気持ちになりましたが働きで返そうと思いました。
掃除はしなくてよいと言われ不思議に思いましたが、すぐにその理由がわかりました。
必要がないのです。
いつでもお風呂に入れるなんて、なんて贅沢なのでしょうか。
あっという間に一週間が過ぎました。
今日から護衛の方達もここに住むことになりました。
お嬢様に、この家に名付をするように言われました。
私は、浴室の色合いから『翡翠』と。
あなたは翡翠よ、これからも宜しくね、と私が言うと、翡翠と私が繋がったような感覚が。
お嬢様は、「翡翠があなたを気に入っている。
これからは、翡翠に色々と相談するといいわ。」と不思議なことを仰いました。
そうそう、お嬢様は獣人がとても大好きなようです。ふふ。
カイが目を覚ます。
頭がハッキリして、急ぎ掛け布団を捲る。
しっかりと花を散らした証があった。
カイは青褪める。
楓に薬を盛られたせいとわかってはいるが、楓は何の為に大切なあるじを生贄に??
俺ってば結構鬼畜だったような・・・。
あああ、どうすんだよ。
ゴウルたちに噛み殺される。
カイは頭を両手で抱える。
え・・・。腕がある!腕輪もある。
は?え?
生えたの??
この腕輪はジンとお揃いか?
なにがどうなってるのかわからんが、嬉しい。
ジンもよかった♡
コンコン。
「カイ、おはよう。」
「朝ごはんよ。」
何か言わなければと思うほど、何も話せなくなり、口に運んでもらう食事を黙々と食べ続けた。
(自分で食べられるのだが。)
「じゃあ、またね。」
パタン。
ジンがあまりにも通常運転だったので
・ジンに無体を働いたこと(120%楓のせい)
・自分の腕が生えたこと
・ジンが話せるようになった原因
以上のことをこれ以上考えるのをやめ、気を失うように寝た。
「おい、楓!」
「なんです?」
「よくも嵌めてくれたな。」
「いい思いをしたのに、何怒ってるんですか。呆れますね。」
「呆れ・・。何言ってやがる。」
「でもまあ、姫さまの言葉が戻ったことは感謝しています。」ニッコリと微笑む楓。
「どう言う意味だ?」
「だから、あなたが姫さまを大人にしてくれたから、声を取り戻せたんです。」
「は?」
(襲われたショックでってことか?)
(あらまあ、ニヤニヤ。)
「兄ちゃんが大人にしたって、どう言う意味?」
「! なんでもない・・・。」[小声]
「えー、教えてよ。」
プイッと横を向くカイ。
(まずいですね、ニヤニヤが止まらない。)
「むー、いいよナーナお姉ちゃんに聞くから。」
「あ、ナーナお姉ちゃん!大人にす、ムググ・・・。」
「ナーナなんでもない。」
ナーナは不思議そうな顔をして去っていった。
「わかった、話すから。他のやつに聞くな。」
「その、結婚を申し込んだってことだ。」
「え、結婚するの?」とキラキラした目でマミが聞く。
「う、まだジンの返事をもらってない。」
「兄ちゃん、ふられたの?」
「違うわ!!」
「ふーん」ニヤニヤ。
「教えたんだから、もう行けよ。」
「本当に、そうゆう意味?結婚?」
「そうだよ!」ふてくされ気味にカイが言う。
「まあ、いいや。今日のデザートちょうだい。」
「ぐっ、わ、わかった。」
「やったあ、じゃあね〜。」
「なに子供に口止め料払わされてるんですか。」
(面白すぎる!)ニヤニヤ。
「おまえのせいだろうが!」
「あのですね!姫さまの態度変わりましたか?」
「変わらない・・・。」[かなり小声で]
「はい?」[わざと大声で]
「変わらない!だからなんかモヤモヤすんだよ!」
「へー、ほー。」
「んだよ?」
「つまり、まったく意識されてないのも悔しい、と?」
「・・・っ。」
「まあ、せいぜいお気張りやす。では、忙しいのでこれで。」
(ちっくしょうーー!)




