171話:暗闇からクロウの元へ
<クロウの記憶をなぞる旅:ジンフィーリア>
えっ、真っ暗じゃない。
心臓に毛が生えてる私でも、不安になるのだけれど。
これが長く続いたら心が折れそう。
どれくらい歩いただろうか。
ずっと遠くの方でぽうっと白く光っている。
ジンフィーリアは、そこへ急いだ。
森?
いつの間にか景色が変っていた。
光の下へ到達すると、白い母猫が横たわっていた。
そして、生後間もないであろう子猫たちが母親の乳首に吸い付いた状態で死んでいた。
「あ・・・。」
母猫も生きてはいない。
額に赤黒い血がこべりついていた。
子猫たちは、5匹で、一匹だけが黒い。
他は母猫と同じく白い体をしていた。
皆の体には、蛆が湧いていた。
ピクリと動いたのは、黒い子猫だった。
「生きてる!この子猫がクロウなのね。この状態を覚えてるというの?」じわっ
ジンフィーリアは、震える手で、そっとクロウを抱き上げた。
そして、体をきれいにした。
目やにもとれ、耳の中にまでいた蛆も消えた。
「クロウ、少しだけ待ってて。」
クロウの体は冷え切っていた。
ジンフィーリアは、胸元にクロウを入れた。
ガリガリに痩せている。
亡くなっている猫たちの体もきれいにし、花と一緒に埋葬した。
「よかった、体温が戻ってきた。」
ジンフィーリアは、お腹をすかせているだろうクロウの口に哺乳瓶の乳首をあてがった。
中身はモウのあっさりミルクだ。
ちょうどよい温度にしてある。
弱々しいクロウは、なかなか吸ってくれなかった。
そこで、針のない注射器で、ゆっくり1滴ずつミルクを含ませた。
2日後には、哺乳瓶からミルクを飲めるようになった。
飲みながらうとうとしていたクロウの口から乳首が離れた。
「クロウ、お腹がいっぱいになったのね。よしよし。」
目は開いていたが、まだしっかり見えていないようだった。
無垢な子猫のなんと愛らしいことか。
小さな肉球はピンクでふわふわだった。
額にそっと何度も口づけた。
クロウは、自分を優しく呼ぶ声に心地よさを感じながら、安心しきって眠っていた。
そうして5日ほど過ぎた頃、突然、胸の中のクロウがいなくなり、世界が真っ暗になった。
だが、道標はあり、今回もクロウを見つけることができた。
なるほど。ずっと一緒にはいられない。ところどころで、実際の記憶が反映され、軌道修正される。
その度に、クロウと引き離されてしまう。でも、私は絶対に彼を見つけてみせる。
生後1歳くらいだろうか。
驚いたことに自力で餌を確保していた。
主に、バッタなどの虫を食べているようだ。
アバラの骨が浮き出ていた。
「肉にはありつけていないようね。」
ジンフィーリアは柔らかく煮込んだ鶏肉を裂いて、器に入れ、少し離れたところで様子を見ていた。
おいしい水もセットで置いた。
クロウは警戒していたが、美味しそうな匂いに我慢ができなかったようで、半時ほどすると用意された肉を食べはじめた。
一心不乱に食べる姿がこれまた可愛い。
微妙な距離を取るクロウに3日間、歌って聞かせた。
一日一回、離れたところから洗浄魔法をかけた。
(ノミやダニに、クロウの栄養をとられるわけにはいかないわ。)
赤子の頃の記憶がかすかにあるのかもしれない。4日目にはジンフィーリアに近づいてきた。
クロウは森の入口近くで暮らしている。
雨が降ってきた。
ジンフィーリアは、収納からこぢんまりとした家を出した。
「クロウ、いらっしゃい。暫くここで暮らしましょう?」
クロウは、素直に家の中に入ってきた。
一緒に風呂に入り、くっついてベッドで眠った。
<クロウ>
この人間は、なんで俺に優しくするんだろう。
なぜか、俺の名を知っているし。
あれ?俺の名前は誰が付けたんだろう・・。
考えてもわからないことは、考えるだけ無駄だな。
ずっとこのままだといいな。
温もりに幸せを感じる。
もう、一人になりたくない。
「クロウ!!」
彼女の俺を呼ぶ悲痛な声が聞こえたあと、俺は知らない場所にいた。
そして、また一人になった。
じわりと涙が出てきた。
一度温かさを知ってしまったら、こんなにも孤独を感じるんだ。
どうやったら、彼女とまた会える?
冷たい雨が降ってきて、体だけでなく心も冷たく感じ、彼女を想い、切なくなった。
彼女は、なんと名乗っていた?
そう、『ジン』と言っていたよな。
暗い森に向かって、ありったけの声で彼女の名を呼んだ。
(あ・・クロウの声が聞こえる。)
ジンフィーリアは、声のする方へ向かった。
(よかった。クロウを見つけられた。)
だが、今回は遠くから見守るしかなかった。
この森には私も覚えがある。
もうすぐ、前世の自分であるジャスティンと出会うはずだ。
産まれた森から、クロウがどうやってここまで来たのか謎。
転移させられたのかもしれない。
ダンジョンにあるようなトラップを踏んで?それとも誰かによって?
クロウが私の気配を感じられないくらいの距離を保って、見守っていた。
近づいて抱きしめられない状況に苦しくなった。
泣きそうだ。
そう、この森を私は良く知っている。
最奥に、魔女の住む家がある。
クロウの記憶の中なのだから、魔女の家に到達できるとは思えないけれども。
・・それでも行ってみようか?




