117話:とある客
貴族A「君はいいやつなんだが、融通がきかないというか、うーん・・。
貴族B「わかってるよ、自分でも。
貴族C「心にゆとりを持てるとよいよね。歌でも聞きに行くかい?
貴族B「劇場へか?肩が凝るから行きたくない。
貴族C「いや違うよ。気楽な格好で大丈夫な店だ。
ーーー
俺は、数少ない友人たちに連れられ、馬車を降りた。
KC「店は、あそこだ。
KB「なぜ、店の前で馬車を止めない?
KC「配慮だよ。ほらあんな風に店の前に大勢の客がいるだろう?
KB「俺らも並ぶのか?
KC「そうだよ、でも長くは待たないよ。
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俺たちは、受付を通し、中央のフロアに入った。
その部屋には、ピアノがあり、席は扇形に配置されていた。
俺たちは3人で横並びに席に着いた。
ワインを飲みながら、通い慣れているのであろう友人が注文した料理を食べる。
驚いたのは、自分の目の前に透明な(?)板が浮いていることだ。少し光っているので目視できる。
友人はその板の上にグラスや、つまみをのせた小皿を置いている。
KC「便利だろう?どういうカラクリかはわからないが。
KB「・・ああ。ところで、歌は何時から聞けるんだ?あのピアノ・・弾き語りか。
KC「決まってないんだ。
KA・B「は?」
KC「運がよいと、彼女の歌声だけが聞けるんだよ。
隣のフロア奥が庭になっていて、そこの舞台で歌うこともある。
そのときは、ここでも見ることができるんだ。
KA・B「??
KC「弾き語りは、店内の音楽が消えるのが合図かな。気がつくと彼女がそこに座っているんだ。
そう聞き、友人にどういうことなんだと説明を求めていると、不意に音楽が止んだ。
ピアノの音が聞こえる。見ると女性がそこに座ってピアノを弾いていた。
獣人?金色の獣耳がついている。
友人が、尻尾も金色の毛並みなんだと言う。そりゃそうだろうが・・。
彼女の歌声に心が揺さぶられた。
苦しい胸の内を吐露する恋の歌を3曲歌うと、彼女はフッと消えた。
KC「どうだい?よかっただろう?
俺はいつのまにか泣いていたようだ、驚いた。
KC「気まぐれな妖精さんが歌いにくる、とも言われているんだ。
「バカな、間違いなく人だろう?」
(ん?彼女の居た周りがほんのり光っている?)
KC「店の者に彼女のことを聞いても、はぐらかされるんだ。暗黙の了解でそれ以上聞いてはいけないことになっている。
その後、俺は1人でも時々足を運んだ。彼女の声が聞きたくて。
そのうち、何か贈り物を渡したくなった。
神出鬼没な彼女に渡すことは難しいので、店の者に託けようとした。
だが、彼女に渡せるかわからないと言われてしまった。
それでも構わないからと頼んだ。俺の名を聞き、預かってくれた。
他の席の客が、「ふん、彼女に渡らないなら、贈り物が無駄になるじゃないか。バカだな。」と言ったのが聞こえた。
俺は、無言でそいつを睨んだ。だが、そいつを睨んでいたのは、俺だけではなかった。
後日、『歌姫を愛でる会』の会員になった。
鈴蘭亭で友人ができた。友人2人と鑑賞することが多くなった。
ある時、彼女は1人の見目麗しい青年獣人と現れた。美しい銀の毛並みだった。
まるで彼女と対のようだ。
2人で歌う。時々互いに視線を交わす。
『恋人同士が人生の岐路に立ち、それぞれ別の道を選んだ。
別れを悲しむよりも、互いが出会えたことを感謝している。』という内容だった。
2人の歌は素晴らしかった。大きな拍手が沸き起こる。
だが俺は、なぜかモヤモヤした。
後日、友人の1人が獣人の青年を連れてきた。この友人の兄は王宮騎士ということだ。
この日は4人で彼女の登場を待っていた。
新メンバーは、ひどく憔悴していた。友人が兄から慰めてやってくれと頼まれこの場に連れてきたらしい。
ずっと努力し続け、やっと王宮騎士の試験を受けるところまできた。
獣人ということでなかなかチャンスに恵まれなかったらしい。
実力は問題ないということで、騎士団の副長の推薦で試験を受けることになっていた。
この副長は、公正な人で、身分や種族にこだわらない人だった。
自身も苦労しながら叩き上げで副長までのぼりつめた。
試験当日、獣人の彼は眠り薬を盛られ、倉庫のようなところで寝かされていたらしい。
目を覚ました時には、試験は終わっていた。
合格騎士枠を一つ空けるために、彼は嵌められたようだ。
獣人の彼の力は断トツだった。
実力にかなりの差があるため、試験を受ければ、推薦された彼が選ばれただろう。
賄賂をもらった貴族が、合格させるために騎士団に所属する息子を使ったらしい。
誰が何をやったか、わかってはいるものの、証拠がなく泣き寝入り状態となっていた。
試験は時間厳守にて行われる。
理由は関係なく、受けなかったものが悪い、で終わってしまったようだ。
友人の兄も物申したが、結果は思わしくなかった。
人員の補充が済んだので、次の試験は未定だそうだ。
クズ貴族は我らより爵位が上、それでもなんとかできないかと、俺たちは無い知恵を絞っていた。
と、彼女の歌声が響く。
珍しく、応援歌のようだった。
優しく慰める言葉が紡がれる。
『大丈夫、あなたには未来がある。諦めたらそれで終わってしまう。
今までの努力を無駄にしないで。見ている人は見ている。希望を持って先に繋げて。未来を信じて。』
落ち込んでいた彼は、歌を聞きながら滂沱の涙を流していた。
泣き疲れたのか酒のせいかわからないが眠ってしまった彼の顔は、穏やかだった。
ふと気配を感じ、彼から視線を移すと、彼女が、歌姫が、俺たちのテーブルに来ていた。
「「「!!!」」」
喜びで心臓がバクバクする。
我々一人一人に贈り物の礼を言ってくれた。
俺のことは、『〇〇店のクッキーの方』と呼んだ。
誰一人名前を呼んでもらえなかったが、俺たちは幸せだった。
彼女の話す声を初めて聞いた。喜びに打ち震える。
すると、友人に彼女が封書を差し出し、彼の兄に渡すように言う。
そして眠る彼の頭を撫でると彼女は消えた。
ぼーっとしていた我々は徐々に意識を浮上させた。
すると、周りが羨ましそうに我々を見ていることに気がついた。
3人で封書を見ると、カンタベル公爵とパーマー侯爵宛だった。
(((!!!)))
「この手紙を王宮騎士の兄に渡せばいいんだよね?」と友人が言った。
俺たちは、どういうことなのかわからないまま、眠る彼を見つめた。




