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癒術剣 慈愛の聖女


 女神オルレイヌ像の前で、祈りを捧げる少女。

 ここは王都にある聖堂協会の祈りの場。

 多くの聖職者たちは、これから始まるであろう魔王軍との戦争で怪我をした、或いは戦死した兵士、騎士たちの管理を任されていた。


 そんな中に、一人だけこの場に似つかわしくない、剣を帯剣する少女がいた。


「女神オルレイヌ様……私が与えられた使命を全うし、この力を平和の為に使います」


 扉の向こうからは、音は聞こえはしないが彼女の耳には誰かの声が、どこからともなく聞こえてきていた。


『魔族……怖い……』


『私達には聖女様が居てくださる』


『七聖剣伝説……きっと外にはもう勇者様たちが』


『伝説は本当だった。聖女様!』


 募る不安を抑え、帯剣してる剣を手に取り、木でできた扉を開けると、外で待つ聖職者たちの視線が一斉に少女へと向けられた。


「私は、女神オルレイヌ様から加護を授かったアニス・ヒリングです。私達がいる限り、魔王軍に勝手はさせません。ですが、私達だけではこの国の人々を救えません。皆さんのお力が必要なのです」


「聖女様……」


「どうか、私に皆さんのお力……お貸し頂けませんか?」


ザワザワとする中、どこから紛れ込んだのかまだ幼い女の子が小さな仔猫を抱いてアニスの前に出てきた。


「お姉ちゃんせいじょさま?」


「はい、どうしたの?」


「ともだちのマリリがね、くるしそうなの。いたいって……泣いてるの」


「それは可哀想に……お姉ちゃんが治してあげるからね」


 すると聖女は剣を鞘から抜いて、おもむろにぐったりとしている仔猫を斬りつけた。


「おねえちゃん!!」


「もう大丈夫だよ、ほら」


「にゃーん」


「マリリ!!」


 先ほどまでぐったりしていた仔猫がまるで嘘だったかのように女の子の周りを飛び跳ねる。

 確かに剣で斬ったはずなのに。


「……女神だ」


「慈愛の女神……聖女様!!」


 その光景を直接目にした聖職者たちは、歓喜をあげていた。


 それに微笑む聖女。

 だがその心にはまだ不安があった。


 「聖女様、怪我人が続々と!直ちに準備を!」


「皆さん、外では兵士様、騎士様が戦って命を懸けて戦っておられます。私達も命を懸けて、全力でサポート致しましょう」




 戦争が始まってすぐ、沢山の死体と、沢山の怪我人が運び込まれてきた。

 余りにも悲惨で無残な光景に、目も当てられなかったが逃げてはいられない。


「いてぇ!!いてぇよぉ!!」


「今治療します、落ち着いて下さい!!」


「聖女様!こちらにも、速く!!」


「はい、今すぐ!」


「……あれ、痛くねぇや」


 大怪我をした筈の傷がみるみるうちに治っていて、流れる血でさえ止まっている。

 だが剣で治せるのは生きている者のみ。

 さらに、失われた身体の一部を再生することはできない。

 

 それでも兵士、騎士たちは傷が治るとすぐに戦場へと戻っていく。

 そしてまたここに戻ってくる。


 怪我をして戻ってくる者もいれば、死体になって戻ってくる者。

 聖女の心は複雑な気持ちでいっぱいだった。


 しかし、そんな複雑な思いを押し潰すように怪我人がなだれ込んでくる。

 考えている余裕は無いのかもしれない。


 そう、これは私の使命……この国を魔の手から守り抜く為に伝説の力を授けられた今、もう弱いままの私じゃいられない。


それにあちこちから、自分と同じ力の波動を感じる。


「現れたのですね……この国を救う、救国の勇者たち」


 その波動をきっかけに怪我人が一気に減少し、各地で魔王軍を撃退したとの報告が入った。


「聖女様、ここはもう大丈夫です。少しお休みになられた方が」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 少しふらつく足取りで協会へと向かう。

 息を切らしながら協会へ入ると、すぐ様女神オルレイヌに祈りを捧げ始めた。


「……」


 祈りを終え、立ち上がるとそのまま振り返ることなく口を開いた。


「ここには……何をしに?」


「……」


「ここは祈りの場です。女神オルレイヌ様に何か祈りを捧げては?」


「……」


「あの……?」


 返事が無く、気になって振り向くと、黒いフード付きの背中が見えた。

 その時、彼の心が読めない事に気が付く。かな

 

 ハッとして瞬きをした途端、彼の姿は見えなくなっていた。


「今の方は……」


「アニス殿、失礼する!」


「ハヤト様?どうかなさいましたか?」


 唐突に七聖剣伝説の剣を持つ勇者、ハヤトが真剣な顔で協会に訪ねてきた。

 

 ここに来るなんて珍しい。


「今ここに、黒い服の男が来なかったでござるか?」


「え?あぁ、先程いらしてましたが、それが何か?」


「何も無い……か。いや、拙者の勘違いでござる。では、また謁見の間で」


 真剣で、緊迫した面持ちはカラリと消えていつものにこやかな顔に戻っていた。

 

 聖女には何かあったのか分からなかったがただ、黒いフードの彼の背中がどこか悲しさを背負っているように思えた。


 悲しく寂しい人……彼とは真逆の、まるで光と影であるかのような存在。

 もう一度振り返り、オルレイヌの像を見上げる。


 「オルレイヌ様……」 


 その顔はいつもと少しだけ、違って見えた。 


「聖女様!」


 今度は王宮の使いの者がドアを開け、訪ねてきた。

 要件はだいたい分かっている。


「そろそろお時間です、謁見の間へご案内します」

「はい、よろしくお願いします」


 使いの男の後ろを歩く聖女。

 その時、使いの男が歩く時にやけに右足を気にしているような気がした。


「あの、右足……お怪我ですか?」


「は、はい……恥ずかしながら」


「少しだけそのままでいてください」


 そう言うと聖女は剣を抜き、使いの男の足を斬った。

 だが、足は欠ける事なく、傷だけがその跡を残して癒えていたのだ。


「聖女様、私の足を……なんとお礼を申し上げたらいいのか……」


「構いませんよ。さぁ、行きましょう」


 使いの男のエスコートで馬車に乗ろうとしたとき、白いローブの女がゆっくりと歩み寄ってきていて、目を離した途端にすぐ近くまで来ていた。


「あら、この馬車はアストラル城に行くのね。私も乗せてくれないかしら?」


「あーダメダメ。聖女様をお送りするんだから!」


「そう……でもこの子はどうかしら?」


 白いローブに黒髪、褐色の裸。


 赤みがかった美しい瞳の女性は聖女と目を合わせた。


 意識することで、大抵の人の考えている事が嫌でも分かってしまう聖女であったが、何故かこの女性の考えていることも分からなかった。


 しかし、敵意は無く危険性も感じない為、馬車に乗せることにした。


「流石は聖女様ね。ありがとう、お陰で助かったわ」


「いえ……困っている時はお互い様です」


「いい子ね。でも気になる事があるなら素直に言うべきよ?お姉さんに……私にね」


 逆に心を読まれていた。 

 同じ能力を持っているのか、それともただのまぐれか……どちらにせよ、危険な香りが漂う。


 剣は……すぐ手に届くところにある。


「なーんて。いきなり押しかけて気にならない訳ないものね。意地悪したわ、ごめんなさい」

「いえいえ!気にしていませんし、謝らなくても」


 顔色を変えずに心の中でホッとする。

 どうやら剣を気にかける必要はなさそうだ。


 しかし、再び緊張に包まれる。


「私のは偽物。安心して、貴方のソレは本物よ」


「……な、何のことでしょうか?」


「さぁ??何かしらね」


 (この人は私の秘密に気づいている?)


 先程のことといい、その意味深なセリフといい、もしかすると同じ能力を持つ人……なのかもしれない。

 聖女がその事について聞こうとしたとき、後方を向いて座る聖女の目に、悍しいものが映った。


 禍々しくもあり、不気味な黒い何か。


 目を貼る聖女を見てゆっくりと振り返ると、はぁとため息をつきながらやれやれと言わんばかりに首を振る女。


「男の嫉妬は惨めなものね……まぁ、少し意地悪し過ぎたかしら」


「あ、あれは!?」


「大丈夫、貴方じゃないわ。それにしても惨めだけれど、迎えなんて可愛いとこあるじゃないのあの子」


「ち、ちょっと!!」


 走っている馬車から女は飛び出ると、黒い何かに包まれた。


 聖女はすぐ様抜剣すると、使いの男に告げた。


「今すぐ止めてください!!」


「えっ!は、はいっ!!」


 聖女の逼迫した言葉に驚きつつも、無理矢理馬車を止めると、聖女も馬車から飛び降りた。


 しかし、すでにそこには何もなく黒い何かも、女でさえも跡形もなく消えていた。


「ど、どうかしたんですか?」


「……何かに追われていたような気がして」


「あぁ!恐らくそれは聖女様の護衛の者たちです。付かず離れずで付いてきていますから」


「そう……ですか」


 そう言い馬車に戻ると馬が鳴き、再び馬車が動き出した。


 護衛の者、それは王国の精鋭騎士たちのはずだが見たのはそれでない……というよりも、精鋭騎士たちは恐らくいない。


(嫌な予感がします)


 聖女を乗せた馬車は、王宮へと向かう。

 彼らが待つ、王宮へ。

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