雷轟剣 雷の剣客
「おい、あんなガキにコウエン大橋任せてもいいのかよ?」
「知るか。何でもアルベルト王子のお友達とかなんだかって話だ。それに、王の命令だしなぁ」
「マジかよ……つか、俺たちは何でそのガキの後ろなんかに配備されてんだ?」
シロナ川を跨いで掛かる王都正面口に繫がるコウエン大橋。
ここを突破されるだけで、恐らく王都は陥落するだろう。
それほど重要な場所であり、絶対に守らねばならない。
「おーい、アルベルト様のお友達様ぁ!!魔物なんて早々に来ませんし、こちらで食事でもいかがですかぁ!?」
「お気遣い、感謝でござる……が、拙者は我を通して、ここを任された身。離れる訳にはいかぬでござるよ」
「そ、そうですか!」
(変な喋り方だなぁ……)
少年はニコニコしながら答えると、そのままその場に正座をして湾曲した剣を置く。
ずっとそうなのだが、待っている間彼はピクリとも動かず、どうやら黙祷しているらしいのだが、常に表情が変わらないため、目を開けているのかどうなのかさえ普段から分からない。
ただ、彼もまた王子と時を同じくして、聖剣に選ばれた勇者である。
落ち着いていて、素振りだけなら年相応に全く見えないが、強者にある気というものか、オーラというものが一切感じない。
気高さもなく、豪傑さもなく、ただ凛としていて佇んでいる。
「身体も華奢だし、顔つきも女みたいだ」
「あれで剣が振るえるのかねぇ」
「でも、あの聖剣伝説の聖剣持ってるんだろ?只者じゃないぜきっと」
(危機感のない人たちでござる)
兵士たちの会話は彼に筒抜けだった。
だが、兵士たちに緊張感がないように見えるが、実のところ内心ではかなり怯えていた。
そう、この日までこの国は平和だった。
平和になりすぎていた。
「まぁでも唯一の救いはここに配属になったことだよな」
「言えてる。預言者様の話じゃ、他にもあそこのガキと同じような連中が各地にいるらしいしな」
「おい、それ本当か?本当ならまるで七聖剣伝説じゃねぇか」
「何も聞いてないのかお前。さっきも話したろ。まるでじゃなくて、そいつら七聖剣伝説の聖剣を持ってるって話だぜ」
(七聖剣伝説……か。拙者には似つかわしくない話でござるな)
彼が聖剣を手にした時、これからの未来が目に浮かんだ。
伝説の聖剣を手にした若き勇者七名が人々のために魔王と対峙する。
そこに自身も含まれていた。
だが、ここに来た理由は人々の為ではない。
ただ自身の夢のため、叶えたい夢のためにここに足を運んだだけ。
(強いな君は!)
(君とならきっと……)
「……今は余計な事を考えている場合ではござらん。集中集中っと」
パンパンと顔を叩き、深呼吸して息を整える。
余計な雑念が消え、聞こえるのは川のせせらぎだけ。
だが、それだけでは無かった。
「ふむ、ようやくお出ましでござるか」
剣を手にし、スッと立ち上がると閉じた目をゆっくりと開く。
それと同時に土があちこちでこんもり盛り上がったかと思うと、そこから巨大な魔物たちが多数現れた。
「何の音だ……ってやばい!鐘を鳴らせ!!」
あまりにも遅いタイミングでようやく鐘を鳴らすと、引き腰の兵士たちが少年の後ろで武器を構え始めた。
「くっくっくっ……こコの奴らを殺セば、全てガ上手くいク。覚悟しロ、人間どもガ!!」
「ぎゃあああああおあああおぁ!!」
「なるほど、貴殿が魔族でござるか!ははぁ、珍しい珍しい」
多数の魔物に魔族を目の前にしても動じることのない少年は、食い気味に魔族を見つめる。
その行動は魔族にとって余裕を見せつけられているかのように思えた。
「なんダ、貴様。下等種如きガたった一人デ何かするト言うのカ?」
「先程もそうだが、流暢に話すその知力……ただ暴れるだけの魔物と大違いでござる。それにしても……やけに魔物も大人しく従っているでござるな」
「魔物と俺たチを同じニするな。こいつラは所詮雑魚。駒にすぎなイ」
どうやら魔物と魔族には決定的な差があるようで、どの魔物の個体からも魔族に対し反抗的なものは見当たらず、あるのは恐怖心からくる服従のみ。
哀れな生き物だ。
「事はどうであれ、この国を滅ぼそうと言うのであれば……いや、拙者が引くこの線、この線の先に入ろうならば、即刻……斬るでござる」
「斬ル?なかなか面白イことを言う人間ダ。斬れるものナら、斬ってみるといイ!!やれ、お前たチ!!」
「ウガァァァァァア!!」
「はぁ……ヤレヤレでござるなぁ」
魔物たちは言われた通りに、少年が引いた線を踏み越えて襲いかかってきた。
しかし、少年に動く様子はない。
ただ静かに、柄を握りしめるだけで鞘から抜こうとすらしていない。
「おい!なんで抜かねぇんだ!?殺されちまうよ!」
「言った筈でござるよ。この線の先に入ろうならば、即刻斬る……と」
「!?」
「轟け……ヴォルティス」
その刹那。
轟音とともに辺りは閃光に包まれたかと思うと、バチバチっと音を立てて、魔物たちから鮮血が舞った。
パチンと音を鳴らし、剣を鞘に納める。
「さて……次は誰でござるか?」
「いつ……いつ抜いタ……」
「いつとは、ついさっきとしか答えようが無い。ふむ、見えなかったでござるか、拙者の居合いを!」
正に稲妻の閃光如き早業。
斬られ、絶命した魔物でさえ、何処を斬られた……いや、斬られたことにすら気づかぬまま死んだ。
先程の光景を目の当たりにした魔物たちに動揺が見られ、線を越えようとする魔物がいなくなった。
「グルルルルゥ……」
「何をしてるカ!使えナい奴等メ」
「いいや、使えないのはお主でござるよ」
「なっ!?」
真っ直ぐな目で魔族を見つめる少年。
「力量の差も分からず、これ以上無下に配下の魔物を殺させる気でござるか、お主は」
「なんだト?」
「魔物とはいえ、同情するでござる。無能な者の下にいると苦労する」
「俺が……無能だト??」
身体をワナワナと震えさせ、指先から爪が何倍にも伸び、それをギラリと輝かせる。
その爪はまるで刃物のように鋭く、かなりの切れ味のように見えた。
「ふむ……爪が些か長過ぎるのでは?」
「俺を怒らセた罰ダ。ただでは死なせン……この爪で八ツ裂きにしてクれル」
「まったく……そのまま帰ってくれればいいものを」
「死ネ!!」
地面を抉る程の勢いをつけて、少年に突進していく魔族のそのスピードは凄まじく、息を呑むより速く、瞼を閉じるその速度と同じ。
しかし、少年はやれやれといった面持ちで立ち尽くすのみだった。
「言ったはずでござる。線を超えたら斬る……と」
「なっ……がっ……!?」
少年の抜刀速度は魔族のそれよりも、速かった。
長々と伸びた鋭い爪は粉々に割れ、袈裟型の傷から血が宙を舞い、魔族は力無く倒れた。
「話に聞いていたよりは、遅かったでござるが、かなりの手練であった。敵ながら見事なり」
「ま、マジかよ……やっぱり只者じゃねぇよ!!」
遥か後方に控えていた王国軍の歓声が辺りに響き渡る。
魔族への恐怖と、少年への不信感が同時に消え去り、兵士たちの士気は最高潮に達していた。
「グルルルルゥ……」
「お主らは利口でござるな。なに、とって食ったりはしないでござるよ。さぁ、森へ帰るとよい」
怯える魔物に向ける剣は持ち合わせてはいなかった。
これ以上危害を加えるような素振りも無かった為、そう言うと魔物たちは何もせず森へと踵を返した。
「ふぅ……!!」
息を吐いて、気を緩めた瞬間だった。
踵を返して森へと向かっていた魔物たちが、瞬時に黒い影のようなものに包まれたかと思うと、影が消えたとき、そこに残っていたのは血だらけで息絶えた魔物たちの姿だった。
「お主……もう殺す理由は無かったでござるよ」
影からそっと現れる黒いフードの少年を睨みつける。
不気味なオーラを纏った剣、そして何より不穏な空気を持つ、黒いフードの男に対し、全身の毛が逆立つ程の緊張感が包み込んだ。
「俺には……殺さない理由は無い」
「何を言うか。既に戦いは終わっていたでござる」
「それはお前の……だ」
「……それは屁理屈でござるよ」
そのままこちらへと向かってくる黒いフードを少年。
線を超えた拍子に思わず柄に手をかけるが、それを抜くことは無かった。
少年は抜けば自分が斬られる……そう思い、抜けなかったのだ。
「……むぅ、あれは対等に戦える相手ではござらんか」
今度こそ息を吐き、黒いフードの後を追うようにして、少年も王国へと足を動かし始めていた。