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水神剣 戦姫シロナ川の戦い


 夢を見ている、そう思える程にアストラル軍の士気は下がっていく一方だった。

 今、アストラル軍がアストラル大陸を流れるシロナ川を挟んで対峙しているのは大多数の魔物。

 

 そしてそれを率いて操るのは、王都に伝えられる【七聖剣伝説】の中に出てくる魔を使役するもの【魔族】だ。


「嘘だろ……本当に魔物を従えてるなんて……おとぎ話じゃないのかよ!!」


「う、うろたえるな!相手が何であろうと、我が王国軍に敗北はない!」


「そ、そうだそうだ!!」


 声を出して士気をあげようとするも、やはり動揺は誰一人として隠せてはいない。

 果たして人間の攻撃が魔族に通じるのか……前例はあるものの、おとぎ話として語り継がれてきた【七聖剣伝説】のみ。


「で、でもよ……こんな多くの魔物を俺たちいっぺんに相手したこと……ないぜ」


「やめろ、口にだすなよ……みんな分かってるんだ」


「ご、ごめん」


 目の前には魔族はもちろん、魔物の大群たち。

 王国軍の兵士たちは時折、森から溢れ出てくる魔物を対峙していたのだが、一体の魔物につき、十人の小隊で対応していた。

 

 しかし、今回はそうもいかない。


 そんな状況でも、王国軍にはまだ勝機があった。

 間を流れるシロナ川は川幅が広く、そして流れも強い。

 

 付近に掛けてあった橋は既に崩してあり、こちら側へ渡る術はコウエン大橋のみ。

 そこは王国へと直接繫がる橋であり、かなりの戦力を割いて王都を守っている。


 それに何やら若い男が軍の後ろ、橋の中央に一人だけで配置されているらしい。


 おかしな状況だが王の命令の為、誰も異を唱えない。


 ともかく、こちらから大量の矢を放ち、身動きの取れない魔王軍どもを一方的に殺戮できるのだ。


「弓兵、構えぇい!!」


 その声とともに弓を持った兵士たちが一斉に弓を引き、構える。


「放てえええええぇ!!」


 一斉に放たれた矢は宙を舞い、最悪の雨となって魔王軍へと降り注いでいく。

 大量の矢を動かずにモロに受けた魔王軍。

 勝敗は決まったと思えたのはほんの一瞬しかなかった。


「ば、馬鹿な……矢が……」


「そんな……」


 兵士たちが見たその光景は絶望的だった。

 大量に放たれた矢は魔族、魔物を貫くことは無く、当たった途端に弾かれていたのだ。

 魔族はともかく、普段の魔物なら矢で仕留めることもあった。

 しかし、今回の魔物は分厚い皮膚で覆われているのか、矢をものともしていない。


「キャハ……キャハハハハ!!」


「な、何か喋っているぞ!」


 青白い肌、不気味に煌めく紅い瞳、暗黒に染まったかのような黒く長い髪の女型の魔族は嘲笑う。


「あー面白イ。こんなニ笑ったのハいつぶりかナァ」


「もっト真面目にヤれ。遊びじゃナいんだ」


「ハーい」


 すると、屈強な体付きで、同じく黒髪の男型の魔族が大きく口を開き、魔物のような声で吠えた。

 その声とともに大人しくしていた魔物たちは、躊躇することなく、シロナ川へと飛び込んでいった。


「な、何が起こっているんだ!?」


「ち、血迷ったか!」


「フフん、血迷ってナンかなーいヨ」


 ひたすらに飛び込む魔物たちだが、次々と飛び込んで行く度に息絶えた魔物が川の流れに乗らなくなっていき、川に死体の山が築き上げられていく。

 その様子を王国軍は見ていることしかしなかった。


 そんな中、一人の兵士がある事に気がついた。


「こ、こっちに近づいて来てないか??」


「……まさか……まさか!」


「気づいてモ、もう遅イ!!」


 ある程度の死体で川には足場が生まれていた。

 そして、一匹の魔物が助走をつけ、死体を足場にして力強く蹴り上げて飛んだ。




 スローモーションのようにゆっくりと魔物は宙を舞い、ついに一匹の魔物の侵攻を許してしまった。


「きたぞおおおおぉ!!」


 侵攻を許したとはいえ、まだ一体のみ。

 それだけなら数で勝る王国軍が有利に思えた。


「槍兵、かかれぃっ!!」


「てやぁっ!!」


 ガキンッ……。

 鈍い音をたてて、何かが宙を舞う。


 それは王国軍の槍兵の渾身の一撃だった。

 

「や、槍が……折れた……」


「グオオオオオォオ!!」


「やめ……やめろおおおお!」


 グチャ……。

 先程とは違った鈍い音で、たった魔物の腕一振りで槍兵の首が飛んでいった。

 首を失った槍兵が力なく倒れるのと同時に王国軍に降り注ぐ恐怖。


 それにより、王国軍は大混乱へ陥った。


「た、たすけてくれぇええ!!」


「落ち着け!!落ち着いて対処すれば……」


「グオオオオオォオ!!」


 さらに追い打ちをかけるかの如く、魔物たちが次々に川を飛び越えてきている。


 一方的な殺戮になったのは王国軍の方だった。


「もうダメだ、終わりだぁ!!」


 武器、防具を捨てて走り去ろうとする兵士たち。

 それでも戦う者たちは剣を握り、効かないと分かっていても攻撃をする。

 四肢をもがれ、上半身を丸ごと食いちぎられ、鋭い爪で突き刺され……無残にも散っていく兵士たち。

 

「ダメじゃんか、逃げてちゃさ。みんな戦ってるんだよ」


 逃げようとする兵士の胸ぐらを掴み、振り向かせるまだまだ若い少女。

 ショートカットの青い髪に、緑がかった瞳の少女。


「こんなの……こんなのお終いなんだぁ!!放せよおおお!!」


 少女はふーっと息を吐くと、兵士から手を放しパンパンと二回手を叩いた後に背中に背負う剣を握りしめた。

 すると、剣が青く輝き出し、それはまるで宝石のようだった。


「それじゃ、アタシに任せておっさんはそこで見てな」


 その言葉を残し、魔物に突っ込んでいく少女。

 


 こんな状況では死にに行くようなもの。ましてや、刃が通らない魔物にどう戦うと言うのだろうか。

 少女を止めようと伸ばした手は届くことなく、空握っていた。


 俺は兵士だ……王国軍の勇敢なる兵士だ……逃げてる場合じゃないだろう。

 せめて、せめてあの娘だけでも……救ってみせる。


 剣を握りしめ、魔物の方へと向かおうとした時だった。


「はい、一丁あがりってね」


 無残に切り刻まれ、大きな巨体がドシンと音を立て血だらけに倒れていく。

 一体何を見せられているのだろうか。

 何がどうなっているのだろうか。


「大いなる水よ……水神の命に答えよ、【水神剣ライオネル】」




 それは一瞬の出来事だった。

 

 シロナ川を流れ行く水が、まるで命を宿したかのように、まるで生き物のように少女の動きに合わせて魔王軍へとなだれ込む。

 屈強な魔物とはいえ、押し寄せる水の力には逆らえず、飲み込まれ、沈んでいく。


 それを見ていた兵士たちにある光景が目に浮かんだ。


『女神ライオネットが創造せし聖なる剣ライオネル。穏やかなる水は瞬く間に魔を飲み、平和と豊穣を齎す。正に水神の如し』


 アストラルに伝わる【七聖剣伝説】の一章……そうだ、我々は……たった今……


 伝説を目にしている。


「あーあ。これ使うと全身水浸しになんのが嫌なんだよねぇ」


 びっしょりになった服の袖を懸命に絞っている少女はどこからどう見ても思春期の女の子。

 気づけば誰もがある言葉を口に出していた。


「戦いの女神……いや、姫だ」


「アストラルの水神の生まれ変わり……戦姫だ……戦姫様だ!!」


「うぉぉぉぉぉお!!戦姫様あぁぁぁあ!!」


「え、何それ?」


 これがのちに新たな伝説として語り継がれる【水神戦姫シロナ川の戦い】である。



「クソ……これじゃアあの時と同じ」


「一刻も早く魔王様にニ伝えナきゃ……」


「ムッ……貴様、何ものダ?」


 命からがら逃げる魔族たちの目の前に現れた黒いフードの男。

 手に持つ黒い剣からは禍々しいオーラを放っている。


「そこをどケ、人間」


「わたしタチぃ、疲れてるから今なラ見逃してアゲるよン」


「魔族……か。ちょうどいい」


「っ!!」


 黒いフードから覗く口元は薄っすらと笑みを浮かべていた。

 そして次の瞬間、魔族たちの首がはね飛んだ。


 何が起こったのか分からないまま絶命した、転がる魔族の首に剣を突き刺し、黒いオーラを吸収する黒いフードの男。


 これでいい……これでいいんだ。

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