黒影剣 黒い聖剣
「なにっ、見失っただぁ!?早く探せ!!探して殺せ!!」
松明を片手に薄暗い洞窟の中を走り回る盗賊団【山猫】が大勢であちこちを隈なく探している中で、静かに身を潜める影。
黒いフード付きのローブを身に纏い、背中には黒い布で巻いている何かを背負っている。
そして頭からフードをすっぽりと被っているせいか、暗闇と同化していて、盗賊たちが気付く様子はない。
影の近くを三人の男たちが松明を片手に通り過ぎるのを確認し、慣れたような素早い動きで暗がりを見つけ、また身を潜める。
「まだ見つかんねぇのか!?」
「つってもよぉ、見つかんねぇんですって!」
「てめぇ……口答えする暇あるなら探せ!この役立たずが!」
「うぐぇっ!」
横腹を蹴られる盗賊。
蹴った男は周りが汚い身なりの中、一人だけ金銀宝石を身に着け、装飾が施された剣を振り回している。
「くそ……なんだって俺だけ蹴られんだよ……ついてねぇな」
蹴られた男はボソボソ呟きながら、影の方へと歩いてきた。
暗がりが徐々に松明の明かりで照らせらていく。
次の瞬間、蹴られた男は左手の脇を通すようにして、頭を抱え込まれると、右手を引っ張られて仰向けの状態になる。
訳の分からぬまま、気づけば首筋にナイフが当てられ、全身黒ずくめの何者かに拘束されていた。
気付いた時には右手に持っていた松明は水溜まりへと沈み、辺りは暗がりに戻っていた。
「大声を出せば殺す。暴れても殺す。質問だけに答えろ……でなければ殺す」
「へ……へい……」
首筋に当てられたナイフが少しだけ食い込み血が流れる。
それを見れば冗談を言っている訳では無いことが分かる。
(コイツ……ヤベえ奴だ……)
声からして男とは判断できるが、肝心の顔はフードと暗がりでよく見えない。
「一つ、お前たちの頭はあの間抜け面か?」
「そ、そうでさ。見つかったらお前、殺さぶふっ」
「余計な事は言わなくていい。殺されたいのなら別だが」
盗賊の男は恐怖のあまり声を発さずに頭だけを動かし、頷くように二回振った。
「一つ、何故アイツは俺の事に勘付いている?何をした?」
「お前、団長の宝盗んだろ?その背中の剣。だからだ」
そう答えると、空に首筋に刃が食い込む。
「は、話が違うぞ!」
「答えになっていない。何故だ?」
「団長はお前が持ち出したその剣が、えらい気に入っててな。ある時間がくると眺めに行くんだよ」
黒いフードの男は、考えるかのように少し黙る。その男が黒い布で巻いて背中に背負っているもの、それは剣だった。
バタバタしている洞窟の中で、この沈黙は長く感じた。
「一つ、お前らの団長にはこの剣は台座から抜けなかったのか?」
「あぁ、なんでか知らねぇが抜けねぇってんで、この洞窟を掘ってアジトにしたんだよ。てめぇは抜けたみたいだがな」
すると、また黙り込む。
手慣れてはいるが、声が若い。付け込む隙間はありそうだぜ。
「なぁ、もういいだろ?帰してくれ」
「……」
「出口も教えてやるからよ、抜け道があんだよ」
そう言うと、男の拘束がふっと緩んだ。
どうやら素直に開放してくれるようだ。所詮はガキか。
「へへ、旦那、そうこなくっちゃ。どれ、案内するぜ」
「……」
(なぁーんて言うと思ったか馬鹿が。所詮ガキだな。適当に連れ回して、突き出してやらぁ)
盗賊とともに闇に潜みながら、その後をただ静かに付いてくる黒ずくめのフード男。
暫く歩くと、広い空間へと辿り着いた。
「さ、ここが出口でさぁ旦那」
暗くて薄っすらとしか見えないが、その空間の床に転がっているのはゴツゴツとした骨。
中には腐敗し、骨が露わになっている死体まで置いてある。
「けっ、今更気づいても遅いんだよ!!」
「……」
「お前か俺の宝を盗んだ奴は…」
その声とともに、暗かった空間を囲むように松明がつけられ、男を隠す闇が消えてしまった。
明るくなったこの場所は、死体を見るに誘拐し、金品を巻き上げられた後に殺された、あるいは性欲の処理に使われた挙げ句に殺された人々の死体置き場。
たが、男は何も言わずに立ち尽くすだけ。
「ヒビって声もでねぇか。分かってる通り、お前はそこに転がってる奴等の仲間入りになる訳だが、俺様は慈悲深くてよぉ……今からお前に選択肢をやろうと思ってだな」
「流石団長ぉ!!」
「今ここですぐに俺に殺されるか、手足全部落としてから……いや、手の指、足の指一本一本ナイフでステーキ肉を切るようにゆっくりと切り刻んでから……」
男にはそんな声など届いてはいなかった。
無残にも横たわる死体を見て、男の中で何かが切れたような、我を忘れるような、そんな何かがこみ上げてきていた。
「そして四肢を落とされたお前はこう言う、助けてください!!ってなぁ」
「……」
「……おい、何か言ってみろよ!!」
すると男はゆっくりとフードを取り、盗賊の団長を睨みつけた。
その鋭い眼光の威圧に少し驚いたが、その見た目の若さ、おそらくまだ成人を迎えていないその容姿を見て、思わず笑う。
「まだガキじゃねえか!僕ちゃん、迷子なのかなぁ??」
「おじさん達が可愛がってやるよ、げへへへ」
「……なら俺はその選択肢を一つ増やそう」
「あん?」
震える手で、ゆっくりと背中の黒い布に触れるとその布は解け、漆黒の剣が現れた。
そしてその柄を握りしめた。
「一つ、お前たちはここで俺に殺される」
「何を言うかと思えば、状況分かってんのかてめぇ!?」
「そうだ、最後に一つだけ」
静まり返るこの空間に男の声だけが響く。
選択肢とは言ったが、答えは一つだけだ。
その声を最後に盗賊たちは闇に包まれていた。
「な、なんだよこれ!」
「落ち着けてめぇら、松明はどうした!?」
「それが、何も明るくなんねぇです!!」
「何がおこってやが……」
盗賊たちでそうこうしているうちに、盗賊の一人の首がぼとりと落ち、血を吹き出しながら倒れた。
そして一人、また一人と。
外は既に朝を迎えていた。
薄暗い洞窟から一人の青年が血にまみれたまま、出てきて空を見上げた。
するの木陰から白いローブの女が現れ、黒いフードの若人に向かって手を振る。
「これで私の預言を嘘とは言わせないわ」
「お前のそれに違いは無かった。それにしても、これがお目当ての【聖剣】だと?」
「これはこれは……こんなにも黒くなっているなんてね。私の預言に間違いが……いいえ、私は色まで言及した覚えはないわ」
私の管轄外ねと興味無さげに一人で解決した女。
「えぇ、貴方のもつその剣は正しく聖剣……いや、【黒影剣ファフニール】と呼ぶべきね。それに、それは最初から貴方のものよ」
「俺の……?」
「知らないフリをしても無駄よ?見たんでしょ、貴方の進むこれからを……ね」
そうだ。俺は……俺は戦わなければならない。
魔王……世界……そんなのどうでもいいんだ。
「俺はどうすればいい?」
その問いに女は答えた。
「王都に行きなさい。貴方を待っている人たちがいるわ」
「分かった。世話になった」
遠くに見える王都の方角は煙が立ち上り、魔王軍と王国軍が衝突しているのが分かる。
そしてそこには奴等もいるだろう。
セブンソード……同じ聖剣を持つ、神々に選ばれた勇者たち。
「悪いな……それは俺のものだ」
まるで聞こえたかのようにその背中を見て微笑む女。
えぇ……全ては貴方のものよ、レディア・アーレイ。