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炎と水


「うおおおおお!」


 ガラガラと音を立てて、凹凸のある道を荷台引きながら走り続けるのは、熱き男ことカイ・ソウン。

 彼の持つ聖剣はその熱き魂に呼応するかのように燃え盛る剣、サラマンダー。


「はぁ……なんでアタシがこんな奴なんかと」


 その荷台に落ちないように捕まりながら座っているのは水神の剣ライオネルを持つセーナ・ラクスウェル。

 

 二人は預言者エメリアが示した、西に位置する小さな村【ウェステス】に蔓延る魔族を討伐する為、王子のアルベルトにおそらく無造作に選ばれた。


「どうした! もうヘバッたのかのよ、セーナ!」


「っるさいわね! 少しくらい静かにできないの!?」


「はっはっは! なんだ、元気だな! それくらい声が出てれば問題ねぇ!」


「……ほんと最悪」


 何かと常にこの調子で進んではいるものの、人の足ではどれだけの時間がかかるか知れたものではない。

 

 だが、彼等もまたレディアと同様にこの任務に思い入れは全くを持ってない。


 セーナにとって魔族や世界などどうなろうと構わなかったのだ。

 ただ時の流れるままに、それはまるでせせらぎと共に軽やかに流れる水のように流されて生きていたい……ただそれだけだった。


 その流れの途中に魔族がいて、その魔族から人々を守るという事柄があるのみ。


 カイに至っては至極単純で、強くなって最強を目指しているだけ。


 カイはともかくセーナからすれば、流れるように自由である中で、たまたま熱苦しいものと出会ってしまったというとても迷惑な話なのだ。


「こんな事ならレディア達の方に付いていけばよかったよ」


「ん? お前今、レディアって言ったか?」


「妙なところに反応するじゃないか、カイ」


「当たり前だ!」


 急に大声を出したかと思えば、足を止めて砂埃を上げながら止まる。


「ケホッ……なに急に!」


「日も暮れてきたし、今日はここで野営だ!」


「はぁ……それがいいかもね」


 慣れたような手付きでセーナとともに荷台に乗っている木材を石で囲った円の中に入れて、サラマンダーで火をつける。


 聖剣であるのに、明らかに便利道具と化しているのはさておき、古びた小さめの鍋を出してそこにセーナがライオネルで水を注ぐ。


 聖剣だというのに。


「火はいいよなぁ。燃え盛る様を見ていると心が暖まるぜ」


「アンタ毎回それしかないの? つまんない男だね」


「事実だろ! ま、分かる奴には分かるんだよ」


「はいはい」


 沈黙に慎まれる中、煮だったスープをマグカップの入れてそれをカイに手渡すセーナ。

 いつものようにカイ話をあしらいはしたが、火を見ているとどこか不思議な気持ち、感覚を覚える。


 その火を見て思い浮かべるのは黒い服の男、レディアだった。


 みんなで自己紹介をしたとき、自分の故郷を中々口に出せなかったその時のレディアの顔、そして王子に向けた怒りと憎しみの瞳は深く印象に残っている。


「ねぇ、カイ。アンタはさ、レディアのことどう思う?」


「どうもこうもねぇ! アイツは恐ろしく強え……間違いなく! 俺のライバルに成りうる逸材だぜ!」


「……なんか聞いたアタシが馬鹿みたい」


「それにアイツは、あの村の生き残りなんだろ?」


 あの村……それは十年前に起こった悲劇。

 多くは語られることの無かった、未だに謎が多いまま葬り去られた。


「もう尾ひれが付き過ぎて何が真実か、何が偽りなのか収集つかなくなった……アタシも詳しくは知らないけど、あの瞳に映るのは怒りと憎しみ……そして悲しみだった」


「セーナ……お前、レディアに惚れたか?」


「ぶふっ!? は、はぁ!?」


 雰囲気をぶち壊すカイの発言に、思わず口にしていたスープを吹き出すセーナに対して、特に茶化したような様子はなく、首を傾げているカイ。


「どうした? 溢れてるぞ」 


「アンタのその純粋なとこ、本当ムカつく! 脳みそまで筋肉なんじゃないの!?」


「お、まじか! 俺の筋肉は脳まで達したか!」


「いや、何で嬉しそうにするのよ! もうっ、調子狂うなぁ」


 僅かな沈黙のあと、目を合わせて笑い合う二人。

 二人の力の象徴である水と炎は対極にあるが、それはあまり関係ないようだ。


 その時、突然草陰がガサガサと音を立てて震えると、二人はすぐ様剣に手を伸ばし構えると、一気に緊張が辺りを包み込む。


 その音と草陰の震えは少しずつこちらに近づいていて、焚火はあるが、その明かりでは草陰まで照らすことは出来ない。

 

 何かが来る。


「わふっ……」


「わふ?」


 草陰から現れたのは、まだ小さく幼い灰色の毛並みの狼だった。

 おそらく群れから逸れてしまい、匂いだけを頼りにここまできたのだろう。


「か、可愛い! 何この小さな毛玉! 迷子でちゅか?」


「お前……」


「な、何よっ! 可愛いんだからいいじゃない!」


「違う、そいつ魔物だぞ」


 まだ幼くセーナの腕の中で小さな身体を震わせてはいるが、その瞳は赤く染まっていた。


 赤眼狼レッドアイウルフと呼ばれる狼型の魔物で、臆病な性格で一匹では行動せず、群れで行動し狩りをする。


 一匹一匹の戦闘力は低く、脅威はさほどないが、大きな群れとなると軍が動くほどの力を持つ。


 主に家畜や人を襲い、その血肉を骨になるまで貪り食う。


「そんなの知ってるわよ、でも可愛いものは可愛いの」


「変に懐かれる前に遠くへ捨ててこいよ、殺すわけにもいかないし」


「えー! こんな可愛い子に私がそんな酷いこと出来ると思う? いや思わない!」


「でも子どもとはいえ、魔物は魔物。俺達とは生きる世界が違うんだ」


 森の近くにある村などでは家畜や農作物が荒らされ、大きな被害に合っている場所もある上、いつ狂気に芽生えて襲われるか分からない。

 とは言っても流石に殺すわけにもいかず、遠くへと捨ててくるのが正しい選択に間違いはない。


「でもせめて、明るくなるまではさ……一緒にいてあげようよ」


「そうだな、そうしよう!」


 小さく震えるその赤眼狼に、セーナはどこか自分を重ねていた。

 

 雨が止むことはない雨の街の片隅。

 少女は、身体を濡らしながら木蔭で一人泣いていた。


 親も兄弟も、信頼できる者さえいない。


 どれだけ泣いても、どれだけ縋ってみても足蹴にされて泥に塗れるだけ。


 そう、あの人に出会うまでは。



「くぅん……」


「そうだね、寂しいね……でもきっと必ず助けてくれる人はいるから」


「……くぅん」


「怖がらなくていいよ、雨は止まないから」


 その言葉に子どもの赤眼狼は安心したのか、あくびをすると、そのまま寝てしまった。


「雨は止まない? 雨なんか降ってないぞ」


「今のはアタシの故郷の言葉さ。アタシの故郷は常に雨が降っててさ、その雨が時々止むことがあるんだけど、それは災いの前兆なんて言われてるんだよ」


「へぇ、雨が止むのはいい事だと思うが」


「アタシのとこでは逆なのさ。雨は止まない……だから安心してってこと。アンタのとこにはないの、そういうのさ」


 すると少し背伸びをして、セーナの反対側に座り込むカイの顔は、珍しく真剣な面持ちで炎に揺られるその顔にドキッとするセーナ。


「俺のところには無かったよ。俺は怖いものがあれば強くなれとしか言われて来なかった。強ければ何も怖くないからな。でも……」


 そう言うと、セーナに背中を向けるように寝転がる。


「俺は弱いんだ」


「聖剣持っておいて弱いなんてある? カイもそれなりに実力あるからここまで来たんでしょ?」


「いいや……俺は弱いんだよ。だから人一倍に努力しないといけない」


「ふーん、そんなもんかね」


 まだまだ気になることはあったが、聞くのは野暮なので興味なさげに返事をする。

 いつも元気な輩が急に静かになるのはどうも調子が狂うようで、自分まで気が滅入ってしまうような感覚を覚える。




 聖剣を持つ者たち……それぞれに心に何かを抱えながら戦う者たち。


 彼等は勇者、そして勇者たちはなんの為に戦うのか。

 


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