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眷属の刺客


 相変わらず馬を走らせる中、やはりレディアにしがみついているアニス。

 気がつけば辺りはオレンジに染まり、闇の訪れが近づいてきていた。


「チッ……仕方ない。ここで野営だ」


「そ、そうですね……」


「さんせーい」


 レディアは馬から降りて、積んである小さな荷の中から乾いた木を取り出すと、それを石で囲って火打ち石で火を灯す。 


「ふふーん、なんだかこう言うのってワクワクするよね!」


「……しない」


「するよー?ね、アニー……アニー?」


 いないとは思っていたが、まさかまだ馬に跨っているとは思わなかった。

 上手く降りれないのか、困ったような顔をしていた。


「……何してる?」


「いや!あの……お尻が痛くて……」


「……はぁ」


「え?ちょ、わぁ!!」


 肩で荷物を持つように、アニスを担いで歩くレディアに対し、この格好が恥ずかしくて赤面した顔を両手で隠すアニス。


 降ろして石の上に座らせるが、どうやらまだ痛むようだ。

 レディアは自分の着ている黒いローブを脱ぎ、グルグル丸めて石の上に置いた。


「あの……これ?」


「座れ」


「でも、レディア様の……」


「座れ」


 そう言うので、仕方なく黒いローブの上に座るとさっき感じた痛みが嘘のように思えた。


 全然痛くない。


 するとレディアは荷物から僅かな根菜と干し肉を持ってきて、それを細かく切り、沸騰した小さな鍋に全部入れた。

 ひと煮立ちしたあと、かき混ぜながら黒い香辛料を少し入れた。


 いい香りが辺りを漂う。


 それをボコボコになった二つの皿に入れ、片方をリゼリットに、片方はアニスに差し出した。


「有るもので作った。味に保証はない」


「やったー!いっただきぃー!!」


「わ、私の分まで……レディア様のは?」


「俺は……いい。他のものを食べる」


 そう言うと、別の入れ物から干し肉を取り出し、それをかじるレディア。


 恐る恐る口に運ぶアニスだったが、喉を通ったときには笑みが溢れていた。


「これ……美味しい……」


「ね!見た目はまぁまぁだけど、リズ好きだよ!」


「……パンも食べるなら僅かだが俺の荷の中にある。好きに食べろ」


「ほんとっ!?やったね、アニー!」


 辺りは既に闇に包まれていて、この広い平原の中で唯一の明かりの焚き火がレディアの顔をオレンジに映し出す。


 その無表情というか、やっぱり悲しそうに見える顔がどうしても気になる。

 でも、顔には出さないけれど何だかんだ優しい人なのかもしれない。


「レディア様はお優しいのですね」


「……」


「私やリゼリット様に馬や、食事を作って下さったりして……私は最初怖い人だと思っていました」


「……」


 無言のまま火を見つめ、干し肉をかじる。


『レディアって優しいよね』


『お前まさか……こいつに惚れたか!?』


 耳の奥底で鳴り響く幻聴。

 聞こえるはずのない声と見えるはずのないその姿が目障りで無言で干し肉をかじる。


「皆様の前では酷な言葉を仰っていましたが、このようなレディア様の本質は隠せないのですね」


 クスっと笑うアニスだったが、状況が一変した。

 突如としてレディアが胸を抑えて苦しみだしたのだ。


「レディア様……レディア様っ!!」

「ぐがっ……がっ……」

「レディ、アニーどーしたの」

「分かりません……突然苦しみ出して」


 顔も青白くなっていて、目も虚ろになっている。

 これは……典型的な中毒の症状。


 「レディア様!!」


「待ってアニー。このレディが食べてた肉……これ、普通のお肉じゃないよ」


「まさか……毒入り!?」


「ううん……そうじゃないみたい。これ……」



 魔物のお肉だよ。



「魔物のお肉……魔肉じゃないですか!」


「こんなの食べてたらそりゃ中毒にだってなるよ。【魔素】だらけのお肉なんか食べたらさ」


「はぁ……はぁ……離せ、もういい……」


「レディア様!駄目です、横になって下さい!」


「やめろっ!」


 横にさせようとするアニスの手を振り払う。

 

 魔物には【魔石】と呼ばれる魔力の籠もった石が、魔物の心臓に埋まっている。

 その【魔石】から放たれる特殊な成分……それが【魔素】である。


 人間にとってはそれは毒になる為、取り扱いは違法とされており、また魔物の肉、魔肉にも魔素が含まれているのでこれまた取り扱いは禁止されている。


 ただ、闇市と呼ばれるマーケットが貧困地域や、王都の裏で非合法的に魔石は高値、魔肉は安値で販売されているのが現状である。


 魔石や魔肉は研究用に国で無償で引き取っているのだが、当然闇市に持っていったほうが金になる為、闇市があとを絶たない。


 王都でも年々魔素中毒者、【魔素喰らい】が増えつつあった。


「レディア様……何故魔肉なんかを……」


「十年前……俺は全てを失った。食べ物も水すらない……だから魔肉を食らうしかなかった」


「そんな……」


「たまにある発作みたいなものだ。いちいち気にするな」



 そうしてリゼリットが持つ魔肉の干し肉を、手からぶんどり、またかじり出すレディア。


「待って……リズたちが食べたお肉は?」


「まさか……魔肉!?」


 何気なく食べていたあのスープの干し肉……あれもレディアが荷から取り出した干し肉だった。


 もし魔肉だとしたら大変なことになる。


「……お前たちが食べたのは豚の干し肉だ。魔肉は俺のものだ」


「そっか、よかった」


「レディア様……」


 思いとは裏腹に、レディアの顔色はもとに戻っていてなんとも無さそうだった。


 毒や病はこのヒールカリバーでは治すことができない。


 どうしたら……。


 会話のないまま時間だけが過ぎていき、いつの間にかリゼリットが薄い布に包まってうーんうーんと唸っていたので、アニスが膝枕をすると、むにゃむにゃと気持ちよさそうに寝始めた。


「レディア様、そろそろお寝になった方が」


「いや、いい。盗賊でも来られたら堪らないからな」


「しかしそれでは、レディア様が」


「眠くなったらお前を起こす。だから先に寝ろ」


 そう言われたものの寝ろと言われても寝れるものじゃない。

 しかし、眠気に人は勝てないようでウトウトしていたらそのまま深い眠りについてしまった。


「……」


 焚き火に木を足すとパチッと音を立て、少しだけ火が強まった。


『私達といるんだから、もうそれ食べるの禁止!』


『いい女だろ?こいつ』


『も、もうっ!そういうのじゃないんだから!』


 火があの日の事を思い出させる。

 思い出したくもないのに、この静まり返る空間に思い出となって蘇る。


 レディアは再び木を投げ入れた。

 パチパチッっと音立てるたび、耳に声が聞こえてくる。


『どうして……どうしてこんなことに……』


『お前のせいだ……お前がここにきたから……全部お前のせいだ!!』


「違う……俺じゃない」


『殺してやる……殺してやる!!』


 火が形を変えて、悪魔のような形相になっていく。

燃え盛る火は炎となってレディアに襲い掛かろうとしていた。


「……っ!」


 ハッとすると、その炎は消えていて小さな火が焚き火でたんたんと燃えていた。


 幻覚か。





 そんな時だった。





「楽しそうですネェ……」


 レディアの耳元で何かに囁かれたような気がした。

 だが、レディアは動じることなく焚き火をいじるだけ。


「お二人は寝てしまいましたカ。となると、貴方お一人だけ……ですネェ」


 ゆっくりと振り返る先にいたのは、青白い肌に赤黒い翼。

 赤に塗られた瞳が、この闇の中でも一際輝いていて不気味さを感じる。


 人でないこの肌を刺すような感覚……魔族だった。


「安心してくださイ。私も一人ですヨ?」


「何の用だ?」


「嫌だなァ……決まってるじゃありませんカ。どうも、殺しに参りましタ」


 紳士のようにお辞儀する魔族に対し、ゆっくりと剣を持つと、巻いてあった黒い包帯が解け剣が露になる。


「聖剣……ですカ?どこか懐かしい匂いがしますネ」


「紳士的なのか、それとも舐めてるのか……或いは馬鹿なのか。わざわざ声を掛けてくるとはな」


「そうですネェ……一番、それと二番ですネ。それにかなり遠くから貴方を見ていたことに気づかれていましたしネ」



 王都で一度止まった時、視線に気づいた時だった。それはリゼリットにも感じたようだった。


 


「ですが……私が貴方を殺すことニ変わりはありませン。宜しいですカ?」


「……ごちゃごちゃと長い奴だ」


「これはこれハ……失礼しましタ。では私から。私は魔王様が眷属【十二卿】が一人【アデウス】様の一番槍【ネイロ】と申しまス」


「俺はレディア・アーレイ。そうだな……影……影の勇者とでも名乗っておこうか」




 突如として現れた魔族【ネイロ】。

 闇夜に光る赤い瞳が、不気味に笑みを浮かべる。



 眠っているリゼリットとアニス。

 レディアはこの闇の中、一人で魔族に立ち向かう。


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