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蛇足

杉浦視点。

読まなくても大丈夫な蛇足です(笑)


 昔っから、バカみたいにモテた。


 気づけばいつもクラスの中心、スクールカーストのトップ。それがオレだって認識していたから、疑問に思うこともない。


 転校しても、その立場は変わらなかった。常に人から好かれ、先生さえ一目置くほど、友だちが多い。

 今までもこれからも変わらない生活。それが、たったひとつだけ、変わったことがあった。


「勝負だ、杉浦ァ!」


 顔のそばかすを「チョコチップみたい」と言ったら、その日からアダ名が変わってしまった、クラスでも小柄な女の子。

 テストになると、低い点数のくせに勝負をふっかけてくる。バカだよねぇ。


 いっつもプリプリ怒ってて、一生懸命な分むだに空回ってて。あれだ、回し車をひた走るハムスターに似てるんだ。脳みその軽さまで似てるかもね。

 うーん、ちょっと可哀想?


 テストに体育、果ては家庭科の調理実習まで、ことあるごとに勝負勝負ってチョロチョロされた。やっぱハムスターかも。

 でも、チョコちゃんの点数が段々あがって、足が速くなってきて、ちょっとずつ楽しくなってきて。

 体育での顔面強打は本当に面白かったなぁ。血が出てたけど。



 物足りなさを覚えたのは、中学のとき。

 彼女や友だちといても、なんとなーく何かが物足りない。

 なんだか変だなぁと思っていたら、渡り廊下の先にチョコちゃんがいて。

 ――あれ。そーいや最近、勝負とか言われてない、かも?


 バカなチョコちゃんは、勉強し続けた結果自分が学年二位になったって気づいてない。

 ホント、バカだよねぇ。


 そういえば、ちょっと前に付き合ってたコが、「もう私たちにつきまとわないでって言ってやったの」とか何とか言ってたような気がする。んん、どうだったかな。


 その程度で、遠慮でもしてるわけ? あのチョコちゃんが?

 あの、人の迷惑も顧みずに『勝負しろぉ! 勝負じゃああ!』とうるさかったチョコちゃんが!?


 いやいやまさか、とは思うけど確認は大事だ。話すのも久しぶりだし、と声をかけに行ったら。

 顔を見た瞬間、逃げられた。


「ええー……?」

 いきなりのダッシュ。オレと張り合っていただけあって、短距離走はなかなかのスピードだ。


 え、でもどうなの。

 どういう状況なの。


 偶然かな、と思ったけど、二回目も三回目もチョコちゃんは捕まらなかった。

 十回を超えた頃には温厚なオレもイライラしてくる。


 ――何年も何年もつきまとってきたくせに、今さら逃げるってどういうことなの。

 ムカついたから、矛先をチョコちゃんの担任に向けた。外堀埋めちゃえば逃げようがないよね。


 それとなく水を向けて、聞き出した彼女の進路に愕然とする。

 ねぇ、チョコちゃん。本当にそこが君の行く高校なの。もうオレと張り合わないってこと?



 ねぇ。

 ――ほんと、どういうつもりなの。



 オレも進路を変えてみた。

 有名な私立進学校から二流の公立高校への変更だ。今まで「もしかして我が校から初の合格者が」なんて浮れてた教師陣が、一気に混乱に陥った、らしい。

 詳しくは知らない。


「進路を元に戻さないか」という煩い教師には「彼女と別れたくないので……」なんて悲しげに微笑んでおいた。チョロい。


 予想通り、職員会議で吊るし上げを食らったチョコちゃんの担任。チョコちゃんに進路を変えるよう必死に勧めたらしいけど、チョコちゃんは意見を変えなかった。

 鈍感だし頑固だよね。

 まぁ、オレも諦めないけど。




 そんなわけで同じ高校に入学して半年、攻防戦は続いている。


 追いかけるようになってから、チョコちゃんはいつも目をそらすようになった。

 最初は嫌悪されてるのかなぁとか悩みもしたけど、そのうち気がついた。

 オレの顔を見た瞬間、耳が赤くなる。

 ――ひょっとして、チョコちゃんは。


 そんな態度を取られたら、諦めるなんて余計にできない。

 今思えば、クラスメートも彼女の名前も覚えられないオレが、チョコちゃんのことはずーっと覚えていた。

 印象が強烈だったっていうのもあるけど、それ以上に楽しかったんだ。

 たぶん、それが答え。


 わかってからは、さらに遠慮しなくなった。


 同じ中学出身だから、通学路も似ていることを利用して毎朝隣をキープ。

 最初は顔を見るだけで逃げ出していたチョコちゃんも、そっと近づいて肩や腰を掴めば逃げようがない。


 放課後もなるべく側に行くようにした。毎日じゃないのは、一度しつこくしすぎて朝の登校時間をずらされたからだ。

 遅い分にはいいけど、早起きが死ぬほどキツかった。

 昼休みもおなじ理由。というよりあれは彼女の悪友どもがうるさかった。


 だけど、そんな至近距離で毎日朝夕べったりし続ければ、どうなるか?

 もちろん噂になる。

 聞かれればオレは肯定するから、チョコちゃんが必死に否定しても照れているだけにしか見えないだろう。

 チョロい。


 いつの間にか『溺愛』なんて言われてたけど、苦手な早起きをがんばるくらいだ。溺愛で間違いないと思う。




 放課後。

 今日もチョコちゃんを迎えに行ったら、鍛えた健脚で階段を駆け上がっていってしまった。

 チョコちゃんの照れ隠しは強烈なのだ。仕方ない。


 置いていかれたらしい、ミチカとユナ。愉快犯のふたりはチョロくない。うざい。

「ハーレム王子杉浦じゃんー。逃げられてやーんのー。ウケるー」

「うるさい」

 ハーレムってなんだ。


 オレの両脇にいる彼女たちは、入学してすぐに告白してきた先輩の一部だ。

 気持ちは嬉しいけどチョコちゃんしか欲しくないし、と断ったら、何故かおもしろがって新しいお店とか人気のアクセとか、いろいろ教えてくれるようになった。

 噂では情報部隊なんてあだ名もある。


 そんな先輩方は、チョコちゃんを尾行するため階段をのぼっていった。

 残ったのは、オレと、チョコちゃんの悪友ども。その片割れが口を開く。

「逃げられ不憫王子に朗報ー。サッカー部のマネが今日豊島に告るべ。両思いだし、新しいカプ誕生予定ー」

「……ふぅん? じゃあ今日はお店を予約しておいて正解かな」


 情報部隊、もとい先輩方から聞いていたケーキ屋さん。

 昨日チョコちゃんが店に寄って、ケーキが買えなかったことまで把握済みである。

 先輩たちがちょっと怖い。


「王子が報われるとかムカつくんですけどー」

 口を尖らせたユナを見て、チョコちゃんに逃げ道を用意する気だと気づく。

 明日、有名な男子のなんらかの噂を仕入れてくるんだろう。彼らの別れ話とか、そういう噂を。


「おいおい、顔こえーっつの。しゃーなし、チョコが目移りしたら教えてやんよ。じゃーな」

 彼女たちはそのまま下駄箱にむかっていった。

「あんま刺激すんなバカ」とか聞こえてくるけど、そういうのは会う前に躾といて欲しい。


 入れ替わるように先輩が戻ってきた。

「うらー。彼女、二階の端っこにいたぁ」

「あぁ、ありがとう」

「いーよ。早くおめって欲しーし」

 おめ、つまり『おめでとう』ということだ。早く付き合えるといいね、という意味になる。

 チョコちゃんには伝わらないだろうけど。


 そのまま二階の端に向かって、チョコちゃんを捕まえて向かったケーキ屋さん。


 真剣にケーキを選んでいるから、なんかもう可愛くて。「半分こしよ?」って声かけたら、その途端にキラキラした目をするから、思わず「可愛いねぇ」って言ったら「そーだよね!」って返された。

 ……あのね、ケーキのことじゃないよ。


「可愛いのはチョコちゃんだよ。わかってる?」

「ふぅん。モテ男子は言うことも違うね。勉強になるわ」

 スンッて無表情になってる。信じてないなぁ。ていうか、勉強ってなんの勉強なの。


「好きだよ、チョコちゃん」

「はいはい」

 そうやっていつも聞き流すけどさ。

 人の話はちゃんと聞いたほうがいいと思うよ。ほんとーに。




 翌日、最後の休み時間。

 ミチカから「チョコ、今度は早瀬いくっぽい」と言われて思わず真顔になった。

 なに、それ。

 あれだけ好きだって言ってるのに、ほんとに何も伝わってない。

 ――いい加減腹も立つ。


 ホームルームをサボって堂々と廊下を歩く。教養科と普通科の教室が遠いせいだ。

 あぁもう本当、どうしてくれよう。

 正直、ここまで振り回されるとは思ってなかった。なんだかんだ言いながら、チョコちゃんもあっさり落ちると思っていたのに。


「で? 今度は早瀬って聞いたけど?」


 質問すれば、相変わらずすっと逸らされる視線。

 …………うん。もーいいや。

 自覚するまでは、って我慢してたけど、もーいい。可哀想だけど、他人に指摘されて大恥かいちゃえばいいんだ。


「一回だけ、告白すんの許してあげる」

 地獄への片道切符だけどね。

 自業自得だよ、チョコちゃん。

 


 だけど、目の前だろうとなかろうと、告白なんて許すはずない。



 早瀬とは多少話したことがある程度。

 馴れ馴れしい奴だったし大丈夫でしょ、と声をかければ、ひょいひょい近づいてくる。

 あーうん。こいつオレのこと好きなんだなぁって分かりやすい。


 悪いねー早瀬。オレの彼女が、と言った時点で、チョコちゃんがわかりやすく固まった。

 これで告白できるもんなら、してみればいい。

 ま、無理だろうけど。


 案の定「噂について教えて」とか言ってたし、ホントーにバカかわいい。

 おんなじくらい、憎たらしいけど。


 でも、我慢した甲斐があった。


 呆然としたチョコちゃんは、オレの隣を歩きながら今なお呆然としている。

「杉浦……え。彼女って」

「付き合ってるんでしょ、フツーに」

 あー。このやりとり、朝もしたよね。


「え。付き合……? い、いつから!?」

「んー。四月か、遅くても五月頃には付き合ってたんじゃない?」

「え」


 可哀想に、今度こそ本当に固まってしまった。

 まぁ、現実から目をそらし続けた結果だとも思うんだけど。


 固まったチョコちゃんは、それでも視線を逸らさなくなった。ちゃんと、オレの目を見てくれる。

 ――よかった。

 何ひとつ隠してないオレからは、ただ漏れだと思うけど。やっと伝わってると思ったら、嬉しくて仕方ない。

 ――ねぇ。



「好きだよ、チョコちゃん」



 真っ赤になった彼女は、今までで一番かわいかった。


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