前
※流し読み推奨です。
「あ、チョコちゃん」
――げ、杉浦……!
パッと目線を外してそのままUターン、一気に駆けあがる。
「ええー、チョコちゃんー?」
うっさいバーカ!
彼、杉浦彩音は天敵である。
女みたいな名前のくせに、両脇に女を侍らせているアイツは、どっからどうみても男だ。180オーバーの細マッチョなんて、腹筋を殴りつけても許されると思う。
機会があれば、みぞおちに入れたい。
たとえブサイクの僻みだと言われても……いや実際そうなんだけど。
違う違う、今はあたしの顔なんてどーでもいいんだって。
ムカつくことに、杉浦のボケは名前だけじゃなく顔まで綺麗だ。せめて名前負けしていればまだ可愛げがあるものを、いちいちムカつく野郎なのだ。ちくせう。
そんなアイツはいっつもいーっつも綺麗なお姉ちゃん達に囲まれている。所詮顔か。顔なのか。顔面格差社会が恨めしい。
くっ、泣くもんか。
対するあたしは、ただの一般市民だ。
いや、一般市民というよりはややブサイクよりの……おぉふ、我ながら臓腑がえぐれるようなダメージがきた。
人より薄っすい眉毛に小さな目、なにより頬っぺに散らばるそばかす達。せめてモブであれと願う容姿。ブサイクなんてそんなキャラ立ちいらない。
せめて体型だけは! 存在くらいは許される外観に! とダイエットに励んだ結果、亡くなりあそばされた胸。もはやAカップあるかどうか……いや、これ以上の深掘りはやめよう。いろいろ危険すぎる。
そんなあたしは、残念ながら面食いだった。
非常に遺憾ながら、人でも物でも、綺麗なものが好きだ。全力で好きだ。大好きだ。
ないものねだり? うるさいわ。
まぁ、当然のごとく杉浦のことも好きになった。
あれは、ヤツが転校してきた小学二年生のとき。
自己紹介しているアイツに、一瞬で恋に落ちたのだ。
――それなのに。
「わぁ、きみ、顔のブツブツすごいね。チョコチップみたい」
にっこり笑顔で言い放ちやがったヤツのお陰で、その日からあたしのあだ名は『チョコチップ』になった。ぶっ殺す。
それでも、幼少期はがんばった。
こんな格差社会に負けてなるものかと、いつか努力が身を結ぶはずだと勉強をがんばり運動をがんばった。必死すぎてドン引かれたともいう。
体育のときなんて、必死に足を動かしたのに結局もつれて顔面強打した。
ヤツはぶっちぎりでゴールテープを切っていた。惨敗だった。
悔しくてはがゆい中、いっそ歯ぎしりしている中、ヤツはにっこり笑って言いやがった。
「楽しいねぇ、チョコちゃん!」
殺す。
この、溢れ出る殺意。一周回って冷静になったけど、とどまることを知らない情熱。
必ず仕留める息の根を止めてみせる。いつかではない、早急にだ!
肉体的な殺人は罪である。だからこそ、試験で体育で、惨めったらしく精神的に仕留めてやろうとより一層努力した。
がんばってがんばって、がんばり続けた結果、ふと気づいたのだ。
できないものは、できない。
できないことは、いくら努力したところで「ややできる」程度にしかならない。
それなら、できることをやったほうが楽しいし変化も早いし、なにより有意義だ。
そんな簡単な方程式に気づくのに、何年も費やしてしまった。
――あたし、今まで何してたの?
パッと目が覚めたような気がした中学時代、杉浦とは一切関わらなくなった。
もともと、勝敗をふっかけてたのは毎回こっちからだったし、杉浦は「仕方ないなぁ」っていうスタンスだった。
その態度にもイラついていたわけだけど。
勝負自体、アイツはちっとも気にしていなかったんだと気づいて、恥ずかしくなった。
いやぁ、あたしって痛いやつだったわ。
杉浦との勝負のおかげか、びっくりするほど成績がよかったあたしは、狙える範囲の中で次点の高校を選んだ。
次点とはいえ、行きたい大学も狙える範囲の、充分学力のある高校だ。
先生には「なぜ一番高い学力の高校を選ばないのか」と何度も聞かれたけど、いやぁ〜、うん。杉浦との接点を微塵も持ちたくなかったのだ。こんなこと、答えられなかったけど。
自惚れと呼ばれても構わない。
なにせ、その頃のあたしは「ウザく絡んで申し訳なかったなぁ」くらいに思ってたし。
ところが、だ。
なにをトチ狂ったのか、杉浦が同じ高校にきた。
受験時に気づいてもよさそうなものだが、向こうは国際教養科、こちらは普通科と受験の日程さえ違っていたため、気づかなかったのだ。
迂闊だった。
ここまでなら「なるべく視界に入らなきゃいっか」ですませたところを、卒業式の日に担任がウッカリぽろりと零しやがったのだ。
「なぁ、杉浦って彼氏なんだろ? 進路、おまえに合わせて変えるってすげぇよな。愛されてるねぇ〜。俺は職員室で吊るし上げ食らったけど」
は?
は? としか言いようがない。
は?
そこからだ。杉浦の猛攻撃が始まったのは。
さっきみたいに向かった先々で、いたるところに現れるようになったのだ。
最初は理解できなかったそれも、今では何故なのかわかっている。
テスト、体育と張り合ってきたあたし達も、もう思春期なのだ。嬉し恥ずかし彼氏彼女ができちゃう年齢なのだ。つまり。
――どっちが先に、彼氏(彼女)を作るのか。
顔面が生んだ戦いは、顔面が解決する戦いへと進んだ。
ブサイクだからと悲観するつもりはない。あたしにはキックボクシングという趣味もある。
振り上げる足の角度は完璧だ。彼氏が望むなら、ケツを蹴りあげることもやぶさかではない。
顔面だけでいえば杉浦が有利かと思われるこの勝負だが、『杉浦囲み隊』のお姉さん達も相当アクが強い。どの人を選んでも修羅場になりそうだし、入学して半年経った今では『みんなの杉浦くん』モードになってきている。
なまじ平凡な彼女を作れば嫌がらせを受けるだろう。考えすぎてそのままビビっていっそヘタレちまえばいいのに。
ヤツが二の足を踏んでいる間に、あたしはさっさと彼氏を見つけるのだ。げへへ。
回想シーンが長すぎてお忘れだろうが、杉浦から戦略的撤退をした今、校舎の二階の端にいた。
眼下にはグラウンド、サッカー部の豊島くんがいる。
豊島くん……!
面食いのあたしは、カッコイイ彼に釘付けだ。飛び散る汗、シャツで汗を拭うなんて、かっこよすぎて死ねる。はー、好き……!
実は、先日からずっと、告白するチャンスを狙っているのだ。
さっきも声をかけにいこうとしたら、杉浦の邪魔がはいった。ヤツはいっつもそうだ。
お陰で、井岡くんにフラれ、田崎くんに断られ、元橋くんに笑われた。
人の告白を笑うっておい……!
「へぇ、次は豊島ねぇ。どこがいいの?」
「どこもなにも。笑われ傷ついた心を癒してくれたんだよ。あの爽やかな笑顔で」
「ふぅん。爽やかな笑顔ねぇ。ね、オレはどう?」
「ぎゃあっ!?」
顎を掴まれ、強制的に上を向かされた先には天敵のほ、ほほ微笑む姿が……!
「近すぎんのよこのハゲ!」
「ハゲてねぇし、そっちにオレいないよ?」
わかってて視線ずらしてんの! なんでわかんないのバカなの!?
ぐいぐい遠ざけようとするのに、思った以上に杉浦の力が強い。忘れてたけどコイツも男だったわ。
「ところでチョコちゃん、昨日駅前に新しいケーキ屋さんオープンしたんだけど」
「えっ、もしかしてフォルテ?」
「あーうん、確かそんな名前ー。行く?」
「行く!」
なんとなんと、オープンを楽しみにしていたケーキ屋さんじゃない! 昨日行ったら売り切れてたのよね。泣くわ。
「昨日はオープン当日で予約できなくてさぁ。ごめんねー?」
「えっ、予約してくれたの」
「もっちろーん。せっかく行くなら食べたいでしょ?」
「うんっ!」
握りこぶしいっぱいに力を込めて答えてしまった。
え、ダイエット? なんの話デスカネ?