忍空5話 考察 生活に根差した正義を考える
はい、というわけで第5話考察!
始まりと終わりをまず押さえておきたいと思います
始まりは前回の続きということでここで前回のまとめがざっくり言われてました。
2話続くときには必要なのかもしれませんね、前回見逃した人用に。
終わりはラスボス「四天王の中でも新参者のあいつの精鋭がやられただと…!我が部隊を呼べ!」
とこんな感じでした。
ストーリーの流れをざっくり追うと
マザー(風助ピンチ!手も足も出さずに殴られてる!可愛そう!)
トウジ達仲間「風助ー助けに来たぞー」
精鋭ボス「そろそろか…やれ」
風助、小者達に殺されそうになる
マザー「ダメー!」パーンパーンパーンパーンパーンパーンパーン
↑1発じゃなくて銃がからになるまで撃たれて死にました。撃ちすぎぃ!><
このシーン俺ちょっとウルってきたんですがなんでこんな涙を起こさせるのかなぁと
分析してみたいと思います
涙を起こさせるには
1キャラ同士で交流していて溜めが必要
2感情移入させること
3わかりやすく共感できること(正義など)
1については出会ってままだ1話しか経ってないんだけど
それぞれの思いについて描かれている部分は多かったと思います
風助はマザーに優しくしてもらって本当の母の面影を見ましたし
マザーは風助が殴る蹴るの暴行を受けて、帝国軍だから逆らえないという状況を辛く思っていて涙を溜めていました。←これから死ぬ人が涙を溜めていることで客観的に見る我々にそういう気持ちなんだろうなぁと強制的に理解させる。
それによって自分に優しくしてくれた風助を見るに耐えないという状況を作り出す。
→助けにいく→殺される
というわかりやすくて納得できる死に方だったと思います。
で、怒った風助は体から湯気が出ていつもと違う雰囲気
↓
元忍空友達による解説
↓
一人で片付ける
という流れ。
子供達に関して描き方で思ったのが
”子供達”は”子供達”というまとまった表現で描かれてましたね。
子供達の代表が一人いたけどそこはまぁ都合よく使われる使い方をしていたなと。
不自然なのが
1マザーの墓を建てたあと、誰も泣いてないこと
2なぜかみんなすっきりした顔で納得して風助達に感謝して送り出すこと
3家も壊されたのに誰も風助達を責めないこと
これはまぁ不自然でしたねぇ…例えばですよ?
うちにホームステイで外人が泊まりに来ました
うちの母親が付きっきりで一晩一緒にいてあげました
翌日うちの前にパトカーがきてなにやら外人は来なかったか?と尋ねられました
外人は観光にいくといってふらっと街に出掛けていました。
外人が帰ってくると住民が警察に首を絞められていました
外人「ファッキュー!」
警察「ハハッ」パーン
母「ぐはぁっ」で死にました
翌日、笑って何事もなく外人を送りだせるかっていうとまず無理です
母、死んでますやん…家壊されましたやん…
子供心でも悪いのは外人ですやん…
そんな簡単に正義って概念って入れ替わります?
もっとこう生活に根差した基準だと思うんですよね正義って。
そんな深く考えない方がいいのかなぁ…
最後に風助があめ玉を子供達に渡すシーンがあるんですが…
子供達視点でみるとかなりおかしな設定になっていると感じましたまる
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