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お前が欲しい

 七時少し前に帰宅するとロバートから、急な会議が入ったので一時間ほど遅れるとメールが入る。急いで自室に戻り熱いシャワーで心を落ち着かせる。


 今日こそ、はっきりと伝えなければ。「もうすぐ、日本へ帰る」と。

 

 ここに残っていてはダメなんだ。ロバートに迷惑をかけてしまう。

 熱いシャワーが、こぼれ落ちる涙と一緒にザーッと排水口に消えていく。


 何故、涙が溢れるのか? 今更、自分の心に問う必要などなかった。




◇ ◆ ◇


「今日の会議はこれで終わる。近日中に結論を出すが、すぐには……」


「この縁談話は決して損はないかと。ローラさんは、名門ロスチャイルーソン家の令嬢ですし、ロバート様とおつきあいしていたのですから、婚約だけでもという申し入れは理にかなっています。我が社の今後を考えれば、社長としてロバート様に選択の余地はありません。リチャード様亡き後、若いロパート様の後ろ盾としては最高ではないでしょうか」


 顧問弁護士が淡々と語りかける。


 バレエダンサーとしてイギリスで活躍しているローラとの婚約話がローラの父親から正式に来たのは死んだ親父とローラの親父が仲がよかったという理由からだけではない。ローラの将来を心配してだろう。ローラは俺に惚れている。イギリスに渡り、俺たちは離れ離れになった。いつだったろう、テレビを見ていたら舞台で足に怪我をしたローラの映像が流れていた。別れた女のことなど俺には関係ないと気にもしていなかったが、ローラの親父はダンサーとして絶望的な状況のローラの将来を案じてこの話を進めてきたに違いない。ローラと俺が結婚する。それが、俺の未来に敷かれたレールなのか。



◇ ◆ ◇


 会議を終わらせ急いで自宅へ戻る。玄関を開けても人の気配がない。マリアには事前に休みを与えている。康代はまだ帰って来ていないのか。


 俺はまっすぐ康代の部屋へ向かう。


 部屋には鍵がされておらず、中へ入るとシャワー室で泣いている声がする。気づかれないように無言でベットに腰を下ろし康代を待つ。しばらくすると何も知らない康代がタオルを体に巻きつけシャワー室から出て来た。

 

「ロバート。どうしてここにいるの?」


 慌ててシャワー室へ戻ろうとする康代の肩を抱き寄せる。濡れた髪と石鹸の匂い。うっすらと赤く上気した素肌が俺の理性をかき消していく。


「おい、待てよ」


 逃げようとする康代を強く抱きしめ、身動き取れないように壁際へ押し付ける。背けた顔へ少し強引に唇を近づけると康代は力一杯抵抗する。


「だめっ! 」

 体に巻きついていたタオルが少しずつはだけていく。


「愛してるんだ」


 固く閉ざす唇を舌でこじ開け、息もできないくらい激しく奪う。康代は俺を引き離そうと今もなお必死で抵抗している。巻きついていたタオルが床へさらっと落ち、生まれたままの姿になってしまう。


 恥ずかしそうに俯き加減になった。長いくちづけの後、康代は何か言いたげに俺の目を見つめながら泣いている。


「俺が絶対幸せにするから、泣くな。もう誤魔化せないんだ。お前を……お前だけを愛してる」


 涙をやさしく唇で拭い去ると、康代は覚悟を決めたのか、それ以上抵抗せずに俺を受け入れた。俺たちは夜が更けるのも忘れ何度も何度も愛し合い、お互いの思いを肌で感じあった。今の俺たちに特別な言葉など要らない。許されない愛だと知っている。


 俺は全てを捨ててでも、この愛を貫く覚悟で康代を抱いた。


「康代、愛してる。何も心配するな。ずっと俺のそばにいろ。俺がお前を守るから」


「ロバート、ありがとう。私も愛してる……」康代は微笑みながら泣いている。


 俺はそんな康代を強く抱きしめ、愛し合った嬉しさを胸にウトウトと眠りについた。



◇ ◆ ◇


 翌朝、目覚めると俺はベッドでひとり眠っていた。


「康代、どこだ」


 康代の部屋に置いてあった小さなスーツケースが消えていたことを……俺はこの時まだ気づかなかった。

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