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思惑

 実家に戻って玄関を開けると驚いたことにマリアが立っていた。

「ロバート様、お久しぶりです。康代さんから連絡を頂き、住み込みで働くことになりました」


「マリア。戻ってきてくれたのか」


 俺の乳母マリアがメイドとしてこの家に戻ってきた。マリアと大きなハグを交わし喜びを確かめ合う。と同時に康代との甘い生活への想いが崩れたことを知る。


「さぁ、お部屋へどうぞ。主寝室が今後ロバート様のお部屋です。ロバート様が使いやすいように配置換えをし、整えてあります」


「俺が親父の主寝室を使うというのか。康代はどこに移動したんだ」


「康代さんは、一番小さな客間へ移動しました。私はロバート様のお部屋をお勧めしたのですが、ほんの束の間のスティのつもりだからここでよいと頑なにおっしゃって」


 俺は、マリアの口から康代の覚悟を聞かされた。落ち着いたらすぐに引っ越しするということなのか。


「康代はいるのか」


「いいえ、康代様はほとんど家にはおりません。卒業を早めたいと思っていらっしゃるようで大学へ通い詰めです」



◇ ◆ ◇


 大学の図書館で勉強する。悲しみや切なさを忘れたいという思いもあるが、一刻も早くあの家を出なければ。このセメスターでは必要な単位を全てとると決めている。そう、もう少しで私は卒業する。


「康代、大変だったね。僕でよかったらいつでも相談に乗るよ」


 図書館で勉強しているといつも隣に座ってくるルイ。穏やかな笑顔は、どんな時でも変わらない安心感を与えてくれる。


 ルイは私を心配して、夜遅くまで隣で勉強しているのかもしれない。

「ルイ、私に合わせて勉強してるわけじゃないよね」


「何言ってるの。僕はこれでも王族の一員なんだよ。しっかり勉強したいだけだよ」

 笑って答える。


「ねえ、康代。さっきの教授の言ってた意味なんだけど」


 二人が話すことは勉強のことばかりだった。チャラチャラした学生と無駄な時間を過ごすより、ずっと充実感がある。


 勉強に熱中している時間だけが、全てを忘れられる時間だった。隣に座るルイは指輪を外した左薬指を見て、微笑んでいる。



◇ ◆ ◇


 ロバートの母は、康代を大学近くのコーヒーショップへ呼び出していた。ぷーんと香ばしいコーヒーの匂いがする店内で学生や若いカップルたちがワイワイと楽しそうに雑談している。


 店の一番奥にこの店の雰囲気には不釣合な二人が向かい合わせに座っている。若い店員がコーヒーを2つ運んできた。


「どうぞ、ごゆっくり」


 店員は、にこりともしない二人のテーブルを足早に立ち去る。コーヒーの香ばしさが鼻をくすぐるが二人は手をつけようともしない。


「康代さん、あなたとリチャードは婚約していたわ。リチャードが亡くなった今、あなたは独身に戻ったことになるけど、一緒に住むロバートとくっついたりしないで頂戴ね。リチャードとあなたの関係は私にとってどうでもよいことだけど、ロバートは私の息子ですからね。ロバートの気持ちがどうであれ、母親としてあなたとだけは絶対に許さないつもりよ」


「ご心配はいりません。このセメスターで卒業する予定です。その後は日本に帰ります」


「そう、それならいいわ。あなた、その言葉絶対にわすれないでね」



◇ ◆ ◇


 俺は親父の跡を継ぐため、朝早くから出社し親父の会社で勉強していた。こんなに忙しい生活は初めてだ。くたくたになり家に帰る。マリアに康代がいるかと聞く。


「今日もまだ帰宅されていません」


 もう何日も顔を合わせていない。同じ家に住んでいるのに俺は朝早く出かけ、康代の帰宅は遅い。これじゃ、何の意味もない。俺は康代に逢うために図書館へ行くことにした。


 図書館では、康代の横にルイが座り、仲よさそうに勉強をしていた。ルイの肩に手を掛けると驚いたルイが後ろを振り返る。


「おい、ルイ。康代に近づくな」


「おいおい、誰かと思えばロバート君じゃないか。父上のことは大変だったな。テレビのニュースで知ったよ。でも、驚きだな。君がその若さでスペード財閥を引き継ぐことになるなんて」


「そんなことはどうだっていい。康代から離れろ」


「ロバート君、僕はこれでも君より色々なことを勉強してきたつもりだよ。資産運営の方法とか経営とかね。王室も所詮やってることは同じだからね。必要ならいつでも相談に乗ってあげるよ」


 ロバートはルイの言葉を無視して康代に話しかける

「おい、康代。話があるから今日は早く帰ってこいよ。何度メールしても電話しても返事をくれないから直接言いにきた」


「ロバート、私……」


「いいな、七時には帰ってこいよ」


 言い終えると、待たせてある車に乗り込み会社へと戻っていく。


 ロバートとは顔を合わさないようにしていたのに。マリアを通じてロバートが仕事を頑張っていると聞いてホッとしていた。何事もない日々に胸をなでおろしていたのに。


「ねえ、ルイ。ルイは留学が終わったら国に帰るのよね。そのあとはどうするの」


「そうだな、僕は国のために色々な行事に参加したり、公人として生きることになるんだろうな。僕という人間を内に秘めて行動することが多くなるかな」


「そうか。ルイも色々大変だよね。なのにいつもニコニコしていられるのはなぜ」


「それはね。運命を受け入れたからさ。自分ではどうにもならない事が多いからそれならいっそのこと、この運命を受け入れて楽しんじゃえって思うことにしたのさ」


 ルイの答えが、心に響いた。


「人生って、どうにもならないことがありすぎるよね」


 リチャードの死。まだ立ち直れていない心。すぐに日本へ帰ってもいいはずなのに、学業を理由に今もリチャードの家に住んでいる自分。


「康代。今度気分転換しよう。勉強ばかりじゃ効率が悪いから。ご飯でもおごるよ」


 さりげないデートの申し込みに私は笑顔でうなづいていた。

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