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大人の階段

「ロバート愛してるわ」


 俺の心臓はドキドキと高鳴った。


 康代は、俺のおでこに軽くキスをすると、「おやすみなさい」と言ってさっさと自分の部屋へ引き上げて行った。


 おでこに……おやすみのチューだけかよ。俺はお前の子供じゃないんだぞ。俺への接し方はまるでガキ扱いで、母親みたいじゃないか。


 俺は、大人の男なんだ!!


 一人、シアタールームに残されて叫んでみたが、康代はもういない。





◇ ◆ ◇


 康代とは何も起こらない週末を終え、月曜がやってきた。高校生の俺は、学校へ行くしかなかった。学校へ着くとジョニーが走り寄ってきて大声で騒いでたぜ。


「ロバート。お前大丈夫なのか? ローラがイギリスのロイヤル・モンテ・バレエ団に入団する話を聞いたぜ。だけどよー、ローラは凄いよな。新人なのにソリストからの入団が決まったなんてよ。俺にはよくわからないけど、なんでも階級のある世界で普通はアーティストから入団してファースト・アーティスト、ソリスト、ファーストソリスト、プリシンパルの順番にのし上がって行くのをローラはディレクターにすごく気に入られたらしくて、いきなりファーストソリストからの入団だってよ。メディアなんかでも大騒ぎしてるぜ」


 俺は、知らなかった。


「ローラがイギリスに行くのか? 」

 ジョニーに怒鳴るように聞き返す。


「なんだよ、お前。知らなかったのか? 」



 そうだよな。俺たちの高校生活はもうすぐ終わりだ。


 ジョーニーは、車が好きで整備工場への就職が決まってる。

 チェルシーは、街のカフェでウエイトレスとして働き出す。

 ローラはプロのバレエダンサーとしてイギリスに渡ることを決めた。


 俺は……親父のコネみたいなもんで、大学へ進学することは決まっているが何をしたいのかなんて考えてもいなかった。


 

 数学の時間、俺の横に座ったローラの顔を見ながら考えてた。

ローラはいつもと変わらずにいたが、何かが違う。イギリスへ行くことをなぜか俺に言わずにいる。


「おい、ローラ。お前、卒業と同時にイギリスに行くのか?」


「あら、もうロバートの耳に入っちゃったの」


 ちらっとローラの胸元をみると……慌てて隠そうとするローラの手を振り払う。


「お前、これはなんだよ」


「あっ、これは……」



「お前、ディレクターと寝たのかよ。気に入られたのはお前のバレエじゃなくてお前自身だったのかよ」


「ロバート、私たち大人でしょ。キャリアのためには仕方がないのよ。世界一のダンサーになりたいの。そのためなら、なんだってするわよ」





「そうか……お前も……大変だな」


 俺たちを取り巻く環境は、正義だけじゃないことくらい、よくわかっている。俺がアイビーリーグの大学に入学できるのも金の力だ。芸術の世界や芸能の世界では権力がものを言う世界だってことくらい知ってるさ。


 俺たちは、こんな時代に生まれちまったんだ。


 愛とか恋とか……そんなものはなんの助けにもならない。俺たちにとって大事なことは、金と権力。そして名声だ。


 愛とか、恋とかは金で買える。

 権力はどんな手を使ってでも、のし上がった者だけが手にできるものだ。そのためには、少しくらいの犠牲も仕方がない。一度負け犬の烙印を押されるともうのし上がれないから、チャンスがあったら飛び込んでいくしかないんだ。


 時代を綱渡りして、チャンスを掴むしかない。


 自分の感情を押し殺し、迷うことなく選べる強さがなければ、一生……栄光は掴めない。現実を知っている俺がローラを責めることなど……出来るわけもない。


 ローラは、少しだけ憂鬱そうな笑顔で話しかけてきた。


「もうすぐ、卒業プロムね。記者も写真を撮りに来るから、ロバートも一緒に雑誌に載るチャンスよ」


「そうか。わかった」


 俺たちの別れは近かった。


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