世界で一番光り輝いている夏 ~甲子園に二人がいた
なななん様主催の「夏の涼」企画の参加の向けて書いた作品です。
残暑の厳しい中、少し涼しさを感じて頂ければ幸いです。
「あー、高校野球だけどさ、岡山の美作学院ってことは……あ、まだ第二試合の途中みたいね。今、5回裏で、兵庫の報誠学園の攻撃中で……ねえねえ、ノーアウト満塁で逆転のチャンスみたいだよ」
真奈美と颯太は、高校時代から付き合っているカップル。
大学の夏休み集中講座「犯罪心理学と刑法」の講義が昼過ぎに終わって、ジリジリと照りつける灼熱の8月の太陽の下、帰り道の途中のコンビニに立ち寄った。
そしてかき氷に使う氷塊とシロップを買い求め、二人は颯太のアパートに入る。
アパートのドアを開けると、真奈美は畳の上に無造作に置かれていたテレビのリモコンを取って、高校野球の試合状況を確認した。
昼下がりの颯太の築45年の木造アパートは、窓を開けてても、温風がじんわりと漂って来る。
その熱気は二人の発汗を更に促して、真奈美のシャツは、肩から背中にかけてまだら模様を描いていた。
夏休みに一週間、毎日出席すれば単位貰えるのって結構楽じゃん、と考えたことに、真奈美ちょっと後悔している。
東京の夏は暑いし、集中講座の授業期間中は夏休みでも、故郷の香川県に帰れないし……
大学一年生なので、まだ要領の良い単位の取り方の経験値がまだ不足しているということなんだろう。
真夏の大学のキャンパスは、人影も疎らだ。
大学生協の食堂も、8月の2週目は早めのお盆休みで閉まっていた。
仕方がないので、真奈美は彼氏である颯太のアパートで、一緒にそうめんを食べることにしたのだった。
彼氏が同じ高校出身でしかも香川県ってことは、毎日うどん食べてるの? 等と、大学で知り合った友人から、半ば冗談、半ば本気で聞かれることがあるけれど、そんなに毎日食べるわけがない。
食べても、故郷に帰った時がほとんどだ。
それで、今日のお昼ご飯は、そうめん。
そして、今日の高校野球は、二人の母校、讃岐商業高校が出場する試合がある。
颯太も昨年の甲子園出場選手だった。
「讃岐商業は、今日の第三試合だからな。大丈夫。大野は、しっかりとエースの仕事をするって。あいつは二年の時から、香川県最高のピッチャーって言われてた。大丈夫。問題ない」
「本当に良かったの……? 野球部OBが、甲子園に応援に行かなくて…… 夏の甲子園、二年連続出場で颯太の後輩が頑張ってるのに」
「仕方ないだろ。貧乏大学生が、東京から甲子園行くのって、旅費だけでも結構な金額だぜ。それに、さっきの授業は一年生のうちに、取っておきたい単位だしさ……まあ、テレビで甲子園にいる後輩達の活躍を見届けるさ。さすがに準決勝まで進んだら、借金してでも、甲子園に応援に行くけどな」
真奈美は冷蔵庫の中の麦茶をコポコポコポ……と、グラスに注ぐ。
それを颯太は、ぐいっ、と飲む。
キンキンに冷えた香ばしさが、喉元を通り過ぎ、颯太の身体の真ん中を瞬間冷却する。
真奈美も、グラスの麦茶をゴクっと飲んで、冷め止まない身体を暫定的に冷却させた。
「去年の颯太、甲子園の第一試合の8回裏に、代打で出て来た時、外野席であたし、すっごく興奮してたんだよ」
「でも、結局キャッチャーフライでアウト。初戦敗退で、それが結局、俺の最初で最後の、甲子園のバッターボックス、だったけどな」
テレビの中では、報誠学園が五番バッターのヒット、打球は三遊間を抜けた二塁打。5回裏、6-5で逆転して、現在は、6回表、美作学院の攻撃と変わっていた。
「ねえ、颯太、軟式野球のサークルの合宿って、盆休み明けからだったっけ?」
「盆休み明けから学校で自主練して、8月の最終週から合宿だよ。俺、まだ硬式の癖が、抜け切ってなくてさ、軟式の打ち方とか、打たれた時のボールのバウンドの違いとか、とっさに出る動きが硬式のままでさ……真奈美こそ、高校ではバレーボール選手だったのに、大学でビーチバレー始めたけど、結構違うだろ?」
「太陽の下でバレーをやるってのが、ちょっと戸惑ったけどね、でも新鮮さを楽しんでるよ」
颯太は、扇風機を”強”に合わせた。扇風機のぶおーん、が、畳部屋の四方に繰り出される。
部屋のテーブルの上に、粗雑に折り畳まれたスポーツ新聞が、風に煽られて、ばさばさと音を立てた。
真奈美はコンビニで買って来た氷塊を冷凍庫に仕舞いながら、颯太に尋ねる。
「そうめん、先に食べる?それとも、先に、かき氷にしちゃう?」
「食べ物より、先にシャワー浴びようぜ。身体中……汗で、ベタベタして、気持ち悪いし。食べるんなら、サッパリさせてからの方が、絶対美味しいって! 冷水のシャワーで、身体を冷やしたい! 真奈美も、一緒に入るだろ?」
と注げると、颯太はそのまま白いTシャツを脱ぎ始めた。
「あ……うん! 讃岐商業の試合まで、まだもう少し時間が掛かりそうだし……じゃあ、わたしも、一緒にシャワー入るね!」
真奈美もシャツのボタンを外して脱いで、スキニージーンズを丁寧にずらして、ジーンズを脱ぎ終えた。
そして、上半身裸の颯太の身体が、下着姿の真奈美を、背中からふんわりと包み込む。
真奈美は、首だけで振り向いて、愛を求めるように、片手でそっと颯太の頬に触れて、熱いキスを交わす。
不自然な姿勢の二人はバランスを崩して、颯太のシングルベッドの上に、倒れ込む。
ビーチバレーで小麦色の肌になった真奈美の體躯には、一切の妥協を許さない、健康的な肉体美が備わっている。
その褐色の肌の上に真っ白な下着なんて、卑怯な程、セクシーだよと、颯太は真奈美に感嘆し、真奈美は、颯太の鍛え上げられた猛打者の腕に盛り上がった、稲妻紋様のような血管は、反則な程に男らしさ感じるよ……と、颯太と真奈美は、ベッドで、お互いの身体を讃え合う。
ベッドの上で、愛を確かめ終えた後、二人は、下着を脱ぎ捨て、ユニットバスの、狭い浴槽で、二人が並ぶ。
冷水のシャワーが勢いよく吹き出て、二人の頭上から冷水の大雨が降り注いだ。
「うわっ! やっぱり冷水は冷たい!真奈美! ほら、冷水のシャワー、ほら、ほーら!」
「ひゃあっ、颯太、その水、冷たいって! 冷たすぎて一瞬、心臓麻痺、起こしそうな感じになったよ!」
今度は真奈美が颯太の背後から、胸を押し付ける。
真奈美は、耳を颯太の背中にピタリとくっつける。その力強い心臓の鼓動が、聞こえて来る。
背中から颯太の熱気が、真奈美の胸に伝わってきた。冷水のシャワーの中で、二人はまた口を絡める。
シャワーの水が若い二人の身体ラインに沿って、滝のように滑り落ちる。
真奈美は思う。去年のあたしたちは、周りが羨むほどの、爽やかカップルとして、高校の野球部員とバレー部員の間では、少し有名だった。
今は、爽やか、からは程遠い、堕天使のように、お互いの身体を絡め合ってる。
18歳の夏は、甲子園で輝いていた。でも、この罪深い今の行為も、19歳の私たちには、輝きのある行為なんだって……
「真奈美、そろそろ出ようか?」
低く落ち着いた声で、颯太が尋ねる。
「うん……でも、その前に」
真奈美は颯太をぎゅっと抱きしめた。
シャワーの流れが変わった。
第二試合は、美作学院が9回表、ツーアウトでランナー無し。代打を投入。
真奈美と颯太はシャワーを終えて、かき氷の準備を始める。
ブロック状の氷塊を、カップの上にガラガラを放り込み、ハンドルをセットした。かき氷機の下にグラスを置いて、ハンドルを回すと、しゃりり、しゃりり、しゃりり……かき氷が削り出されて来る。
準備したシロップは、メロンといちご。
部屋に差し込む八月の陽光が、透明な赤と緑の液体を透過して、スポーツ新聞の上にステンドグラスのような色合いを作り出している。
「わ、わ、冷たい!冷たいけど、凄く美味しいよ!颯太、メロンもちょっと食べさせて!」
「じゃあ、俺も、真奈美のいちごを、ちょっと頂くからな」
第二試合は6-5で報誠学園が勝利し、報誠学園の校歌斉唱が始まっている。
真奈美は、茹で終えたそうめんをザルに移し、流水で漱いで大皿に盛りつけた。
薬味に青葱をきざんで、野菜にきゅうりを千切りにする。
「おーい、俺たちの母校の試合が始まるぞ!早く、早く!」
と颯太が急かせる。
真奈美は料理の手を置いて、テレビの前に駆け寄った。
正座して、テレビ画面に集中する二人。
グラウンド上には高校球児。そして、それを見守る応援席の女子学生。
試合開始を告げるサイレンが、甲子園に響いた。
サイレンが鳴り終わった刹那の静寂の甲子園に、高校生の二人がいた。
最後まで読んで頂き、有難う御座いました。
今後の創作活動の参考にしたいので、宜しければ評点とコメントをお願い致します。
(レビューを頂けましたら、大感謝です)