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3.シェイクハンドからの誤算

スザンネの神童伝説の幕開け!?

  昨日の夜は、お兄様にダイニングまでエスコートされると言うプレイを乗り越えました。スザンネはまた一歩、大人になりました。両親はそんな私達を見て、何やら盛り上がっていたけれど。私の心的風景では、孫に手を引かれ、そこはかと無く痴呆の風が吹くお婆ちゃん的な、そんな光景が展開されていた。イヤ、まだそこまで耄碌はしてないつもりだけとね、なんせ体は5才だし。正に見た目は子供、頭脳はお婆ちゃんだからね。でもそれって、どっちにしろ人としてピークがまだだったり過ぎてたりするわね、残念!



  朝早くに目が覚める。スザンネの名誉のために言わせて頂くが、決してお年寄りだから朝が早いなんて事はない。早く起きたのには訳がある。

  常ならばメイドのエレオノーレの手を借りて身支度を整えていたけれど、そんな介護染みた事は勘弁して欲しい。前世の私は、ありがたい事に天に召される前日まで、自分の事は自分で管理していた。自立したお婆ちゃんだったのだ。

  あ、後は今日から始まる神童伝説のために幼い頃から身支度は自分で出来た方がなんかカッコいいし。


  そんなこんなで早起きして今に至る。ドレッサーの前に腰掛け、肩甲骨あたりて切り揃えられた髪にブラシをかける。子供特有の細く柔らかい髪、癖が無く真っ直ぐなので手入れしやすい。ついでに髪型をハーフツインにして自画自賛した。前世でアイドルグループの子達がやってたので真似してみた。若いって素晴らしい。そして5才児可愛いなー。

  因みにリボンはドレスと同じ水色にした。ドレスと言うと物凄い感じがするけれど、イメージとしてはエプロンドレスに近く、マキシ丈のスカートがリアル不思議の国っぽい。これで髪の色がブロンドならなー。

  日本人的感覚で言えば、父は茶髪と思うのだがどうやらダークブロンドと言うらしい。確かに新しい10円玉みたいな色だけど。それとは対照的に母は赤みの無いアッシュブロンドだ。両親共にブロンド系の髪であるにも関わらず、スザンネは遺伝を感じさせない黒髪なんだよね。弟のマーセルはゴールデンブロンド、ヨーナスはプラチナブロンドなので、私の髪が黒いのは前世が東洋人だったのが影響しているのではないかと思っていたりする。



  身支度が整った頃にエレオノーレがやって来た。彼女はエーベルドルフ学園を卒業したばかりの15才だ。準男爵家の娘で行儀見習いと言う名目で我が家に勤めている。仕上がりの最終チェックをしてもらい、朝食を頂く為のダイニングへ向かう。それは屋敷の東北に位置し、 家族のみが使用するプライベートな空間だ。ロココ調にしては些かシンプルな設えの白で統一された家具は、恐らく母の好みなのだろう。同じく白く丸い姿が愛らしい花、前世で言うところのスノーボールに似たものが配されている。多分こちらでもそんな名前だった気がする。

  既に席についている両親と従兄に挨拶し、着席したところで弟が目を擦りながら入ってきた。

「スザンネ、今日も素敵な髪だね。」

  隣の席についている従兄が賛辞を贈る。

「ありがとう、お兄様」

  そんな事を言ってるヘルマンの方が何十倍も可愛らしいのだが、それは飲み込んだ。ヘルマンも5才児に言われても嬉しく無いだろう。

「午後からモンターク先生の授業だけど……大丈夫なの?」

「大丈夫だと思うわ。」

  朝食が給仕され、父が祈りの言葉を神に捧げてそれに習う。いつも通りの朝の風景だ。

  祈りが終わったとたんに心配そうに眉をひそめた母が、テーブルの向かいから私の顔を覗き込んで来た。

「昨日は強く頭を打ってしまったのだもの。今日のお勉強はお休みしたら?」

「そうだね。今日は大事をとった方が良い。スザンネは騎士を目指している訳では無いんだろう?」

  父は公爵令嬢としては可能性の低い未来予想図を思い浮かべ、何が面白かったのか謎だが、一人で吹き出してる。

「……騎士は目指して無いけれど私、剣術は好き。お休みしたくないわ。」

  ヘルマンが来てから、彼の剣術の授業に便乗して参加するようになって一年経過し、今では趣味と言っても遜色ない位には嵌まっている。休んで良いなら、むしろ午前中の算術の授業を休みたい。オムレツを口に運びながら無邪気に笑うと、母は困り顔で溜め息をついた。

「お父さまぁ、お母さまぁ、マーセルも剣術習いたいのー」

  バケットを一口大にちぎって大人しく食べていた弟が、瞳を輝かせておねだりする。うん、男の子だもんね、習いたいよねー。

「マーセルにはまだ早いと思うのだけれど……」

  天使のおねだりに母は難色を示した。確かにマーセルの気持ちは分かるけれど、まだ3才だものね。親としては心配しかないわよね。

「そうだなぁ、来年はヘルマンの妹のゾフィーが来る予定だから……ゾフィーと一緒に教わろうか?」

  父はとりあえず問題を先送りにした。母はヘルマンにゾフィーは剣術なんてしないわよね、的な視線を送ってきたが……ヘルマンのお父様はクレーフェ=ベルク辺境伯である。エーベルドルフ随一とうたわれている騎士だ。嫌な予感しかしない。ヘルマンの苦笑が全てを物語っているようだ。

 


  食後のお茶を頂いて一息つくと、アイヒホルン先生が来る時間が近づいた。お待たせする分けにもいかないので重い腰を上げ移動する。

「スージーが最後だよー。」

  扉を開けると、マーセルが可愛らしい笑い声をたてた。天使ってホントにいるのね。思わず取り乱しそうになったけれど、令嬢としてそれは却下だ。

「お待たせして申し訳ありません、アイヒホルン先生。」

「いえ、今日は少し早く着いてしまったのですよ。それにしてもスザンネ、聞きましたよ。昨日は大変でしたね。もう起きていて大丈夫なのですか?」

  切れ長の目が印象的なアイヒホルン先生はヘイゼルの瞳を見開いて私を見た。何度目になるか分からない「大丈夫です。」を伝えてノートを開く。算術は苦手だったけれど、今の私にスザンネが習っていたレベルは余裕のよっちゃんなのだ。

  スザンネの神童伝説が始まるのね。私は思わず悪い顔になりかけた頬を引き締めた。


  円卓に座り、指示を受けた課題に取り組みつつスザンネの記憶にある家庭教師達を思い出すが、ざっくりと顔と名前が思い出されるだけで特に情報は無い。スザンネの興味の無さが伺える。年齢すら分からない。が、この世界を快適に生きるために学問は身に付けた方が良いに決まっている。5年後に通う事になる魔法学園のレベルも知りたい。右隣に座る今年の9月からロイス=クラインに通う予定の従兄の課題を盗み見る。

「うげっ」

  思わず公爵令嬢らしからぬ音が口から漏れた。明らかに算数ではなく数学、数学を解いていらっしゃる!

  スザンネの視線に、従兄は微笑みで返す。先程の不協和音には触れないスタイルらしい。できたお子さんだ。しかも可愛い。赤みがかったブロンドって、ストロベリーブロンドとか言わなかったかな? 髪色の名称すら可愛いなんて、この従兄ナニモノ?

「スザンネ? 解らない箇所がありますか?」

  見た感じでは30代前後と思われる先生も、従兄と同じスタイルを貫く。

「いえ、特には……」

  動揺して思考が従兄上げに走ってしまった。ヘルマンが可愛いのも悪い。美しさは罪ね!

「アイヒホルン先生、魔法学園ではお兄様が解いていらっしゃるような問題を習うのですか?」

  聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのだ。しかも今の私は5才児!

「あぁ、ヘルマンは学園で習う算術は終了していますよ。今はもう少し専門的な算術を勉強中なのです。」

  なんだ、ただの天才か……その内、どっかの博士が愛した数式とか解いたりすんのかね。スザンネもヘルマンを見習って頑張りましょうねーなんて言われながら頭を撫でられた。

  念の為、左隣のマーセルのノートも覗いてみる。

 …………あるえ? どゆこと、スザンネと進度同じくらいじゃない?

  書かれた文字は伸び伸びと子供らしいけれど、3桁の足し算を解いていらっしゃる。因みにスザンネは2桁だ……

  アホの子なのかな? スザンネってばアホの子なの? いや、そんな事は無い。5才児には2桁の算数が妥当なはず。私は普通!




  私は普通と何度唱えただろう……


  午後からのモンターク先生の剣術で、またしても従兄の天才ぶりに震える。スザンネは今まで何を見ていたんだろう。ただひたすら模造刀を振り回し、楽しんでいただけなのか? うん、確かにそうだわ。スザンネってばそう言う子だったわ、思い出せる範囲では。

  しかもスザンネは習ったばかりの乗馬で、授業以外で調子に乗って騎乗して落馬した事をコッテリとモンターク先生に叱られた。次やらかしたら乗馬も剣術も教えてもらえなくなるかもしれない。


  それにしても何かが可笑しい。孫オススメの異世界転生のラノベでは、転生した主人公は無双だった。

  私は転生者なのに、どういう事? 今の所はなんの才能も感じないんですが。才能に気がついてないのかしら? 愕然としながら型を何度も素振りする。スザンネは素振は余り好きではないが、罰として延々と模造刀を振り回す事を課せられている。


  暫くすると足元がふらつく、やはり5才児は体力が無い。が、何と言うことだろう! 体が軽い! どこも痛くないわ!

  思い通りに上がる腕に軽やかな身のこなし。50年振りに感じる爽快感に、嫌いな素振りにも熱が入る。若いって、若いって素晴らしい!


  無心に剣を振るっていると、モンターク先生から休憩の指示が入った。肩で息をしながら頷き、その場に座り込む。令嬢にあるまじき姿だが、構っていられない。

「スザンネ、手をみせてごらん。」

  真っ赤になった手の平をぎこちない動きで開いて両手を差し出す。思うように力が入らない。

  先生は優しく微笑むと、魔法で腫れを取り除いた。

「頑張ったな。」

  ゴツゴツした大きな手が頭に乗せられる。スザンネの祖父と同世代の筈だ、元気だな。自分が50代だった頃と比べて激しく軽やかな先生に尊敬の念しか浮かばない。


  なにこの世界……チートな人間しか存在しないの? 早くも神童伝説に陰りが見える。むしろ陰りしかない現状だ。

  孫よ……異世界転生って、婆ちゃんには難しいよ。こう言うの無理ゲーって言うんだよね?

読んでくださってありがとうございます。


幕明く前に落ちましたね!

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