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私的近代兵器史話  作者: NM級
1:革新前夜(+おまけ)
4/23

第四話(番外編) 魚雷+大砲:デイヴィスの魚雷砲

これまでの内容と関係のない番外編です

現時点では大砲の変革について扱っている本作品ですが、同じく19世紀中頃に大きな発展を遂げた兵器として、魚雷などの水雷兵器を挙げることができるでしょう。

ただ残念ながら作者の守備範囲的な意味で、本作品で水雷関連はあまり扱う事はできません。

しかし今回は、個人的にすごく面白いと感じた物が20世紀の初めにあったので、番外編として紹介してみたいと思います。


 まずは普通の水雷を簡単に説明しますと、おおざっぱに言うと水中で火薬を爆発させ、敵艦に穴を空けて沈めてしまおうという兵器です。その起源は明の代の中国にまで遡るらしいですが、本格的に使用されるのは19世紀半ばのクリミア戦争から。その時にロシア軍が使用したのは、水中に設置されて船が触れると爆発する物、いわゆる機雷でした。 

 

 自発的に敵艦を攻撃する水雷は南北戦争で登場します。ただし未だに水雷そのものに動力はなかったので、先端に水雷を装着した棒を船首に取り付けたり、ロープで曳航して、これを敵艦に接触させる方法がとられました。字面だけでは自爆攻撃みたいな感じで、実際に至近距離まで近づく必要から危険な行為でしたが、これでも南北戦争や露土戦争、清仏戦争などで敵艦の撃沈に成功した記録もあります。

 そして動力を持って自走し、より遠距離からの攻撃が出来るようになった水雷、いわゆる魚雷と呼ばれるものは、1866年にオーストリア在住のイギリス人ロバート・ホワイトヘッドRobert Whiteheadにより実用化されています。

 最初期の魚雷は速度や射程など実用には厳しいものがありましたが、時間と共に着実にその性能を伸ばし、90年代のチリ内戦や日清戦争では装甲艦の撃沈に成功するなど、主力艦を脅かす存在に成長していきました。


 それに対して主力艦側は魚雷を食らっても沈まずに被害を局限できるよう、船体の水中防御が強化されていきます。(防御法には船体を強化するのとは別に、魚雷防御網という艦の周りに展開する網もありましたが、これはスクリューに絡まる恐れがあるので戦闘中には使えない物でした)

 まず大抵の軍艦は船体の中央部に弾薬庫や機関室といった区画を持っています。ここは浸水が達すれば戦闘、航行能力を大きく失うので、他の部位よりも優先して守りたい重量区画です。

 そこで魚雷が命中する船体の外板と重要区画の間には大きな燃料タンク(20世紀に入ったころの艦だと石炭庫)が設けられ、これが爆発の影響を大きく軽減させる役割を担っていました。さらに魚雷の威力向上でこれだけでは不足すると、石炭庫と重要区画の間に設けた隔壁を装甲化。さらなる防御強化を図っています。

 こうなると魚雷側は船体に命中しても、石炭庫と装甲隔壁の両方を打ち破らないかぎり、その奥にある重要区画を浸水させることはできず、効果が軽減されてしまいます。


 これに対する魚雷側は弾頭の爆薬量を増やして、防御力を上回る爆発を起こすのが最も簡単な解決法です。ただしこれは魚雷の大型化に繋がるので軽々しくはできないのが難点でした。

 一方で「爆発の威力で敵を損傷させる」という水雷の基本から外れ、敵の防御を貫く事に特化した魚雷を作れば良いとひらめいた人も登場します。後に無反動砲の開発者としても有名になる、米海軍のクリーランド・デイヴィス少佐Cleland Davisその人でした。


 前置きが長くなりましたが、今回紹介するのは彼が1907年に発明した「魚雷砲(Torpedo-Gun)」です。




画像

挿絵(By みてみん)


はい、名前と画像で大体落ちてますね。

 一応説明しますと、弾頭部に爆薬ではなく砲弾とそれを撃ちだす発射薬を詰め、命中と同時にこれ発射しようというシロモノです。中の砲弾は試作された際には炸薬を充填した8インチ砲弾で、石炭庫などを抜いて重要区画に達してから爆発するよう信管が設定されています。

 これなら水中防御に穴をあけて、重要区画内を浸水させるだけでなく、弾薬庫内で爆発して誘爆を引き起こすことも期待できました。


 理論上は有効な兵器のような印象も受けますが、実際に機能するかは文章だけでは判断できません。そこで開発後の1908年、米海軍は水中防御の研究のために実物大模型を使用した実験を行い、これに魚雷砲も参加する事になりました。

 その際の実験は見事に成功し、石炭庫と厚さ1.5インチ(38mm)の装甲隔壁を抜いて、艦の奥深くに砲弾を送り込む能力があると認められています。そして後の試験でも当時の戦艦が持つ水中防御に対して有効な結果を出した事を受け、米海軍は「ペンシルバニアPennsylvania」級戦艦で水中防御のさらなる強化を行う必要に迫られました。

 それによると、この魚雷から発射される8インチ砲弾を防ぐには3インチ(76mm)の装甲隔壁が必要とされたようです。


 こうして実験も成功し、同時期の主力艦設計に影響を与えるという快挙を成し遂げた魚雷砲ですが、これ自体は実験兵器の段階に留まり、実際に駆逐艦や潜水艦などで使用される事はなかったようです。砲弾の貫通力というものは命中角度に左右されますし、仮に貫通出来ても不発の可能性が残ります。そういった不確実性と比べると、結局は普通に爆薬の量を増やしていった方が確実にダメージを与えられると判断されたものと思われます。

 その後の経過は不確かな面が多いですが確実な事として、1915年には改良版と称するものの特許が出願され、研究自体も1919年までは行われていたようです。


日本での反応

 日本にとってアメリカは日露戦争以降の仮想敵の一つであり、その戦力にかなりの興味を持っていたことは容易に想像できます。

 そして同国の新兵器である魚雷砲も、ブラッセイ海軍年鑑の1909年号のような雑誌や書籍で紹介されており、おそらくそれらを通して存在が伝わっていました。日本語の文献では1914年に三省堂から発行された青木保著、『世界の武器』という本で言及されており、この本は著作権が切れているので一部をここに転載します。


「軍艦の装甲鈑は普通、水面より下は僅の深さしか施してないから、若し此水面よりも下の、装甲鈑のない部に弾が命中すると甚だ有効であるに相違ない。これが為、色々試験したことがあるが(中略)、実験の結果、若し弾丸の頭を尖らせずに平たく切っておけば、よく水中に潜り込むことがわかった。併しこれでは命中はしても打ち貫く力が弱くて役に立たぬ。そこで弾丸水雷またはデビス式水雷というのが考案されて世間で、喧しく云ふのである」


 少し話がそれますが、1914年のこの本で水中弾効果について触れているのを意外に思われる方もいるかもしれません。

 水中弾は戦艦土佐への射撃実験(1924年)であったり、九一式徹甲弾の開発時期からもっと後の時代に理解が進んだと思われがちですが、実際は当時からその存在は知られており、特に大砲で潜水艦を攻撃する方法として盛んに研究されていました。さらに言えば19世紀の時点で水中弾効果を意識した砲弾も存在しましたが、これは以降の章で紹介したいと思います。


 閑話休題。

 この他にも明治期の兵器開発に多大な業績を残した有坂鉊蔵中将の著書でも言及され、当然海軍内でも知られていたと思われます。ただし、実際の所どの程度の脅威と見做されたのか等、詳しい所まで踏み込んだ資料が存在するかは不明です。残念ながら今回の調査ではここが限界でした。


 ちなみに結構最近の本で学研の『アメリカの戦艦』という本がありますが、この本ではデイヴィスの「無反動砲」への対策として水中防御が強化されたという記述がありました。おそらくデイヴィスが発明した兵器としては無反動砲の方がずっと有名ですから、これに引きずられたミスだと思われます。

 ここで正しい表記がなされていれば再び日本での知名度が結構上がったのではないか。そうと思うと中々残念ですが、代わりに本作品でその存在を覚えてくれる人ができる事を願っておきます。


主な参考資料

Norman Friedman, U.S. Battleships An Illustrated Design History, Naval Institute, 1985

青木保『世界の武器』三省堂 1914年 


画像出典

『世界の武器』 1914年 国立国会図書館デジタルコレクション公開資料(保護期間満了)


どうでもいいことですが、自分が戦記ものを書く機会があれば登場させたい兵器のトップ10に入るぐらいお気に入りの兵器だったりします。

もし登場する作品があれば、たぶん開発者に代わって(何様だ)大喜びします。本当に。


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