第21話 砲架機構の補遺
はじめに
最初に幾つかお詫びしなければいけない事として、まず更新ペースや文量の関係で、今回も細切れになります。具体的には予告していた「砲塔以前の旋回砲架」は以降に回し、今回は前話で紹介しきれなかった機構について、補足的に紹介していく回になります。
また正直に言いますと、筆者としては面白い物を選んだつもりですが、内容的にはかなり渋い物だと思われます。それでも脇道に逸れたような物も含め、色々な場所に光を当てたいというのも本作の目標なので、拙いながらも何か伝わる物があれば幸いです。
ロッドマン砲の俯仰ソケット
図1
早速紹介に入るとして、いきなり艦砲ではないのですが、画像の通り非常にインパクトが強いので最初に取り上げたいのが、南北戦争期などで米陸軍が沿岸砲台等に用いたロッドマン砲の俯仰法です。
同砲は図右にあるように尾部に溝を刻んであり、支柱を挟んで歯止めの棒をそこに差し込み、梃子の原理で砲身を俯仰させます。実際に図左のように、この方法で重量20トンを超える口径15インチの砲身を動かすというのは正直驚きです。
またロッドマン砲は、南北戦争期にアメリカで用いられた鋳鉄単肉の前装滑腔砲であるという点で、海軍のダールグレン砲と紛らわしい存在と言えます。両者は外見も近いのですが、この俯仰機構の為に突出した尾珠を持たず溝を刻んであるという尾部の特徴が、本砲を見分ける方法の一つとなります。(ダールグレン砲は前話で紹介したように、尾珠を貫通する俯仰スクリューを用いて俯仰します)
ローラー付きハンドスパイク
砲車の中でも後部に車輪の無い二輪砲車rear chock carriageの操作においては、ローラー付きのハンドスパイクを用いる事があると前話で述べたと思います。ですがその際には画像がなかったのと、スライド砲架で用いた例の紹介として、改めてここでも少し取り上げます。
図2
これも陸上砲台の物でして、筆者の活動報告をご覧になった方は既にご存知かもしれませんが、南北戦争時にノースカロライナ州フィッシャー砦に置かれた南軍のアームストロング150ポンド前装砲を撮影した物です。
ハンドスパイクは橇車の後部から斜めに伸びている物で、これを下げる事でローラーを支点に橇車の後部を浮かせて、前後ともローラーのみがスライド上に接地して動かしやすい状態にするのが役目です。
なおこの砲は戦後にウェストポイントの陸軍士官学校に展示され現存しているものの、ハンドスパイクは付属してないみたいです。
またこの砲の駐退装置は、写真で白くなっている円盤を回す事で黒いクリップのような部分でスライドを挟み込む物です。同じく南軍向けに輸出されたアームストロング砲である、甲鉄(東)の300ポンド砲の砲架でも同じ機構が確認できる点は興味深いです。
ドイツの二輪砲車の駐退復座装置
図3
上はドイツ海軍が中小口径砲用に用いた二輪砲車です。スライドを持たずに砲車のみを砲架とした物の中でもかなり末期かつ、複雑な機構を持っている事がわかります。
まず特徴的なのは、砲車と舷側を繋げるロープが巻かれたドラムを内蔵している点です。砲車の側面左側にはドラムの硬さを変更するレバーがあり、これを調整し発射時にはロープを伸ばしつつ退却、反動を吸収する駐退機能を担います。
そして復座にもドラムを用いますが、その前にこの砲架は厳密には「三輪砲車」というべきか、後部の中心線上にも車輪を一基設けています。機能的には前話や上で見たローラー付きハンドスパイクを内蔵したようなもので、復座時には後方に伸びるハンドスパイクで砲車の後部を浮かせつつ車輪を接地させます。
復座の動力には、砲車の側面右側に(一部歯車が隠れていますが)ドラムを手動で回転させるハンドルがあり、これを用いてロープを巻き上げます。ただ単体ではパワー不足で通常のテークルも用いる事があったとされています。
ちなみに中央にある上向きのハンドルは俯仰スクリューの操作用です。
エリクソン式の摩擦駐退装置とラックアンドピニオン復座装置
図4
これはジョン・エリクソンが開発した米海軍の砲架の中でも、砲塔用の物で見られる機構なのですが、その中には次に紹介する物も含め、砲塔以外でも用いられる機構があるので先に紹介しておきます。
この砲架は、砲塔内の床面にあるスライドとその上の橇車からなり、上の図は橇車のみを斜め下から見た物と、駐退機構の断面図です。
まず駐退装置は、エルジック式に似た摩擦式(時期的にはこちらが先行)です。橇車の下部から伸びた5本の鉄板Rがスライド側の木材とかみ合い、橇車側面のハンドルKを操作してアームMがそれらを締め付け、摩擦を増す仕組みです。
そしてより特徴的なのが復座装置で、これまで紹介してきたロープやチェーンではなくラックとピニオンを用いています。橇車側面のハンドルC’で下部に飛び出たピニオンEを回転させ、スライド側に沿って設けられたラックと噛みあい、橇車を前後に移動させる形です。
鉄道でもレールとは別に、ラックとピニオンを用いて進む物があるらしいです。その利点はやはり坂など傾斜に強い点ですが、それに対してこれらの砲架については、揺れて傾斜する洋上での操作性に優れる点が重視されたのだと思われます。
ヴァヴァサー式の駐退複座機構
下の図はイギリスのジョサイア・ヴァヴァサーが1873年のウィーン万博に出展した7インチ砲の砲架です。
前話にて紹介した一般的なスライド砲架や上のエリクソン式などとは違い、制式採用されてはない試作品ですが、それらと比較した際の機構の複雑さは注目に値します。特に駐退複座については、今回自分が調査した範囲では、この時代のスライド砲架で最も手の込んだ物ではないかと思われます。(そしてこの砲架についてどうしても書きたかったのが、本話が独立して投稿された理由の一つでもあります)
図5
機構の説明に入ると、まず駐退装置は摩擦式の一種です。ここで用いられるのは鉄板ではなく、鋼製の棒が縄のようにねじれたスクリューAをスライドの間に設けています。
これを橇車側と繋がったナットBが掴み、発射時に反動で橇車と共にBが後退すると、それに合わせてスクリューA自身が回転し、前部に固定されたドラムCとの間に摩擦を生じて、反動を吸収するという仕組みになっています。
続いて復座装置は、橇車の両側にあるクランクD(側面図の方ではハンドルが描かれていませんが)で、複数の歯車とシャフトを経て最終的にはピニオンEを回転させ、これがスライドの内側にあるラックFと噛みあう事で移動可能になります。
これだけでは上で説明したエリクソン式に近い物ですが、この砲架の場合はそれに加えて、ハンドスパイクGを用いた機構が加わります。その機構は橇車後部を浮かせつつ後輪を接地させるという上で見た機能の他にも、そこから伸びるアームHによってクランクDからピニオンEに至る歯車装置を連結させ、稼働状態にする機能も担っています。
以上のように、本砲架は独創的な駐退機構と、今まで紹介してきた複数の機構を組み合わせたような複雑な復座機構が特徴です。
なおジョサイア・ヴァヴァサーによる砲架は他にも存在し、後の時代には大きな成功を収めた物が登場するものの、この砲架自体は万博出展の他、イギリスやフランスで試験が行われた事が分かっていますが、それ以上の情報は不明です。
カニンガムの空気圧式駐退復座装置
最後も既に活動報告に載せてしまったもの(しかも本編には使わないと言っていた物)で恐縮ですが、イギリスのカニンガムが1849年に考案した砲架になります。
図6
上の画像にはNON-RECOIL CARRIAGE(無退却砲架)とありますが、実際はスライド砲架の一種です。退却時にはピストンが後退しシリンダー内部の空気を押し出す際の抵抗で駐退を、そしてその際に反対側で発生する真空の力で今度はピストンを吸い寄せ、復座するというアイディアです。なお後ろのレバーは瞬時に復座してしまうと前装砲の場合は装填が出来ないので、退却時に折れた部分にある爪を引っかけ橇車をいったん止め、装填後レバーを上げると爪が解除され復座する仕組みです。
この砲架は試験段階すら行われていない完全なアイディア止まりであり、また後の液圧式駐退機と比較した場合、空気圧を用いる点、復座機能がメインである点、そしてシリンダーの向きが逆である点など相違点も多数も見られます。ですが初出が1849年と非常に早い点は注目に値します。
本砲架の存在は、駐退復座にシリンダーを用いるアイディアが、実際にそれらが実用化され広まる時代のかなり前からあった事を教えてくれます。
今回は以上になります。ご覧頂きありがとうございました。……いつも以上に散漫な内容で本当に恐縮です。
次回更新はやはり未定ですが、とにかく他作品含め更新を続けていきたいので、今後ともどうかよろしくお願い致します。
参考資料
章末にまとめて掲載……だといつまで経っても掲載されない気がしてきたので、近日中に章の始めの「更新再開と補足など」を編集して掲載する予定です。
追記、2023年「更新再開と補足など」に参考資料を掲載
画像出典
図1左A 15-inch Rodman gun in Battery Rodgers, Alexandria, Virginia
図1右 Fifteen inch smooth bore Rodman cannon, US Civil War era.
上記はウィキメディアコモンズ(https://commons.wikimedia.org/)より、パブリックドメイン資料
図2 O'Sullivan, Timothy H, photographer. Armstrong Gun in Fort Fisher, N.C. [Photographed 1865, printed between 1880 and 1889] Photograph. Retrieved from the Library of Congress, <www.loc.gov/item/2013649009/>. (No known restrictions on publication.)
図3 Annual Report of the Secretary of War vol. 3 ,1877
図4 A.P. Cooke, Text-book of Naval Ordnance and Gunnery, 1880
図5 James Forrest (ed), Minutes of Proceedings of the Institution of Civil engineers, vol. 38, 1874
図6 John I Knight, Henry Lacey(ed), The Mechanics Magazine vol. 1, 1859
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