『助ける』
サキュバスは悲しい顔から一転、笑顔に戻る。
そして、右手の人差し指を一本、ピンと立てて俺に説明をする。
「魔王様のユニークスキルは、『体質変換』です。体に取り込んだ物の性質を自分の体に反映させる事ができるスキルなのです。皆からはハズレスキルと言われておりますが……」
俺は疑問に思った。
そんな素晴らしいユニークスキルが、何故ハズレと言われるのか。
「何で?」
サキュバスは、先ほどまで挙げていた手を下ろして、ため息をついた。
「わからないのですか? 『自分の体に取り込んだ物』のみなので、取り込めない物が多いこの世の中では、ハズレスキルとしか言いようがないのですよ」
「なるほどな……」
俺は納得をして、一回頷いた。
そうか……魔王なのに、ハズレスキルなのか。何だか残念だ。とは言え、もし無理やり取り込む事が出来れば本領を発揮できるということだよな。そうポジティブに考えると、良くも思えてこないことはない。
そして俺はまた、目を閉じる。
今まで散々苦労してきた分、何もないと本当に暇になる。フリーターで三職兼業してればそりゃ何もない感が出るよな。労働基準破って十二時間やってたんだ。一日の半分も使ってたのに、異世界に来て、返って何もないと、物足りない感もある。というか、魔王なんだから、勇者が来るとか何とかいうイベントはないのか?
今の俺では戦える気はしないけども……
何だか予想をしていた異世界とはちょっと違うらしい。
「それでは、私が付きっ切りで看病致しますので、ご安心して、お体をお安めしてください」
そう言い、サキュバスは俺の頰に軽く口づけをした。
された瞬間、一気に眠気が増してきて、眠りについてしまった。
……うん、素直に嬉しいですよ。
▽ ▲ ▽
気がつくと、また暗い場所にいた。
前よりも光は近づいている。
俺はまた、光に向かって走り出す。
まだ、遠いんだ。まだまだ走り続けなければいけないんだ。
その光の正体が、何かを確かめるためにーー
△ ▼ △
「魔王様、お目覚めになりましたか?」
サキュバスの声が聞こえた。
また、数日ほど経っていたらしい。
しかし平和だな……魔王城。というか、俺ってお腹空かないのか? かれこれ一週間くらいは食べてない気がするんだが……
「お体の調子はどうですか?」
サキュバスは俺に顔を近づけて、じっくりと顔を見てくる。
そこで、俺はさっき思っていたことを話す。
「な、なあ、俺ってご飯とかどうしてるんだ? 全然お腹とか空かないんだけど」
すると、サキュバスは顔を遠ざけ、体を少しくねくねさせながら、気恥ずかしそうに言った。
「いつも私が、お体に注入してあげているんですよっ」
なんか変な意味に聞こえるからやめてくれ。
「と、言っても、随分平和だな」
俺が言うと、サキュバスはくねくねするのをやめ、急に首を傾げた。
「平和で悪いんですか?」
確かに、平和で悪いところはない。
だが、俺は少し気になることがある。
「何というかね、日々の生活に刺激がないというか何というか。物足りない感があるんだよね」
サキュバスは困った顔をしている。
まあ不思議に思うよな。魔王がこんなことを言うなんて頭がおかしくなったとでも考えているかもしれない。
「いつかきますよ。きっと」
微笑んで答えてくれた。
すると、サキュバスは俺が寝ているベッドからさっと離れて行き、何も言わずに扉から出て行った。
どうしたのだろうか。
――あれ……何だかまた眠くなってきた。
さっきまで眠くなかったのに……
▽ ▲ ▽
そしてまた、俺は暗闇の中で光を追っている。
光に近づいていく度、今まで暗闇の中で取れなかった、足に絡みついた重く黒く暗い鉄球がついた鎖の ようなものが、少し削れてきて、体が軽く動かしやすくなってくる。
――何故だろうか。
体が軽くなってきているのに、何か焦りが増してきて、とても、早く行きたい、というよりも『早く行ってあげたい』という気持ちが増してくる。
――何故だろうか……
△ ▼ △
それから毎回、サキュバスに面倒を見てもらい、またすぐに寝て同じ夢を見てを繰り返す生活が続いた。
俺の時間軸では、もう一ヶ月くらい、そのような状態が続いている。
暇である。そして、
早く……
――それから数日経った、ある日だった。
いつものように、平和な日、要は特に何もない日がやってきて、また俺は眠りについてしまう。
▽ ▲ ▽
あれ? この光ってこんなに近かったっけ?
ずっと走ってきて、やっと辿り着いた。
全く気付きはしなかったが、いつのまにか、目の前に光はあった。
俺は、その光に手を伸ばす。
すると、目の前が白く光り、体を暖かい光で包み込んだ。
――何か景色が見える。
深い森……?
月明かりが木々の間を抜け、綺麗に差し込んでいる森で、白いプニプニした物体が……他の青や緑のプニプニした物体に攻撃されている……?
助けにいかないと––
△ ▼ △
俺は何故かその衝動に駆られて、目を覚まし、ベッドから立ち上がり、全力で走った。
ベッドの横にいたサキュバスは、俺の挙動に驚いて赤いカーペットが敷かれた床に勢いよく倒れた。
服は着ていた。
魔物達が着ているような毛皮のコートだが、無いよりはマシである。
休んでいた部屋を思い切り飛び出し、俺は訳わからずに、魔王の城と思われる建物から出た。
その途中、城の中で警備をしているのだろう魔物達は俺が走っている様子を唖然と見ていた。だが、そんなものはどうでもいい。助けなきゃいけないんだ。
……何故だかは分からないけど。
城の扉を、火事場の馬鹿力のような力で突き破り、城から出て行った。城の前には大きな石橋があった。途中途中にある小さな燭台には、青い火が灯っていて、不気味さをこれでもかというほど醸し出している。月明かりが静かに城を、橋や柱も全てを照らしている。俺は、その長い石橋を一気に駆け抜けて、城の目の前にあった大きな森の中に入る。
あいつは――あの白いプニプニは何処にいる……!
早く見つけないと、助けてあげないと、これから一生後悔してしまうような気がする。
――そして、探して何分か、やっと見つけた。
複数のプニプニした物体に、白いプニプニした物体が攻撃をされている。
白いプニプニした物体は抵抗ができないのか、ただただ体をぷるぷると震わせているだけであった。俺は、その中に、白いプニプニした物体の前に身を乗り出し、他のプニプニした物体に立ち向かった。
次話もよろしくお願いいたします!