『魔王の名前』
老人は少し不満そうな顔をしていたが、頷いてから、十字架に括り付けられているサルの縄を解いた。
サルは喜んでいるのか、ぴょんぴょん跳ねて、俺に頭を何度も下げて教会から飛び出して行った。
せめて、なんかありがとうくらいは言ってくれよ。
去って行ったサルをぼんやりと眺めていると、さっきまで泣いて地面に座っていたサキュバスが涙を手で拭き取りながら、立ち上がって俺の顔を見た。
「それでも……魔王様がお帰りになって、私はとても嬉しいです。記憶が無くなったとしても、魔王様は魔王様です。これからも、魔王様の一番近くの側近として、下につくものとして、頑張ってまいりますので、よろしくお願い致します」
サキュバスは頭を深々と下げた。
それにつづき、教会にいた魔物達も皆、頭を下げて跪いた。
――俺が、異世界の魔王になるとは。
――第二の人生が魔王になるとは……
段々と意識が朦朧としてきて、目の前が暗くなったり明るくなったりと、点滅をする。
段々と目の前が薄暗くなってきて、俺は後ろに倒れてしまった。
ああ、もう、何も見えない。
誰かが俺の体を支えてくれているみたいだ。
毛皮、体から取れてないよな。
丸見えで倒れてたら恥ずかしいもクソもない。
俺はそこだけを気にして、意識を失った。
▽ ▲ ▽
――暗い。ここはどこだろうか。
いつの間にか、暗く、虚無な空間にいた。数秒後、前には白い光が現れた。
――その光を追っていこう。
その光に向かって、俺は走り出す。
どのくらい離れているのだろうか。
どれほど眩しいのだろうか。ただただ、その光に向かって走って行く。
もう、どのくらい走ったか分からない。何秒、何分、何時間、何日? まあそこまではいかないが、ずっと走り続けている。
段々と近づいてきたらしい。
っと、ありゃ? 何だか急に目の前が暗く…………
△ ▼ △
「魔王様、お目覚めになりましたか?」
いつの間にか、俺はふかふかしたベッドの上で寝かせられていた。
サキュバスが俺の看病をしていたらしい。
それに、聞くところによると、俺は数日も寝ていたらしい。
あんな一瞬な出来事がーー数日にも渡っていたなんて。夢で考えていたことは本当だったのか。
気づいたら数日が経っていたんだな……
「……う、うう」
何とか起き上がろうとするが、起き上がることができない。
サキュバスが起き上がろうとする俺の体を優しく抑えて、首を振った。
「魔王様の体はまだ、完全に癒えていません。私がもうしばらく、精一杯の看病をいたしますので、安心してお休みしてくださいね」
天使のような笑顔で、俺の頭を撫でる。
え? なに? 魔王様って子供だったの?
「でも……なんだか少し老けましたね。魔王様が生まれて二十四年なのに、まるで三十七年生きてきたかのような顔ですよ?」
うるせえ! 本当のことなんだよ! てか的確過ぎ!
しかし、魔王と言っても、二十四歳だったのか。子供ではなかったが、かなり若いよな。
前の魔王が死んだとかで世代交代をしたのか?
「あの、何で俺って、こんな若さで魔王になったんですか?」
俺が訊くと、サキュバスは何か恥ずかしそうにして、顔を赤らめた。
「け、敬語なんておやめください! 前みたいに、タメ口で接してくださいませ!」
「え……ああ、わ、分かったよ」
サキュバスは、大きな胸を手で抑えて、一息ついた。
その後、俺の顔を見て言った。
「先代の魔王様が、勇者に倒されてお亡くなりになってしまったのです。その後、息子であるあなた様が魔王の名を引き継いだのです」
「へえ……」
「ところで魔王様。ご自身の名前と、ユニークスキルなども覚えていませんか?」
俺は寝ながら、首を左右に振った。
「そうですか……ならお教えいたします。魔王様の名前は『ニル=リベルエム』様と言います。ちなみに先代魔王の名前は『クランク=リベルエム』様と言い、先代魔王の奥様は『ライム=リベルエム』様とおっしゃいます。奥様ももう、だいぶ前にお亡くなりになられましたが……」
サキュバスは悲しそうな顔をして話した。
「なるほど、ニル、か」
俺の異世界での名前は、健吾ではなく、これからはニルという名になるのだな。
「そんで、ユニークスキルって?」
次話もよろしくお願いいたします!