『憎っくきアイツ』
教会の魔物達は粛々としている。
あれ、俺なんか場違い?
「魔王様、とりあえずこちらにお座りくださいませ」
先程毛皮をくれた老人が、俺の後ろに古ぼけた赤い椅子を置いた。
なんか、申し訳ねえ。
お詫びの気持ちを持って、椅子に座った。
ほぼ全裸の上に毛皮を被るって、もうあの変質者と俺同等みたいなもんじゃねえか。
教会の長い椅子から立ち上がって、ポカンと口を開けている魔物もいれば、まだ依然、座っている者もいる。
もしや状況がまだ理解できてないとか?
数分経ってから、やっとのことで、目の前にいる魔物達が気づき始める。
『魔王様が、お戻りになられた……』
『魔王様が、帰ってきた……!』
『魔王様が! 我らの魔王様が!』
魔物達は、何かを喜んで、てんやわんやしている。
「魔王様。一時はどうなるかと思いましたが、とりあえず帰ってきてくれて何よりです! 一応確認ですが、私のこと、覚えていらっしゃいますよね?」
隣にいたサキュバスが、顔を目の前まで近づけて、俺に訊いてきた。
何でここで確認入れちゃうかな。分からないんだけどなあ。
「えっと……その、分からないです」
そう言った瞬間、さっきまでひしめき合っていた魔物達は静かになり、俺の方を一斉に見る。
「ほ、本当に? ご冗談ではなく? 本当に、分からないのですか……?」
「いや、その、なんかごめんなさい」
サキュバスは数秒固まってから、その場で座り込み、泣き崩れた。
ちょ、マジかよ。
溢れる涙を手で抑えながら、ずっと泣いたままでいる。
「まさか……記憶を喪失しなされたのでは……」
後ろにいた老人のその言葉は、教会内の魔物達に聞こえるような声で言われた。
その言葉を聞いた魔物達は、さっきまでとは違う感じで、みんな困惑している様子であった。
「え、どういうこと?」
老人に訊いた。
「数時間前に魔王様が、頭を角に過度に打って死んでしまったのです。覚えていらっしゃらないのですか?」
「いや全く……」
俺がそう言うと、老人は悩ましそうに頬杖ついて、困った顔をした。
隣にいたサキュバスが立ち上がり、泣きながら俺の体をめちゃくちゃに前後に揺さぶり始めた。
「記憶喪失なんて知りませんよ!」
揺らし方荒い。頭クラクラする。
「まさか魔王様自身の名前も覚えてないなんて言いませんよね!?」
覚えてる覚えてない以前に、まず、知らない。
「何とか言ってくださいよ魔王様ああ!」
揺さぶりがもっと強くなってきた。
ダメだ、これ以上やられたら頭がクラクラしすぎて倒れてしまう。
俺はサキュバスの腕を何とか両手で捕まえて、押して離した。サキュバスはまた、その場に座り込んでしまい、泣きがまた更にひどくなった。
「魔王様が『滑って転んだ』時はみんなで笑っちゃいましたけど、その後全く動く気配を見せず、私が何回も何回もぶっ叩いたり投げ飛ばしたりしたんですがそれでも起きなくて……それで城の教会の神官である、ナリキン神父に来てもらって見てもらって、既に生命を絶たれているということが分かったのです……う……うわああぁ」
……いやそれ投げたり叩いたりし過ぎたから死んだんじゃないの。
それはそうと、
「あの、滑って転んだって、何に?」
すると後ろから、この城の神官と言われる、先ほどの老人が何かを持ってきて、俺に見せた。
「これです」
見せてきたのは、まごう事なき憎っくきアイツーーバナナの皮であった。
そうだ。そういやここに来る前、あのクソジジイ言ってたな。
"お前さんと同じ境遇で死んだ者がいる"
って……階段から転げ落ちるとこじゃなくて、バナナの皮の一致だったのかよ! 異世界でもバナナがあるのは正直驚きだが……いらないいらない。異世界にまでいらない。俺にとってバナナはトラウマを製造するトラップツールのようなものなんだ。
「それ見たくないです」
そう言うと、老人はバナナの皮をポケットにしまい、「申し訳ございません」と言ってペコペコと何回も頭を下げた。
「ちなみにバナナを仕掛けたのは、あの十字架に括り付けられているグレートモンキーという奴ですぞ。復活なされてすぐですが、アヤツはどう致しますかな?」
老人はそう言い棺桶の後ろを指差した。
指差した方を見ると、青白い炎が出ている燭台が十字架を取り囲むようにあり、十字架は小さな台の上に乗っていた。そして、十字架には毛が茶色いサルらしき魔物が括り付けられていた。
すごく暴れているみたいだ。
縛っている縄を噛んで切ろうとしているが、もちろん届くはずがなく、キーキー言いながら手足をブンブン振っている。
別に俺自身は恨みあるわけじゃないし、処罰はやめた方がいいだろう。それで後ろにいる多くの魔物達が納得するかどうかだけど、とりあえず今は、
「まず出禁百日。あとこれから一生バナナの皮投げること禁止。投げたら一生出禁で!」
次話もよろしくお願いいたします!