『憎いものがもう二つ』
目が覚めると、俺は不思議な空間にいた。
ふかふかの白いもふもふが、地面に敷き詰められている。
どうやら、俺はここで倒れていたらしい。
雲の上? ふかふかしていて、とても気持ちがいい。ここは天国的な場所なのであろうか。周りを見回しても、何も見当たらない。あるとしたらーー目の前にご老人が座っているくらいである。
「やっと目を覚ましおった」
杖を持った、顎に生えている白ヒゲが長いハゲた老人が、俺に話をかける。
「ここは……?」
ゆっくりと立ち上がりながら、老人に訊いた。
その老人は白い服を着ているらしい。それに少し神々しい光も放っている。
なんだ、神でも前にしてるのか。俺は。
「ふむ。ここは死後の世界じゃよ」
「は? 死後の世界?」
やはり俺は死んでいたのだ。
何か、今考えてみると、変な人生だったな。
何の刺激もなければ、ただただ生きるためだけに働いて、間違って通報されて、挙げ句の果てには階段から転げ落ちて死んで――
よく考えれば、クソみたいにつまらない人生だった。
老人は高級そうな椅子を持ってきて、大儀そうに座る。俺には椅子は無いらしい。
「んじゃからの、お前さんは死んだんじゃよ。んで、わしは神」
「は?」
俺は状況が状況なもんで、いきなり過ぎて全く理解が追いつかない。
すると老人は大きくため息をつき、首が上に向くくらい背もたれに寄りかかった。そして、椅子の脇にあるスイッチ的なものを押した。
あ……マッサージ機なの!?
「あー、お前さんは本当に理解力がないのう。うー、それじゃから大学に三浪しても合格せんかったんじゃよ」
マッサージ機で気持ちよさそうにしながら話している。
「…………」
まったく、その通りである。
発達障害でもないのに、勉強をいくらしても理解力が圧倒的に欠けているため、頭が良くならなかった。高校もそこまで良いところに行けなかった。
「しっかし、お前さんの人生は散々だったのう」
「……え––ああ、そうっすね」
乾いた笑いをした。俺のメンタルは凡そ半分くらいはやられていた。
すると、老人は、椅子の裏から何かの透明なファイルを取り出し、ファイルの中から白い紙を数枚取り出した。
収納もできるんか、その椅子。
「どれどれ…………ぐふっ」
老人は紙を見て、突然笑い出した。一体何が書かれているのだろうか。
紙を一枚、一枚とめくる内に、老人の笑い声はどんどん大きくなっていく。
ついには……
「ぬふっ、ぬふわぁっふぁっふぁー!」
大爆笑をしている。
「一体どうしたんですか」
俺は老人のおかしな挙動に、冷静に対応をした。
ほんと何が書かれているんだ……
「お前さんの人生は本当に面白いのう、ぬふっ。神になってから初めての死人がお前さんだったのじゃが、最初からこんな面白い奴が来るとは。ぬふふぅ」
まだ小刻みに笑っている。
何だ面白い奴って! 俺の人生がそんなに面白いか!
「というか、そもそも俺の死因ってなんなんですか。それだけが謎だったんですけど」
「ああ、階段で転んで死んだんじゃよ」
「いやそれは知っているんです。その前に起きたことが一番気になるんですよ」
老人はよっこらしょと言わんばかりに、ゆっくりと立ち上がり、俺に一枚の紙を見せた。
「これは……?」
「死ぬまでの出来事じゃ。最後らへんに書いてあるじゃろ」
上から少しずつ見ていく。
朝四時に起きて……バイトして……通報されて……バイト辞めさせられて……
何か、改めて文字で見ると、なんというか、酷いというか……何というかな…………
もうそろそろ最後か。
…………
え?
「不注意で、『バナナの皮で滑って』階段から転げ落ちて死んだ……?」
「そうそう、お主は不注意でバナナの皮に滑って転んで死んだんじゃ。あーまじウケるわ」
開いた口が塞がらないとはこの事である。
俺こんなくだらない事で死んだのか!
あの時、空を見上げてなければ……俺は死ぬことはなかったのかもしれない。しかし……このジジイ! 人の死に様を大笑いしやがって! 神ってこんなんなのかよ!
「おいジジイ! 笑うんじゃねえ!」
「なっ……失敬じゃぞ! 老人は敬えこの三十七年間彼女なしの童貞ボッチ風情が!」
「んなっーー彼女なし童貞ボッチ関係ねえだろうが!」
「それにバナナの皮で滑って転んだことはネットで大きく報道されてみなの笑いもんじゃ、それに最後の遺言が『女子高生の……ぱんつ』じゃて。もうお前さんの死はネットでも笑いもんじゃわい。ぬぉーっふぉっふぉー!」
「――っ!」
老人はまた、大笑いをし始めた。
椅子から転げ落ちて、脚バタバタさせて笑い泣きまでしてやがる。
さすがに俺は怒りが頂点付近に達し、立ち上がって老人の近くに寄っていく。
くそう! このクソジジイと、ついでにバナナも、二つとも憎いぞ!