『魔王の仕事……?』
次の日、朝早くにサキュバスに起こされた。
いつの間にか、スライムは床にいて、起きたばかりの俺に飛び込んできた。
少し慌ててしまったが、何とか両腕で抱えて、撫でながら「おはよう」と言った。
そして、サキュバスは俺を引き連れて、大きな階段を登り、ある部屋に入った。
「ここは……」
「王座の間です」
奥には一つ、とても大きく、豪華そうな椅子があり、その後ろには、大きく異様な色彩で作られているステンドグラスが貼られていて、外から入ってくる光を、赤や緑や青などの色に変えている。
道中の脇には悪魔のような物の像が均等な感覚で並べられていて、王座に続く道にはレッドカーペットが敷かれている。
「どうですか? 魔王様、少し緊張感とか出てきませんか?」
サキュバスはにこやかに笑うと、俺の手を引いて王座へと座らせた。
いきなりのことだったので、スライムを落としそうになったが、咄嗟に俺の頭に乗ったらしく、頭の上でぐだーっとしている。
「魔王様のお仕事は、民の声を聞き、それに答えることなのです」
「え? それだけ?」
「はい。でも、発展の為にはかなり重要なんですよっ」
サキュバスはそう言うと、胸の前でガッツポーズをした。
すると、奥にあった扉が開いて、魔物が1匹入ってきた。
あれは……緑の体に背中に棍棒的なもの––
ゴブリンか……?
「ニル様! 妻と喧嘩をしてしまいました。どう対処すればいいでしょうか!?」
ゴブリンは涙ながらに俺にそのままの勢いをぶつける。
――え?
「いや、その前に何で喧嘩したの?」
「それが……間違って妻のケーキを食べてしまって……それで滅茶苦茶に怒られて、家を出てきてしまったんです」
「それはダメだ。まず謝ること、そしてそのケーキを買って帰ること。以上」
「ありがとうございます! ニル様!」
そう言うと、ゴブリンは走って部屋を出て行った。
「なあ……サキュバス」
「メルニムとお呼びください」
「……メルニム。俺の仕事って、こんなのばっかりなのか?」
メルニムは口に手を当てて考えている。
「そうですね……偶に大きいのもありますよ」
目を細くして横にそらした。
その後も、来る人来る人皆、小さいことで助けを求めて来るような魔物達ばかりだった。
さすがにこれは寝ている以上に辛いかもしれない。
スライムを太ももの上に乗せて、撫でながら背もたれに寄りかかった。
あの頃は、ラーメン運んだり、商品の陳列したり、いろんな料理運んだり、レジの仕事したりと、とにかく動く仕事ばかりだった。動く仕事は嫌だとは思っていたが、動かない仕事も結構嫌になってくるもんだな。
ああっ、のんびりしすぎてつまらないとはこのこういうことか!
――これは二日間続いた。
来た魔物の話を聞いて、解を導く。それだけの仕事。先代の魔王もこの仕事をずっとしていたのだろうか。
投げ出さなかったのが逆にすごい。
「ニル様!」
この前のゴブリンだ。
また夫婦喧嘩か?
「どうした?」
すると、扉を開けて、誰かが入ってきた。
鉄の鎧のようなものを着た兵士が二人、それに続き、王冠をつけ、白いふわふわがついている赤いマントを着た、派手な人間の老人も入ってきた。
「だ、誰だ? その人は」
「ニル様、この方は、マルドレイク王国の【シバレ=スペクトラル】王でございます」
ゴブリンはそう言うと、そのシバなんたらとかいう王様に頭を下げて、「お待ちしておりました」と言った。
何で人間の一国の王様が、魔王の城なんかに来てんの!?
そして、兵士を後ろに下げて、王冠を被った派手な王様が、俺に話をかけた。
「ニル殿が記憶を失われたと聞いて、飛んで参りました。お体はいかがなされてますかな?」
「え、ああ、その、大丈夫ですけども」
俺は、少し焦って言葉は詰まったものの、しっかりと答えた。
すると、王様と言われる老人は、手で自分の白髭を触り、口を大きく開けて笑った。
「それならよかったですじゃ。なんじゃ、心配して損したわい。ふぉっふぉっふぉ」
老人には嫌な思い出しかないのだが、この派手老人は少なくとも悪い人ではなさそうである。
「それで、ここにはそれだけの用で?」
俺は、シバなんたらとかいう王様に訊いた。
「いいえ……それが、ニル殿にはお頼みがありまして」
王様は、背負っていた杖を取りーー取ろうとしたが、老化のせいか、腕が肩より上に上がらないらしく杖が取れていない。
「どんな頼みですか」
王様はため息をついて、杖を取るのを諦めた。
「亡くなった先代魔王のことは知っておりますな? その先代魔王を倒した勇者の一人が今、国でやりたい放題やっているのですじゃ。それが儂らにはどうにもできなくて……で、ニル殿に止めて戴きたいと思い、参りました」
俺は数秒間くらい口をポカンと開けていた。
勇者が国でやりたい放題とは、どういうことだ。けしからん。
「なるほど……」
「それでは、ワシどもはここらで。ニル殿、お頼み申しましたぞ。マルドレイクで待っておりますでな」
そう言い、兵士に杖を取ってもらい、腰を抑えて杖をつきながら部屋を去って行った。
それに続き、ゴブリンも出て行ってしまい、部屋の中は俺とスライムとメルニムだけになった。
何か、話が勝手に進んでしまったようか気もするのだが……
「魔王様、どうしますか?」
メルニムが閉まる扉を見ながら言った。
「ちょっと待ってくれよ。これって俺が行かなきゃいけないの?」
俺は苦笑いをし、メルニムの顔を見る。
メルニムも苦笑していて、困っているらしい。
「とりあえず、軍の皆を呼んでみますか?」
おお、魔王らしく軍なんてあるのか!
そりゃいいこった!
メルニムが口に口の中に親指と人差し指を輪っかのような形にして入れ、口笛のような高い音を鳴らした。
すると、扉から多くの魔物達が入ってきて、種族ごとに綺麗に並んだ。
「お呼びでしょうか、メルニム様!」
軍のリーダーかと思われる、黒い鎧を着たガタイのいい魔物が前に出て跪いた。
「えー、今から、勇者の悪態を止めに行くメンバーを決めます」
メルニムがそう言った瞬間、多くの魔物達は一瞬ピクッと体を動かした。
「はい、行きたい人は挙手」
誰も挙げない。
「……魔王様、どうしましょう。どうしたらいいんですか、私」
メルニムが目をうるうるさせて俺に話をかけてくる。
俺に聞かれてもな……
「やっぱり俺自ら行くしかないのか……」
俺がため息をつきながらそう言うと、また魔物達はピクッと体を動かし、固まった。
すると、前に出てきたリーダーらしき黒騎士が手を挙げた。
「いや––私が行きます!」
そう言ったのは、手を挙げた黒騎士。
自らが率先して手を挙げるとは、さすがリーダーみたいなやつ!
「私たちが行きます!」
可愛らしい尻尾が生えた小さいサキュバスが言った。他のサキュバス達も皆手を挙げる。
「俺たちが!」
鎧を着たゴブリンのオスが言った。
他のゴブリン達も皆手を挙げる。
「僕ちゃんらが!」
体の丸い、黒と白のシマシマ模様が体に描かれている魔物が言った。
他の魔物達も皆、続いて手を挙げた。
「ウイッヒーヒョーフ!」
わけわからん黒い服を着た死神が鎌を上に挙げた。
「おい死神、テメーはダメだ」
死神は口を開けたまま静止した。
しかし、俺が自分で行くと言った瞬間にこんなに手を挙げてくれるなんて!
さすが魔王の部下! 忠実! 誠実!
俺はさすがに自らも手を挙げなければと思い、手を挙げた。
「俺が行こう!」
俺がそう言うと、魔物達は全員手を下げて、俺を手で指した。
「「「どうぞどうぞどうぞどうぞ」」」
魔物達は全員同じタイミングで俺に譲った。
もはやノリがダチョウ倶楽部じゃねえか!
メルニムは満面の笑みで手を一回ポンッと叩き、「はーい、かいさーん」と言った。それを聞いた魔物達は全員、楽しそうに話しながら安堵した顔で部屋から出て行った。
…………
「あのー、メルニムさん?」
俺は出て行く魔物達をぼんやり眺めながら、メルニムに話をかけた。
「えーっとぉ……じゃあ、ニル様、後は頑張ってくださいね!」
そう言い、俺の方を横目で見て、グッドサインをさりげなくしてから、飛んで部屋から出て行った。その姿を、スライムと俺は静かに見ていた。
(((ーーハメられたああっ!!)))
次話から本編です!
よろしくお願いいたします!




