要塞商都 ファフニール
俺は酒場で、ウェイターの格好をしている。
隣には、ミナヅキも同じ格好をしているが、俺は腰のあたりから胸の辺りまで、サイズが合ってなくて布が少し余っている。
この格好は店主の趣味であり、可愛い見た目をしているが、残念なことに俺のサイズに合う服はなかった。
「いらっしゃいませー」
夜、要塞商都ファフニールと呼ばれる都市の、少し寂れた外観の酒場に俺達はいる。
「い、いらっしゃいませ」
ぎこちない笑みを浮かべるのはミナヅキで、反対に俺は久しぶりの労働に意欲的だった。
体に触れようとする手を、さり気無く避けつつ『追加のエールは、いかがですか?』とお客さんに聞く。
お客さんは、後ろめたそうに視線を逸らしつつ、追加の注文をしてくれる。
ミナヅキは気分が悪そうに、性質の悪い酔っ払いに絡まれて苦戦している。
助けに入りながら、笑顔で対応すると、更に追加の注文をしてくれる。
「カンナちゃんなら、うちの看板娘にしたいくらいだよ。今までに無いくらい、繁盛してるよ」
女店主が営むこの酒場は、冒険者と呼ばれる人たちが通う、ちょっとガサツだが気後れしない良いお店だった。
俺は酒場の前の『店員募集(女の子優遇)』と書かれた張り紙を見て、ミナヅキと相談して面接を受けに行くと、即日で採用が決まっていた。
嬉しい誤算だが、俺達はこの世界の文字と言葉が理解できた。
ご都合主義乙と言われたらそこまでだが、理解できたものは仕方ない。
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森を歩いていると、俺達は大きな町を見つけた。
特に検問もなく、日中であれば誰にでも門徒を開く、開放的な場所だった。
お城のような立派な城門があって、周囲を険しい森に囲まれたこの場所は、強大な魔物を討伐し日銭を稼ぐ冒険者の溜り場だった。
森からは重病によく効く薬草が採集できて、強い魔物の肉は珍味として高く取引されていた。
金属を身に宿す魔物がいれば、強靭な武器や防具が作り出せる。
周囲の森は、軍隊を組んでも手を焼くほどの猛獣が住み着き、さながら陸の孤島のような様相をしている。
商人達は優秀な冒険者を囲い行路を保っているものの、商都は永世中立を宣言していて、どのような情勢下であっても、交易を持とうと足を運ぶ者には商売をするし、去る者は追わない。
商都は特定の一族がその運営を担い、権力は集権化されているが、それは居心地の良い場所を守る為であり、対外的な権力欲は皆無と言っても過言ではなかった。
「オレらの町の領主様は、誰にも屈さない。だから、自然と柵を嫌う強い個人が集まってくる。この町はオレ達冒険者にとって、最高の居場所だよ」
俺は強いお酒を片手に持って、冒険者達にお酌する。
あながち、某RPGの『酒場で情報収集』みたいなイメージは、否定できないのかもしれない。
「私も、冒険者になりたいんですよ。腕には自信があるんです」
微笑ながら、今の俺は刀を佩いて居ない。
幼女か少女か微妙な見た目な俺は、しかし年配のおじさん方に人気があった。
まるで、孫のように可愛がる人や、俺があざとい笑みを浮かべると、顔を赤らめる青年など。
こんな世界だからこそ、幼女趣味も普通なのだろうか?と、一瞬だけ疑ったこともあったが、性的な視線よりは『愛でる』ような視線の方が多くて安心した。
一言だけ言えるのは、誰も彼もが楽しそう。
類は友を呼ぶと言うが、俺がこの都市に流れ着いたのは、そう言う気質がそうさせたのかもしれない。
「ちょっと!やめてください!」
「いいじゃん、ちょっと遊びに行こうよ~」
だけど、どこの世界にも、酒癖の悪い輩の一人や二人はいるだろう。
「ミナヅキ、大丈夫か?」
飲みの席で、性質の悪い人物をいなす術を、さすがにミナヅキは持ち合わせていないのだろう。
彼女も、胸は控えめな見た目をしているが、長い金髪と切れ長で気が強そうな見た目、どこかのお姫様と言っても過言ではない美少女ぶりを見れば、言い寄ろうとする男性は多かった。
「お客さん、やめてください」
俺は腕を掴むと、セットしてある戦闘プログラム【体術】を使い、足を払って重心を崩す。
反対側の手で、既に椅子を引いてあり、怪我をしないように座らせる。
「おい、あれ見たか?あのお嬢ちゃん、見た目に寄らずつえーな」
さっきまで、会話していたおじさん達から賞賛の声を浴び、皆の方向へ手を振り返す。
「ッ……」
椅子に座らせた男は、無言で俺に敵意を向けてきて、拳を振りかぶろうとしていた。
だが、それを止めたのは、ミナヅキだった。
誰に気付かれることもなく、援護の魔法を使ってくる。
【妨害魔法:酔い夢】
まどろみの表情で男は机に伏せ、そして技の名が示すとおり、夢の世界に旅立った。
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ミナヅキと俺、この世界で何度か盗賊に襲われた。
二人とも、刃物の武器を持っており、自動的に発動するスキルで反撃した。
驚くほど簡単に、盗賊たちは全滅してしまった。
スキルを使った戦いは、手加減できるような生易しいものではなく、威力もこの世界では最高水準に高かった。
金属の鎧ですらも、簡単に両断してしまう技。
対モンスター用の技は、人の首など簡単に落とせる鋭さがあるし、武器の性能も壊れ気味で防具が仕事をしていない。
「う……」
俺は平気だが、『仕込み杖』の刃を抜いたミナヅキは、逆手に持った【居合い】の一太刀で、相手を絶命させてしまった。
嘔吐までは行かなかったが、人を殺すという経験は、精神のどこかに必ず異常をきたす。
実年齢(精神年齢?)17歳のミナヅキには、荷が重い経験となっていた。
俺も何人かを手に掛けたが、逆に俺の方は『必要だったから』と、割り切っていた。
狩猟の経験もあり、殺生に対して、多少の心理的な抵抗の低さもあったのかもしれない。
刀を持っていると、俺たちは「手加減が出来ない」という事に、その時気付いた。
片手剣だろうが、斧だろうが、並みの人間であれば誇張でもなく「一撃必殺」になりやすい攻撃を、俺たちは常に繰り出せる状態となる。
だから都市に入る時、襲い来る全てを殺していたら、問題を起こす可能性を考慮した。
俺は【体術】スキルで、ミナヅキは援護や自衛を中心とした戦闘プログラムに切り替えた。
体術は、武器を装備しない分、攻撃力が低くなることはもちろんの事、回避特化、ダメージの通らない異常状態技が豊富だった。
ミナヅキの方は、異常状態確率を上げるスキル群で埋め尽くし、自分・仲間への攻撃が確認された段階で、カウンター気味に異常状態を発動するようにくみ上げた。
どれも、ゲーム時代だったら考慮しなくて良かった悩みだが、現実になると厳しいものがあった。
もちろん、全力で殺しに来るような相手への対策もしてある。
本気になったら俺は迷わず刀を使うし、それはミナヅキだって変わらないと思う。
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「ご苦労様。これは今日の給料ね」
銀貨が10枚と、銅貨50枚が入った皮袋が渡される。
単純な物価を計るには統計が足りないが、銅貨10枚で一杯のお酒が飲める。
おつまみも同様で、銅貨10枚で500円前後の価値はあると思う。
銀貨1枚で銅貨100枚の価値がある事を考えれば、単純に日本円で5万円にも届く計算になる。
「ちょっと、多くないですか?」
俺もミナヅキも、日雇いで銀貨3枚と聞いていた。
「今日は、常連も多くお金を落として行ったし、しばらく働いてくれるなら、これくらいは払うよ」
女店主は二人にそれぞれお金を渡す。
商都では、一泊に掛かるお金が銀貨2~3枚程だった。
それを考えれば、むしろ日雇いの一日の給料が、銀貨3枚だと日銭を稼ぐのに精一杯になる。
銀貨1枚の安宿もあるが、男が使う分には問題は無い。だがそれは、男女混合の雑魚寝であり、貞操の安全を考えれば銀貨2枚の宿は譲れない。
まかないとして、食事が無料になるが、女性を雇う場合の給料が銀貨3枚は足元を見ていた。
現地に在住している者なら良いが、住所不定の旅人を雇う場合には、足元を見ている事に代わりがない。
もっとも、それを言い出せば、身元も保証されない人物を雇うのに、足元を見た交渉をされるのは仕方が無い事。
むしろ、それを現地の人間と同じ水準で給料を払う雇用主など、滅多に居ないと思われる。
「この道の突き当たりの宿がお薦めだよ。まだ、宿も取ってないでしょ?銀貨2枚だけど、評判の良い宿だよ」
「ありがとうございます」
「明日は、昼前には来て欲しい」
酒場の女主人には、旅人であり路銀を得る為に働かせて欲しいと言ってある。
そこで、旅に戻るか、辞めたくなったら数日前には声を掛けて欲しいと頼まれたが、今のところは予定がない。
夜も遅く、二人は勧められた宿の前に行く。
酒場の女主人、ミーシャという女性の紹介だと言うと、快く宿を貸してくれた。
余談だが、この世界における冒険者は、戦闘技能や能力を活かして生計を立てる、日雇い労働者の事である。
冒険者ギルドと呼ばれる仕事の斡旋所があって、その地域で必要とされる魔物や素材の確保、危険な依頼を仲介する事で、冒険者を支援する組織である。
支援と言っても、冒険者は荒事ばかりで交渉が苦手である事が多く、仲介料を貰う代わりに、円滑に交渉を進めてくれる。
逆に、依頼者にとってもメリットがあり、特殊な技能を持った者との接点が無くとも、顔の広い冒険者ギルドに依頼する事で、間接的に目的が達成できる。
冒険者ギルドは、仲介するだけでお金が得られるし、多少の事務処理上の問題はあれど、それを差し引いても利益が出るほどの依頼が、日々舞い込んでくる。
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夜、俺はミナヅキと同じ部屋に居た。
ベッドが二つあって、一泊あたり二人で銀貨3枚と銅貨50枚。
どうやら、一人部屋より二人部屋の方が、値段が安いと受付で言われた。
「【回復魔法】」
旅の道中でもお世話になった、回復魔法をミナヅキに掛けてもらう。
「ありがとう」
お風呂は無く、川で水浴びするのも、寒くてあまり出来るものではなかった。
そこで、毎日のように、ミナヅキに回復魔法を掛けてもらい、汚れを落とすのが日課になった。
酒場では、色々なことが分かって助かった。
「雇って貰えるとは思わなかったね」
この世界では、旅人が路銀を得る為に、冒険者を兼業するのが「普通」であるという事が分かった。
街で働くのは、定住している町民か、冒険者のように命の軽い仕事をしたくない者。
もしくは、剣や防具が高価であり、駆け出しの冒険者などが働きに出るという。
「それにしても、酒場で働くのは大変ね……」
酔っ払いの相手になれていないミナヅキは、荒くれ者達のセクハラに堪えていた。
「ただの居酒屋でも、絡んでくる人はいるからね」
さすがに、色を売るようなお店ではなく、普通の居酒屋ではあったが、男性の冒険者達は可愛い女の子との出会いに飢えていた。
元冒険者であったという、ミーシャという女性が経営する酒場は、彼女にお酌されたくて来ている人が多いのだと言う。
独身で、怪我を理由に冒険者を引退した彼女は、持っていた資産で店を買って、今に至るのだと言う。
ある程度の冒険者が稼ぐお金は、銀貨数十枚から、一流になればその倍以上は稼ぐのだという。
お金の単位は銅貨が最小単位で、100枚ごとに銀貨、金貨、ミスリル硬貨があるらしい。
お酒が入ると、常識的なことを質問しても、不審に思われずに答えてくれる人も多い。
どうせ、次の日になれば、お酒の席でした会話など、大して覚えていないのも大きい。
「しばらく日銭を稼いだら、冒険者ギルドに行ってみない?」
「そうだね」
この世界に来てから、思えばミナヅキと一緒のテントで眠ってきた。
「今日は、個室の方が良かったんじゃない?」
俺は、まだ自分が男であった意識が拭えない。
お手洗いに行くときも、着替えをするときも、自分の体であるのに背徳感を感じてしまう。
胸も無く、つるぺたとは言っても、男に存在するモノが無く、無いはずのモノがある。
この体になってから、不思議なことに性欲は感じなくなったものの、それとは別の『恥ずかしさ』があった。
「私は、妹が出来たみたいで、今はカンナと一緒に居るのが楽しい」
暇が出来ると、ミナヅキは俺を膝の上に乗せて、頭を撫でては反応を楽しんでいる。
テントの中でも、宿屋のベッドの上でも、同様に。
「俺も、ミナヅキとの会話は楽しいよ。娯楽も少ないし、この世界に来てから生活が規則正しくなった気がする」
惜しむ事があるとすれば、この宿にはお風呂が着いてなかった。
高級な宿であれば、有るのかもしれないが、今日泊まった宿には着いていない。
野外で風呂を沸かそうにも、ドラム缶なんて便利なものはないし、公衆浴場を探したが、今のところは見つかってない。
「もう寝よう」
やることも無くなって、明日からの酒場の仕事の為に、今日は休むことにする。
一言「おやすみ」と言えば「おやすみなさい」と返ってくる。
こういう隣人が出来ただけでも、幸せなのかもしれないと、今の俺には感じられた。
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