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どなたか、草食系女子はいらっしゃいませんか?  作者: 龍威ユウ
第一章:肉食系女子はお断りです
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CHAPTER:08

今回はちょっと長めです。

もしかすると……書き直すかもです。

 山の向こうへと沈んでいく夕日に、青かった空も茜色に染め上げられる。

 何処からか聞こえてくる烏の鳴き声に交じり、本日の修練を終えて騎士ではなく女子として楽しそうな談話がいつもなら聞こえてくるが――今日に限っては突発的に起きた模擬戦で散々扱かれて喋る気力も失っている。

 窓の向こうでおぼつかない足取りで兵舎へと戻っていく騎士達に同情と謝罪の念を込めて合掌し、見送って衛鬼は深い溜息を吐いた。


「マジでどうするかな……」


 後日ミリアと正式に仕合をすることが、人生の中で一番と言っていい程上機嫌な母親フィリスの口より告げられた。ようやく息子が王子らしく女性と結婚して御淑やかに暮らしてくれるのかと一人舞い上がっている辺り、彼女の中では既にミリアが勝利することが決定されているらしい。

 ミリアに寄せる信頼は高い。だからこそ彼女の勝利を疑わない。

 日時は一ヵ月後の正午。各国の王女が婚約者候補として滞在している以上、彼女達の中から誰も選ばずに従者を相手に選ぶのは失礼に値するからだ。母親フィリスからすれば、贅沢を言えば王女の誰かと結婚して欲しいが、仮に三人から選ばれることがなくとも結局ミリアと結ばれるのだ。どちらに転んでも損はない。


「…………」


 ぼんやりと見慣れた天井を見つめる傍らで今日について思い返す。

 たった一日であまりにも色んなことが起こりすぎた。精神的にも、肉体的にも重く圧し掛かっている多大な疲労に溜息ばかりが漏れる。

 一先ず、今は休息を取ることを優先させる。

 残された時間はまだある。それまでに対策を練る。それしか今は、することがない。

 不意に扉をノックされた音に――はて、と衛鬼は小首をひねる。

 夕食は既に済ましている。それ以外の用件は何かと思考を働かせるが答えは出ない。それよりもいつもならミリアがやってくる筈なのだが、ノックのリズムと音の違いから違うメイドがやってきた方が衛鬼には珍しかった。


「失礼しますエイキ様」

「どうかしたの? 後ミリアじゃないのって珍しいな」

「メイド長は今修練に精を出されています。確かにここ最近魔物による被害などがなく、戦闘する機会が少ない以上日々の修練は大切とは思いますが……あんなにも鬼気迫る様子で修練に励んでおられるメイド長の姿は初めて見ました――エイキ様は何かご存知ですか?」

「……さぁ。皆目検討つかないでござるよ」


 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす、と言う諺があるようにミリアも一ヵ月後に控えた仕合に向けて修練を積んでいる。それだけ彼女にとって絶対に負けられない仕合なのだ。

 ミリアは本気で戦いを挑んでくる。メイド長として、かつて疾風の魔狼の異名で畏れられた戦士として戦いを挑んでくるだろう。その勘を取り戻す為に模擬戦の相手を務めさせれている騎士達には心底申し訳ない。


「それより、俺に何か用事でも?」

「あ、はい。ヨズガルド、アスファム、ヴァルハラの王女様達がエイキ様に是非部屋に来るようにと……」

「部屋に? 嫌な予感しかしないんだけど――わかった、それじゃあティアナさんの部屋から順番にリリルナさん、ココの部屋に向かうって伝えておいてくれ。ちょっとだけ準備してから行くから」

「かしこまりました」


 激しく警鐘を鳴らす第六感に従って拒否することが正解なのは明白である。しかし相手は腐っても一国の王女、無碍に扱えない相手であることに衛鬼は渋々と身嗜みを整えると肉食系王女達が使用している客室へと足を進めた。

 



「さてと、ここが確かティアナさんが使っている部屋だな」


 気分は魔王が待ち構えている部屋の前に立っている勇者とでも言うべきか。

 見慣れた形状の扉である筈が、扉越しから伝わってくる邪気と不気味な笑い声によって禍々しいものに見えてしまう。

 入りたくない気持ちを必死に抑えながら、衛鬼は恐る恐る扉を開けた。


「いらっしゃいエイキ、待っていたわよ」

「うわぁ……なんて言うか、うわぁ……」


 部屋に入って直ぐ、衛鬼は頬を引き攣らせる。

 開いた扉の向こうで待ち構えていたのは、そこがかつて客室とは考えられない程に変わり果てた光景だった。予め設けていた棚には怪しげな色の液体に満たされた平底フラスコで満たされ、見たこともない小動物の干物や恐らく魔物の一部だったであろう目玉や牙が机の上に散乱している。体液が付着していないだけ救いと言えよう。

 そして部屋の中央には見るからに禍々しい魔法陣が描かれている。

――消えなかったら絶対に修繕費請求してやる。

 一般常識を持つ人間ならば、多少は自分が使いやすいように部屋の模様替えをするがこうも躊躇いなく実行する人間も珍しい。

 来訪してから僅かな時間でここまで自分色にすっかり変えられてしまった客室に、衛鬼はただただ言葉を失った。


「好きに使って構わないとフィリス様から許可は頂いているわ。確かに結婚も大事だけど、同じように新しい魔法薬マジックポーションの開発も大事なの」

「……そう言えば、最初の面接おみあいの時にそんなこと言ってましたっけね」

「と言う訳ではいコレ飲んで」

「誰が飲むか!」


 手渡される平底フラスコを押し返す。中の液体は深く濁った緑色で泡立っている。色合いからして飲む気など起きる筈もなく、どんな材料が使われているのか尋ねるのも恐ろしい。


「自信作なの! いいからちょっと飲んでみて! もしかしたら私にメロメロになるかもしれないわよ、そうなったら貴方にとっても幸せでしょ!?」

「そんな幸せは即刻返却させてもらうっつーの!」


 無理にでも飲ませようとするティアナの手から平底フラスコを払い落とす。

 硝子の割れる音と、僅かに遅れて部屋の中に漂う腐敗臭に衛鬼は直ぐに窓を開けた。


「ゲホッゲホッ! おまっ……こんなに臭い魔法薬マジックポーションを俺に飲ませようとしてたのかよ! 頭可笑しいんじゃねーのか?」

「ゴホッ……! お、おがじいわね……」

「生物兵器の間違いだろコレ……あ~あ、床汚れちゃったな」


 拭き取るのも相当な勇気が必要とされる。かと言って放置すれば臭いが染み付き取れないかもしれない。近くにあった布切れを取り口呼吸で酸素を肺に供給しながら衛鬼は必死に汚れを拭き取った。

――リリルナの部屋に行く前に先に風呂入ろう。

 汚れを拭き取った代償として己の手に染み付いてしまった臭いに衛鬼は込み上がってくる嘔気を堪えながら部屋を後にしようとして。


「ちょっと待って」

「何? 俺早く手を洗いに行きたいんですけど……」

「ほら、これを使って」

「あ、ちょ、何勝手に人の手に……!」


 引き止められた挙句、断りもなく手に掛けられた液体に衛鬼が困惑した――のも束の間。薄い桃色の液体を掛けられたことによって、腐敗臭が心安らぐ花の甘い香りへと上書きされたことに目を丸くする。


「なんだこれ、物凄くいい匂いがする!」

魔法薬マジックポーションは私のお師匠様の得意分野なの。その弟子である私がこの程度の物作れて当たり前って訳なの」

「なんだ、こんなにいい香りのもあるんだ。こっちの匂いの方が断然好きだわ」

「そ、そう? 因みに今のは私が作った魔法薬マジックポーションで飲むと疲労回復だけじゃなくて精神を安定させる効果もあるの。香りはヨズガルドにしか咲いていない花は、安眠効果を促進させるのにお香にも使われたりするわ」

「へぇ。そんなのもあるんだ。流石は魔法国家ヨズガルド……いや、ティアナさんか。他にはどんな魔法薬マジックポーションがあるんですか?」

「ほ、他にはね、これなんかは飲むと一時的に使用者の魔力を――」


 出会ってから己の欲望に忠実で隠そうともしなければ、叶える為に他者は利用するだけの道具として見ている性格は確かに、衛鬼からみて最悪の女性だった。

 けれども今は違う。棚の中にある魔法薬マジックポーションを一つずつ手に取っては薬効から製作に至るまでの経緯を必死に話す姿は、見ていて微笑ましいものがある。

 相槌を打ち、賞賛して、時折質問すれば更に彼女は楽しそうに語る。人の子である以上、褒められれば嬉しいものなのだ。それはティアナとて例外に漏れない。

 

「これなら消臭剤代わりにもなるな。よしっ、いい値で買うから幾らか売ってほしいんですけど」

「そ、それじゃあ魔法薬マジックポーション一つに付き私に一発中だ――」

「あ、現金でお願いします」


 金以外による物品の購入は認められていない。


「じゃあ絶対に売らない」

「ケチですねティアナさんって」

「ケチで結構。今の私には結婚の方がお金よりも遥かに魅力的に映っているわ」

「……折角、さっきので好感度上がったんだけどなぁ――ほんの少しだけだけど」

「ほ、本当に!? それじゃあ早く式を挙げましょう!」

「ほんの少しだけだって言ってるでしょうが、まったく……」


 ティアナを過度に褒めてはならない。新たに己の中にある人物リストの備考欄に書き加えて、衛鬼はティアナの部屋を逃げるように後にした。

 次の目的地はリリルナが使用している客室である。




「ここならまだ比較的に安全だろ……多分」


 己に言い聞かせるようにして、衛鬼は扉を開ける。

 来客者用に最初から設けていた家具を除いて、本が数冊と羽ペンにインクと言った文房具以外特に目立ったものが置かれている様子はない。あくまで必要最低限の物しか持参してこなかったのだろう。

 そんな殺風景な部屋の借主の姿は何処にも見当たらない。


「なんだ、トイレにでも行ってるのか?」


 不在である以上待つしかない。

 ただ待つのも暇であるので――机の上で開かれたままの本を読んで時間を過ごすことにした。


「ってなんだこれ……自作小説?」


 リリルナの趣味が、ふと脳裏に甦る。

 自分の中にある妄想を小説とすることで形に残す。これだけならばとても健全だ。

 生前も衛鬼は趣味の一つとしてネット小説を投稿していたことがある。ファンタジーを題材とした王道的ストーリーで、内容も転生した主人公が生前の技能と転生先の技術を複合させて無双する実にありきたりなものだ。

 結果として投稿してから半年で己の妄想を完結させたものの、思うようにアクセス数やお気に入り登録者が増えなかったことから執筆するのを引退した。

 閑話休題それはさておき

 開かれたままの本があれば、例え自身の好みの題材ジャンルでなくとも内容が気になってしまうのが人の性と言うもの。部屋の主が留守の間特にやることもない。時間潰しとして、衛鬼はリリルナが執筆している小説に目を通す。


「……なんて言うか、意外だ」


 『薔薇の王子と流浪の剣士』の題名で始まる物語は、それこそ特色もない王道的な内容ストーリーとして展開されている。

 仕えるべき主人を探して旅を続ける女剣士がとある国の王子に恋をする――身分さを克服して結ばれ幸せになる、俗に言う恋愛物ラブストーリーである。

 女剣士が王子の心を射止める為に数多の試練を乗り越える描写が作中で熱く展開されている――だからこそ肉食系女子が跋扈するこの世界で、女性の手によって書かれたとは思えない程健全な内容ストーリーに衛鬼は驚きを隠せずにいた。

 文章力も今まで目にしてきたライトノベルと大差ない程読みやすいこともそうだが、最後まで性的描写もなく健全な内容として物語が締めくくられていることが驚く要素の一つでもあったりする。


「人は見掛けによらないって言うけど、正にその通りだな――俺より文章力があるのがすっごい妬ましいけど」


 あらかた読み終えて自作小説を元の位置に戻し――散乱しているページに手を伸ばす。何度も綴られている文章の上から二重線が引かれていることから、新たに執筆されている小説であることが伺える。

 興味本位から衛鬼は散乱しているページの一つを手にとって――目を丸く見開いた。

 修正と執筆を繰り返されているページは、物語を執筆するにあたっての下準備プロットだった。主人公とヒロインがどのように物語を展開していくか、何度も試行錯誤を繰り返しているリリルナの姿が目に浮かぶ。

 問題は、内容だ。先に目にした小説が健全であった分、与えられた衝撃も大きい。

 修行の旅に出ていた主人公の女騎士がエルフに襲われていた一人の少年を助け出す。しかし少年はエルフに無理矢理襲われたことで放心状態になっている。そこで女騎士は、放心状態の少年の穢れを払う為にその場で性行為を行った。

――この時点で既に意味不明だ。

 助ける為に放心状態の少年を続けて女騎士に性行為させるリリルナの思考がわからない。前後の物語にもよるだろうが、この文章だけを目にすればただエロい描写を入れただけの薄い成人誌と大差ない。


「やっぱり……あいつも所詮は魔獣ってことだな」

「す、すいませんエイキ君! 部屋に来てもらうように行ってたのに、ちょっとトイレに行ってて……」

「……あぁ、そう。うん、まぁ俺は全然気にしてないから」


 呼吸が僅かに乱れ頬が紅潮し汗が滲んでいるのは急いで走ってきたから、だけではない。恐らく自分で小説を執筆している内に我慢出来なくなってしまったのだろう。心なしか恍惚としているリリルナの表情から、衛鬼は察した。


「って、それボクが執筆している最中の小説じゃないですか! か、勝手に読むなんて幾ら男の人でもデリカシーがないですよ!」

「リリルナさんに言われるのはマジで心外だわ――でもさっきチラッと読んだけど完成度めっちゃ高いですね、読んでて面白かったですよ」

「そ、そうですか!? えへへ、これでもボクの書いた小説結構自国じゃ売れてるんですよ。それが切っ掛けで今じゃ半年に一回自作の小説や絵本を販売し合う祭典が開かれるようになったんですよ!」

「えっ? そんなイベントあるのアスファム。てか王女なのにそんなことしてていいのか?」


 コミックマーケット……所謂コミケのようなイベントと、それに一参加者として活動しているリリルナは、ある意味自分と同等に王族の子息らしくない。一度来訪してみたい、と言う気持ちを衛鬼は心の内に納める。口にしようものなら即座に結婚しろと言ってくるのは目に見えているからだ。


「……って、そんなことよりだ。俺に何か用があったんじゃないんですか?」

「あ、そうでした! エイキ君、今度もう一度ボクと二人っきりで外に出掛けませんか?」

「えっ?」

「今日はエイキ君を守りきることが出来なくて、本当にごめんなさい。だから汚名返上したいんです!」

「いや、別に俺は気にしてないからいいけど……」


 衛鬼は沈思する。

 衛鬼エイキに惚れて結婚したいとはっきりと宣言したリリルナは、本気で自身に惚れさせようとしている。故に今回の一件を失敗のままで終わらせるのは王女としての誇りではなく、一人の女性としての誇りが許さないのだ。

 その姿勢は素直に感心する。

 するが、リリルナの趣味を忘れてはいけない。ページに綴られる文章は全て、男性にこう接すれば好意を抱いてくれると歪んだ彼女の妄想が文字として具象化されたものである。恐るべきはそれを相手に実行する行動力だ。

 外に誘い出したのも、執筆途中の作中にある描写を実際に自分がするが為にすぎない。下準備プロットに登場した少年の特徴があまりにも己と似ていることがいい証拠である。

 再び魂の高揚を得る為に冒険を優先させるか、それとも危険を回避する為に遠慮するか。

 結論は――。


「……今すぐ答えてくれなくても大丈夫です。ボクがいる間にいつでも声を掛けて下さい。その時は今度こそボクが完璧にエイキ君を守ってみせますから!」

「そうですか。それじゃあ今回の件は一先ず保留と言う形で終わるとしましょう」

「はい。ボクもそれまでに小説の方をもっとより高い完成度になるように仕上げてそれからエイキ君に――あ、いえ! エイキ君を守れるように修練を積んでおきますから」

「あ、はい」


 本音を上手く隠せていないリリルナと別れて、衛鬼はココの部屋へと向かった。




「いよいよ、問題児の部屋に来てしまったか……」


 心底嫌そうに、衛鬼はココの部屋の扉を開ける。

 

「エイキ待ってた……遅い」

「リリルナと一緒ぐらい殺風景だな――後遅れて悪い、ちょっと色々あった」


 不機嫌そうに頬を膨らませる姿は外観相応で可愛らしい。だが高齢者ババア痴女ビッチだ。

 部屋の模様はリリルナと同様至ってシンプルに仕上げられている。机の上に本が数冊置かれていて――それが今さっき会話をしてきた王女自らが執筆した作品集であることに、衛鬼は苦笑いを浮かべる。彼女の人気は自国のみならず、他国にまで及んでいるらしい。


「さてココ、俺を部屋に呼んだけど用事はなんだ?」


 言って、身構える。

 出会った時から果てしない性欲を隠さなかったのだ。部屋に呼んだ理由など一つしかない。


「エイキと、お話したかったから……」

「俺と、お話?」

「……エイキのこと、もっと沢山知りたい。それだけ……」


 予想外の言葉に衛鬼は怪訝な眼差しをココに向ける。

――新しい作戦か?

 押して駄目ならば引いてみるのも一つの手。散々あしらってきたことから彼女もただ攻めるばかりでは衛鬼エイキを物にすることは出来ないと少なからず学んだのだろう。その学びから導き出した結論が性欲を隅に追い払った普通の会話であると下したのならば、一先ずは付き合うのが礼儀なのかもしれない。


「まぁ、普通に話すぐらいなら別にいつでも構わないけど」


 ベッドに腰を下ろす。その隣に嬉しそうに口元を緩めて腰を下ろすココを見て――はて、彼女とどんな話をすればいいのか。衛鬼は沈思する。

 幼子であったならば相手に合わせて振舞えば済むが、高齢者になるとそうもいかない。少なくとも相手は自分よりも先に生まれて苦楽の人生経験を積んできた謂わば先輩だ。

 高齢者を相手に介助やコミュニケーションをする介護福祉士でもなければ、身内に祖父母がいなかった衛鬼に、そのような経験は皆無であった。

 しかしココは違う。

 外見が幼女だが精神は自身の倍を生きている最年長者でも、言動は思春期を通り越し性欲に餓えただけの痴女だ。

 趣味は修練と性行為、好きなことは男との性行為、嫌いなことは他の女に男を奪われること――と、お見合いめんせつ時に堂々と答えて、何故かティアナとリリルナから同情を得ていた。そんな彼女が性に関する話題を封印した今、どんな会話になるのか全く予測出来ない。


「だってエイキ……お見合いの時、あまり自分のこと言ってない」

「……まぁ、言われてみれば確かにそうだな」

「アタシ、エイキのこと沢山知りたい。性行為する時どんな体位が好きなのか、とか……」

「それ絶対に必要ない情報だよな? 一般のお話じゃ絶対しない内容だよな?」


 お見合いと称した面接では、相手の素性を少しでも多く知る為に質問ばかりしていた。ココに指摘された通り己について語ったことは殆どない。せいぜい名前と年齢ぐらいなものだろう。

 だが正確に言えば、次々と発せられる爆弾発言に追求せざるを得ない状況が続いたので、自身について語る間もなかったのが――いい機会と言えば、いい機会なのかもしれない。


「はぁ……わかった、わかったよ。それじゃあ今日は普通に話すか。普通にな」


 これは牽制である。会話の中から性行為に発展させようとするココを意図的に封印しておく。こうすれば、無理矢理行為に及べば嫌われて国に強制送還されると彼女自身も警戒するだろう。


「それじゃあ……そうだな。ココが着ている服って言うか布だけど、その文字はなんだ?」

「これは、ヴァルハラに古来から伝わる精神感応文字アニムティオ……使用者の精神に感応して、様々な効果を発揮してくれる。不思議な木の実から取れる樹液を墨に加工してるの……」

「へぇ、そんなのがあるんだ。まるでルーン文字みたいだな。因みにその服にはどんな効果が発揮するように書かれてるんだ?」

「えっと……色々」

「まさか、忘れたのか?」

「そ、そんなことない! ただ、一杯ありすぎて、その……面倒」


 そっぽを向くココに衛鬼は呆れ顔を浮かべた。


「そ、それで物に書き込んで念を込めれば、凄い効果を発揮してくれる……アタシ達ヴァルハラの民は皆、この文字を服に書き込んで力を発揮するの――アタシの骨にも、書いてる」

「ふ~ん、それじゃあ俺の刀にも書き込んだら凄い効果を俺も――って今さらっと凄いこと言ったよな!?」

「……王家だけに伝わる禁術の精神感応文字アニムティオ。これを骨に直接書き込めば、老化はしなくなって幼い姿のまま姿を保てる」


 若さとは、全人類が憧れて手放したくない概念の一つと言えよう。それが女性ならば特にそうだ。故に若い肌を維持する為のサプリメントや健康食品から療法などが、数多く雑誌やテレビで報道されては女性達の心を掴んでいた。

 ココに施されている方法は、狂気の一言に尽きる。若さを保つ為に己の肉体を傷付けるなど、人として正気を疑う。


「どうして、そんなことをする必要があるんだ?」

「……それが、アタシ達一族に掛けられた、呪いだから……」


 ココの瞳に悲しみの色が宿るのを、衛鬼は見逃さなかった。


「呪い……?」

「……もうずっと、昔の話になる」


 静かにココが語り出す――古の時代にヴァルハラに起きた悲しき伝説の物語。

 ヴァルハラに災いを齎す一匹の魔物がいた。人語を話し、高度の知能を持ち、優れた魔力を持ち、更には相手の瞳と己の瞳を合わせることで命を奪う恐ろしい力を宿した魔眼を持った巨大な蛇の魔物に、ヴァルハラの人々は恐怖と絶望の中で震えていた。

 これを討伐したのは先代ヴァルハラ国王。三日三晩に渡る死闘を演じた末国王は魔物を討伐し平和を齎した――と、ここまでなら大団円を迎えるのだが、現実は異なる。

 魔物は死の間際に恐るべき呪いを掛けていたのだった。

 その呪いは、対象者が一定の年齢に到達すれば急激に老化が始まり死に至らしめると言うものである。なんとか解呪ディスペルする術を探すが見つからず、最終的に辿り着いたのは自らの肉体に精神感応文字アニムティオを書き込み老化現象を停止させる方法だった。

 結果として老化は収まった。しかし魔物の強力な呪いによる影響か、術者の肉体は幼子にまで退行を起こしてしまう副作用を患うこととなった――と、話し終えてココが一息吐く。


「……呪いはまだ、消えていない。王族の血を引いている人間は全員、呪いの対象になるから……」

「……そうか。そんな過去があったんだな」


 衛鬼は傾聴する姿勢を取り続ける。

 国を繁栄させていく為に王の血脈は絶えさせてはならない。未だに続く死の呪いから逃れる為に不老の秘術を行い幼子として生き長らえる一方で、親しき友人や知人……そして愛する者が先立たれる恐怖や悲しみを、きっとココも味わっている。ならばその心境は到底自分では計り知れないものだ。

 己の痛みは、己にしかわからない。可哀想、などと言う安い感情を抱く輩は単純に己が優しい人間であると勘違いして酔い痴れているだけでしかない。

 オルトリンデと言う小国でありながら目立った争いも悲しい過去もなく、己もまた肉食系女子に囲まれ退屈極まりない日々を過ごしてはいるが、それでも平和な時間の中で裕福に過ごしたのは事実である。だからこそ衛鬼は同情しない。

 

「……ありがとう、エイキ」

「何がだ? 俺は別に何もしていない。何も言わないし、何も言えない……それだけだ」

「だから、ありがとう……アタシとエッチしよ?」

「ムードもへったくれもないな。今の一言で全てが台無しだ」


 飛び掛ってくるココを拳骨で迎撃して、衛鬼は心底疲れ切った表情で溜息を吐いた。

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