CHAPTER:05
今回はファンタジーものには欠かせないエルフとオークが登場しますw
危険など全く感じさせない程穏やかな時が流れている。
平原を駆け抜ける微風が優しく頬を撫で上げ、揺らされた草木が互いを擦り合わせる音は自然の協奏曲となって奏でられる。
平原を飾っているのは剥き出しになった岩山や木々ばかりで別段珍しいものは何一つない。ただの平原を見て喜ぶ人間はまず存在しないと言って相違ない。
相違ないが。
「エイキ君、なんだか嬉しそうですね」
「そりゃそうだろ! 念願の外に出れたんだ、これを喜ぶなって方が可笑しいだろ――あ、可笑しいでしょ?」
衛鬼の心は至福に満ち溢れていた。長き時を経て念願の城の外に出ることが出来た。肉食王女三人がいる以上完全な冒険とは言い難いが、城と言う窮屈で堅苦しい囲いの外へと出たのは事実である。
従って外に出たと言う事実だけで喜ぶのは衛鬼にとって当然でもあった。
「それで、具体的に何処に行くんですか?」
「とりあえず遠くに行くことはまずしません。何かあっても直ぐにオルトリンデへと戻れる距離内が限度です」
「まぁ私さえいれば、どんな魔物が出てきたとしても問題はないのだけれど」
「魔物……早く、来い……」
城を出てから索敵を怠らないティアナ達。
本来ならば熟練の冒険者であっても必要以上に魔物との戦闘を避けるのが常識である。例え何度倒してきたことのある魔物であっても、少しの慢心が命取りとなる。ゲームのようにキャラのレベルが高ければ敵から受けるダメージが僅か一、などと言うことは起きないのだ。
従って不必要な戦闘は極力避けることが長生き出来る秘訣だと衛鬼は心掛けている。
しかし男を欲している彼女達は常識に当て嵌まらない。誰よりも早く魔物を見つけ自身の力を披露したいのだ。
その一心から滲み出ている殺気が逆に魔物達を遠ざけていることにティアナ達は全く気付いていない。傍にいる自分でさえも距離を置いて歩きたいと思ってしまう程だ。出会ったが最後、見敵必殺の元理不尽に殺される魔物からすれば尚更のことだろう。
「可笑しいわね、全く魔物が出てこないわ」
「このままじゃ、エイキ君にボクのいいところが見せられない……!」
「魔物……殴り殺す」
「別に俺は魔物が出なくても全然いいんだけど……こうして外に出られているだけで充分だし」
「仕方ない。ここは森の中に入りましょう!」
リリルナの提案に他二人も同意する。
森の中は平原と違って魔物と遭遇する確立が極めて高くなる。
鬱蒼と生い茂る木々や草むらは奇襲を仕掛けるのに身を隠すのに最適な環境だ。
普段歩き慣れていない自然道は人間にとって機動力の低下を招く妨げとなるが、彼らはその場所で生まれ育ってきている。
従って庭同然とも言うべき独壇場での戦闘ならば平原で人間と対峙するよりももっとも有利に立つことが出来る。
俄然やる気を見せるティアナ達を横目に、衛鬼は沈思する。
冒険に出る者にとって森の中を潜り抜けるのは王道であり必然でもある。憧れの外に出ている今、好奇心を優先するならばティアナ達の意見に賛同すべきだろう。
しかし現実的に考えれば、無闇に足を踏み入れるべき場所でもない。
今回の外出に明確な目的はない。強いて言うなれば各国の王女達の実力を見る為だけに連れ出されているようなもの。魔物を倒すだけなら別段危険度が高くなる森へ入らずとも充分に出来る――三人の殺気が遭遇率を大幅に下げている為効率はよくないが。
――どうするか。
森の入り口の前で考えあぐねいている衛鬼に三人の肉食魔獣が促す。
結論は――。
「……仕方ない」
森へと衛鬼は歩を進める。
冒険に出れば場所問わず危険は常に付き纏う。村や町では女達から餓えた獣の眼差しを向けられながら強姦の恐怖に、それ以外では魔物から生命の危機に注意しなくてはならない。男として生を受けた以上、実家を除いて安息の地など恐らく存在しない。
「さぁ、何処にいるのかしら魔物は。早く出てこないと……ふふ、この森ごと燃やし尽くしちゃうわよ」
「おいマジで止めて下さい。不必要な自然破壊は法律上禁止されてますからね」
「わ、わかっているわよ。ちょっとした冗談よ」
「ティアナ……今ので好感度、下がった」
「遠慮なく言わせてもらうけどココは出会った時から好感度は最低値だから」
「……解せぬ」
会話を交えながら森の中を突き進む。
突き進み――平原を歩いている時と同じく全く魔物と遭遇しないことに、遂にティアナが怒りの声を上げた。
「どうして今日に限って魔物が出てこないのよ! 可笑しいでしょ!」
「まさか、ボク達がエイキ君にいいところを見せられないように罠が……!」
「いや違うから。三人ともそれだけ強い殺気出してたら魔物も絶対に寄り付かないから」
とうとう、衛鬼は現実を三人に突きつけた。
「もういいですよ。俺としては本当に外に出られただけで満足ですから」
「それじゃあ意味がないの! 私の魔法があればどんな敵が現れようとも守れるってことを証明しなきゃ……!」
「ボ、ボクだって同じです!」
「……アタシも」
「別に強いところを見たからって俺が三人の誰かを好きになるなんてことはまず――」
衛鬼は大刀の鍔に親指を当てて臨戦態勢を取った。僅かに遅れて緊迫の色を顔に濃く浮かばせた三人もまた戦闘態勢に入る。
遠くより何者かが接近してくる。その数は七……否、九つ。
森の中で、それも敵意を剥き出している以上友好的な相手ではないことは確認するまでもない。
ティアナ達が待ち望んでいた魔物達の遭遇である。待ちかねたと言わんばかりに犬歯を剥き出した笑みは悪役顔そのもの。整った容姿も台無しだ。
三角形の陣形の中央で、これから餌食になるであろう魔物達を憐れみながら衛鬼は心の中で合掌した。
そして距離が三メートル以内まで縮まった――次の瞬間。
「エ、エルフだ!」
茂みより現れた襲撃者にリリルナが叫んだ。
エルフ――不老長寿の一族であり老若男女問わず整った容姿は神秘的な美しさを宿す。槍の穂先のように尖った耳と白い肌に黄金の如き金髪が特徴的である彼ら種族は生まれながらにして弓術に優れ、また自然界に宿る精霊の加護を宿すことによって魔法とは異なる術式を行使する――衛鬼として生きていた頃の世界で普及されているエルフ像だ。
だが、この世界では少々異なる。
「くっ……! どうしてこんなところにエルフがいるのよ!」
「知りませんよ! どちらにしても戦わないとエイキ君が陵辱されちゃいます!」
「醜悪な種族なんかに……エイキは渡さない……!」
エルフを美しいと思っている人間は、この世において自分を除いて恐らく一人として存在しない。
エルフと人間は対立した種族、と言う設定は別段珍しくない。姿形、種族ならではの価値観の違い、自分達の種族が優れているなど、理由は幾らでも挙げられる。
人間がエルフを敵対勢力として見なしている理由は二つある。
一つは、“醜悪な容姿”をしていることにある。
男に餓えているのは人間だけではない。エルフも男性の出生率に悩み、湧き上がる性欲から日々悶々とし、長寿である彼女達が年齢を重ねれば重ねる程比例して性欲も増大していくのだ。
男を見つけたエルフ達は人間の女性以上に魔獣と化す。その時の顔があまりにも獣じみていることから醜悪な種族として忌み嫌われている。
衛鬼からすれば、女性は皆魔獣と言う価値観があるので人間の女性も大差ないが。
「男! 男がいるわよ!」
「女は殺せ! 男は奪え!」
「あぁ、私好みのいい男……滅茶苦茶にしてやりたいわ!」
エルフは自らの種族を優れていると疑わない。その為他者に対し高圧的な態度を取ろうとも、その言動には威厳と気品が満ち溢れている。
だが悲しいかな。現実のエルフの言動は映画で主人公を引き立たせる為に登場する三下悪人だった。
これが、理由の二つ目である。
外部との接触を嫌い森の中から出ないエルフも、この世界では積極的に外に出て村や町を襲う。
彼女達の目的はただ一つ、男の強奪である。
男を強奪し我が物にする為ならば容赦はしない。女は殺し、男は連れ去って性奴隷として調教する。エルフに襲われた場所には血の匂いと無残に殺された者達の骸のみが残される。こうした事件が当然のようにイリュド大陸では起きるのだ。
衛鬼がエルフと邂逅を果たすのは今回が初である。それまではミリア達から如何に危険な種族であるかを教えられ、外に出させない為に考えた嘘として半分を聞き流していた。
従って今、実際にエルフを目の当たりにした衛鬼は――静かに抜刀した。
――躊躇ってなんかいられない。
エルフの容姿は生前より脳内で思い描いていた通りの理想像であった。だからと言ってこのまま攫われてしまえば、他の犠牲者と同じ末路を辿ることとなる。
「踊れ火焔、我が仇名す者には裁きの牙を突き立てよ――スネークバイド!」
ティアナが詠唱を終えた時、長杖の先端より赤く発光する魔法陣が展開されると紅蓮の炎が放たれる。うねりながら木々の間をすり抜け標的へと襲い掛かる姿はまるで獲物に巻きつき牙を突き立てんとする大蛇の如し。
凄まじい熱気と不規則な動きに翻弄されエルフ達が逃げ惑う。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
「……無駄」
リリルナとココが近接戦闘に持ち込む。
鋼鉄の鎧をも切り裂く彼女のショートソードは打ち合うエルフの武器を次々と破壊し、ココは素早い動きで翻弄しつつ、繰り出される攻撃を空手を連想させる受け技で全て捌き落とし体勢が崩れたところに手痛いカウンターの正拳突きを打ち込む。
実力を見せたいと口にしていただけあって、彼女達の強さは口先だけのものではない。三者三様の戦い方に衛鬼は感心の眼差しで傍観して――とうとう、包囲網を突破した二人のエルフに衛鬼は大刀を中段に構えた。
目の前の敵を一人でも多く倒すことに集中し陣形が乱れた隙を狙ったのだろう。本能的に襲ってくるエルフからすれば見事な観察眼である。
「しまった! エイキ君!」
「今だ! 他の者は弓で援護をしろ!」
十八番である弓による射撃が行われる。
疾風の如く空を切り裂く白銀の鏃が容赦なくティアナ達に襲い掛かる。集中して見なければ弾丸と同等の速さを誇る矢は、エルフ達が何かしらの精霊による加護を用いたと推測される。
いずれにせよ、己に降り注ぐ矢の雨を凌ぐことで手一杯であるティアナ達に助けを求めることは不可能。
「くっくっく……立派な剣を持っていても所詮は男。私達には敵わない」
「どうする? 大人しく私達の物になればあの女達は助けてあげてもいいわよ?」
「本当に言うことやること悪党のソレだな……ドン引きだよ。俺が知ってるエルフって言うのはもっとこう、理性的で犯しがたい神聖さがあって、兎に角是非嫁にしたい女性種族ランキングでかなり上の方なのに」
「そ、そうなの!? それじゃあ尚更私達……いえ、私の物になりなさい!」
「お前らじゃないっつーの!」
「ならば遠慮なく犯しつくしてやる!」
二人のエルフが前後を挟むように陣形を取った。
改めて衛鬼はエルフに感心した。正面から猪武者の如く挑まず如何にして戦況を有利にさせるかを理解している。腐ってもエルフ。見境無く男に餓えて醜悪な種族と蔑まれる以前は、それこそ自身が描く理想像通りの種族であったのかもしれない。
「やれやれ……命まで奪うつもりはないけど、俺もこんなところで人生の墓場には行きたくないんだ。だから……その、なんだ、怪我しても許してくれ」
衛鬼は大刀を上段に構えると、間髪要れず地を蹴り上げた。
狙うは先の先。相手が攻撃もしくは分身を生み出し入れ替わろうとするよりも先に仕留める。
標的は正面のエルフ。
間合いへと入り踏み込んだ足が地に触れた――刹那。
――戦場に出る以上一対多数を強いられる事もある。そうして状況を想定しての戦術も刃崎が振るう古流剣術流派――祓剣流には存在する。
状況は敵が二人で前方と背後を取られた場合とする。
前の相手をすれば後ろから斬られ、逆に後ろの相手をしようと振り返れば今度は背を向けた方に斬られる。見るからに不利な状況だ。
そこでフェイントを仕掛ける。
相手をするのは正面の敵。その敵に対し攻撃を仕掛ける。この動作こそがフェイントなのだ。
この動作で必要とする事は、相手に防御の意識を向けさせる事にある。
これからお前を斬る、その強い意思を体現する様に攻撃的な構えである上段の構えを取り殺気を当てる。
そうする事で対峙する相手はこれから自分に攻撃が仕掛けられると身構え、背後の敵も対峙している仲間に攻撃をすると認識する。
そうなった時、相対する敵は自然と防御体制を取り、背後を取る敵は隙だらけな背中へと向かって攻撃を仕掛けてくる。
これこそが勝利へと導く布石なのだ。
前方の敵を斬る――と見せかけて背後の敵を捉える。
意識を前から後ろへ。攻撃を繰り出す最中で瞬時に切り替える。そうする事で敵を困惑させ、動きを鈍らせる。
最初に対峙した敵もまさか相手が背を向けるとは思わないだろう。
従って相手もまた予測外の行動に困惑し自身の攻撃の機を失う。
後は素早く背後の敵を斬り、そのまま素早く振り返ると同時に切り捨てる。
――祓剣流、流。
ただ、あくまで相手は魔物ではなく一応女性だ。
エルフを相手に躊躇いは不要。されど性欲に支配された獣であろうと心掛けるは不殺。多少の痛みを与えて撤退させることを優先させた衛鬼は己の攻撃が当る瞬間に刃を返した。
峰打ちでエルフ達の鎖骨を打ち割る。
致命傷にならずとも、骨を砕かれた痛みは皆等しく与えられる。
森の中に轟き響く、苦痛の絶叫。
容姿が美しいだけに後から湧き上がる罪悪感は当然凄まじい。
女性が傷付けられ呻く姿に性的興奮を憶える人種ではない衛鬼は、砕かれた鎖骨を抑え悶え苦しむエルフ達に必死に心の中で謝罪した。
「くっ! 怯むな! 何としてでもあの男を奪え!」
「子供沢山作って幸せになりたくば命を捨てる覚悟で挑め!」
「男! 男!」
そんな衛鬼を他所に新たなエルフ達が襲ってくる。
「ったく! 今ので諦めてくれよ!」
大刀を構え直し、やってくるエルフを見据えて――。
「そこまでだ!」
突如として現れた乱入者の声に誰もが意識をそちらへと向けた。
陽光を背に浴びて現れた複数の女性。
緑色の肌に女性でありながら百八十センチはあろう高身長と鍛え抜かれた無駄のない美しい筋肉が目立つ。軽鎧で身を包み身の丈と同等はあろう長剣や斧で武装した姿に、エルフ達が悲鳴に近いどよめきを上げた。
「オーク……」
エルフに続き人生初の邂逅を果たしたオークを衛鬼は見つめた。
オーク――ファンタジーを題材とした作品ならば殆ど出場している架空種族である。一般的に知られている外見は、何故そのような容姿としてイメージが固定されてしまったのかは不明だが、太った体型に豚のような顔と醜悪さを充分に表している。
性格は獰猛で凶悪。成人本では当然のように姫騎士や女騎士を捉えては陵辱し尽くす。
一般的に雌のオークが登場することは少ない。登場したとしても雄のオークと同様に醜悪な容姿として描かれる。少なくとも衛鬼が今まで目にしてきた同人誌や成人誌に登場するオークは皆こうであった。
イリュド大陸に棲息するオークは、真逆の存在である。
――噂以上に綺麗な女性だ。
見上げる程の高身長に筋肉質な肉体、肌は緑色で髪は栗色、金色に輝く瞳を持っている。容姿も醜悪な部分は何一つない。エルフと同等の幻想的な美しさを宿している。
そして大きな違いは古の時代より人間は友好的な関係を築いていることだろう。
「まずい! オークだ!」
「くそっ! ここは撤退するわよ!」
鎖骨を砕かれた仲間を連れてエルフ達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「危なかったな。だが男一人満足に守れないようでは腕前はまだまだ未熟だ」
ショートボブのオークが話し掛けてくる。
他のオークと比べ装備品の質の高さ、滲み出る歴戦の猛者の風格に合わさり肌に施された赤いペイントから考察するに彼女がリーダーなのだろう。
「えっと、助けて下さりありがとうございます。俺の名前は――」
「いや名乗らずとも知っている。エイキ、オルトリンデ王国の王子にして変わり者、男でありながら自らも剣を持ち武を高めんとしている」
「えっ? 俺のこと知ってるんですか?」
「勿論だ。主の噂は主が思っている以上に遠くにまで及んでいる」
「まぁ、そうですよね……」
「ふふっ噂以上の男のようだ――あぁ申し遅れた、我の名はジナだ。それよりも怪我をしている者がいる。直ぐ近くに我々の集落がある、もしよければそこで従者達の怪我を治療するとしよう」
ジナの提案を受けて、衛鬼はティアナ達を見やる。
矢の雨を凌いでいた彼女達だが、完全に防ぎきることは敵わなかったらしい。
衣服が鏃に切り裂かれ、露出した肌もまた傷付き出血している。
「わかりました。それではご好意に甘えさせて頂きます」
「よし。それじゃあ集落に案内するとしよう。皆の者、いつまた何処から敵が襲ってくるかわからない、充分気を引き締めるように!」
応と答えるオーク達の護衛の元、衛鬼は森の中を進む。
「うぅっ……結局ボクのいいところ見せられなかった……」
「ごめんなさい、エイキ……」
「気にしないで下さい二人とも。三人がいてくれたから俺は比較的無事に済みましたから」
「エイキ……守りきれなかったお詫びにアタシが抱いてあげる」
「うん、お前は流石にちょっと自重しような?」
「……解せぬ」
ココの頭に衛鬼は拳骨を落とす。高齢者として扱わないことにした。