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どなたか、草食系女子はいらっしゃいませんか?  作者: 龍威ユウ
第一章:肉食系女子はお断りです
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CHAPTER:15

 漆黒から青へ。広大な空に月に替わって太陽が浮かび、暖かな陽光で地上を照らす。

 開けたままの窓から心地良い風が頬を優しく撫で上げる。今日も新しい一日の始まりが告げられたことを全身に感じながら、ぱたぱたと慌しくミリアは廊下を駆け抜ける。

 今度こそはと、意気込んで辿り着いた一室の扉を荒々しく開ければ――仕える主人の息子が今正に丁寧に畳まれている衣服に手を伸ばそうとしている。


「させませんよエイキ様!」


 手首を掴み阻止する。

 またか、と言いたげな眼差しを向けられるが気にしない。メイドとしてオルトリンデに仕えている以上奉仕することが仕事なのだ。ましてやメイド長と言う立場にいる以上、我侭に翻弄されっぱなしでは他のメイド達に示しがつかない。

 痛ましい事件から豹変してしまった王子エイキを更正せんと誓った。

 妥協する部分はするが、しない部分は徹底的にしない。それがミリアの流儀である。


「おはようございますエイキ様。今日こそ私の監視の下でちゃんと着替えて頂きますからね!?」

「……はいはい、わかった。わかりましたよ。じゃあ今日は折角だからミリアに頼む」


 降参の意が込められているのだろう。反対の手を上げて諦めたと言いた気な顔をするエイキにミリアは着替えを行った。

 彼の着替えを自分がするのは――はて、最後にしたのは何時だっただろうか。初めて裸体を見たのが五歳にも満たない少年の白く綺麗な柔肌に思わず鼻血を出してしまったのも、今となってはいい思い出である。

 衣に隠されていた上半身が露となる。白く綺麗な肌は未だに健在で、変わったといえば程よく鍛え抜かれた肉体になったことぐらいか。剣を振るうに値する剣士としての身体に作り上げられた上半身を、ミリアはお湯の入った桶に浸した布で綺麗に寝汗を拭き取っていく。

 背中、腹部、右腕と拭き左腕を手に取って――身体を拭く手を止める。

 左手甲に描かれた紋章。蜘蛛を思わせる禍々しき形状をしたそれは、昨日までは確かになかったもの。


「エイキ様……」

「何? もしかしてコレのこと? だったら気にするなって言ってるだろ。母さんも、俺も、誰も気付けなかったんだから」

「ですが! エイキ様は……」


 紋章を目にする度に、ミリアの脳裏に昨日の光景が鮮明に甦る。

 全力で挑んだエイキとの仕合に敗北し、己の未熟さと結婚出来ない現実を受け入れられず呆然としていた――その時である。遠くより聞こえてきたエイキの悲鳴でようやく我に返ったミリアは急いで守るべき者の元へと急いだ。

 仕合に敗れはしたが、だからと言ってエイキから愛想を尽かされた訳ではない。何より自分はエイキを守るメイドなのだ。

 本来の役目を果たす為に現場へと急行したミリアに、信じ難い光景が飛び込んできた。

 左手を押さえ蹲るエイキ。そんな姿を冷たい眼差しで見下ろすのはメイドは人間に扮した一人の魔族。

 愛する者が傷付けられた悲しみと、傷付けた者への怒りからミリアは間髪要れず螺旋槍を放った。しかし凄まじい破壊力を秘めた一撃も、当らなければ意味を成さず。穂先が触れるよりも早く姿を消した魔族シルヴィ――されど声だけが不気味にミリアの耳を刺激した。

 エイキの左手甲に描かれた紋章は強い呪いを秘めている。人間の力では解呪ディスペルすることは出来ず、更にエイキには三つの誓約が科せられている。

 誓約その一、一週間以内にオルトリンデを出ること。

 誓約その二、自分を除き同行者をつけてはならないこと。

 誓約その三、魔族との間に話した内容を誰にも喋ってはならないこと。

 この三つの誓約を遵守しなければ、瞬く間に呪いが発動しエイキの命は奪われてしまう。

 魔法の国ヨズガルド出身者であるティアナの魔法を以ってしてでも解けぬ以上、解呪ディスペルする為には術者張本人を討伐するしか方法がない。しかし同行してはならないと言う誓約がある以上ミリア達は手を出すことが出来なかった。

 ならば別に討伐隊を現地に派遣する、と言う方法も難しい。術者シルヴィの居場所を知っているのは直接本人と話したエイキ以外誰もいない。何処を拠点としているのかも、何が目的で呪いを施したのかも本人しか知ららない。またそれを周囲に教えることが封じられている。

 即ち、エイキは呪いを解く為にたった一人で危険極まりない旅に出なくてはならないのだ。


「申し訳ありませんエイキ様……あの時、あの時私がお傍にいれば」

「何度も言ってるけど過ぎたことをグチグチ言っても仕方ないだろ。なったものは仕方ない、やるだけやってやるだけだ」

「ですがもし、もし旅先でエイキ様の身に何かあれば私はどうして生きていけばいいんですか!? エイキ様は男なんですよ? 男の人が護衛もつけずに外に出るなんて裸で女性の前を歩いているのも同じ……性欲に飢えた女達に襲われるに決まってます!」

「大丈夫だって大袈裟な――まぁ女性関係については否定出来ないのが悲しいけど。でもここで引き篭もっていたら俺は死ぬだけだ。だったら血反吐こうが這い蹲ろうが絞りつくされようが……俺は何処までも抗ってやる。死にたくないし、それにミリア達と会えなくなるのも悲しいからな」


 何故彼は笑っていられるのか。不安な気持ちを和らげてくれる優しい笑みを浮かべるエイキにミリアは疑問を抱く。

 不安を抱いているのは他の誰でもない、エイキ自身である。

 呪いを解く為に未開の地に単身で足を踏み入れるのだ。誰にも頼れず孤独で挑まなければならない果てしなき旅に不安を抱かない筈がない。それなのに自身の不安を決して表には出すまいといつもと変わらぬ様子で振る舞い、逆に励まそうとする姿がなんとも愛おしくて、苦しい。


「エイキ様……」

「俺なら大丈夫だよミリア。まぁ世の中は何とかなるように出来てるんだ。問題ないって――それよりもさ、そろそろ上を着せてくれないか? ちょっと肌寒くなってきた」

「あ、も、申し訳ありません!」


 裸体を晒したままでいたことを猛省しながら、ミリアは慌ててエイキに上着を着せた。




 久し振りにメイドとしての仕事を終えたことにささやかな満足感を抱きながら、いつも通り過ごすエイキに付き添う。

 旅立ちは明日。今日はその度に備えての準備をする期間として費やされる。

 同時に、城内では旅の安全と成功を祈る為の儀式と称した大晩餐会の準備が進められていた。

 誰もが悲しみを隠し切れていない。けれども当の本人が不安を出さず普段通りに振舞う姿は、皆を自然と鼓舞していた。落ち込んでいる場合ではないのだ、ならば今は少しでも王子の力になれることをせんと一人、また一人と立ち上がり、結果儀式と称した大晩餐会が開かれることとなった。

 従って城内は今、兵士やメイド達が慌しく動いている。


「こう言うのってなんかいいよな。祭って確かにしている時も充分楽しいけど、やっぱり準備している時が一番いい。見てるだけで自然と楽しくなってくる」

「そう言うものなのですか?」

「あぁ。でもいちいち大袈裟だな、別にこんなことしてくれなくてもいいのに」

「エイキ様は王族なのですよ? これぐらいして当然です――今日は色々と上質なお酒も手に入ったそうなので楽しみにしていて下さい」

「そう言って、どうせ水で割って薄めろって言うんだろ?」

「……本来なら認めませんが、今日だけは特別に許します。後で国王様に掛け合っておきますので」

「マジで!? 言ってみるもんだな……サンキューなミリア」


 ミリアは、エイキの健康状態を考えて原液のまま飲ませるのを良しとせず、水で薄めたものを提供していた。酒を水で割るなど言語道断、風味のある水を飲んでいるのと変わらないと抗議を受けたが全ては仕える者の身を案じる為だと切り捨てていた。

 今回は、己の欲望の為にあえて許可を出した。

 酒に対する耐性のない人間が原液のまま飲めば当然酔いが瞬く間に回る。普段水割りでしか酒を飲んだことのないエイキではきっと耐えられず、ものの二杯程度で酔い潰れるとミリアは踏んでいた。

 酔い潰させることが、目的なのである。

 明日を迎えればエイキはオルトリンデから去ってしまう。次に帰ってくるとも限らず、そうであったとしても何時になるか想像も付かない。だからこそ今宵、最後の夜這いを仕掛けることにした。

 仕合に負けて結婚する機会を逃しても、それでもミリアはエイキを心から愛していた。だからこそ彼の温もりを精一杯五感を通して感じ留めておく為に夜這いをする。国王からも事前に許可を得ている為何も問題はない。

 加えて今日の行為で子供を授かる――確固たる証拠のない、しかしそんな確信がミリアにはあった。

――絶対に逃さない。

 すれ違う従者に普段通りに接するエイキの後姿を凝視して、眠っているところに夜這いを仕掛ける背徳感と愉悦間から溢れんばかりに出る唾液をミリアは飲み込んだ。


「エイキ君……」


 道中、三国の王女と出会った。

 数日の滞在期間を残したまま、明日に帰国を控えている彼女達だが皆の顔にいつもの明るさは感じられない。 

 悲しんでいるのは自分だけではない。オルトリンデにいる全ての国民も、そして他国の王女達もエイキの身に降り注いだ不幸に嘆いている。

 エイキを蝕む呪いを聞かされた瞬間、自国の総力を以って術者及び関係者を根絶やしにすると憤怒を露にする程、彼女達も彼のことを心から好意を寄せていたことが伺える。だからこそ与えられた悲しみも大きい。


「おはようございます……って全員暗い顔をしすぎでしょうに」

「ごめんなさいエイキ……私にもっと魔法の力があれば」

「気にしないで下さいティアナさん。結果として駄目でしたけど、それでもティアナさんは俺の為に全力を尽くしてくれました。それだけで俺は嬉しいですから」

「エイキ……行く前にアタシと子作り」

「お前だけは本当に平常運転で安心したよ。やらないけどな」


 いつも通りの会話のやり取りの後、町に出掛けてくるとオルトリンデ城を後にして――。


「ちょっとメイド長?」


 ティアナに呼び止められる。

 客人として来訪している以上、メイド長として持て成すのは当然の仕事だ。だからと日常会話を交える程の友好関係も築いていなければ、以前に三人とも婚約者候補エイキに夢中になっている為話そうともしてこなかった。

 それが何故今日になって、話し掛けてきたのか。ミリアは内心で小首をひねる。


「貴女、今夜エイキに夜這い仕掛ける気でしょ?」

「なっ……!?」

「あ、図星。やっぱりボクの思ったとおりです。夜這いを仕掛ける女性がするような目をしていましたからね」

「エイキとするなら……アタシもする」

「ちょっと用件を伝えるの早すぎじゃない? でもココの言う通り、夜這いをするなら私達も一緒にさせてちょうだい」

「そ、そんなの駄目に決まっているじゃないですか!」


 ティアナ達の要求に、ミリアは強く否定する。

 最後に過ごす甘い時間を何故他人と、よりによって渡したくもない相手と共有しなければならないのか。男性の出生率の少なさ故多重婚が合法化されている。それは仕方がない、そうしなければ国は瞬く間に滅んでしまうだろう。

 それでもやはり、愛する人とは二人きりで過ごしたい願望がミリアの中にはあった。 世の中の現状に納得せざるを得ないが、納得出来ない。


「私だってあんなにいい男を手放したくなんかないわよ! 本音を言ったら帰る直前にちょこっと愛し合ってそのままヨズガルドに連れて行くつもりだったんだから!」

「そ、そんなことを考えていたんですか!? ボ、ボクのネタを真似するなんて……盗作は立派な犯罪ですよ!?」

「抜け駆け禁止……」

「どちらにしても絶対に認めません! 私はメイド長、エイキ様を守る為にいます。よって貴女達が王女であろうとも私は――」

「まぁちょっと話が脱線しちゃったけど、私の話を最後まで聞きなさい。もし加えてくれたらこれを贈呈するわ」

「……なんですかこの怪しげな色をした魔法薬マジックポーションは」

「試作品だけど完成したのよ。解毒剤なしじゃ収まらない程性欲が湧き上がる魔法薬マジックポーションが――もうわかるでしょう?」


 ティアナの囁きが、まるで悪魔のように聞こえた。

 性行為と一言にしても限りがある。特に男性は女性よりも体力を消耗し、一度に出る量も回数も決まっている。かつて性教育を施した際に使用した媚薬でも、せいぜい三回が限界だった。

 もし、ティアナが完成させたと言う、おどろおどろしい色をした魔法薬マジックポーションが本物であるのならば。


「……その話、嘘じゃないですよね?」

「嘘は言わないわ。一応その辺にいた鼠で試してみたけど効果はお墨付きよ――人間に投与しても同じ効果が得られるかどうかって言われたら若干自信ないけど」

「……わかりました。不本意ですが一緒にしましょう――但し私が一番です。こればかりは、何があっても絶対に譲りません」

「チッ……メイドの癖に随分と足元見るわね。でもいいわ、とうとうエイキの子種が手に入るってわかったなら焦る必要もない訳だし」

「あ、あの! 私もその話に加えさせてもらえませんか!?」

「そうだ。我の前でエイキに夜這いを仕掛けるなど……そんなうらやましいことは許さんぞ」


 武器屋のメリルが、オーク族のジナが何処からともなく現れる。

 エイキの剣を製作したメリルが以前より好意かつ性的な目で見ていたことは知っていた。オーク族のジナに至ってはエルフに襲われていたところを救出した恩人でもあり、女らしい振る舞いをする男性が好きだと言うなんとも変わった理想像からエイキに惚れている。


「……貴女達は、どんな条件を提示するおつもりですか?」


 更なる加入者にミリアは軽い頭痛に襲われながらも、要求するものは要求する。働かざるもの食うべからず、夜這いしたければ相応の品物アイテムを用意しなければ認めない。


「わ、私拘束具を作ってきました! リリルナ様にも協力して頂いたので強度なら絶対に問題ありません!」

「そうそう、ボクの剣で二、三度斬ってようやく壊れたぐらいだから問題なしですよ」

「我からは自己治癒力を高める薬草を煎じた茶を持ってきた。複数を同時に、それも休みなく行うのだろう? ならば体力だけでなくエイキの持つその、アレ自体にも気遣ってやるべきだ。何度も行為に及べば摩擦で皮が破け出血する可能性もあるからな」

「アタシも……薬草探すの手伝った」


 完璧である。

 複数の女性で一人の男性を愛することを我慢さえすれば、今夜はなんと楽しい時間となることだろうか。ミリアはとうとう口元から零れ落ちた涎を手の甲で拭い取った。それは他の面子も同じく。滴る涎を手の甲で拭うなど、王女としてあるまじき振る舞いだがどうでもいい。


「それでは今夜、公平にエイキ様を愛しましょう。ですが私が一番ですのでお忘れなく」

「ふふふ、今夜で絶対にあのクソお師匠様を見返してやるわ」

「エイキ君……ボク達のラブストーリーを一緒に作っていきましょうね」

「エイキ……エイキ……」

「あぅぅ、わ、私なんかがエイキ様を気持ちよく出来るか自信ないですけど……せ、精一杯頑張ります!」

「うぅむ……本音を言えば、やはり一度エイキと手合わせをしてから行為に及びたかったがこの際仕方あるまい。この機を逃せば、はていつエイキと再会を果たすかわからないからな」


 各々が思いを口々に去っていく。

 上機嫌な共犯者達の背中を見えなくなるまで見送って、ミリアも遅れてその場を後にする。


「エイキ様……私は、必ず貴方の子を……」


 今はただ、夜が訪れるのが実に待ち遠しい。

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