CHAPTER:14
本来はCHAPTER:13に組み込む筈でしたが文字数が一万を超える為に分割しました。結果極端に短くなってしまいましたが……w
遠くから喧騒が聞こえてくる。王子を探す傍らで一人でも多く恋敵を減れそうと未だに醜い争いをしている家臣や客人達の姿を脳裏に浮べて身震いを一つ起こす。
力なく床に座り込んだミリアを、衛鬼は見下ろす。
何かをする素振りは見られない。ただ俯いたままじっと座り込んでいるだけ。
「……俺の勝ちで、文句ないよなミリア」
彼女からの返答はない。
沈黙を貫いているのは肯定と捉えてよいのか、それとも現実を受け入れられずに思考することを放棄しているのかもしれない。今の彼女から言葉を聞くことは、きっと難しいだろう。
男と女、性別関係なく双方が全力で挑んだ仕合だった。
それでも彼女の中にあった未来を自分が捻じ曲げてしまった。双方合意の上で挑みながらも男に敗北すると言う女性として、近衛兵長としての誇りをも傷付けてしまった。
だからと言って素直に負けることも出来る筈もない。
「……俺、そろそろ行くから。早くしないといつ何処で襲われるかわからないし」
答えないミリアを残して、衛鬼は速やかにその場から立ち去った。
今こうしている間にもオルトリンデにいる女性達は自分を求めて争っているのだ。既に冷静な思考を取り戻した者がいないことに気付き、オルトリンデ城を探索する為に向かって来ているのかもしれない。
長居は無用。本来の約束は無事勝利と言う形で収めた。後は国外へ逃亡するだけである。
半壊した部屋を出て、真っ直ぐと続く廊下を駆ける。
途中で女性と出くわす。
ティアナ達や市民であれば即座に来た道を戻り全速力で逃走する。最悪直ぐ隣の窓から飛び降りもしよう。二階程度なら、多少痺れはあるものの支障はない。
抱くべきは警戒にあらず。目の前の相手にぶつけるは、怒りだ。
「やはり、こうなりましたか。私の予測通りですね」
「お前……カリナ。今まで何処に!」
「今回の一件については謝罪いたします。ですが全ては貴方様を試す為だったのです」
「俺を試す? どう言うつもりだ?」
「エイキ様、どうかここは私と一緒に来てもらえませんか? 本来ならこう言った嗜好はなくあの御方の意思に反しているのですが……我々としても後がないのですよ」
瞬間、衛鬼は大刀を素早く抜き放った。
カリナが指を鳴らし、床に描かれた黒紫色に発光する魔法陣は、見覚えがある。
地下修練場で古の骸達を操った魔法使いが使用したものと全く同じであった。即ち目の前にいる彼女が先日の犯人である。
誰も気付かぬまま、討伐すべき敵をみすみすと懐に入れてしまっていた事実に衛鬼は舌打ちを零す。どちらにせよ国に潜入され、こうして対峙した以上やるべきことは一つしかない。
柄を強く握り締めて双極の構えを取り――驚愕に目を見開くこととなる。
「母さん!!」
魔法陣より召喚された異形の怪物。漆黒の体毛に覆わた筋骨粒々な肉体には不相応な小さな翼を生やし山羊を連想させる頭部を持った姿は怪物――否、悪魔だ。
その悪魔の手には両腕を拘束された母親の姿があった。
誰よりも強いと信じていた筈の母親が怪物に敗北し捕らわれたとと言う事実に、脳がついていけない。
外傷こそ見られないが、此方の呼び掛けに反応を示さない。気を失っているのか、或いは既に――。
「お前……母さんに何をやった!?」
「安心して下さい。彼女は気を失っているだけです、他のメイド達も玉座の間で気絶しているだけですから。我々としても無益な殺生はしたくありません、何より我等の主が悲しみますから」
「……その言葉を、信じろって言うのか?」
「信じてもらえなければ困ります。ですがエイキ様の返答次第によっては……流石に保障しかねますが」
悪魔の槍のように鋭利な爪が母親の首元に突き付けられる。提示される要求がなんであれカリナの意に反せば、容赦なく悪魔は爪を喉に突き刺す。
人間であれば人質が傷付けられるよりも迅く奪還する自信が衛鬼にはあった。しかし相手は惨酷なことに人非ず者。先日のスケルトンのように特殊な力も宿していない己の大刀では殺しきれない可能性があるとも考えられる。
失敗すれば交渉決裂として自分だけでなく彼女も殺されてしまう。
衛鬼は、静かに大刀を下ろした。そうするしか選択肢がなかった。
人質が捕らわれている以上、今は刺激を与えず相手に従うことは得策だと判断しての行動である。現状を打破する機会が訪れるまでの辛抱するしかない。
「ありがとうございますエイキ様。先程から言っていますが無益な殺生はしたくありません」
「……それで、俺に何の用だ? 俺を試すって言ってたけど、お前の本当の雇い主は誰なんだ?」
「まずは私のことから。既に知っての通り私は正規のメイドではありません――申し遅れました、私の本当の名前はシルヴィ。魔族にして主アルデラ様に仕える者です」
偽名から本名と正体を明かした彼女の肉体に変化が起きる。人としての肌は褐色に染め上げられて、黒髪を生やす頭部より鋭い双角が姿を見せる。人外と呼ぶに相応しい形へと変貌した。
魔族――世界の創世より人間と共存している種族。生まれながらにして強大な魔力と高度の知能を持った彼女達は好戦的で残虐な性格から、古の時代より人間と長きに渡る戦争を繰り返してきた。
時は現代。後に聖戦と呼ばれる古の大戦争に敗北した魔族達は人の目に付かぬ場所へと隠れながら生活していると、衛鬼は書物より記憶している。その魔族が何故オルトリンデに――自分に用があるというのか。皆目検討つかない。
「エイキ様、貴方と言う存在を知る為に色々と調査させてもらいました」
「調査だって?」
「……最初は幼いエルフに変身して助けを求めることで種族関係なく接してくれるかどうかを見させて頂きました。そしてカリナと言う偽名を使ってメイドとしてエイキ様と接触し直接戦って力を測らせてもらいました――結果は合格です。やはり貴方こそ我々が捜し求めてきた男です」
「全て仕組まれていたって訳か……わざわざ手を込んだことをしてまで調査して、俺をどうするつもりなんだ? まさか自軍に降れとか言うつもりだったり?」
「いえ、戦力として欲しい訳ではあちません。単刀直入に申し上げますと我が主アルデラ様と結婚して頂きたいのです」
「……はぁ?」
信じられない言葉が、シルヴィの口より飛び出した。
人間と同じように魔族も女性中心社会となっているのであれば。なるほど、確かに子を宿す為には男の存在は欠かせられない。人間では到底扱うことの出来ない魔法を行使出来たとしても、そればかりは解決しようがなかったらしい。
だからこそ、衛鬼は理解出来ずにいた。
聖戦によって人目に隠れた生活を強いられている魔族からすれば、人間は忌むべき存在に違いない――歴史を振り返れば先に戦争を仕掛けてきたのは魔族とされており、もし本当に人間を恨んでいるのであればただの逆恨みでしかなく、実に迷惑極まりないが。
「我々魔族は人間を恨んではいません――まぁ、それでも相変わらず脆弱な種族とは思いますが」
「悪口は普通に言うんだな……。だったらその脆弱な種族の俺をどうしてカリナ……じゃなくて、シルヴィは自分の雇い主と結婚させようとするんだ?」
「そうですね……一言で言い表すのであれば、アルデラ様はエイキ様のようなお方でしょうか」
「……えっと、つまり?」
「魔族でありながら平和を愛し争いを嫌う。趣味は料理や裁縫、白馬に跨った王子がいつか迎えに来て結婚を申し込んでくれる……そんな頭にお花畑が咲いているような――いえ今のは失言でした忘れて下さい。人間の男性が抱くような思考をしておられるのです」
「今サラッと自分の雇い主のことディスったよな? でもちょっと待て。つまり、それって……」
「えぇ、エイキ様……貴方が理想とさている女性像と言うことなのです」
衛鬼は理解した。長年求め続けてきた理想の女性が遂に、出逢えるかもしれないと。
望みは極めて薄いと頭の片隅で思ってきた願いが、今ようやく報われようとしている。今であれば生前より普段全く信じてもいなかった神と言う存在に頭を垂れて感謝してやってもいい。そう考えてしまう程に心は歓喜と言う感情に打ち震えていた。
「それではエイキ様、そろそろ貴方のお答えを是非聞かせていた――」
「是非行きます! 連れて行って下さい!」
即答する。拒否する理由が何処にもない。
シルヴィの言葉通りの女性であるのであれば、基準としている項目は全て満たしている。家庭的で男に飢えた肉食系女子でないのであれば、魔族などと言う種族は実に些細なことだ。ファンタジーの世界である以上、異類婚姻譚があっても可笑しな部分はない。
周囲から軽蔑と強い批判を生むだろうが、それこそ愛さえあればどうでもいい。愛の力で乗り越えてみせよう。我ながら実に臭い台詞である。
虎穴に入らずんば虎児を得ず――例え魔族が仕掛けた罠であろうと求めていた理想の女性と出会えるのならば危険も冒す。それだけの覚悟が衛鬼にはあった。
「……本音を言うとあまり期待はしていませんでしたが、そう言って頂けて嬉しい限りです」
「いやいやいや、よく俺にこの情報を持ってきてくれた。もし教えてくれなかったらお前はS級戦犯になるところだった――でもそれなら直ぐに教えてくれてもよかったんじゃないか?」
「アルデラ様が男性のような振る舞いをする以上、伴侶となる方には相応の力を持って頂かなければいけませんので。エイキ様は人間としてはよくやる方だと思います」
「とりあえず素直に褒め言葉として受け取っておくよ」
「では満足のいく返答も頂けたことですので早速出発するとしましょう。本来はエイキ様と勝負して勝てば結婚出来ると言う情報を流しオルトリンデが混乱に陥った隙に交渉を持ちかける予定でしたが甘く見ていました」
「男に飢えた女性の本気を甘く見たら駄目に決まってるだろうに……――あ、でもちょい待ち。行くこと自体に問題はないんだけど、俺からもちょっとした条件……もといお願いがあるんだ」
怪訝な眼差しを向けるシルヴィに、衛鬼は不敵な笑みを返した。