CHAPTER:12
理性を失った女性達が奇声にも似た叫び声を上げながら襲い掛かってくる。法律が出来る前の男性達が味わっていた恐怖を身を以って体験しながら、衛鬼は町中を駆け抜けた。
王族と言う特権は、肉食系女子で構成された国で己の身を守る唯一の手段であった。それが通じなくなった今、衛鬼もただの男に成り下がったのも同じ。
「エイキ様待って下さい!」
「犯らせて下さい犯らさせてやらせて……ヤラセロ」
「逃げるなよ逃げるなよ!」
「誰が待つか!」
生前、衛鬼は映画を数えられる程度しか鑑賞したことがない。同年代の友人達が映画館に足を運んでいる時は実家で師範代であった父との修練に時間を費やし、DVDが普及し自宅でも気軽に見られるようになってもアニメばかりを視聴している。
その中で唯一観ていた数少ない映画はホラー映画であった。
幽霊や悪霊と色んな怪物達を取り扱う中で特に衛鬼が好んでいたものは、ゾンビ――死んだ人間が化学薬品や死霊術によって蘇生し人間に襲い掛かる怪物だった。
生きたまま人間の血肉を喰らう描写は恐ろしくも迫力がある。そこに主人公達がなけなしの武器を手に奮戦する姿も見ていて気分を高揚させる。
だらしなく涎を垂らし恍惚とした表情で拘束しようと手を伸ばしてくる女性達の姿に、衛鬼は映画に登場するゾンビの面影を見た。
ならば己はゾンビから生還する為に戦う物語の主人公である。今こそ武器を手に戦う時だ。襲い掛かる女性達に腰の得物を抜き放ち――などと言うことは当然出来る筈もなく。
「くそっ! 本当に遠慮なしだな!」
「エイキ様エイキ様エイキ様エイキ様!」
「貴方男でしょ!? ねぇ男でしょ!? 一発ヤらせてよ……ヤらせなさいよ!」
「ところで、具体的に勝負ってどうすれば勝ちな訳?」
「そりゃ勿論……アレよ。エイキ様を行動不能にして子作りしたらってことでしょ。エイキ様って青姦が好きそうなイメージあるから」
「よし把握した。因みに私は複数から攻められる拘束プレイが好きと思うわ」
「いや把握するなよ! 後どっちとも酷い偏見だな、俺は至ってノーマルだよ!」
理性こそ失われているが守るべき自国の民なのだ。大罪を犯した咎人でもない限り、民を傷付けるような真似は絶対に許されない。
従って衛鬼は全力で逃走する。伸びる魔の手を掻い潜り、昏倒させんと迫り来る武器を一緒に持ってきてしまっていた模造刀で弾き返しては、また走る。兎に角走り続ける。
何の技でもない。ただ持ち前の身体能力と培ってきた技術を総動員させて、ただ足を迅く動かした。
オルトリンデに刃崎衛鬼の安全地帯は何処にも存在しない。
城門を目指し町中を駆け抜ける衛鬼の前に、見知った顔が立ち塞がる。
「エイキ様……」
武器屋『フェルム』の店主、メリルだ。男を悩殺する姿格好は相変わらずで、されどその手には普段ならば目にしない代物が携えられている。
両手にしっかりと握り締められている一本の鉄槌。鍛冶屋が絶対に欠かすことの出来ない商売道具の一つ――高温で熱した鉄を打つ金槌を武器として選んだとしても可笑しい話ではない。
武器を手に対峙するように現れた彼女も例外に漏れない。噂と言う名の伝染病に犯されてしまった魔獣だ。
「メリル……そんな武器、何処に隠し持ってたんだ?」
「有事の際を想定して作っておきました」
メリルの両手に握られた商売道具は、鉄槌と呼ぶにはあまりにも常識を逸脱していた。
柄まで全身金属で仕上げられている鉄槌は二メートルと軽くメリルの身長を超える。物を打つ頭の部分は成人男性数人分はあろう。見るからに人間が扱える代物ではない。ない筈だが、筋肉質でもない綺麗な腕の力でメリルは肩に担いでいる。
「エイキ様、私はずっと鍛冶師としての自分の腕前に自信が持てませんでした。ですがエイキ様は私に武器を依頼して下さって、他の人達が依頼先を変えた方がいいんじゃないかって言っていたのに最後まで私を信じて下さいました」
懐かしむように語り、決意を固めた表情を浮べたメリルが鉄槌を構える。
構えと言っても鍛冶師である以上メリルは武人ではない。身の丈以上の超重量武器を手にしているだけでも称賛すべきだが、巨大すぎる鉄槌を振り翳しただけの構えは好きな場所に打ち込んでくれと言わんばかりに隙も多い。
そもそも巨大すぎる武器は単調な動きを強制させられる。圧倒的質量を以って強烈な一撃を与えて敵を粉砕することを主体と置いている以上、攻撃方法も限られ相手に見切られやすい欠点を抱えている。
確実に直撃させるのであれば、仲間との連携でその状況を作り出すことが効果的だろう。
武器屋を経営し自ら武器を生成している彼女が、そんな利点と欠点に気付かない筈がない。にも関わらず、綺麗な瞳には揺らぎない覚悟が輝きとなって宿っている。
「私、本当に嬉しかったんです。でも私みたいな女じゃエイキ様には相応しくない、だからいつも我慢してました。店に来て話し掛けてくれるだけですっごく幸せだったんです――でも、こんな私にもチャンスが与えられたなら! 私は!」
「メリル落ち着け!」
「エイキ様は、私の夫になってもらますから!」
メリルが動き、衛鬼は後方へと跳ぶ。
彼女の取る動作から動きを読み取ることは容易い。振り落とされて次の一撃が構えられるよりも先に離脱することは充分に可能である。
遅れて振り翳された鉄槌が打ち落とされる。しかし既に標的を失った鉄槌が向かう先は地面。風を叩き潰すうねりが聞こえ、口が地面に触れて――常識に当て嵌めて物事を測りすぎていたことを、身を以って思い知る。
「なっ!」
轟音と共に大地が爆ぜた。
常識外れの一撃に脳が反応しきれない。凄まじい爆風が全身に打ち付けられる。
身体を転がしながら衝撃を殺していき、なんとか体制を立て直す。未だ混乱から解けない思考で衛鬼はメリルを見据える。何が起こったかわからない。
「ご、ごめんなさいエイキ様! だけど……だけどこうするしか私にはないんです」
「……メリル、それ本当にただの鉄の塊か? 何か仕掛けがあるんじゃないのか?」
「い、いえ! これは本当にただの鉄槌です!」
本人の口振りから、恐らく嘘ではない。
浅はかであった。直撃することはないとメリルの鉄槌の威力を軽んじ、通常の物と同じであると思い込んでしまっていた。
振り下ろされて打ち込まれた地面は大きく抉られている。ダイナマイトの爆発によって出来上がったものと言われても誰も疑いはしない。
何たる破壊力か。メリルの膂力は人間と言う領域に当て嵌まらない。例えるならば――否。現存する動物で例えようとすること自体が愚かしい。怪物、たったこの言葉だけで充分事足りる。
「さぁ、エイキ様! 覚悟して下さい!」
再度鉄槌が振り上げられる。
衛鬼は――来た道を全速力で戻った。敵前逃亡である。
「に、逃げないで下さいエイキ様!」
「いや逃げるわ普通に」
敵が目の前にいるから絶対に倒さなくてはならない、などと言う道理は何処にもない。
無理に正面から突破せずとも、道は無限にある。
何年も暮らしていれば地理も把握し町並みは庭も当然。最短で城門に辿り着ける経路を選んでいたが、それ以外にも同様に比較的短い時間で着ける道を衛鬼は幾つも記憶している。
幸いなことに、メリルの一撃に巻き込まれて多くの女性達が地に伏している。逃亡を妨害される心配はしなくて済む。まともにメリルが起こした爆風を受けて受身も取れなかったのだ、身体に残る打撲痛が収まるまでまだ時間は掛かると判断していいだろう。
「はっ……はっ……ま、待って下さいよぉ、エイキ様ぁ……」
「悪いメリル。また店に遊びに行くからそれで許してくれ」
巨乳を上下に激しく揺さぶりながら追い掛けてくるメリルを遠くに、衛鬼は路地裏へと入った。通路が狭く挟み撃ちでも受ければそれこそ瞬く間に袋の鼠に陥り、逃走用の経路として使用するのは最適とは言い難い。
衛鬼はあえて路地裏を選んだ。
「いたわよ!」
「もう逃がさないんだからエイキ様。さぁ、たっぷりお姉さんが大人の魅力で虜にしてあげるわ」
前後から魔獣達が同時に攻めてくる。
退路を失ったと己の勝利を確認した女性達が、悪党も裸足で逃げ出す邪悪な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
衛鬼は動じない。想定の範囲内だ、焦る必要は何処にもない。
強いて言うなれば、背後を塞いている先頭の女性が顔見知りであることに驚いたぐらいだろうか。
「エイキよ、これは一体どう言うことだ?」
「ジナさんまで来てたんですね……」
「故郷に戻る前に一度主にもてなされようとしてオルトリンデに寄っていたのだ。それよりも説明してもらうぞエイキよ、主を倒せば結婚出来るとはほ、本当なのか?」
「いや、それ自体はまぁ間違ってませんけど対象者はオルトリンデにいる女性の皆さんじゃなくてですね? ウチの城で働いているメイド長と――」
「よしエイキよ、今すぐ我と手合わせしてもらうぞ!」
鼻息を荒くして頬を赤らめつつも意気揚々と得物を抜いたジナ。
歴戦の猛者の風格も、伝染病に感染して性欲に飢えた魔獣へと変貌を遂げてしまった今では微塵も感じられない。見た目こそ美しい女性であるものの、雰囲気は誰もがよく知る古典的なオークである。
「主が帰ってから我は身体の火照りが収まらず毎夜自分で慰めていた。だが身体は満たされても、心が満たされることは一度もなかった……慰めれば慰める程淫らに求める主の姿が脳裏に浮かび上がって気が気でならなかった」
「いや、だから……他の人にも言ってるんですけど、妄想のネタにされているって聞かされた俺はどうしたらいいんですかね」
「……大人しく我に抱かれればよいのではないか?」
「やっかましいわ! て言うか流行ってんのかそれ!?」
「い、いずれにせよ主は我が求める強き男だ! この機を逃す程我は甘くない、いざ尋常に勝負だエイキ!」
「全力でお断りします」
笑顔を浮べながら即答で断って、衛鬼は再び前方を塞ぐ女性陣と向かい合う。
「馬鹿な。主に退路は何処にもないぞ!」
「ところがどっこい。そうでもないんですよね」
退路を封じられたのならば、自ら作り出せばいい。ご丁寧に用意された道を進まなければならない道理はこの世の何処にも存在しないのだから。
衛鬼は全速力で駆け抜ける。先頭で三日月の如く歪んだ笑みを口元に浮べて、今にも剣を振り下ろさんとしている女剣士に失速させることなく真っ直ぐと向かい――そして跳躍した。
「わ、私を踏み台にした!?」
驚愕する女剣士の頭上へと着地して間髪要れず更に跳躍。足元で耳障りな音が聞こえた気がした。多分問題はない。オルトリンデの女性は皆頑強に身体が作られている。そう言い聞かせて、衛鬼は更に女性達の頭を足場にして跳躍し続ける。
「本当にごめん! このお詫びは必ずするから――理想的な嫁さんと結婚したぐらいに!」
「ちょっ! 早く退きなさいよエイキ様に逃げられちゃうじゃない!」
「ハァッ!? アンタがデブだからでしょこの豚女!」
「だ、誰が豚ですってこのまな板!」
「ちょ、ちょっと暴れないでよ痛いじゃないの! ぶっ殺すわよ!?」
「えぇい、疾く退けい貴様等! このままでは我のエイキが……!!」
狭い路地裏に我先にと密集した為女性達は身動きが取れない。冷静さえ保っていれば最後列から順番に外へと出て行けば済む。しかし彼女達にとって予測外であっただろう行動に出られたことと、追い詰めた男が逃げられると言う焦りから冷静さを失い、追跡することで思考が支配されている。
結果同士討ちを始め、普段物静かな路地裏は女性達の罵声で包み込まれた。
「危ない危ない……」
地面へと降り立ち、路地裏を離れる。
多くの女性が路地裏に集中している今が絶好の機。
次の追手が来る前に城門を目指して、再び大通りへと出る。
敵影は現在確認出来ず。周囲に潜んでいる気配、なし。逃走を拒む者は誰もいない。
安全を確認して、衛鬼は駆ける。
「見えた!」
距離にして凡そ百メートル先。念願の自由へと続く城門が視界に映し出された。
日中は門番による厳重な警戒態勢が敷かれている下で城門は開放されている。しかし現在は外部からではなく内部からの脱走者を防ぐ為に門は固く閉じられていた。開門させるには仕掛けを操作する必要がある。
肝心の門番達は、誰もいない。己の幸せを優先させて侵入者から国を守る役目を放棄している。通常時にすれば即刻退職だが、好都合である。
「よしっ! このまま一気に……!」
「凍て付く息吹よ、冷酷なる力を以って永久の終焉へと誘わん――フリーシングコフィン!」
自由への道が、突然として背後より発生した冷気によって凍結した。
巨大な氷の棺の中に閉じ込められた城門。律儀に模様まで彫刻されているのは術者の計らいなのか。冷たくも見事な芸術品と普段ならば称賛に拍手でも送ろうが、状況が状況なだけあって衛鬼は舌打ちを零して振り返る。
「ティアナさん……!」
「聞いたわよエイキ……貴方、私に隠れてあのメイドと決闘するそうじゃない? それに負けたら結婚するですって?」
「酷いですエイキ君、ボク達とは遊びだったんですね……」
「エイキ……浮気されてもいいから、アタシとやろ?」
激しい憤怒を孕んだ瞳を向けて、ゆっくりと歩み寄ってくる三国の王女――内一人は全く己と言う存在をぶれさせない。リリルナに至っては、衛鬼からすれば完全に誤解を招く迷惑発言だった。女性を誑かすなど、男として最低な行為をしていない。
「ねぇエイキ、あのメイドと勝負して結婚を決めるなら私だって貴方に決闘を申し込んでもいいわよね?」
魔法使いの象徴である長杖の先端から魔法陣が展開される。
「王子と決闘して力尽くで物にする……うん、次の小説のシチュエーションはこれでいこうっと――じゃあエイキ君、ボクと実際に演じてみましょう。きっと、気持ちいいと思いますから」
鉄すらも両断する剣が構えられる。
「エイキは……アタシがもらう」
敵を打ち砕く拳の骨が何度も鳴らされる。
本能で動く彼女達に話し合いは無意味。どれだけ正論を並べても此方の言葉が届くことはない。
――絶体絶命だ。
衛鬼は模造刀を正眼に構えた。
背後は分厚い氷によって固く閉ざされている。解呪する為には溶かす程の高火力か、もしくは術者を倒す他ない。自然に溶けるのを待つにしても、一日や二日で溶けてくれることはまずありえないだろう。
前方には結婚を渇望する三人の魔獣。
リリルナは武器に頼る節が強く戦士としては未熟な部分がある。しかしティアナには凄まじい魔法を行使し、ココは小柄な体格を生かした近接戦闘を得意とする。一対一であるならばまだしも、同時に攻められては対処しようがない。
「待ちなさい!」
遠くから聞こえる何十にも連なる馬の走行音の中ではっきりと耳に響いたのは、残念で妹分の幼馴染の声。完全武装をしたアリッサを先頭に、馬に跨り咆哮に近い雄叫びを上げながら突貫してくるオルトリンデ王国騎士団、第一師団。
更に背後には第二、第三とオルトリンデが誇る王国騎士団が全員いた。
「エイキは昔っから私のものなのよ! 誰にも渡さないんだから!」
「くっ! とんだ邪魔が入ったわね!」
「全員に告ぐ! エイキを確保して正妻の私に身柄を渡した者には、最初の側室として認めてあげるわ!」
「何勝手に約束してんだよお前は!」
「アリッサちゃん? 言っておくけど恨みっこなしだからね?」
「今日こそ我等第二師団が第一師団よりも優れていることをエイキ様の前で証明し、そ、そしてだな……その、兎に角第二師団エイキ様を全力で確保しろ!」
「させないですよ!」
「エイキは、ここでアタシが犯すから……!」
師団長達の言葉で俄然やる気を露にした騎士達とティアナ達が衝突する。
炎の蛇が牙を剥き、模造だと信じたい騎士達の主兵装であるロングスピアが空を穿つ。怒号にも似た叫び声の中で互いの劣等感を罵り合う声と共に、耳を劈く音と言う音が激しく奏でられる。
一先ず標的から外されたことに安堵の息を漏らして――何も解決していない現実に衛鬼は頭を抱えた。そこに追い討ちを掛けるように、状況は更に悪化の一途を辿る。
「み、見つけましたよエイキ様!」
「追いついたぞエイキ! さぁ今こそ我と決闘をだな!」
「エイキ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「もうやだこの国、て言うかこの世界!」
メリルとジナ、オルトリンデの女性と言う女性達が集結した。
瞬く間に大混戦が目の前で繰り広げられる。中には手にした武器を投げ捨て素手による取っ組み合いを始める輩も少なからずいた。
私の為に争わないで、と古典的な台詞を吐くことが許されるのは少女漫画に出てくる主人公だけ、などと考えて――ふと、衛鬼は周囲を見る。
誰も此方に向かってこない。
否、向かってこようしたが妨害され、他の女に先を越されまいと妨害する――その繰り返しから邪魔者を倒すことに専念している彼女達の目には、競争相手しか映っていない。
「この幼痴女が! そんな貧相な肉体でエイキを満足させられると思っているのか!?」
「笑止……結局最後に気持ちよくするのは、“ここ”だから……」
「怪しい魔法薬でエイキを物にするなんて私が絶対に許さないんだから――私にその魔法薬寄越しなさい!」
「自分の欲望を満たす為に魔物に王子が犯されそうとしているのを黙って見ていた分際で偉そうなこと言う資格なんてないわよこのなんちゃって第一師団長様!?」
「エ、エイキ様はいつも私のお店に来ると前屈みになってました! だからエイキ様は大きなおっぱいが……いいえ、私の胸が大好きなんです!」
「ボ、ボクだって初対面の時お尻を嘗め回すように見られていました! つまりエイキ君はボクのお尻が大好きなのは間違いありません!」
例え髪の毛を引っ張り合っている相手が他国の王女だろうと、平手打ちの応酬をし合っている相手が上司であろうと関係ない。ただの女としてこの場に立った時点で、等しく男を手にするチャンスを与えられた一人の競争者なのだから。
――今しかない。
城門がティアナによって凍らされている以上、長居は無用。音と気配を殺しながらゆっくりと移動する。
止めるつもりなど、衛鬼にはない。寧ろ止められるような状況でもない。仮に止められたとしても、その後の始末を上手く処理する方法など何も思いつかない。
触らぬ神に祟りなし。己の行動が薮蛇になるぐらいならば、落ち着くまで放置しておくに限る。
「此方ですエイキ様」
不意に腕を掴まれ、導かれるがままに走る。
罵声が飛び交い、実戦さながらのキャットファイトを繰り広げる中で腕を掴む何者かの背中を見て、衛鬼は納得する。正体を知った途端安堵すらしてしまった。
メイド服とは極めて言い難い、露出度が多いメイド服に翡翠色の防具。兜の隙間より流れる栗色の髪で間違える筈がない。
「お静かにお願いします。誰もまだ気付いていません、その間に安全な場所に移動します」
「……了解」
ミリアに手を引かれながら衛鬼は混戦の中を駆け抜けた。