【番外編】旧アトリのバレンタイン❤
喫茶アトリがオープンして、もうすぐ三ヶ月。
来週は2月の大イベント、バレンタインです。
「小雪、味見してみて」
カウンターで、隼人さんが私を呼んだ。
カウンター内には、寿さん、速水さんもいます。
「はい」
私は、フォークでチョコレート・キャッスル・プディングを切り分けました。
ココアパウダー、アーモンドパウダーを混ぜた生地を、小さなプディング型に入れて焼き上げ…、その上に、溶かした熱々のチョコレートソースをかけて食べるイギリスのスィーツだそうです。
熱々のチョコレートソースが…!上にかかっていて、美味しそう…。
アトリでは、バレンタイン特別追加メニューとして、明日から一週間。
このデザートをお店で出す事になります。
「…おいしい!」
「だろー!俺の百十八番目のスイーツだ!さすが俺!」
寿さんが言いました。
「小雪、じゃあこっちのガトーショコラも食べてみて――どっちがいい?」
隼人さんが美味しそうなガトーショコラを取り出しました。
「もう一種類?」
カウンターの段差で見えなかったけど、もう一種類あったみたいです。
「そうそう。これは実は――イテッ」
隼人さんが何かを言おうとして、無言の速水さんに蹴飛ばされていました。
「…美味しいです!すごい」
一口食べて、私は感動しました。
開店前、隼人さんと一緒に、色々なお店にお茶を飲みにいきました。
隼人さんはチョコレートも、お菓子も好きなので、色々食べて。
でも、こんなに美味しいのは初めて…。どちらも美味しいです。幸せ…。
「なあなあ!小雪ちゃん俺とサクの、どっちが美味かった?スイーツのプロとしてコイツに負けてたまるかー!」
寿さんが身を乗り出して言いました。
「あ」
と速水さんが言いました。
「あ…速水さんが作ったんですか?すごいです」「いえ…」
速水さんは苦笑して目をそらしました。
私は少し考えました。
「どっち……どっちも、凄く美味しいです。イギリスのお菓子は珍しいし、溶けたチョコをかけるとお客様は感動しそう…。ガトーショコラは定番だけど、表面のデコレーションも可愛いし、味も甘すぎなくて、けど甘くて美味しい…。隼人さん、どちらかだけなんですか?」
困ってしまいます。
「うーん、じゃあ、やっぱり両方出そうか」
「まあ、そうするか。お客様に選んで貰った方が良いよな。よっし!負けないぜ!」
寿さんが宣戦布告します。速水さんはスルー。
「何かサービスとかできたら良いんだけど」
速水さんが呟いた。
「ひひふふふっ!こんな事もあろうかと――じゃーん!ほら俺特製のお持ち帰りチョコ!うち親父のおかげでチョコは山ほどあるからなー。そうだ愛のキャッスルプディングって名前にしようぜ!ガトショは情熱のガトショーとか。キャスはハート型にしても良かったんだけど、真ん中で割ると縁起悪いって確かにそうだよな!あ小雪ちゃんそうそう、俺、親父がショコラティエやってて、母ちゃんはパティシエでじいちゃんは――」
三人は楽しそう。
「そうなんですか?」
私はメモします。
寿さんは、スィーツ界のサラブレット…。
速水さんはお菓子作りが趣味?
…速水さんのページには、はてなマークを付けておきます。
速水さん…彼は私のいる時間はあまりお店に居ないので、お話する機会が少ないし…ちょっと、とても恐そうで、今まで話かけられませんでした。これから…頑張りたいです。
寿さんは何か忙しげに働いています。――実は寿さんもいつも隔離室にいるので…お店にいるのを見る事は滅多に無いです。寿さんはとてもお話好きな方です。
「小雪、一杯どう?」
隼人さんが、珈琲を煎れてくれましたが――。
「あの、隼人さん…今――」
「コラ!隼人!サボるな!」
そう言ってキッチンをのぞいたのはカオルさんです。
そうなんです。今は営業中なんです……。
…今日は朝からとても寒いせいか、お客様はいないのですが。
「サボってないよ。ほら、これ」
隼人さんがカオルさんにお皿を見せます。
「あら、美味しそう」「味見してみて」
「――美味しい!」
「で、これを今日から出そう」
「え?明日からじゃないの?」
「もう今日からでもいいんじゃないかな」
隼人さんが苦笑して言った。カウンター内では寿さんが張り切っています。
「じゃあ、そうしましょうか」
カオルさんが笑って言った。
「つか、誰も来ないなー」
つかの間、手を止めて寿さんが言いました。
…本当に今日はさっぱりです…。
お客様、来るかしら――。
カランカラン。
「「「あ、いらっしゃいませ!」」」
私達は、笑顔で言った。
〈おわり〉