第2羽 五条橋京夜
その日は良く晴れていた。
都心のオフィスビルの最上階。
オフィスには男性が二人。一人は社長の席に座り、もう一人は机の脇に控えている。
テーブルには着飾った女性の写真が置かれていた。
これは採用書類では無い写真、……つまり見合い写真で、会長と監査から毎日送られてくる。女性の身上書と併せ、今朝は五通も届いていた。
それらに目を通す黒髪の男性は、髪は肩に触れる程度のウルフカットで、前髪は額の中央で左右に分け――通った鼻筋を持ち、日本人らしい漆黒の瞳を持った、典雅さと力強さを感じさせる美丈夫だった。
青紫のネクタイはしっかりとブランド物。それが良く似合い、彼の力強さを強調していた。ライトグレーのスーツには皺一つない。
どちらかと言えばつり目で、眼光は鋭いが、目尻はほんの少し下がっている……。
彼は五条橋京夜。国内最大手ゼネコン、五条橋グループの御曹司だ。
五条橋は二十四歳。……確かに、跡継ぎの事をそろそろ考えても良い年齢だ。
彼自身も結婚には異論はない。働きたいから……と言ってタイミングを逃すなど、彼のプライドが許さない。
五条橋は、自身が思う『完璧な人生設計』と違う行動はしない。今までそれで全て上手く行ってきたし、今後もそうなるだろう。
俗に言う有言実行。言う事は出来ても行動する事は難しいが、彼には計画を実行できるだけの能力があった。財力は言うに及ばず。容姿に至っては、古い友人に天がお前をひいきしている、と言われた。その友人もそれなりに整った容貌をしているのだが――。
五条橋は溜息を付いた。
「いい加減学習したらどうだ?こんな頭の悪そうな女……容姿はもう少しなんとかならないのか」
一枚目、取引先の令嬢らしいが、五条橋の琴線には触れなかった。
「……色々付き合いがあるのでしょう」
秘書の総江は苦笑した。
――総江竹流。彼は五条橋の秘書で、五条橋の元で働き五年になる。
総江は茶髪オールバック、銀縁の四角い眼鏡、スーツは決まってスカイブルー、ネクタイは紺色……という秘書の手本のような装いの男性で、彼も五条橋ほどでは無いにせよ、かなり整った容貌の持ち主だった。
「だとしても、酷すぎる。これなら豚の方がマシだ」
五条橋は吐き捨てた。五条橋が一枚目、二枚目の書類と写真を十字形に破り、総江が静音シュレッダーにかけた。
「おや。三枚目の方は?タチバナ工務店の橘氏の御令嬢で一応、東大の出ですが。才媛と評判のようですね。親族関係に問題も無く、素行も悪く無いようです。歳は二十四歳」
総江が身上書を眺め、目を細めた。容姿もどこかぱっとしない印象だがそれなりで、年齢もとても近い。悪くは無い。
「ハァ。そういう女に限って、ドリップ一つもまともに出来ない。俺は優秀なバリスタを寄越せと言っている……!」
五条橋は、テーブルを指で二度軽く叩く。五条橋の言葉に総江は呆れた。
「社長。結婚相手ですよ。確かに珈琲を煎れられる方が良いと思いますが、社長が煎れて差し上げれば良いのでは……。お時間です」「ああ」
総江が言った。五条橋はすでに立ち上がっている。
「俺の婚約者は、俺と並んでも見劣りしないのは最低条件だ」
五条橋は残りの写真もビリビリと十字形に破り、机の上に無造作に散らした。
総江それもすぐにシュレッダーにかけた。
五条橋は歩き出している。
バリバリバリ、と小さな音が女性達の写真を刻む。
「有名大学を出ても英語さえできない、ドリップは専門外。そんな足手まといは必要無い。だが社員の中から選ぶ訳にはいかないのが……難点か。使われて満足するような女は必要無い」
「相変わらず、理想がお高い」
言葉とは裏腹に総江は、嬉しそうに笑った。経営者の理想が高いのは良いことだ。
「そんな女性が、見つかると良いですね」
総江が微笑んだ。
五条橋は舌打ちした。
「自分が新婚だからってたきつけるな」
「おはようございます、社長」
運転手は正面玄関に車を横付けして、扉を開けて待っていた。
「ああ。よろしく頼む」
五条橋と総江を乗せた車は速やかに発車した。