第2羽 小雪とお茶室 -4/5-
私は、母屋の広い和室に案内されました。
この部屋は、母屋の見学に来たお客様にお食事振る舞う為の部屋だそうです。
場所は私が着替えた部屋のすぐ側です。
畳の上に落ち着いた緑色の絨毯が敷いてあって、長方形のテーブルが二列、合計四台。
一つのテーブルは六人掛けです。
テーブルにはランチョンマット代わりの和紙と、箸が並んでいて、ちょっとした料亭みたいな雰囲気です。
頂いたお料理は、お刺身、和え物、卵焼き、小さな茶碗蒸し、沢庵、お吸い物。
赤くて可愛い重箱にこじんまりと、一人分ずつ盛りつけられています。
お吸い物と、少し少なめのご飯はお手伝いさんが運んで来て下さいました。
「温かいです…」
お吸い物は温かくて、ほっとする味わいです。
とても高級そうなお菓子の他に、らくがん、小さいどら焼きなどの、スーパーでよく見る和菓子の盛り合わせと、一口チョコレート、スナック菓子、海苔のおせんべい、一口ゼリー等の入った菓子器も置かれています。
「そうだ、一応聞いてみます。早瀬さんが」
速水さんが、私と庭園で話していた、私が勉強を聞く相手がいない、という事を事を出雲さんに言った。
「オッけー。いつでも連絡していーぽ。二十四時間暇だからっぽ!」
速水さんの話を聞いて、出雲さんは軽いノリで、私と電話番号、メールアドレスを交換した。
「――ありがとうございます」
お父さんはお仕事で忙しいので、心強い?味方です。
「ふふ。良かったら、また遊びに来てぽー!いつでもお茶ごちそうするぴ!これからずっと暇だっぽし、また誘うっぽ!」
「…リストラされたのか?」
はしゃぐ出雲さんに、速水さんが言いました。
(速水さん…。さすがにそれは…)
私は、ほんの少し苦笑した。
「ありがとうございます。あ、速水さん――そういえば、明日は何時に出発ですか?」
「そうですね、早めに出た方が良いので…」
そうして私と速水さんは明日の予定を決めた。
「速水さん、今日は、どうもありがとうございました」
これで、明日のお茶席はバッチリです!
「?まだ予定はありますよ」
「え?」
「今から元の洋服に着替えて頂き、洋服での作法と、念の為に、濃茶の作法も覚えて頂きます。あと先程できなかった、ふくさの扱い方、主菓子のいただき方と縁高の扱い、薄茶を頂いた後の茶碗、棗、茶杓の拝見のやり方、濃茶の場合、退席の仕方、客同士のソツのないあいさつ、最低でもこれだけは…。その後、十五時からは、おさらいに、他の方も交えてもう一度。一応、格式ある茶室なので…。作法は当たり前に覚えている物として、最低限、流れ一通りはできないと、後の会話も出来ません。――もしできなかったら、お夕飯もごちそうするから……そのつもりで」
速水さんが言った。
私は灰になった。
そうでした…。
すっかり忘れていましたが、速水さんのおじいさんは、速水流、先代の家元です…!!
「……頑張りマス…」
「あ、でも所作まで完璧にしようと気負わなくても大丈夫。クイーンは、客や亭主と会話はしなくてもいいし。それに、明日の正客達は詳しい人だから、
――例え食べ方やってない菓子が国宝級の皿に乗って出てきても、隣の真似しておけばできる。大丈夫、…………頑張ろう」
…真顔で付け足され励まされました。
速水さん…それ…かえってプレッシャーになります…!
(あっ!)
――私は真っ青になりました。
「…速水さん…まさかさっきの、お茶碗も…?」
「あれはまだ普通。……親父もだけど、むしろお祖父さんが…」
速水さんが溜息をついた。
ふ、普通というのはどのくらいの普通でしょうか?
……速水さんは私をかなり心配しているようです。
「…早瀬さん」
「…はい」
まだ何かあるのでしょうか。
「俺は、明日、お祖父さんに、アトリの土地を他に売るなと頼みます。ですが、お祖父さんはちょっと変わった方で。俺の頼みには、まず応じないと思います」
「え…?どうしてですか?」
…孫の速水さんが『また使うので売らないで下さい』と言えば、普通は聞いてくれそうです。
もちろん速水さんは必死でお願いしなければいけないでしょうが…。
速水さんがちょっと困ったな、というような顔をした。
「実は、俺は中学を卒業して、すぐに家を飛び出していて。いわゆる勘当状態なんです。久しぶりに連絡して、合う約束を取り付けることは出来ました。ですが…多分かなり怒ってます」
「………そうなんですか?」
「はい」
速水さんは何でも無い事のように頷きましたが…。
勘当……それは……ちょっと所では無い大問題です。
「――問題は、それだけではありません。貴方はアトリを再建すると俺におっしゃいましたが。具体的に何か考えてますか?」
速水さんが言った。
「もちろん俺は、いくらでもサポートはさせて頂きます。ですが……お祖父さんは、ごまかしの通じる相手ではありません。…癖があるけど、良く人を見る人です。俺の入れ知恵はすぐにばれます。だから、説得するなら、俺じゃ無くて」
「……私が…?」
「はい。これは、多分、貴方にしか出来ない事です」
速水さんが言う。
「……こんな事を言うのは、悪いけど。明日、早瀬さんが、お祖父さんを説得できなかったら、土地の使用は不可能です」
「だから。明日までに、何か…貴方自身が、貴方なりの『答え』を見つけて下さい。――それがどんな答えだったとしても、俺は協力します」