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第2羽 小雪とお茶室 -2/5-


「ええ?ええ!?」


私は、その立派な日本庭園を見て驚いた。


都内ですが、少し遠くに山が見えて。

池に橋が架かっていて、鯉が沢山泳いでいます…。

ネットの情報では、ここは観光地ではなくて…個人の邸宅だそうです。

外庭までは公園として、一般開放もされているとか…。

どこまでが外庭でしょうか。


――私は携帯を見ました。

この、中門の…さらに奥みたいだけど…入って良いのかしら…。


丁度、着物姿の女性が朝の散策をされていました。

「あの…、すみません」

「はい?」


「お茶室って、どこでしょう?」

「――ああ。受講のお客様ですね」


「ええと…?受講…?お茶室に来て下さいと言われたのですが…」

「――あ、もしかして…」


「早瀬さん」

「あ」

声がして門の内側を見ると、そこにいたのは。


……私は一瞬、ポカンとした。


「速水、さん?」

「――違う」

速水さんは、とても不機そうに言いました。

いいえ、違いません。速水さんです!

けど――速水さんは。


グレーの袴、黒錆色の着物に、黒の羽織姿で、髪を…下ろしています。


背中の中ほどを過ぎる、まっすぐな長い黒髪。

少し髪を体の前に垂らしています。

髪を解いていると束ねている時よりも長く感じます。


…顔立ちの良さは言うまでもありません…。

少し目つきが鋭いのですが、むしろそれが大変な長所になっていて…!

悪戯っぽく跳ね上がった、長い睫毛が綺麗です。


でもやっぱり速水さんはダークで、ちょっと危険な雰囲気のある男性です。

浮かべている表情は優しいのですが…。どこか危うげで、少し近寄るのをためらってしまうような……。そんな感じです。

隣の男性の、着物の色が明るいから、余計にそう思うのでしょうか?


…速水さんの隣には、もう一人、緑色の羽織袴姿の男性がいます。

白に近いグレーの袴に、渋めのえんじ色の半襟。

その方は…ゆるふわっとしたパーマを、茶髪に染め、この方も長髪です。

背が高く、立ち姿は優美で、柔和で優しげな容貌。


そしてこの方も大変な、とにかく、二人ともとても……。


「――格好いい」

私は、思わず言いました。

二人合わせて三百点満点の和装です…!


「おお。――だって!朔、やったっぽ!」

「――ポも止めろ」


速水さんが茶髪の方を軽く叩いて、茶髪の方が笑いました。

着物を着た速水さん…ものすごくめずらしい人を見ている気分です。


「やったっぽ。ふふ…、――冗談だっぴ。…早瀬小雪さん、初めまして、俺は朔の兄、速水出雲はやみ いずもです。うちの荒れ庭はいかがでしたか?」


その方が落ち着いた品のある声で言いました。

速水さんの声より、少し低い感じです。

…近づかれると良い匂いがします。



「…お兄さん…!?」


私は目を丸くしました。

速水さんにお兄さんがいたなんて。


まさかの長髪兄弟…、これには驚きました…。


出雲さんは二十二、三歳?速水さんと大して違わないように見えます。

むしろ、…速水さんもそうですが、下手したら、二人とも高校生?くらいに見えます。


「朔は着物嫌がったけど、せっっかっく、だから。おそろー。がいいし。ね?」

出雲さんが笑って言った。


「早瀬さん、ここは兄の家です。『練習』には丁度良い」

速水さんは、こともなげにそう言ったけど、そう言ったけど…!


私は道のりを思い出した。


「広すぎます……!!」



■ ■ ■



「さて。行きましょう、早瀬さん」

速水さんが言った。


速水さんと出雲さんが歩き出したので、私も後について砂利道を歩き出しました。

「足元、気を付けて」


「はい、…気を付けます。ところで速水さん、今から、何をするんですか…?」

私は速水さんに一歩近づいて、見上げて尋ねた。


「もしかして、お茶ですか…?」

速水さんの実家は茶道の家元らしいです。

だからこれはきっと、お茶を覚えましょう、と言う事です。


「ええ。明日お祖父さんに、アトリの土地の件で会いに行くんですが、お祖父さんは根っからの茶人で、人と会うときは必ずお茶を振る舞います。出来れば早瀬さんも訓練して、茶席に出て頂きたいのですが、…明日あしたのご予定は?」


「はい。明日あすは大丈夫です」

……でも、茶席はもちろん、はじめて。


「私…できるでしょうか?」

戸惑う私を見て。出雲さんが苦笑しました。

「大丈夫、正式な茶事じゃないから、そんなに難しくないぽ。一日あれば覚えられるぽー」

「はい、…頑張ります」

私は思わずくすりと笑った。

……変わった口調です。速水さんはそんな出雲さんを少し睨んでいます。


そのあと、道すがら、速水さんと出雲さんがこのお庭についての説明をして下さったのですが…。

「×××年くらい前に、時の将軍に仕えた茶人がいて、その人が――」

(略)

「で、気が付いたら兄貴が、いつのまにか住み始めてた」


「は、はぁ…」

私はポカンとしました…。

…速水さんのお兄さんが住むようになるまでの話が、スケールが大きすぎて…。

それほど長い話ではなかったのですが、理解が追いつきません……。

また、調べておきます。


出雲さんは、いつのまにか少し先に進んでいて、植え込みの向こうに落ちていた枝を拾ったり、自生していた花を摘んだりしています。楽しそうです。

「おい、あまり遠くに行くなよ」と速水さんが言いました。


速水家のご長男、速水出雲さんはさすらい(さまよい?)の茶道家で、次期家元…。

と言ってもお父様が現役なので、出雲さんが家を継ぐのはまだまだ先の事で、今の職業は、一応公務員だそうです。


「そういえば…兄貴がどこに務めてるか、聞いてないな。公務員の割に休みとか出張が多くて、いつも色々な場所に急に出て来るけど…ちゃんと仕事してるのかな」

速水さんが呟いた。


私が見ると出雲さんは…今度は白い蝶を追っています。

風にフワリと髪が揺れます。


―そっちは違う、戻って来い、と速水さんが言った。


まだお庭は続いています。

お屋敷が見えていますが、もう少し遠そうです。


私達は並んで歩き、さらにとりとめのない話をしました。

速水さんに明日、学校は?と聞かれたので、今週は金曜日までないと答えました。


私は通信制の高校に通っているので、時間に余裕があります。

……アトリが無くなった今は、余計に……。


「…レポートを提出して、単位を取るんです。出校は少なくて済みます」

ですが、全教科あるので毎日少しずつこなさないと、単位が取れません。


「…高校の勉強を、家でしている感覚です。端末で授業を受けるんですが、わからないことがあっても、先生に聞けないのが難点です…」

私は単位、という考え方を、高校に入って初めて知りました。


単位を落としたら、恐い事が起こるらしいです…。


速水さんが、口元に指をあてて考えた。

「なるほど…、俺は高校行かなかったから。何も教えられないかな…。兄貴は意外と頭いいから、頼んでみようか?メールで答えるくらいは」


「でも、出雲さん…お仕事は?お忙しいのでは?」

「それが、毎週、結局一日も働かなかったりとか。今はここに住んでるけど、先月は別邸にいたし」

別邸は、東京や県外にも数カ所あるそうです。

人に貸していたり、出雲さんが勝手気ままに使っていたり。

本家は確か京都…。これは隼人さんが言っていました。



速水さん…実は、正真正銘のお金持ちです。


「――この先が茶室と邸宅。相変わらず無駄に広い」

速水さんが、小さめの門を見てうんざりしたように言いました。


門をくぐると、ようやく家のお庭です。


でも、これを庭と言っていいのかしら…?


お庭にはまた池…いいえ、小魚が飛び跳ねる小川と、滝がありました。

左手に見えるのは――枯山水…!?

白い石が敷き詰められています。


その向こうは緑の竹林。



(こ、これはまるで……)

庭と言うよりは文化財です…!



「さて。じゃあ俺は茶室でまってるっぽー」

出雲さんは手を振って、竹林の方へと去って行きました。

竹林の先にお茶室があるのかしら?


――速水さんは手で額を押さえて、つぶやきました。

「だからポは恥ずかしいからやめろ。なんだよそのキャラ」


「…早瀬さんごめん、別に普段着で良いんだけど、兄貴がどうしてもって。…今から着物に着替えてもらっていいかな?用意してあるから」

「え?えっと、はい…」

速水さんの笑顔に促されるままに、私は、広いお家のなかに入りました。


和風建築、という表現がぴったりのとても立派なお屋敷です。

少しきょろきょろしてしまいます。

「あら初めまして」

「さあさ、こちらにどうぞ」

お屋敷に入ってすぐに、お手伝いさん?らしき、和服の女性が二人がいらっしゃって、枯山水の庭が見える廊下を通り、和室に案内されました。



――そして。


「ええ、ええ…、えっと――、速水さん、こうなりました…」

私はあっと言う間に着付けをされてしまいました…。


モダンで可愛らしい、ピンク色の着物です。


小さな花が生地きじ一面に織りこまれて、帯は柔らかなクリーム色で。

帯締めはえんじ色と白で。

帯留めは黒くて、惰円形。螺鈿細工で白い花の模様が描かれています。


髪も和装仕様です。

私は髪が長いので半分ほど背中に垂らして、編み込んでハーフアップにしています。

赤くて小さい丸い玉が並んだ髪留めは、とても可愛い物でした。

このお着物は、この季節の訪問着で、形式ばった物では無いそうですが、私一人では絶対に着られません…!


…気が付けば、ほんのりお化粧までされています…。


速水さんは、少し首を傾げて。

「――、似合ってるよ」

と、笑った。



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